BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


69

 今は泣いていてはいけない。泣くのは優勝してからだ。
 彼女を葬ってしまった以上、ますます後には引けない。
 片想いしていた蒲田早紀に三途の川を渡らせた
蜂須賀篤(男子14番)は急いで南下を開始した。
 目の前にある小さなホテル。
 早紀の走ってきた方向から考えて、早紀はあのホテルにいた可能性が高い。
 そしてホテルの屋上には人影が見える。おそらく、早紀は仲違いでもして飛び出してきたのだろう。
 残っている者に逃げ出す暇を与えることなく仕留めておきたい。
 ノルマ達成まであと4人・・・
 篤は気合を入れなおした。

 篤は蜂須賀軍需物資という大企業の御曹司だった。
 蜂須賀軍需物資は古来より専守防衛軍の武器から車両・軍船までを一手に引き受けて製造しており、国との結びつきの深い企業だった。
 民主主義国家だったら独占禁止法に抵触してしまうであろうがこの国では問題なく、篤の父である社長は貴族階級の扱いを受けていた。
 そんな状況で、篤は何不自由なく育てられた。
 父は聡明で身体能力も高い篤を溺愛して、篤を後継者にと望んでおり、母や多くの重役たちも同意していた。そして篤自身もその気になっていた。
 しかし篤には4歳上の兄である太一がいた。
 粗暴でひねくれている太一を激しく嫌っていた父は、太一を廃嫡して篤を正式な後継者に指名しようと考えた。
 ところが重役会議の場で、祖父の代から勤めている古参の重役たちから強い反対を受けてしまった。
 長男を差し置いて他の者を跡継ぎに指名するのは、お家騒動の元となり、ひいては蜂須賀家の崩壊に繋がりかねないというのである。
 同じような事例は過去に多くあるため正論であることは否定しようもなく、父は引き下がらざるを得なかった。
 祖父の弟たちも同じ意見であり、太一自身も長男の権利を強く主張したため、父は太一の廃嫡を一旦は諦めかけた。
 だがそこで思わぬ幸運(?)が舞い込んだ。
 中3になった太一がプログラムに巻き込まれたのである。
 父はほくそえんだ。
 これで太一を合法的に取り除ける。そうなれば堂々と篤を後継者に出来ると。
 気の早い父は篤を後継者として発表する準備まで始めてしまっていた。
 ところが数日後、太一は無事に生還した。
 何と太一は11人を殺害して優勝していたのである。
 父は表向きはにこやかに出迎えたが内心では激しく落胆していた。
 しかも、後継者の発表準備をしていたことが太一の耳にも入ってしまったのだった。
 太一は自分の支持者である古参の重役たちを連れて社長室に乗り込んできて厳重に抗議した。
 窮地に追い込まれた父は太一の前に土下座して、嫡男の地位を下りてくれるように懇願した。
 太一は当然のようにこれを拒否したが、父は将来の遺産配分を多めにするなどの条件を出しながら繰り返し説得した。
 何度考えても太一の人格は社長には不適当だと思えたからである。
 拒否し続けた太一も最後には根負けしたようだった。
 篤がある条件を満たせば、嫡男の地位を譲ることを約束すると言い始めたのである。
 しかし、その条件がとんでもなかった。
 篤がプログラムに参加して太一を上回る12人以上を殺害して優勝することというものだったのだ。
 驚いた父は即刻拒絶したが、太一はその条件以外では嫡男の地位は譲れないと主張した。
 それどころか、もし父が強引に自分を廃嫡したり勘当したりすれば、父が異国との闇取引で莫大な利益を上げていることを世間に公表するとまで言ったのである。
 やむなく父は太一の要求を受け入れ、文書で約束を交わした。
 太一がニヤリとするのが見えた。
 所詮実現不可能な条件だと高を括っているのは明らかだった。
 12人も倒して優勝するのが難しいというだけの問題ではない。そもそも篤がプログラムに選ばれること自体が容易ではない。
 それでも父はめげなかった。
 篤に教育係をつけて戦闘のテクニックやサバイバル術を学ばせた。
 幼児期から太一にずっといじめられてきた篤は父の強い意志を汲み取って、必死で学んだ。
 そんな篤と父を、太一はいつも冷ややかな目で見詰めていた。
 無駄な努力と馬鹿にしている態度が見え見えだった。
 その視線を感じるたびに、篤は必ず太一の出した条件を満たしてやると誓うのだった。
 そして篤が中3になろうとする頃、父は政府の重役に賄賂を渡してプログラムの情報を聞き出し、丁度親戚の住んでいる豊原町でプログラムが行われることを知った。
 篤は親戚の家に形式的に養子として入り、身分を伏せて転校した。
 プログラムの予定されているクラスに入れるかどうかが問題だったが、運良くクリアできた。
 篤がプログラム予定クラスに転入したことを知った太一は、蒼ざめたがなお強気な態度を続けていた。
 ノルマを果たすことなどまず不可能だと思っていたこともあるだろうが、篤が戦死した方が後継者の座が確実になるという意識もあったであろう。
 一方篤はプログラムに備えてクラスメートの把握に努めた。
 勝利の第一歩は、まず敵を知ることだからである。
 その結果、このクラスにはなかなかの曲者が揃っていることを知り、優勝は容易ではないと自らを戒めた。
 特に矢島雄三、
大河内雅樹(男子5番)石川綾(女子1番)三条桃香(女子11番)の4人は要注意と思われた。その他にも芝池匠や盛田守(男子19番)なども手強いと感じていた。
 さらにプログラム寸前に転校してきた甲斐琴音(女子5番)も容易な相手ではないと思えた。
 おまけに死んでもらわなければならない早紀に一目ぼれしてしまったのも不覚だった。
 そもそも幼少時から女性には親切にするように躾けられてきた身であるため、女子を殺すこと自体に若干の躊躇があったので尚更であった。
 それでも私情に流されてはいられなかった。
 自分がノルマを果たさなければ、太一が後継者となり、蜂須賀軍需物資の行く末は真っ暗だと思われた。
 懸命に自分を愛し育んでくれた両親の想いに応えないわけにはいかなかった。
 何が何でもノルマを達成して生還しなければならない。
 プログラム開始の時、篤は自分に誓いを立てた。
 自分のベストを尽くしてノルマ達成を目指すこと。
 女子にも決して手加減はしない。ただし、絶対に顔は傷つけないこと。
 早紀だけは絶対に自分の手で葬ること。
 の3か条であった。
 まず下工作として、船の中で2つの目的を持ってクラスメートに協力的なそぶりを見せた。
 1つはクラスメートに少しでも自分を危険視させないため。
 もう1つは、政府に殺されてしまうクラスメートを減らすためであった。なぜなら、12人というノルマ達成のためにはクラスメートに無駄死にされては困るからである。
 出発した篤は早速支給品をチェックした。
 支給品はキルスコアスコープと言い、任意の生徒の性別と出席番号を入力すると、その生徒が現在までに討ち取った生徒数が表示されるというものであった。
 ノルマの達成具合を確認するのに便利な品だが、当然ながら殺傷力はない。
 厄介なことになったと思っていたが、幸いにも最初に遭遇した武藤香菜子からマシンガンを手渡された。
 下工作が早くも奏功したのである。
 これでノルマ達成は充分可能になると自信を持った篤は、ほぼ順調に7人を仕留めてきた。守や
速水麻衣(女子15番)などを打ち漏らしてはいたけれど。
 そして早紀が8人目であった・・・

 9人目の獲物を求めて急ぐ篤に、ホテルの屋上から声が降ってきた。
「そこで止まって。蜂須賀君」
 この声は委員長の
今山奈緒美(女子3番)のようだ。
 身体的には強敵ではないが、精神的には侮れない相手である。
 このような相手の言葉に従っては相手のペースに巻き込まれてしまうと判断した篤は無視してホテルの玄関を目指した。
 再度、奈緒美の声がする。
「聞こえないの? 蜂須賀君。そこで、止まりなさい」
 当然、篤は無視して歩を早めた。これで、奈緒美には自分の敵意が明確に伝わってしまっただろう。
 いきなり銃声が響き、少し離れた場所の地面が抉られたのが判った。威嚇射撃をしてきたようだ。
 と同時に三度奈緒美が声をかけてきた。口調もかなり厳しくなっている。
「止まらないと今度は本気で狙うわよ!」
 奈緒美が銃を持っている以上、ますます躊躇は出来ない。屋上に向けてマシンガンを撃つのは流石に不利と思われるので、急いで内部に入る必要がある。
 篤は全力疾走に切り替えた。完全な宣戦布告である。
 今度は奈緒美も声をかけることなく立て続けに撃ってきた。
 奈緒美の狙いはかなり正確で、3発目は篤の左肩を掠めて激痛とともに血が滲んだが、篤は怯まずに走り続けた。
 止まっては危険と思い、表情も厳しくなった。奈緒美は予想以上に強敵のようで、全力で仕留めておく必要がありそうだった。
 そしてどうにか重傷を負うこともなく、篤はホテルの玄関に辿り着いた。
 頭上には小屋根があるので、もう奈緒美の銃撃を恐れることはない。
 玄関には予想通りにバリケードが築かれていたが、一部が崩れていてどうにか通れそうだ。
 思ったとおり、早紀はバリケードを中から壊して駆け出してきたのだろう。
 見ると、奥のほうで誰かが必死でバリケードを修復しようとしている。どうやら1人のようだ。
 辿り着くのがもう少し遅ければ、容易には侵入できなかったことだろう。
 篤は一気に内部に飛び込んだ。
 慌てた相手が奥へ逃げようとしたが、篤はすぐに追いついて前に回りこんだ。見ると
伊奈あかね(女子2番)である。たしか奈緒美の親友だったはずだ。恐らく、現在ここにいるのは奈緒美とあかねだけなのだろう。人数に余裕があれば1人でバリケードを修復することもないだろうから。
 マシンガンを目にして声も出ないあかねに、篤は冷酷に告げた。
「申し訳ないが命をもらうよ、伊奈さん」
 返事を待つことなく、篤はマシンガンを操作した。
 胸腹部を何発もの弾丸に貫かれたあかねは血飛沫を撒き散らしながら倒れ、その若い命を散らした。
 血みどろのあかねに一礼し、篤は奈緒美と戦うために階段を上がり始めた。
 その時、もう1つの影がホテルに駆け寄りつつあることは篤の知るところではなかったけれど。

女子2番 伊奈あかね 没
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