BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


75

 エリアD=4の小さな山小屋の中で、固形燃料を使って調理をしていたのは佐々木奈央(女子10番)だった。
 相棒の
甲斐琴音(女子5番)は屋根の上にいる。
 危険人物の接近を早く知るためには屋根の上は好都合と言うわけだ。
 普通の生徒ならばもしもの時に逃げ場がなく危険な場所になるわけだが、身軽な琴音には何の心配もないと言えた。
 プログラムの序盤で琴音に出会ってから、奈央はずっと琴音に守られていた。
 琴音に会わなければ、自分が今まで生きていられるとは到底思えない。
 ひたすら守られているだけでは申し訳ないと思い、奈央は積極的に調理などを引き受けていたのだった。
 正直なところ家事には自信がない。
 家では母にまかせっきりであり、学校の授業で習った程度の知識しかない。
 おそらく琴音の方が家事も出来るのだろう。
 それでもせめて少しは役に立ちたいと奈央は必死だった。
 固形燃料と保存食を用いての調理などそれほど難しいものでもないのだけれど。
 沸いた湯にコンソメの素を溶かしながら、奈央は考えを巡らせた。
 琴音に同伴していれば、よほどの強敵に襲われない限りは簡単に殺されてしまうことはないだろう。
 だからと言って、自分たちの先行きが希望に包まれているというわけでもない。
 今していることは、単に生き延びているだけのことであって何ら建設的なことではない。
 死んでしまうと生還のチャンスがなくなるわけだから、生き延びることが重要課題であることは間違いない。
 しかし、いくら生き延びても問題が解決するわけではないことは明白である。
 最終的に自分と琴音だけが残ったとしても、2人で生還できるわけではないのだから。
 複数で生還する方法については自分もずっと考えているし、琴音にも相談している。
 今までのところ、何の名案も浮かんではいない。
 もっとも、琴音の方は成り行き任せのようであったが。
 自力で解決できなければ結局は誰かに頼る他はない。
 けれども数少ない頼れそうな人物のうち、今山奈緒美や芝池匠は既に鬼籍に入っている。
 残っているのは、
大河内雅樹(男子5番)石川綾(女子1番)程度である。
 この2人ならば何とかしてくれるのではないかと、奈央は期待していた。
 内心憧れている雅樹と脱出できれば最高の結末である。ひょっとすれば、その先も・・・
 そしてもう1人、親友であり恋のライバルでもある
細久保理香(女子18番)はどうしているのだろうか。
 理香のサバイバル能力は自分よりは数段上であると思われるが、それでもこのプログラム会場では心もとない。
 雅樹にでも保護されていれば安心だと思いつつも、それは雅樹を巡る争いに後れを取ることを意味するので、少々複雑な気分であった。
 プログラム開始以降、会場内では何度も銃声が轟き、マシンガンと思われる連続した銃声さえも響いている。
 今この瞬間にも大事な仲間の命が死の危機に瀕しているかもしれないのだ。
 そう思うと仲間を探し回りたくなるのだが、不用意に動き回るのは危険だという琴音の主張に逆らうことも出来ず、奈央は仲間と無事に出会えることを願うしかなかった。
 それから、担任の国分美香が会場に潜入しているのは心強いと言えた。
 会場に潜入する以上、自らの命を犠牲にしてでも生徒を助けようとしていることは明らかである。
 上手く出会えれば、何とかできるのかもしれない。
 とにかく諦めてはいけない。生きている限り、何が起こるか分からないのだから。
 奈央は手を休めて深呼吸した。
 終えると小さく呟いた。
 理香、どこにいるの。雅樹君、会いたいよ。美香先生、助けてください。
 その時、頭上から琴音の大声が響いてきた。
「佐々木さん、逃げて! 早く!」
 不用意に動いて火事を起こすのは最悪である。
 急いで火を止めた奈央は窓の外に目をやった。
 大きな銃のようなものを抱えた男子生徒が走ってくるのが見える。どうやら
蜂須賀篤(男子14番)のようである。
 足を止めた篤が大声を出した。
「そんなところにいるのは格好の的だよ、甲斐さん」
 琴音が負けずに答える。
「あんたなんかに簡単に仕留められるようなあたしじゃないよ。そもそも、上の方を正確に撃てるのかい?」
 いつもの琴音なら、とっくに屋根から飛び降りて戦闘態勢に入っているだろう。
 しかし、今降りれば流れ弾が小屋の中の奈央に命中する危険が高い。
 琴音は奈央が逃げる時間を稼いでくれているのだ。
 言葉通り、上方を狙い撃つのが難しいということもあるのだろうけれど。
 とにかく琴音のためにも早く逃げねばならない。
 手早く荷物をまとめた奈央は、急いで裏口から駆け出して近くの大木の後に飛び込んだ。
 屋根を見上げると、琴音が一瞬こちらの位置を確認したのが見えた。
 だがその動きを篤に見咎められたようである。
「おや、誰かを守っているのかな。転校間もない甲斐さんに仲間が出来るとは意外だね。どちらにせよ手強いのは甲斐さんの方だから、お仲間は後でゆっくりと仕留めさせてもらおう」
 琴音は動揺を見せずに答えた。
「あんたには関係ないことでしょ」
 篤が言った。
「隠しても無駄だよ、足音も聞こえたしね」
 琴音の声が大きくなった。
「うるさいわね。とにかく、あたしがお相手するわ」
 そして振り向くことなく続けた。
「そこにいちゃ駄目よ。マシンガン相手に守りながら戦うのは無理だから、とにかく逃げて。生きていればまた会えるわ」
 当然ながらこの言葉は奈央に向けられている。
 奈央は逡巡した。
 言っていることは理解できる。
 藤内賢一から奪った拳銃を持っているとはいえ、マシンガンを相手にして奈央を気遣いながら戦えるわけがない。
 相変わらず流れ弾に当たる危険もあるのだし。
 だからと言って、今まで守ってくれていた琴音を放り出して逃げてよいものなのか。
 この広い会場で一度はぐれればなかなか再会できないのは火を見るよりも明らかで、単独行動になった自分は極めて危険な状態に陥ってしまう。自分1人では誰に襲われても助かる見込みはない。
 この思考は自分本位のものだが、そもそも逃げては琴音に申し訳ないではないか。
 たとえ琴音がそれを望んでいるとしてもである。
 奈央は決意した。
 自分だって拳銃を持っているのだ。篤を倒せなくとも、援護射撃くらいは出来るはずだ。
 篤は琴音に集中しているはずだ。自分でも不意を突けないことはないだろう。
 奈央は木々の間を縫うように進んで、篤と琴音の双方が良く見える位置まで移動した。
 しかし、琴音はすぐに気付いたようで厳しい言葉が投げかけられた。
「聞こえないの? あたしは逃げろと言ってるんだけど」
 奈央は必死で答えた。
「お願い、甲斐さん。あたしにも手伝わせて。このまま逃げるなんて出来ない」
 琴音は怒鳴り返してきた。
「あたしはあんたにそんなことを頼んだ覚えはないわ。逃げるように言ったのよ。今度の相手はさっきとは違うのよ」
 そんなことは解っている。でも・・・
 絶句していると、さらに琴音の声が響いた。
「こうなったら、はっきり言うわ。あんたがそこに留まっていると邪魔なのよ。早く行きな!」
 理屈から言えば正しいのは琴音だろう。銃を使いこなせない自分など足手まといに過ぎないだろう。自分がいることで琴音が不利になることもあるだろう。しかし・・・
 奈央は決断できなかった。
 そこで今度は篤が口を開いた。
「その声は佐々木さんのようだね。甲斐さんを仕留めるまで大人しく待っていてくれれば、一発で楽にしてあげることを約束するよ」
 バ、バカにしないでよ。確かにあたしは強くないわよ。でも黙って殺される気はないわ。必ず甲斐さんの援護をして痛い目に遭わせてあげるからね。
 奈央が逃げる気にならないようにするための篤の詭弁とも見抜けず、奈央は琴音の援護をすることを決心した。
 琴音が怒気を含んだ声で叫んだ。
「そんな挑発に乗っちゃだめよ。早く逃げなさい。これ以上逆らうなら、あたしがあんたを撃つよ!」
 しかし、奈央の決意は変わらなかった。琴音に殺されるのなら仕方ないとさえ思った。もともと琴音に救われている命なのだから。
 今度は琴音は呆れたような声を出した。
「あんたがそんな子だとは思わなかったよ。もうあんたのことは考えずに戦うから、どうなっても知らないからね」
 奈央はそれで満足だった。自分のわがままが琴音を困らせているのは承知の上だけれど、自分にだって意地があるのだ。
 篤が叫んだ。
「そろそろ行くぜ。勝負だ、甲斐さん」
 言い終えるとともに、琴音に銃口を向けた。
 同時に琴音は飛び上がりながら篤に小石を投げつけた。
 一瞬怯んだ篤の狙いはそれ、琴音は無事に着地した。
 すかさず、篤のマシンガンが火を噴く。
 琴音は井戸の陰に飛び込んで拳銃で反撃した。
 篤が慌てて身を伏せる。
 その隙に琴音は林に駆け込んだ。
 奈央の位置とは離れており、奈央が流れ弾に当たらないように配慮しているのが見て取れる。
 立ち上がった篤が再度マシンガンを操作した。
 大木に身を隠していた琴音が弾切れを待って反撃に転じた。
 地面を転がってかわした篤は農機具の背後に飛び込んで、焦りながらマガジンを交換しようとしていた。
 奈央の位置からは篤の背中が丸見えだった。
 絶好のチャンスと見なした奈央は拳銃を構えて、力いっぱい引き金をひいた。
 反動でよろけながらも命中することを願った。
 勿論、殺人なんてまっぴらゴメンだけど、そんなことを言っていられる状況ではない。
 しかし次の瞬間、奈央は蒼ざめる他はなかった。
 なぜなら、奈央の放った銃弾は大きく逸れて、篤に命中するどころか琴音の右肩に当たっていたのだから。
 琴音が右肩を押さえてうずくまるのが見える。もう、拳銃を使いこなすのは無理だろう。
 その隙にマガジンを交換し終えた篤が再びマシンガンの掃射を始めた。
 琴音が叫んだ。
「逃げなさい! 早く!」
 そう言われても、最早逃げる気にはなれない。
 奈央の心は、自分が余計なことをしたばかりにという後悔の念で満たされていた。
 一方の琴音は林の奥へ逃げ込もうとしているようだった。
 だが、マシンガンの弾はそんな琴音を厳しく追い詰めていった。
 そして、奈央は見た。琴音が血しぶきを散らしながら倒れるのを。
 掃射を中断した篤が琴音に近寄っていく。とどめをさすつもりだろう。
 今も篤の背中は奈央からは丸見えだ。撃てないことはないはずだが、もう奈央には発砲する勇気は残されていなかった。呆然と立ち尽くすのみだった。
 その時、別の銃声が響いた。さらにもう一発。
 足を止めた篤が周囲を見回しているところへ、三度目の銃声が木霊(こだま)した。
 何者かが現れて篤を狙撃していると思われた。
 篤は姿の見えない襲撃者に、かなり慌てているようだった。
 しかも、篤は丁度遮蔽物が何もない場所にいた。
 マシンガンを持っているといっても、居場所の読めない相手と戦うのは不利だと判断したのだろうか、篤は踵を返して逃げ去った。
 奈央はホッとした反面、新たな恐怖に襲われた。
 現れた人物がやる気ならば、今度は自分が撃たれる番だからだ。
 しかし、それが杞憂であることを示す声がした。
「奈央ちゃん、もう大丈夫だよ」
 この声は間違いなく大河内雅樹のものだ。
 胸を撫で下ろした奈央はゆっくりと進み出た。
 あまり離れていない木陰から雅樹が姿を現した。
 奈央は満面に笑みを浮かべながら駆け寄り、雅樹の胸に顔を埋めた。
「無事でよかった。奈央ちゃんの声と銃声が聞こえたから急いで来たんだけど何とか間に合ったね」
 でも、そこで奈央はわれに返った。甲斐さん・・・
 いけない。甲斐さんを助けなきゃ。
 雅樹もそれは承知しているようで、2人はほぼ同時に琴音が倒れた場所へ向かって走り始めた。琴音が軽傷であることを願った。
 しかし、胸腹部に数発の銃弾を受けた琴音は既に虫の息だった。
 奈央は涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った。
「甲斐さん・・・ ごめんなさい・・・ あたしが・・・ あたしが悪かったわ。言われたとおりにすれば・・・ ごめんなさい。本当に・・・」
 琴音は無理に笑顔を作りながら苦しそうに答えた。
「いいのよ。あたしは・・・嬉しかったの」
 首を傾げた奈央に、琴音はさらに話しかけた。
「確かに・・・逃げてくれた方が戦いやすかった・・・ でも、あんたの性格・・・じゃ逃げられないよね。無理なこと言って・・・ゴメンね」
 奈央は琴音の体に覆いかぶさるようにした。何と言って良いのか判らず、泣きじゃくるしかなかった。
 琴音は奈央の背中に優しく手を回しながら続けた。
「あたしに弾が・・・当たったのは偶然だから気にしないでね。助けようと・・・してくれたんだから・・・悔やんじゃ駄目だよ。そしてあんたに・・・一番感謝してることはね、転校・・・間もないあたしを心から・・・信頼してくれたことよ。プログラム・・・に参加が決まった時、1人で淋しく・・・死んでいくことを半分覚悟・・・していたの。だから、本当に・・・嬉しかった。ありがとう、佐々木さん・・・」
 そこで、琴音は顔を雅樹の方に向けて続けた。
「大河内君・・・だったよね。佐々木さん・・・から頼りになる人だって・・・聞いてるわ。佐々木・・・さんのこと、お願いね。守って・・・あげてね」
「任せてくれ」
 雅樹の力強い返事が聞こえた。
 琴音は再び奈央に話しかけた。
「短い・・・時間だったけど、あんた・・・といられて楽しかった」
 奈央は必死で答えた。
「あたしもよ、甲斐さん。甲斐さんと一緒でどんなに心強かったことか・・・」
「あんたは決して・・・弱い子なんか・・・じゃない。頑張って・・・生き延び・・・てね・・・」
 突然、奈央の背中に回っていた腕に力がなくなった。
「甲斐さん、甲斐さん、しっかりしてよ。死んじゃやだよ」
 泣き叫んでみたが最早返事は無かった。
 琴音の脈を診ていた雅樹に目を向けると、雅樹はゆっくりと首を左右に振った。
 奈央はわっと泣き崩れた。
 静かな林の中に奈央の泣き声だけが延々と響き渡っていた。
 


女子5番 甲斐琴音 没
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