BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
74
豊増沙織(女子13番)はそっと体を起こした。
目の前では百地肇(男子18番)と三条桃香(女子11番)が睨みあっている。
先ほどまで肇に組み伏せられて陵辱されそうになっていた沙織は、桃香と比較的親しいこともあって、桃香が自分を助けに来たものと思い込んでいた。
言うまでもなく、これから繰り広げられるであろう戦いで桃香が勝利することを期待していた。
包丁らしきものを握った肇と、沙織が持っていたはずのマシンガンを抱えた桃香は、最早沙織のことなど全く眼中に無い様子だ。
肇が沙織の服を脱がせるのに必死だった時に、桃香は楽々とマシンガンを拾い上げたのだろう。
両者の武器を見れば桃香の勝利は確実だろう。
女の敵の無残な最期を見届けさせてもらうつもりで、沙織は脱がされたセーラー服をゆっくりと身に纏おうとした。
だが、桃香は突然マシンガンを後ろのほうに投げ捨てた。
え、どうするつもりなの?
沙織の目が見開かれた。
小心者の沙織は川崎愛夢に襲撃されてから、ますます恐怖にとらわれていた。
友人の愛夢でさえこの様子なのだから、もともと親しくない者はますます危険だと考えられる。
もはや誰も信用しないぞと思いながら震えていると、再び愛夢が現れた。
先刻の愛夢は沙織のウージーを見て反射的に逃げ出したわけだが、気分を落ち着けてから今度はウージーを奪いに来たのだろうと考えた。
そこまでバカにされて、黙っているわけにはいかなかった。
怒りに満たされた沙織は無我夢中で愛夢を射殺してしまった。愛夢が何か叫んでいたが聞く耳を持つことなく、とどめをさした。
愛夢を血みどろのオブジェに変えてしまうと、ホッとした沙織は脱力して地べたに座り込んだ。
ボーッとオブジェを見ていた沙織は、突如愛夢のスカートの長さがいつもと違うことに気付いた。
よく見ると、リボンの色も異なっている。
殺した相手は川崎来夢だったのかと思い、散乱している相手の荷物をチェックした。
愛夢と親しい沙織は私物をチェックすれば愛夢かどうかを見分けられる自信があった。
そして、見つけた化粧道具や針箱は間違いなく愛夢のものであった。
その瞬間、沙織は全てを悟った。
先ほど自分を襲撃したのは愛夢に変装した来夢であったことを。
それを見抜けなかった自分は本物の友人を自ら葬ってしまったのだということを。
悔やんでも悔やみきれない失策であった。
愛夢に申し訳なくてたまらず、沙織は半狂乱になって走り出した。
雷雨の中もかまわずに走り回った。禁止エリアに飛び込んでしまわなかったのはただの幸運だったといえそうだ。
エリアD=5まで来たところで少しだけ落ち着きを取り戻し、日当りの良い場所に座り込んで濡れた衣服を乾かそうとしたのだった。
他者に極めて発見されやすい危険な場所であったのだが、そこまで考えるゆとりは残されていなかった。
その結果、肇に襲われる運命になったのである。
桃香は懐から刃物を出しながら落ち着いた口調で言った。
「包丁しか持ってない人にマシンガンでは失礼よね。私もナイフでお相手するわ」
肇がニヤリとするのが見えた。
このまま桃香を応援するべきか、それともさっさと逃げ出すべきだろうかと迷っていると、いきなり中腰になった肇が沙織の首に包丁を突きつけてきた。
ビクッとしたが、恐怖で動けない。
肇が勝ち誇ったように言った。
「三条さん、一歩でも動いたら豊増さんの命はないよ。豊増さんを助けたかったら、そのナイフで切腹することだな。そうすれば、豊増さんは解放してやるよ。さぁ、どうする」
再び恐怖にとらわれた沙織は、助けを請うように桃香を見上げた。
しかし、桃香は沙織とは視線を合わせずに呆れた口調で答えた。
「自分の置かれた状況も理解できていないようね。これはプログラムなのよ。生き残れるのは原則1人よ。その状況で人質をとることに何の意味があるのかしら。よく考えてごらんなさいよ」
肇が返答に窮しているのが見て取れる。
桃香が続けた。諭すような口調だ。
「やってることが無意味なのがわかったでしょ。貴方が生き残るには、私を倒すしかないわけよ」
「クッソー!」
咆哮した肇が包丁を振り上げた。
沙織は慌てて身をかわそうとしたのだが到底及ばず、振り下ろされた包丁によって脇腹を深く抉られてしまった。
表現しがたい苦痛とともに傷口から血液が流れ出ていく。
そのまま仰向けに倒れた沙織は、肇と桃香の戦いを呆然と見届けるしか出来なかった。
殆どやけくそのように、肇が桃香に突撃する。桃香がそれを余裕でかわす。
それの繰り返しだった。
当然ながら先に疲労したのは肇のほうであり、見るからに動きが鈍くなってきた。
余力充分そうな桃香が言い放った。
「これまでのようね。自分の行為を恥じながら死ぬがいいわ」
言い終えると同時に鋭く踏み込んだ桃香の刃物は肇の首筋を断ち切っていた。
赤い血潮を噴水のように巻き上げながら肇は倒れ伏した。
飛び退いて返り血を避けていた様子の桃香は、そっと肇に触れて脈がないことを確認しているようだった。
沙織は桃香の勝利を喜んだが、残念ながら自分もかなりの重傷である。小声で話すのがやっとだった。
「本当にありがとう、桃香。助けてくれて嬉しかった。どう、この傷。治療すれば助かるかなぁ」
近寄ってきた桃香は沙織の傷を見詰めた後で憐れむような口調で言った。
「状況が理解できていないのは、貴女もなのね、沙織。生き残れるのは1人だってことを忘れないで」
ゾッとしながら答えた。
「え、じゃぁ、桃香はあたしを助けに来てくれたわけじゃないの? そうでしょ。助けに来てくれたんでしょ」
桃香はクールに答えた。
「この場に及んで、何をおめでたいことを言っているのかしら。結果的に助けてしまったけど、私は優勝する気なのよ。国民として当然のことをしているだけよ。言うまでもなく、沙織にもあの世へ行ってもらうわよ」
え? 今、何て言ったの? 私を殺すって言ったの? まさか・・・
呆然としている沙織に、桃香は容赦なく言葉を浴びせかけた。
何時の間に拾い上げたのか、桃香の腕にはしっかりとウージーが握られている。
「その傷だと放置しても失血死か敗血症による死は確実ね。プログラム前まで友人だった私がしてあげられる唯一のことは、苦しまないようにとどめをさしてあげることだけよ」
言い終えると、ウージーの銃口はピタリと沙織に向けられた。
沙織は薄れ行きそうな意識を振り絞って、最後のお願いをした。
「お願いよ、桃香。何とか助けてよ。まだ死にたくないのよ」
桃香は微笑みながら答えた。
「だから、その傷ではどうしようもないのよ。放置する方が残酷だわ。今すぐ楽にしてあげるね」
答える間もなく、沙織の全身を多数の鉛弾が貫いていった。
先刻自分がこしらえたのと同じようなオブジェに成り果てた沙織に、桃香は軽く目礼して背を向けた。
男子18番 百地肇 没
女子13番 豊増沙織 没
<残り8人>