BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


77

 眩い太陽がやや西へと傾きつつあった。
 
大河内雅樹(男子5番)は、エリアD=7の展望台から少し離れた位置の大岩に上って周囲に目を配っていた。
 その岩に背を預けて立っていた
佐々木奈央(女子10番)が雅樹の方を見上げながら声をかけてきた。
「誰か見つかりそう?」
 雅樹は小さく首を振った。
 視界はかなり開けているのだが、今の所誰かが周囲にいる様子は無い。
 支給品のベレッタM92Fを握る手の力を少し弱めながらも、雅樹は油断なく周囲を見回し続けた。
 探し求めている
細久保理香(女子18番)には、未だにめぐり会えない。
 少なくとも正午の放送までは理香は健在だった。といっても、
蜂須賀篤(男子14番)三条桃香(女子11番)に捕まったら助かるとは思えない。一刻も早く保護しなければならない。
 ただし、理香を保護したところで問題が解決するわけではない。
 実際のところ、プログラム開始時点では皆を引き連れて脱出する自信があった。脱出後の策も準備万端だった。しかし、今は・・・
 雅樹は、奈央に聞こえないように小声で呟いた。
「ねえさん・・・」

 雅樹の父は一流企業の重役で、大河内家は比較的裕福な家庭だった。
 その大河内家を激震が襲ったのは7年前のことだった。
 当時、雅樹の7歳年上の姉である志乃は、部活の関係で知り合った隣県の同学年の男子と交際中であった。
 両親も公認していて、志乃と男子は時々互いの家を行き来していた。
 しかし、彼はプログラムの魔の手にかかって散ってしまった。
 半狂乱になった志乃を両親は必死で慰めたが効果はなく、志乃は国に対する強い復讐の念を抱いてしまった。
 下手なことをすれば志乃だけでなく、大河内家全体が処罰されかねないので、両親は何とかして志乃の心を落ち着かせようと試みた。
 志乃も家族に危害が及ぶことは避けたかった様子で、表面上は落ち着いたかに見えた。
 だが、高校生になった志乃は密かに国を倒す手段を模索し、ついに米帝の秘密結社の人物と知り合うことが出来た。
 秘密結社入りの希望を打ち明けられた両親は激怒したが、志乃の決意は揺るがなかった。
 父は体を震わせながら志乃に勘当を言い渡した。
 志乃は甘んじてそれを受け、今まで育ててくれたことについて深く礼を述べた。
 当時小学3年だった雅樹はよく理解できないまま、事の成り行きを見ているほかはなかった。
 荷物をまとめた志乃は深夜に家を後にした。
 翌日志乃は秘密結社と結託している医師に自分の死亡診断書を偽造してもらって家に郵送し、自分の葬儀を行うようにメモを添えた。同じく結託している葬儀社の手配も済ませてあった。
 過去に土葬された遺体を掘り返して棺に入れて現れた葬儀社の職員を見るに至って、両親も協力しないわけにはいかなかった。
 激しく吐血して没したために見苦しいと偽って、親族にも友人たちにも棺の中を見ることは許さず、志乃の葬儀は無事に執り行われた。
 こうして志乃の戸籍は抹消され、志乃は秘密結社の職員となり、政府転覆の機会を窺うこととなった。
 そして数年が過ぎ、雅樹が中2だった冬に、志乃が密かに大河内家を訪れた。
 父は勘当を言い渡したことを忘れたかのように歓迎したが、志乃は書類を少し渡しに来ただけで、すぐに帰るとの事だった。
 それには今度中3になる雅樹がプログラムに巻き込まれた時の対策が書かれていて、両親は驚きながら目を通した。具体的にはプログラムの基本的知識の他に、首輪の構造と解体方法、会場から脱出した後に志乃と連絡をとって、秘密結社にかくまってもらう手順などが細かく記されてあった。
 丁度風邪で寝込んでいた雅樹とはベッド脇で少し話しただけで、志乃は帰ろうとした。
 そこへタイミング悪く隣家から今山奈緒美が訪ねてきて、志乃は奈緒美に顔を見られてしまった。
 無論2人には面識があった。幼女時代の奈緒美は頻繁に志乃にも遊んでもらっていたのだから。当然ながら死んだはずの志乃の出現に奈緒美は目を丸くしていた。
 秘密を知られるわけにはいかず、志乃はやむなく奈緒美の口を永遠に封じようとした。
 騒ぎを聞きつけた雅樹が飛び出して奈緒美の人格を保証しなければ、奈緒美は大河内家の玄関で落命するところであった。
 雅樹は口止めをしながら奈緒美に秘密を打ち明けた。プログラムの脱出方法を入手したことも話しておいた。
 それだからこそ、雅樹はプログラム開始時に皆で脱出する自信があった。奈緒美も同様だったはずだ。他の者に自信がある理由を言えないのはもどかしかったけれど。
 しかし、出発後しばらくして鏡で自分の首輪をチェックした雅樹は愕然とした。
 志乃に教えられた首輪とはタイプが違うことが明らかだったからだ。当然ながら、事前に知っていた首輪解体技術も使えそうになかった。無理をすれば自殺行為になりかねなかった。
 呆然としてしまった雅樹だったが立ち直るのは早かった。
 嘆いていても何の意味もなく、後は自力で解決する方法を見つけなければならないからだ。
 脱出後の手順はそのまま使えるはずなので、脱出方法だけに全力を尽くせばよかった。
 その後、数多いガールフレンドの中でも本命の理香や、盟友である奈緒美、脱出の相談ができそうな芝池匠らを探しながら、脱出方法を考えたが何らの進展はなかった。
 岸川信太郎と出会った際に必ず助けると約束したのも、あの段階では既に方便であった。信太郎が自暴自棄にならないようにするための。
 しばらくして、雅樹は爆発済みの首輪を解析することを思いついた。
 そして爆発済みの首輪と言えば、信太郎と会った時に目撃した水窪恵梨の首輪である。
 だが、この時恵梨の首輪は既に禁止エリアの中であった。
 発案するのが遅かったことを悔やみながら、雅樹はさらに頭脳をフル回転させたのだが、芳しいアイデアは出なかった。
 挙句の果てに、自らの手で奈緒美を永眠させざるをえないことになってしまった。
 そして蜂須賀篤から逃げ切った後、雅樹は大きな切り株の上で溜息をついた。
 脳裏に浮かぶのは奈緒美との数々の思い出だった。
 奈緒美を助けられなかった無念さが、雅樹の全身を覆い尽くしていた。
 絶望感も雅樹の心を満たしつつあった。
 けれども、雅樹はそこで考えを改めた。
 今の自分の姿は奈緒美が望んでいるものではない。
 奈緒美は雅樹が生き延びることを願っていたのだ。
 それだけでなく、理香やその他の子を雅樹が助けることも望んでいたのだ。
 このまま成すすべなく死んだりしたら、天国の奈緒美は口も利いてくれないだろう。
 自分たちが脱出に成功してこそ、奈緒美の死に報いることが出来るのだ。
 気分を入れ替えた雅樹は再び力強く歩き始めた。
 そして、奈央を救出して現在に至っている。
 甲斐琴音を助けられなかったことは当然不本意であったけれど。
 
 とにかく脱出さえ出来れば姉を頼ることが出来る。
 おそらく米帝に亡命させてくれるのだろう。
 奈央を守り、理香を探し、脱出に全力を尽くす。
 担任の国分美香を発見できれば、勿論脱出の仲間に加える。
 必ず、必ず方法はあるはずだ。
 残念ながら、現在のところ名案はない。
 相談できそうな相手も
石川綾(女子1番)程度しか残っていない。
 それでも必ず・・・
 決意を新たにした雅樹の瞳は明るく輝いていた。


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