BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


66

 エリアG=4の荒地を小走りに移動していた川崎愛夢(女子8番)は息切れを覚えて足を止めた。
 何気なく東の空を眺めると、黒々とした積乱雲が急速に近づいているのが感じられた。
 間もなく激しい雷雨に襲われることだろう。
 早めに適当な雨宿り場所を探さねばならない。
 こんなことならあそこから動かなかった方がよかったかもしれない。
 それに動かなければ、妹の来夢が自分を装って
矢島雄三(男子20番)に接近しているところも見なくてすんだだろう。
 反射的に叫んでしまったが、それによって来夢が落命していることは間違いないと思われる。無論、そこまでは見ないで逃げ出したわけだが。
 間接的とはいえ、自分が妹を殺してしまったような後味の悪さは拭えない。
 出てくるべきではなかったかと思い悩みながら周囲を見回すと、前方の茂みが微かに揺れているのが目に付いた。
 誰かがいるのだろうか。
 あんなところに潜んでいるのなら、やる気の者ではないだろう。自分の親しい人物だったら有難いが・・・
 愛夢は息を殺しながらそっと近寄った。
 そして、茂みの中で自分に背中を向けて蹲(うずくま)っている少女が
豊増沙織(女子13番)であると見極め、表情を緩めた。
 自分にとっての沙織はかなり親しい部類であるし、この様子を見ている限り単に怖がっているとしか思えない。
 愛夢は嚇かさないように優しく声をかけようとした。自分を見ればきっと沙織は喜ぶだろう・・・

 愛夢はプログラム開始早々に来夢の罠に嵌って警察署の地下にある独房に閉じ込められてしまった。
 初めは何とか逃げ出そうと必死でもがいた。
 自分に化けて殺戮しようとしている来夢を止めたかった。
 だが、大の男でも脱出できない独房から平凡な女子中学生が逃げ出せるわけがない。
 程なく諦めた愛夢はいろいろと考え始めた。
 食料と飲料水は来夢が多めに確保してくれているので問題はない。トイレも独房内にあるし、布団まで用意されている。
 差し当たっての自分の生存には大きな支障はなさそうである。
 懐中電灯の電池を温存するために、暗闇に耐えなければならないのが最大の悩みとなりそうだ。
 しかも、この暗闇は昼間も全く変わるところはない。
 体力よりも精神力の維持が大変そうだった。
 開き直った愛夢は布団の上に腰を下ろしながら来夢を止める方法を考えたが、思い浮かぶのは自殺のみであった。
 自分が死ねば来夢の作戦は失敗に終わる。
 それは間違いないのだが、自殺の決断は出来なかった。
 成す術なく時は過ぎ、定時放送が聞こえる以外は何の変化もなかった。
 外部では次々にクラスメートが斃れているようである。
 その中の何人かは来夢が仕留めているのだろうか。
 その者たちは愛夢に殺されたと思い込んで、愛夢を呪いながら死んでいったのだろうか。
 考えるとゾッとするのだが、自分にはどうしようもない。
 そして、問題の来夢はいまだ健在のようである。
 いまもどこかで愛夢を装ってクラスメートを狙っているのだろうと思えた。
 愛夢は今後のことを考えた。
 来夢のおかげ(?)で、自分はある意味では無類の安全地帯にいる。
 常識的には誰も自分を発見できないし、たとえ存在を知ったとしても侵入できない。
 建物ごと爆破されたりしない限りは大丈夫だと思われた。
 だが、長期的に考えれば決して良好な状況ではない。
 生存者が来夢と自分だけになれば、来夢は自分を殺しに来るだろう。
 来夢が斃れて、誰かと自分だけになったとしても、時間切れになるか自分が禁止エリアの餌食になるかのどちらかだろう。
 鍵を来夢から奪ってここに侵入してくるような者がいればチャンスかもしれないが、武器のない自分に勝ち目があるとは思えない。
 最終的に助からないことには、何の変わりもなさそうだ。
 暗い結論を弾き出した愛夢は涙に暮れた。
 布団が湿るほどに泣いたが、いくら泣いても誰かが助けてくれはずもなく、事態が改善する見込みもなかった。
 それから愛夢は呆然として無為に時を過ごした。念のため、禁止エリアのメモだけはしていたが・・・
 そして、今朝6時の放送を聞いた直後から睡魔に襲われて転寝を始めていた。
 しばらくして、微かな物音を聞きつけた愛夢は起き上がった。
 見ると独房の扉辺りが薄明るくなっていて、誰かがいるようだ。
 禁止エリアに指定されたわけでもなく、残りが2人になったわけでもないから、来夢が来たとは考えにくい。一体・・・
 思わず声を出してしまった。
「誰?」
 相手は答えることなく、突然強力なライトで愛夢の顔を照らした。
 ずっと暗闇にいた愛夢にとっては強烈な目潰しである。
 思わず顔を覆っていると、鍵が外れる音がして、さらに誰かが立ち去る足音がした。
 そして、目が見えるようになった時には一切の気配が消えていた。
 懐中電灯を握り締めて恐る恐る扉に近づいてみると、扉は開いていた。
 点灯して周囲を見渡したが、最早誰もいない。
 幻覚だったのかとも思ったが、扉が開いている現実は否定できない。
 ふと見ると、足下にメモ用紙が置かれている。
 拾い上げて読んでみた。
“全ての鍵を開けておいたから、出るか出ないかは川崎さんの自由。階段の前の扉は中から施錠できるようだから、立て篭もり続けることも可能だけど”
 これだけの内容だったが、自分を助けてくれたことは間違いないようだ。
 サインはなかったが、筆跡は紛れもなく
石川綾(女子1番)のものだ。
 どうして綾が自分を発見できたのかも、また扉を開くことが出来たのかも謎であったし、さらに自分に声をかけずに立ち去った理由も謎であった。
 いろいろ考えたが、何も判らない。
 それよりも、ここから出るかどうかが今は問題だった。
 出ないほうが安全かもしれないとも思ったが、結局は出ることとした。来夢を説得して殺戮を止めさせたかったのだ。
 結果的には裏目に出てしまったのだが・・・

「沙織。あたしよ。愛夢よ。よかったら一緒に行動しない?」
 愛夢の呼びかけに、沙織はビクッと体を震わせながら振り向いた。
 そして、愛夢の姿を確認すると表情を強張らせて、大きな銃(マシンガンというものだろう)を愛夢に向けた。
 驚いた愛夢は両手を広げて何も持っていないことを示しながら言った。
「どうしたのよ、沙織。大丈夫よ。あたしはやる気じゃないわよ。わかるでしょ」
 しかし、沙織の目は真剣だ。
 間髪を入れず、きつい声で答えてきた。
「性懲りもなく、また騙し討ちにしようとしてるわけね。このマシンガンが目的のようだけど、冗談じゃないわよ」
 一瞬、わけがわからなかったがすぐに閃いた。
 おそらく沙織は自分に化けた来夢に襲われてギリギリで助かったのだろう。それならばこの状況が説明可能だ。
 急いで弁解しなければ・・・
 第一、自分が沙織を殺す気なら後方から声をかけるはずがない。それは理解してもらえるはずだ。
 だが、口を開く暇もなかった。
「ふざけないでよ! あたしだって、あたしだってやれるのよ!」
 鬼のような形相の沙織が叫ぶと同時に、沙織の手元で火花が散った。
 愛夢は全身に何かを埋め込まれるような衝撃を感じて後方に吹っ飛んだ。
 ち、違うの・・・ 沙織、誤解よ。誤解なのよ・・・
 だが、声にならない叫びが沙織に届くはずもない。
 駆け寄ってきた沙織がさらに銃撃を加えてきた。
 愛夢の意識はそこまでだった。
 数分後、そこには無残な血みどろの肉塊が放置されていた。

女子8番 川崎愛夢 没
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