BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


71

 俺が悪いんだ、何もかも・・・
 しっかり守ってあげていれば・・・
 それにもっと早く見つけてやれれば・・・
 いやそれ以前に、こんな性格でなければどうにかできたのに・・・
 
 
盛田守(男子19番)は両膝を地に付け、その上で拳をしっかりと握り締めながら全身を細かく震わせていた。頬を涙が伝っている。
 守の前には物言わぬ姿に成り果てた蒲田早紀が横たわっている。
 ふらふらと立ち上がった守は、周囲から花を摘んできて集めると再び跪いて早紀の胸の上に供えた。
 それからおそるおそる体に触れてみると、まだ温もりがある。
 息絶えてからさほどの時間は経っていないのだろう。
 それだけに、発見が遅れたことがますます悔やまれるのだった。
 早紀の両手はしっかりと胸の前で組まれている。
 守がしたことではない。早紀を殺した者の仕業か、それとも守より早くに亡骸を見つけた者がいるのか。
 激しい後悔の念と共に早紀の冥福を祈りながら、守は誰の仕業かを考えた。
 早紀の遺体は丁度心臓の位置に大きな穴が開いていて、そこから大量の血液が流れ出して凝固している。
 これが致命傷であることは確実だが、他には全くといっても良いほど傷がない。拳銃による一撃だけと考えられる。
 だが周囲には身を隠せるものは何もない。不意の一撃で仕留められる場所ではない。
 無論、遠方からの狙撃にしては狙いが正確すぎる。
 同伴していた何者かに裏切られたのか、襲撃された早紀が逃げ切れないと観念して首を差し出したのか、それとも・・・
 これ以上考えても判るはずはないのだが、守は何とかして早紀を殺した者を突き止めたいと思った。
 マシンガンを持っていた
蜂須賀篤(男子18番)以外の全員が容疑者になりうるだろう。
 仇であっても命を奪おうとまでは思わなかったが、袋叩きにしなければ気がすまなかった。
 といっても、相手が女子だと困るわけであるが・・・
 守は震える手で、そっと早紀の頬に触れた。まだ硬直していない頬には、一筋の涙が流れた痕がある。
 蒲田さん・・・ 無念だったろうね・・・ 本当に申し訳ない・・・
 再度、守は頭(こうべ)を垂れた。
 その時、守は背後に人の気配を感じた。
 しまったと思うよりも早く声をかけられていた。
「意外ね。貴方のような人がやる気になるなんて」
 反射的に立ち上がり、鉄パイプを握って身構えた。
 その守の眼前わずか5mの位置に、微笑を浮べながら立っていたのは
三条桃香(女子11番)であった。

 京極武和から早紀を守った守は、落ちている早紀から少し離れた叢に身を隠していた。
 早紀が覚醒しないうちに危険人物が接近してくれば、再度戦うつもりでいた。
 が、最初に現れたのは危険には見えない大場康洋だった。
 それでも念のために身構えていたのだが、康洋の早紀に対する紳士的な態度を見てホッと胸を撫で下ろした。
 早紀を康洋に任せて立ち去ろうかとも考えたが、2人の会話を聞いていると、康洋がプログラムの転覆を目指していることと早紀が守のことを誤解していることが判明した。
 プログラムの転覆ならば状況によっては手伝いたいし、出来れば早紀の誤解も解きたいと思い、しばらく2人を密かに観察することとした。
 そして、康洋の指示に従って材木などを必死で運んでいる早紀の健気な姿を見ているうちに、守の早紀に対する漠然とした好意は明確な恋心に変化していった。隠れて早紀を見ているだけでも胸が高鳴るのを感じるようになってきた。
 やがて康洋の立てている原始的な作戦を理解した守は、成功率が極めて低いと考え、引き止めたほうがよいかどうか悩んだ。
 相手が康洋1人ならば躊躇なく声をかけただろう。
 だが自分を誤解している早紀の前に顔を出す勇気はどうしても出せなかった。
 今早紀の前に出ても、酷く緊張して上手く喋れないに決まっている。しかも、ずっと付きまとっていたことを早紀に悟られて、ますます誤解されてしまうのは明白だった。
 どうすることもできず、守は作戦が成功することを願った。成功すれば、生還後にゆっくりと誤解を解けばよいのだから。少なくとも、付きまとったことは知られずにすむはずだ。
 ところがそこへ
蜂須賀篤が現れた。
 篤の方針を予測しかねた守が息を潜めていると、篤には明らかに不穏な言動が見られた。
 まずいと思ったが、早紀が素早く森に駆け込み、康洋が篤を説得し始めたので、しばらく様子をみることとした。
 しかし、篤は突如マシンガンを構えて抵抗する暇も与えずに康洋を蜂の巣にしてしまった。
 言うまでもなく、早紀の命も風前の灯である。
 最早躊躇してはいられず、守は早紀を逃がすための囮として飛び出した。
 さらに誤解を深めることになろうとも、早紀が殺されてしまうよりは数段マシである。
 鉄パイプでマシンガンに立ち向かうなど無謀の極みであるのだが、とにかく早紀が逃げる時間を稼ぎたいと必死だった。
 ありがたいことに守はマシンガンを持っている篤よりも速く走ることができた。夜の森なので身も隠しやすかった。
 挑発に立腹した篤の狙いが不正確になったこともあって、守は早紀を逃がすことにも自分が逃げ切ることにも無事に成功したのだった。
 だが逃げ切った守は途方に暮れた。
 篤と早紀を引き離すために、守は早紀が逃げたのとは別方向に向かっていた。当然ながら自分と早紀も遠く離れてしまったことになる。
 もう一度早紀を見つけるのは容易ではないと思ったが、それでも懸命に探すこととした。
 次に出会えれば、勇気を出して話しかけようと決めた。もし拒絶されても、強引に早紀の護衛をしようと決めた。上手く喋る自信はなかったけれど。
 探しているうちに朝になり、
細久保理香(女子18番)速水麻衣(女子15番)を偶然見かけた。できれば早紀以外の女子には接近したくないのだが、早紀の情報が得られるかもしれないと思って足を向けた。
 緊張で真っ赤になりながら何とか会話したが、残念なことに2人は早紀には会っていないようだった。
 その後は誰にも会えず悩んでいるうちに1つの疑問が浮かんだ。篤がその気ならば、姿を見せると同時に乱射して康洋と早紀の2人ともを蜂の巣にすることが可能だったはずだ。それならば、自分が乱入しても恐らく間に合わなかっただろう。
 どうして篤が康洋だけを先に殺したのかが不思議だった。そういえば、篤は早紀に声をかけようとしたようにも見えた。
 何か用事があったのだろうかと考えていた時、南の市街地の方向から銃声がした。
 まさかと思って急ぎ足で向かうと、今度はマシンガンらしき連続した銃声が聞こえた。どうやら市街地よりも西のようだが、発砲しているのは篤と見て間違いなさそうである。
 襲われているのが早紀ではないことを祈りつつ、守は走った。
 途中で単発の銃声が混ざっていることが確認でき、篤と戦っているのは早紀ではないと把握できたが安心は出来ない。
 そして、銃声の位置がホテル付近だと確信したところで、全く銃声は聞こえなくなった。
 目を凝らすと、はるか前方の林の中に1人の男子が駆け込んでいくのが見えた。しばらくしてもう1人。
 2人目が篤のように思われたが1人目は判らなかった。
 女子の姿が見えないことに一安心した守だったが、その直後に2人が駆け込んだ場所よりもずっと手前の荒地に人間らしきものが横たわっているのを見つけて息を呑んだ。
 近づくにつれて、それが女子であることと周囲に血の海があることが明らかになり、守は脳貧血を起こしそうになった。
 それでも、早紀ではないことを願いながらゆっくりと歩を進めた。
 しかし、守の願いは無残にも打ち砕かれたのだった。

 守にとって、美人の桃香は当然ながら大の苦手である。
 普段なら見詰め合ったら緊張して何も言えなくなってしまうだろう。
 だが今の守は違っていた。
 素早く桃香の手に目を走らせたが銃は持っていないようだ。どこかに隠しているのかもしれないが。
 守は不思議なほど落ち着いて答えた。
「俺はやる気じゃない。蒲田さんを殺した奴を探したいだけだ。まさか三条さんじゃないよな」
 桃香は微笑んだままで答えた。
「見てのとおり、私は銃を持ってないのよ」
 そこで早紀に供えられた花を見つけたらしい桃香が続けた。
「そうか。盛田君は蒲田さんが好きだったわけね。仇討ちしたいわけなのね」
 ハッキリ言われてしまうと、赤面するのは避けられなかった。脈も速くなって、いつものように言葉が出にくくなってきた。
 満面の笑みを浮かべた桃香が優しい声で言った。
「図星のようね。そこまで想ってもらえる蒲田さんが羨ましくなっちゃうわ」
 そこで、桃香の表情が急に険しくなり、口調も変化した。
「さてと。おしゃべりはここまで。勝負よ、盛田君」
 言うなり、ナイフのようなものを抜き放って構えた。
 守は頑張って答えた。
「やっぱり三条さんはやる気なんだね。でもそれならば、さっき俺の背後から襲うことも出来たんじゃないのかい」
 桃香は表情を変えずに言った。
「船の中で言った通りよ。国民の義務として、私たちはやらなければいけないのよ。やる気にならない人は非国民よ」
 そこで桃香の表情が少しだけ柔和になった。
「でもね、私は背後から襲撃するようなことは嫌いなの。皆と堂々と戦いたいのよ。自分のプライドにかけてね。それで負けても悔いはないわ」
 守は桃香の顔を見ないようにしながら答えた。
「悪いけど、俺は蒲田さんの仇以外とは戦う気はない。ここは逃げさせてもらうよ」
 桃香の口調が厳しくなった。
「目を逸らして話すなんて失礼な人ね。逃がしはしないからね」
 守はどぎまぎしながら答えた。
「目を逸らしたことは謝る。でも、俺は女の子と話すとどうしようもなく緊張するんだ。許して欲しい。それから、俺には女の子と戦うなんてことは絶対に出来ない。女の子に拳を振り上げるなんてとても無理なんだ。三条さんの立場は理解できないこともない。でも、俺には・・・」
 言葉を濁しながら、守は桃香に背を向けて逃げようとした。
 途端に桃香の怒声が飛んだ。
「それは男女差別よ。絶対に許せない」
 さ、差別だと・・・ 何だ、それは。
 守は思わず振り向いた。桃香は一段と厳しい表情を見せている。美少女が台無しになるような表情だ。
「貴方は紳士的な気持ちで女に拳を振り上げたくないと思っているのかもしれない。でも、それは男が女より優位だという意識が根底にあるからよ。女は弱いという前提が隠れているのよ。弱いと思っているからこそ女には優しく接しなければいけないとか、女には手を上げてはいけないとかの話になるわけよ。男に生まれるか女に生まれるかは天命であって本人の意思じゃないでしょ。女だって男と同じように扱われるべきなのよ。プログラムの場において相手が女だから戦いたくないなんて、女に対する冒涜以外の何物でもないわ。貴方のしてることは女をバカにしていることなのよ。中には親切にしてもらえて得だと思ってる女もいるみたいだけど、私はそんな子じゃないの。女だからって手加減されるのは我慢できないの。さぁ、尋常に勝負しなさい。遠慮なく私を殺してもいいのよ」
 桃香の言葉を聞いているうちに、守は何となく気分が変わってきた。言っていることの内容が正しいのか正しくないのかさえ解らなかったが、主張したいことだけはぼんやりと理解できた。
 女の子だって同じ人間なのだから、過度に緊張する自分がおかしいのかもしれない。女の子だってやる気になっているのなら、敵と見なして戦うべきなのかもしれない。
 男だ女だということに強くこだわっていることが間違いの元なのかもしれない。ここは三条さんを女の子だと思わずに全力で戦うことが、必要なのだ・・・
 守は自己暗示をかけた。桃香を女ではないと思い込むことにした。セーラー服姿の相手を女ではないと思い込むのは至難の業であるのだが、充分な精神修養をしている守にはそれが可能だった。
 もとより殺すつもりはない。気絶させるだけで充分だ。
 守は鉄パイプを構えながら言った。最早緊張はしていない。脈拍も平常の値だ。
「俺のしていることが差別だとは思い至らなかった。申し訳ない。お相手させてもらう」
 桃香はやさしい表情に戻りながら答えた。目線だけは厳しいままだったが。
「理解してもらえて嬉しいわ。お互い死んでも恨みっこなしよ」
 言い終えると桃香はナイフを構えて突っ込んできた。
 ナイフと鉄パイプではリーチに大差がある。守は楽に勝てると思っていた。ナイフを弾き飛ばしてから、桃香の脇腹を強打すれば勝ちだ。
 ところが桃香の動きの鋭さとスピードは守の想像を絶していた。素早く懐に飛び込まれた守は、桃香のナイフをかわすのが精一杯で反撃する余地は残されていなかった。
 守は完全に防戦一方となり敗北は時間の問題と思われた。
 だが、桃香は突如攻撃を止めて怒声を浴びせてきた。
「本気を出しなさいよ、盛田君。剣道部の選手としての実力を見せなさいよ。ひょっとして、相変わらず私をバカにしているわけなの? それとも、単に私を甘く見ていたの? 私のことをただのお嬢さんだと思っていたのなら大間違いよ」
 その言葉を聞いて、守は昨年夏に行われたクラスでのキャンプのことを思い出した。
 飯盒炊爨(はんごうすいさん)のために薪を割って火をつけようとしていた守のところへ、桃香がとぎ終えた米を飯盒に入れて運んできた。
 ふと見ると、桃香はタンクトップにショートパンツという軽装であった。赤面した守だったが、それでも一瞬で桃香の四肢がかなり筋肉質であることを見て取った。桃香の運動神経が良いことは聞き知っていたものの、予想以上に鍛えられているように思えた。
 桃香は守の視線に素早く気付いて立ち去ってしまったが、守には強い印象が残っていた。
 そうなんだ・・・ 三条さんは平凡な男子よりもずっと強いはずだ。屈強の選手と戦うつもりにならないといけないんだ。よし・・・
 守は大きく深呼吸して気合を入れなおした。勝負に世界に生きるものとしての自分が覚醒したようだった。
 みるみるうちに、全身に力がみなぎってきた。剣道の大事な試合同様の集中力が得られたようだ。
 それを見た桃香は一瞬微笑んだものの、すぐに真剣そのものの表情に変わった。
 形勢は一気に逆転した。守の気迫溢れる攻撃の前に、今度は桃香が防戦一方となった。
 冷静になっていた守は、桃香が防戦しながらも自分を林のほうに誘いこもうとしているのを見極めた。
 林の中ならば長い鉄パイプは使いにくいと桃香は判断しているのだろう。
 しかし、守には余裕があった。目前の林の木々は左程密集してはいない。鉄パイプを振るうことは充分に可能だと考えていた。
 そこで桃香は突如後方に大きくジャンプして間合いを取った。
 何か飛び道具でも使うのかと思った守は、僅かの間追撃を躊躇ってしまった。
 すると桃香は守に背を向けて走り出し、林に飛び込んだところで大木の陰に立ち止まると、顔だけを出して振り返った。 
 桃香の表情には先程までの余裕や誇りは全く感じられなくなっており、明らかに焦りに支配されているようだった。
 それでも守は油断しなかった。勝負は最後までわからないということを、試合を通じて何度も体験していたからだ。
 守は一気にダッシュをかけた。桃香はさらに林の奥のほうへ入っていったようだ。
 けれども、桃香のいた場所まで辿り着いた瞬間、守は何となく嫌な感じがした。
 と同時に桃香の声がした。
「悪いけど私の勝ちよ」
 な、何だと・・・ 何で俺の負けなんだ・・・
 思わず足下を見た守の目に飛び込んできたものは、小型のラグビーボールのような形状の金属質の物体だった。
 その一瞬で、守は全てを悟った。
 桃香はピンを抜いた手榴弾を足元に置いて奥へ逃げたのだ。守の足の速さまで計算に入れて・・・
 それ以上のことを思う暇はなかった。
 閃光と爆音と共に、守の五体は粉々に砕け散った。
 それを林の奥で見届けていた桃香の表情は、勝者のそれとは全くかけ離れた物だった。

男子19番 盛田守 没
                           <残り11人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧   表紙