BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


68

 とにかくあの林まで駆け込もう。今後のことはそれから考えればいいだろう。
 先ほどまで自分がいたホテルを背にして、
蒲田早紀(女子6番)は畑の中を小走りに北上していた。
 四方から丸見えの畑の中に留まる時間は出来るだけ短くしたい。目前の林までは頑張らねば。
 雨が上がったばかりなので、足下はかなりぬかるんでいて走りにくい。
 強い陽射しも戻っているので、早く乾くだろうけれどそれを待ってはいられない。
「蒲田さん、やっと見つけたよ」
 突如、声をかけられて立ち止まった。
 それに合わせるかのように、少し離れた位置の小さな農機具小屋の背後から1人の男子が姿を現した。
 その姿を見た途端、早紀は全身の血液が凍りつくのを感じた。
 なぜなら、現れたのは
蜂須賀篤(男子14番)だったからだ。
 周囲には身を隠せるようなものは全くない。
 これでは、マシンガンを相手に助かるチャンスがあるとは到底思えない。
 最早これまでかと思ったが、篤は意外にも銃口を向けずに話しかけてきた。

 篤と
盛田守(男子19番)が戦っている現場から首尾よく逃げ出した早紀は、しばらくの間1人で彷徨っていた。
 信頼できる人物と合流しなければ何も始まらないと思っていたが、誰にも出会えずに時は過ぎていった。
 だが未明になり、早紀は遠方に小さなホテルを発見し、誰かがいることを期待して近寄った。
 そして屋上に女子と思われるシルエットを見つけ、早紀は喜びを噛み締めながら駆け寄った。
 屋上にいた
伊奈あかね(女子2番)と少し会話した後、窓を開けて顔を出した今山奈緒美(女子3番)とも話した。
 早紀にとっては充分信頼できる2人である。
 自分を信頼してもらえるかどうかは別の話だが。
 早紀は支給品のまきびしを見せ、今までの経緯を話した。
 それに対して、奈緒美はホテルの玄関に回って手を上げるように指示をしてきた。
 早紀は素直に従った。
 間もなく机やソファを積み上げたバリケードを崩して奈緒美が姿を見せた。
 奈緒美は早紀のボディーチェックをし、デイパックの中を確認した後で早紀を迎え入れた。
 バリケードを2人で修復していると、奈緒美が話しかけてきた。
「疑うようなことをしてごめんね。でも、あたしが判断を誤ればあたしだけじゃなくてあかねも死ぬことになってしまうし。それに、ついさっき藤内君を追い払ったばかりだったし」
 早紀は首を振りながら答えた。
「いいのよ、そんなこと。この状態じゃ、人を疑って当然だもの。信用してもらえて嬉しいわ」
 奈緒美が答えた。
「そう言ってもらえるとホッとするわ。脱出の方法が見つかるまで一緒にいようね」
 早紀は力強く頷いた。
 その後2人はホテルの一室で雑談しながら時を過ごした。
 そこで、政府の臨時放送と朝6時の放送も聞くこととなった。
 担任の美香が自分たちを救助に来ていることにとても感動し、それに対する政府の行動に激怒した。
 特別生還ですって? ふざけないでよ。
 このクラスに先生を殺してまで生還したい人なんているはずないわ。もともとやる気の人は別かもしれないけど。
 今に見てなさい。あたしたちは必ず脱出するんだから・・・
 興奮気味の早紀を、奈緒美は優しくなだめてくれた。
 考えてみれば、プログラム中に冷静さを失うことは致命的になりかねない。
 少し落ち着いてしばらくたったところで、奈緒美とあかねが屋上の見張りを交替する時間となった。
 だがその時、雷鳴とともに強い雨が降り始めた。
 窓から空を観察していた奈緒美は短時間で雨は止むと判断し、一旦屋上の見張りを中止することとした。
 その間、3人はそれぞれ別の部屋の窓から外部を見張ることになった。
 別室で窓の外の稲光を見詰めながら、早紀は考えた。
 奈緒美は脱出に自信があるような顔をしているが、本当なのだろうか。自分たちを安心させるための方便ではないだろうか。
 
大河内雅樹(男子5番)が訪れれば大丈夫とのことだったが、雅樹がここに生きて辿り着く確率はどの程度なのだろうか。
 そもそも、どうして雅樹が来れば大丈夫なのかという問いには奈緒美は口を濁して答えなかった。
 とすれば、本当に脱出できる確率はかなり低いのではないだろうか。
 このホテルに立て篭もっていれば目下の安全性は高いだろうけれど、時間切れを待つ結果にもなりかねない。
 リスクを背負ってでも、積極的に動いた方がチャンスがあるのではなかろうか。
 現に大場康洋は果敢に脱出策を打ち立てた。
 あの作戦は、蜂須賀篤に妨害されなければ成功していたかもしれない。
 ひょっとしたら、自分たちは既に多くのクラスメートとともに会場から逃走していたのかもしれない。
 このまま手をこまねいていても何も起こらないのではないだろうか。ただ、死を待っているだけではないのだろうか。
 奈緒美という人間自体は100%信頼できる。
 しかし、信頼できる人間の行動が全て正しいとは限らない。このまま野垂れ死にするくらいなら、思い切った行動に出てみたい・・・
 悩んでいるうちに雨は上がって奈緒美は屋上に向かい、早紀はあかねとともに元の部屋に戻った。
 あかねと雑談しているうちに、早紀は部屋の隅に立てかけられた大きな板に目を留めた。
 これはあかねの支給品で、既に奈緒美からも説明されている。
 この板を保持したまま残り2人まで生き残れば効力を発揮する特別生還証・・・
 脱出を目指す自分たちには何の役にも立たないと、奈緒美が苦笑していたのを思い出す。
 しかし、考え込んでいた早紀はこの板から視線を逸らすことが出来なくなった。
 頭の中で勝手な思考が回転し始める。
 奈緒美とあかねは古くからの親友だ。
 自分も仲良くしてはいるが、所詮はクラスメートとしての付き合いだ。親密さには天と地ほどの開きがある。
 万一、このままプログラムが進行して自分たち3人だけが生き残ったらどうなるだろう。
 何もしなければ時間切れで全滅だけれど、1人が死ねば残りの2人は生還できることになる。
 この3人の中で誰か1人だけが死ななければならないとすれば・・・
 奈緒美とあかねがそんなことをするはずがないと理性では解っているのだけれど、頭の片隅の勝手な思考は留まるところをしらない。
 そんな早紀の様子をあかねもおかしいと感じたようだ。
「どうしたの? 早紀」
 突然、質問された早紀は思わず口走ってしまった。
「どうせ2人で生き残るんでしょ」
 面食らったあかねが問い返した。
「え? 何て言ったの? もう一度言ってよ」
 今度は怒鳴ってしまった。
「奈緒美と2人だけで生きて帰ろうと思ってるんでしょ。あたしを殺して」
 あかねは目をパチパチさせながらも落ち着いて答えた。
「どうしたのよ、いきなり。奈緒美とあたしがそんなことするわけないじゃない」
 早紀の理性は焦っていた。どうにかして暴走する思考を止めなければならないと・・・
 だが、最早手遅れだった。
「何の動きも見せないで脱出なんかできるわけないじゃない。奈緒美とあかねを信頼してないわけじゃないけど・・・ でも、このままでは何の望みもないじゃない」
 興奮して立ち上がった早紀に、あかねが言った。
「落ち着いてよ、早紀。あたしたちは時を待っているだけよ。さっき、奈緒美から説明されたでしょ。闇雲に動いたって死を早めるだけだわ」
 言葉とは裏腹にあかねも少々興奮してきたようだ。
 早紀は大声で言い返した。
「このまま手をこまねいていたってどうにもならないわよ。貴女たち2人にはチャンスがあるけど、あたしには何もないわ」
 あかねも立ち上がって、怒気を含んだ声で答えてきた。
「どうしてそんなこと考えるのよ。あたしたち3人は運命共同体よ。全員で脱出するか全員で死ぬかのどちらかよ。ひたすら奈緒美を信じる以外にないのよ」
 早紀は特別生還証を指差しながら怒鳴った。
「信用できないわよ。あれがあれば貴女たちだけは生還出来るかもしれないわ。あれがあれば、2人だけ助かるわ。そして、その時には邪魔なあたしが消されるのよ」
 あかねは言葉をなくした様子でしばらく俯いていたが、突然顔を上げるとつかつかと歩き出して、特別生還証を手に取った。
 思ったとおりだ。やはり、それを使って2人で生き残るつもりだ。
 と考えた時、あかねは特別生還証を頭の上に持ち上げたかと思うと思い切り床に叩き付けた。
 妙な音を残して特別生還証は2つに割れ、単なる木片と成り果てた。
 あかねは早紀に視線を戻しながら俯き加減に言った。目には涙が溢れている。
「そうよね。こんなものがあるからいけないのよね。こんなものがあるから、余計なことを考えてしまうのよね。早めに処分しておかなかったあたしが悪かったわ。これで・・・ これで、気が済んだでしょ」
 心なしか声にも元気がなかった。
 だが、この瞬間早紀の理性が勝手な思考を振り払った。正に理性が目覚めたと言っても良いだろう。
 何てことを・・・ あたしは何てことをしてしまったんだ・・・
 ・・・
「ゴメン!」
 一言言い残した早紀は荷物も持たずに走り出した。
 慌てたあかねが何か言いながら後を追ってきたが、早紀は答えないで階段を駆け下りた。
 やがてあかねの声と足音は消えた。おそらく、奈緒美に相談に行ったのだろう。
 早紀は夢中でバリケードを取り除くと、ホテルの外に飛び出した。
 本当はバリケードを修復するべきだと思ったが、そんなことをしていては奈緒美に追いつかれてしまうだろう。
 追いつかれてはいけない。自分は取り返しのつかないことをしてしまった。自分の勝手な思考のために、奈緒美に恩を仇で返す結果となってしまった。自分は奈緒美の仲間になる資格のない人間だ。自分は最低なんだ・・・
 目に涙を浮かべながら闇雲に走り始めた。そして・・・

「蒲田さん、お願いがあるんだ。俺は君を蜂の巣にはしたくない。大人しく動かないでいて欲しい。そうすれば、1発で君の心臓を撃ち抜くことを約束する。それならば苦しむこともないし、亡骸も比較的美しく保てる。頼むよ」
 いきなり何を言い出すんだ、この男は。
 と思いながら、篤を見るとマシンガンを足下に置いて拳銃を握り締めている。冗談ではなさそうだ。
 おそるおそる答えた。
「一体、何のつもりなのよ」
 篤は丁寧な口調で答えた。
「ストレートに言えば、俺は君が好きだ。転校初日に一目ぼれした。だから君だけは苦しませずに逝かせたいんだ。傷も最小限にしたいんだ。本当は君が他のクラスだったらよかったのにと思ったが、こればかりはどうしようもない。君の命は他の奴に渡したくはない。必ず俺自身で摘み取りたくて、君を探していたんだ。先刻は逃げられたけど、今度は無理だね。本当に申し訳ないんだけど、ここは大人しく死んで欲しい。勿論、毎年墓参りはさせてもらう」
 見ると、篤は深々と頭を下げている。
 場違いでとんでもない内容の告白だけれど、本気と見て間違いはないだろう。学校で篤の視線を感じた記憶は殆どないが、自分が日頃全く篤に注意を払っていなかったので、当てにはならない。いずれにせよ、到底受け入れられない告白であるのだが。
 基本的に観念していた早紀はボソボソと言った。
「何よそれ。蜂須賀君なんかに好かれていても嬉しくないわよ。死ぬ前にもっと良い人に好かれたかったよ」
 篤は微笑を浮べながら言った。
「俺だけじゃないよ。盛田も君に御執心のようだ。俺には恋敵ってわけだな。まぁ、これで奴は君を得ることはできなくなったわけだが」
 早紀は面食らった。
 自分を殴り倒して放置し、さらに尾行してきた不快な男が自分を好きだったとは・・・
 馬鹿な・・・ それじゃストーカーだ・・・
 さらに篤が続けた。
「あの時、君に話しかけようとしたら盛田に邪魔されてそれどころではなくなった。だが、盛田は棒の様な物を持っていただけで銃は持っていなかった。俺がマシンガンを持っているのは事前に判っているはずだから、わざわざ声を上げて出てくるのは不自然だろ。奴は自分を危険に曝してでも君を逃がしたかったのさ。その理由は、恋心以外にありえないだろ。奴は女の子の前では極端に緊張するタイプらしいから素直な表現が出来なかっただけさ。理解してもらえない奴も気の毒だけどな」
 まさかと思ったが、冷静に考えれば篤の言葉の方が正しいだろう。盛田君に申し訳ない・・・ 今頃解っても手遅れだけど・・・
 再び篤が言った。
「余計なことを話してしまったな。さぁ、そろそろ覚悟を決めてもらえないか」
 早紀は咄嗟に答えた。万に一つの可能性にかけて・・・
「蜂須賀君が本当にあたしを好きなら、どうして殺すのよ。守ってくれるのが普通じゃないの?」
 篤は伏目がちに答えた。
「その理由は、さっきも言ったように他の奴に君の命を渡したくないからだ。好きだからこそ、俺の手で君を葬りたいんだ。理解して欲しい」
 早紀は首を激しく振りながら言った。
「そんなの変よ。好きな女の子を守るのが男じゃないの? 本当に好きなら殺せないでしょ」
 篤は悩ましそうに答えた。
「普通ならそうだろう。でも、俺は優勝しなくちゃいけないんだ。仕方がないんだ」
 言い終えると、篤は拳銃を持ち上げ、銃口をピタリと早紀の胸に向けた。
 早紀は泣きそうな声で叫んだ。恐らく無駄だろうけど言うだけ言ってみようと思った。
「それなら、守ってくれとは言わない。せめて見逃してよ。あたしはまだ死にたくないのよ」
 篤は苦渋に満ちた表情で答えた。
「それは無理だ。君はこの場で死ぬしかないんだ」
 言葉に詰まった早紀に、篤の言葉が追い討ちをかけた。
「これ以上の問答は無用だ。蒲田さん、本当にゴメン!」
 言葉が終わると同時に早紀は胸部に強烈な衝撃を感じて仰向けに倒れ、間もなく息を引取った。
 早紀の目が最後に見たものは涙を拭っている篤の姿だった。

女子6番 蒲田早紀 没
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