BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
65
川崎来夢(女子9番)は悩んでいた。
次の獲物を見つけたのはいいのだが、一つ間違えば自分が獲物にされそうな相手だったからだ。
自分の基本的な作戦は、姉の川崎愛夢(女子8番)を装って接近して、油断した相手を倒すというものである。
しかし、この作戦はやる気の者には通用しない。
やる気の者は、愛夢と見間違えようが来夢と見破ろうが関係なく自分を殺そうとするだろう。
自分の戦闘力は決して高いとはいえない。
銃でもあればともかく、刃物しかない状態では強い者には勝てないだろう。
だから現状では、発見した相手がやる気かどうかをあらかじめ判断する必要がある。
そして、木陰に潜んだ来夢の見詰める先、大きな切り株に坐っている矢島雄三(男子20番)は果たしてどうなのだろうか。
雄三がやる気ならば、自分など赤子の手を捻るように殺されてしまうことだろう。
だが来夢は見抜いていた。雄三が本質的には紳士的であることを。
プログラム開始前に、雄三は三条桃香(女子11番)に対して殺意を表明していた。
普通に考えれば、雄三は危険人物ということになるだろう。
しかし、先に戦意を示したのは桃香の方である。雄三は単に桃香を成敗しようと思っているだけなのではないだろうか。
であれば、雄三は桃香以外には手を出さないと思われる。
不良のボスをしている雄三だが、根っからの不良ではないと来夢は見なしていた。何かの事情があって不良になっているのだろうと思われた。
少なくとも、無力な女子を自分の都合で殺めるような人物には見えなかった。
そこで来夢は雄三に声をかけようとして思いとどまった。万一、雄三がやる気だった場合には自殺行為になってしまうからだ。
立ち去った方が安全かと結論付けかけた時だった。
「誰だか知らんが、さっきからそこで何してるんだ。俺を襲う気か?」
突如、雄三の声が響いて来夢は硬直した。
初めのうちは順調だった作戦も、佐々木奈央(女子10番)に見破られてから歯車が狂い始めていた。
岸川信太郎こそどうにか仕留めたものの、細久保理香(女子18番)と速水麻衣(女子15番)のコンビに撃退され、挙句の果てにはカモだと思った豊増沙織(女子13番)さえ倒せなかった。もっとも、沙織がマシンガンを持っていたからにすぎないのだが。
残り人数が減るに従い、来夢は少しずつ焦っていた。
自分の作戦には所詮限界がある。
会場に響く銃声から確実に言える事は、沙織以外にもマシンガンの所持者がいて、しかもその人物はやる気だということだ。
この人物を現状の自分が倒すのは殆ど不可能だ。せめて拳銃でも入手しなければ・・・
今さらながら沙織との遭遇が悔やまれた。
沙織がマシンガンを持っていることをあらかじめ知っていれば奪うことも可能だったかもしれない。沙織は自分を完全に愛夢だと信じていたのだから。
だが殺意を示してしまった後でマシンガンを見せ付けられては、もはや逃げ出す他はなかった。
もう一度沙織に忍びよってマシンガンを強奪することも考えたが、あまりに危険すぎる。
苦慮しながらエリアE=3に差し掛かったところで目に入ったのが雄三だった。
え? バレてたの? あたしのこと・・・
殺されるんだ、あたし・・・
全身が固まって逃げることも出来ない来夢の頭の中を恐怖が駆け巡った。
これで人生が終わるのかと思い、数々の想い出が走馬灯のように浮かんでは消えた。
先ほどまで雄三は恐らくやる気ではないと思っていたのが嘘のように怯えた。
だがそこで1つの考えが浮かんだ。
もし雄三がやる気なら、自分に声をかける必要はない。黙って襲い掛かればよいはずだ。
そもそも、自分の存在を知った時点で攻撃してきたはずだ。
つまり、雄三はやる気ではないわけだ。
少し気分が落ち着いたところで、再び雄三の声がした。
「返事をしないなら敵と見なすぞ」
来夢は慌て気味に答えた。
「あ、愛夢です。川崎愛夢です。矢島君の姿を見て、声をかけようかどうか迷ってたんです。襲うつもりはありません」
雄三がゆっくりと振り向きながら言った。
「ほお、人気者の愛夢さんか。俺が怖いかい? 怖かったら逃げても良いんだぞ。でも、出来れば逃げる前に少し話を聞きたいんだが」
来夢は心底ホッとした。
雄三がその気なら自分を葬ることなど造作もないはずだ。ややこしいことをする必要はない。
さしあたって殺される心配はなさそうだ。
それに、雄三は自分を愛夢だと信じてくれたようだ。
愛夢とも来夢とも殆ど会話したことのない雄三に2人の見分けがつくはずはないのだけれど。
さらに、雄三が奈央あたりから自分の情報を得ていることもなさそうだ。
平常心に戻った来夢は、少し怯えたフリをしながら雄三に接近した。
自分の力に絶対の自信を持っているはずの雄三は、平凡な女子に対しては必ず油断すると思われる。
しばらく同伴すれば、雄三を仕留めるチャンスも巡ってくるだろう。それまでの演技力が重要となるわけだが。
それに雄三と同伴している限りは、他の者に殺される危険も薄らぐはずだ。
勿論危険とも背中合わせだが、優勝を目指すにはある程度のギャンブルも必要と思われるので、ここは勝負だ。
思ったとおり、雄三はリラックスした口調で話しかけてきた。
「君が今まで出会った中で、やる気と思われる奴を教えて欲しい」
そんなことを訊いてどうするつもりだろうと思いながら答えた。
「悪いけどまだ誰にも会ってないの。役に立たなくてごめんなさい」
雄三は少し首を傾げた。
「今まで誰にも会ってないとは、確率的にも不自然な気がするんだが」
来夢は慌てたが、何とか誤魔化そうとした。
「いえ、何人か見てるけど、接触しないで逃げたから・・・ でも、あたしが勝手に怖がっただけで、その人たちがやる気だという証拠はないし・・・」
雄三は答えない。怪しまれているようだ。ここが正念場かもしれない。
「ね、信じて。とにかく親しい子には全然会えなかったし。付き合いのない人は怖いし・・・ あ、でも矢島君は怖くないの。何となくわかるの。矢島君は本当はいい人だって」
雄三は視線を逸らしながら答えた。少し恥ずかしそうだ。
「わかった、わかった。だが、一寸買いかぶりすぎだぞ、俺のこと」
来夢は精一杯の笑顔で言った。
「そんなことないよ。あたしは本当に矢島君を信じてるから」
来夢は内心でほくそえんでいた。これならマジで雄三を倒せるかもしれないと・・・
だが、そこであらぬ方向から大声がして来夢はビクッとした。
「矢島君! 騙されちゃダメよ! その子は来夢よ!」
声の方向に視線をやった来夢は呆然とした。
なぜなら、そこに立っていたのは本物の愛夢だったからだ。
馬鹿な・・・ 愛ちゃんは絶対にあそこから逃げ出せないはず。誰かが逃がすのも不可能なはず・・・ 一体、どうして・・・
冷静に考えれば、あくまでも自分は愛夢で、現れたのが来夢だと主張できたはずだった。生徒手帳を交換してあるので、愛夢は自分が愛夢であることを証明する手段はないはずだし、2人をよく知らない雄三には判断の決め手があるとは思えないからだ。
しかし、あまりのことに愕然とした来夢には最早その余裕はなく、そしてその表情は雄三に自分が来夢であることを確信させてしまったのであった。
雄三の表情と口調が別人のように変化した。
「そういうことか、君は来夢さんだな。正体を偽る以上は、やる気なわけだな。俺を謀(たばか)って不意打ちするつもりだったわけだ。とすれば、容赦はしない。覚悟はいいな」
来夢は目の前が真っ暗になるのを感じた。
恐る恐る見上げると、真剣な目をした雄三は既に刀を抜き放っている。刃先が朝日を反射して怪しく光る。
愛夢はどうしただろうかと思って見ると、既にその姿は消えていた。
自分を見つけて思わず大声を上げたものの、自分が殺されるところを見たくはないのだろう。当然のことだ。
もはやこれまでか・・・ 今度こそ助かりそうにない・・・ でも・・・
極限まで追い詰められた来夢に、1つの考えが浮かんだ。
それはとてつもなく成功率の低そうな大バクチだった。
だが、何もしなければ助かる確率はゼロである。やるしかない。失敗しても悔いはない。
来夢はキッパリと言った。
「待って。お願いがあるの」
刀を振り上げかけていた雄三は重い声で答えた。
「言い残したいことがあるなら聞いてやるが、命乞いならば無駄だぞ」
来夢は懐剣を抜きながら足下に置き、静かに言いはなった。
「死ぬ覚悟は出来たわ。でも、切腹させて欲しいの」
一瞬戸惑いの表情を浮かべた雄三が答えた。
「切腹なんて女のすることじゃないぞ」
来夢は落ち着いて答えた。
「承知の上です。それでも、あえて・・・ お願いよ」
雄三は一度溜息をついたあとで答えた。
「わかった。望みどおりにさせてやる」
来夢は内心でニヤリとしながら答えた。これで秘策の成功確率がかなり高くなったからだ。
「有難う、矢島君。介錯の方、お願いね」
雄三は力強く答えた。
「承知したよ」
それを聞いた来夢は地面に両膝をつくと、セーラー服を下着ごと捲り上げて上腹部を露出させた。
雄三が背後に立つ気配を感じた。
それから、目の前の懐剣にゆっくり手を伸ばした。
ここで雄三が刀を振り下ろしたら自分の負けだ。
武家社会も末期になると切腹も形式化し、懐剣に手を伸ばしたところで介錯されてしまったり、そもそも懐剣は用意されておらず扇子で切腹の真似をしたこともあったらしい。雄三がそのような感覚だったらそれまでだ。
だが、何も起こらない。
懐剣を握った来夢の目がキラリと光った。
背後の雄三の位置を気配で確認しながら、突如振り向いて懐剣を突き出した。刀を大上段に振りかぶっている雄三には避けられないはずだ。
それでも一撃で致命傷を与えなければ負けなので、来夢は全てをかけて渾身の力を込めた。
しかし懐剣は虚しく空を切り、次の瞬間には突き出した右手首を雄三の左手にしっかりと握られていた。
見ると雄三の刀は振りかぶるどころか鞘に収められている。読まれていたのか・・・
来夢の全身から自然に力が抜けた。
雄三が迫力のある声で言った。
「そんな手に引っかかると思ったのか。この女狐め!」
言い終えるや否や、雄三は右手で懐剣を引っ手繰ると素早く突き出した。
来夢は胸に強烈な衝撃と痛みを感じ、懐剣が抜き取られるとそこから赤いものが吹き出されるのを見た。
正確に心臓を貫かれたようだった。
ゴメンね、愛ちゃん。こうなったら愛ちゃんの優勝を祈らせてもらうわ・・・
それを最後の思考として来夢の意識はゆっくりと失われ、その体は地に倒れ伏した。
雄三は来夢の脈がないことを確認すると、懐剣を投棄して静かに背を向けた。
女子9番 川崎来夢 没
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