BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


78

 やった完璧だ。
 これで脱出が出来る。
 皆、遅くなってゴメンね。でも、もう助けてあげられるから待っててね。
 エリアD=5にいた
石川綾(女子1番)は、喜びを抑えきれない表情で立ち上がった。
 綾は手に持っていた道具と直筆のメモを小さな袋にしまうと、レーダーに目をやった。
 まず近くにいる生徒を探そうと思ったのだ。
 だが綾は顔を顰める結果となった。
 なぜなら、1つの点が移動していて、その点を別の点が追っているのが見えたから。
 つまり、誰かが襲われそうになって逃げているというわけだ。
 これ以上、やる気でない子を死なせることは出来ない。
 綾は追われている生徒を助けるために走り始めた。
 綾が立ち去った後には、先刻
三条桃香(女子11番)に倒された百地肇と豊増沙織の亡骸が横たわっていた。
 しかし、2人の亡骸には他の生徒たちの亡骸とは大きく異なる点があった。
 何と2人の亡骸からは首輪が消失していたのである。

 石川家は伝説の大泥棒として知られる石川五右衛門の子孫の家柄であった。
 代々ありとあらゆる盗みのテクニックが伝えられていたが、百地家が忍者の子孫であることを誇りとして忍者屋敷を作って観光客を集めていたのとは対照的に、表面上は普通の家庭を装いつつ裏家業として盗みを行っていた。
 といっても、悪徳業者の秘密文書などを盗んで官憲に密告する業務や、あくどく大金を溜め込んでいる者から金を盗んで貧しい人々に分配する義賊的な行為が主であった。
 また石川五右衛門は百地三太夫の弟子であったので、石川家には百地家に勝るとも劣らないほどの忍びの技術も伝わっていた。
 その全てを引き継いでいた綾にとって、未熟者である百地肇の尾行を察知して適当なところで塀を乗り越えて姿をくらますことなど朝飯前のことであった。
 別に家を知られたところで正体が露見するわけでもなく、気付かないフリですませた方が楽であったのだが、何となく癪に触るので毎回のように肇をまいていた。
 綾の正体を知らない肇は、困惑するしかない結果となったのだが。
 余計な話だが、綾にとっては学校の試験前に職員室から試験問題や模範解答を盗み出すことも簡単なことであった。実行したことはなかったけれど。
 明るい性格の綾は友人も多く、クラスの女子からの信頼度は今山奈緒美に次ぐものであった。友人たちに正体を明かせないのが、少々ストレスではあったのだが、綾は学校生活を充分に楽しんでいた。
 不幸にもプログラムに参加させられたことを理解した綾は、迷うことなく脱出を基本方針とした。やる気でない者を殺す気になど、到底なれそうになかったから。
 
大河内雅樹(男子5番)や今山奈緒美なども脱出を目指すことが予想され、協力できればベストだと思った。
 説明が始まる前から手鏡で自分の首輪を観察し、外す方法を考えたが難しそうであった。
 容易ではないと悩みかけたところで、新米担当官である鳥本美和の説明が始まった。その途端に、1つのアイデアが浮かんだ。
 美和はパンフレットを見ながらというよりも首っ引きで説明をしている。おそらくアレには・・・
 相手がベテラン担当官ならば難しいだろうが、説明に必死で全く余裕のなさそうな美和が相手ならば可能であろう。
 失敗すれば早々に涅槃送りにされてしまう結果となるが、脱出を志す以上はどこかで大博打を打たざるをえないはずである。
 むしろこの機会を見送ったら、2度と脱出のチャンスがないのではないかとさえ思えた。
 やるしかない・・・ 勝負は一瞬・・・
 一大決心した綾にとっての最大の心配は自分の出発時における美和の立ち位置であったが、美和は理想的な場所に突っ立っており、しかも時計に気をとられている。
 後は自分次第・・・ 平常心で行動できれば成功するはず・・・ とにかく、自分の腕を信じるのみ・・・
 ドキドキしながら自分の名前が呼ばれるのを待って立ち上がった。
 恐怖に怯えるような足取りを演じつつ、ゆっくりと前進する。
 上目遣いに美和を見やると、相変わらず時計しか見ていない。
 もらったわよ、新米さん・・・
 足を滑らせたかのような芝居をしながらよろめいて、そのまま美和に体当たりして押し倒し、素早く美和の上着の内ポケットから熟練のテクニックでパンフレットをすりとって自分の懐に滑り込ませた。正に一瞬の早業である。
 美和自身のみならず、兵士たちにもクラスメートたちにも見破られてはならない行為だったが、綾は見事にその芸当を成し遂げた。
 後は担当官に対する無礼な行為として処刑されることのないように、丁寧に詫びるだけのことである。
 お人よしと思われる美和が笑顔で赦してくれたので、綾は内心で舌を出しながらも丁重に返礼して出発した。
 出発した綾は人目につかない茂みに飛び込むと、早速手に入れたパンフレットを開いた。
 期待通りに首輪の構造と外し方のページを発見し、綾は希望に胸をときめかせながら月明かりを頼りに読みふけった。
 まず困惑したのが、首輪にマイクが仕込まれているという事実であった。
 このパンフレットを自分が持っていることが政府側に露見したら、首輪を爆破されてしまうことは間違いない。
 すなわち迂闊なことを口にするわけにはいかない。
 考えた末、脱出方法を確立するまでは仲間を作らず、単独行動に徹することとした。
 そして、肝心の首輪の解体なのであるが、手順は明快に示されていて何ら問題はなかった。
 悩ましいのは必要な工具である。
 図解されている工具は普通に市販されているものではなさそうで、自分で作るしかないと思われた。
 当然ながら本部内には用意されているはずなので、本部が禁止エリアになる前に潜入して盗み出す方法もあるのだが、流石にリスクが大きいと思われた。
 そこで、パンフレットを参考にしながら商店から材料を調達して工具を組み立て、死体の首輪で実験することとした。
 クラスの誰かが斃れないと実験できないというのは気分の良いものではないのだけれど、仕方が無いと割り切ることにした。
 材料集めの間も、襲われている者がいれば救助する決意も固めていた。
 一方、戦闘する場合に問題となる支給品はアタリともハズレとも言いがたい微妙な品だった。
 それは水鉄砲に偽装された拳銃。
 相手を油断させて倒すのには有用と思われるが、連発できない上に弾道が気まぐれだという。
 すなわち至近距離から1発で仕留めることを要求されるわけである。
 普通の相手にならば素手でも負けない自信はあったのだけれど。
 最初に出くわしたのは、浦川美幸が速水麻衣を襲っている現場だった。
 親友の2人でもプログラムに投げ込まれるとこうなってしまうのかと暗澹たる気持ちになりかけたが、どうやら美幸は正気ではなさそうであった。
 そこで、美幸を気絶寸前にしてから覚醒させることで正気にさせることが出来た。
 その時綾は、誰かが物陰から見ている気配を感じた。
 美幸をおかしくさせた黒幕だと推定して睨みつけると、相手は慌てて逃走した。
 どうやら増沢聡史のようであったが、まだ美幸も麻衣も落ち着いていなかったので追うことは出来なかった。
 その後、京極武和からレーダーを入手できたのは望外のことであった。
 武和を殺してしまったのは不本意だったが、やむをえなかった。出発時の芝居を武和に半分見破られていたので、消えてもらった方が好都合ではあったけれど。
 とにかく、これで人探しが容易になったわけだった。
 実験に必要な亡骸探しにも・・・
 それから、警察署でレーダー反応があったときには戸惑う結果となった。
 なにせ署内の全ての部屋をチェックしても誰も見当たらなかったのだから。
 残るは施錠されている地下である。
 誰が立て篭もっているのだろうと思い、地下を目指すこととした。綾にとっては、錠前破りなどお手の物である。
 独房内に誰かがいるのを確認し、何者かに閉じ込められているのだと推定して、鍵を開けた。
 こちらの顔を見せない方が無難だと考え、署内で見つけた強力サーチライトで相手の顔を照らして眩惑し、かつ相手が川崎愛夢であることを確認した。
 素早く愛夢宛のメモを書き残して退散したのだが、後に放送で愛夢が散ったことを知った時は少々後味が悪かった。
 そして本日の昼過ぎには、百地肇に襲われている
細久保理香(女子18番)を救助したのだが、以前に助けた麻衣が散ってしまったことはとても辛かった。
 結局今までに自分が接触した相手で生存しているのは理香だけだというわけで、ある程度やむをえないことであるのは理解していたけれども、綾にとっては不本意極まりないことであった。
 しかし、肝心の工具作りの方は難航していた。
 手先はとても器用なのだが、工学や機械などの知識は不十分だったからだ。
 芝池匠の協力でも得られれば好都合なのだが、匠は綾と出会うことなく没しており、自分で頑張るしかなかった。
 そして先刻、苦心の末にようやく工具は完成したのであった。
 それから亡骸探しを始め、最初に発見した北浜達也の首輪をおそるおそる外してみた。
 失敗して爆発させれば自分も重傷を負うことが確実でヒヤヒヤだったが、無事に解体することが出来た。
 一安心した綾は、自分が斃れても誰かに意図が伝わるようにメモ書きを始めた。
 首輪にマイクがあるので注意を要する旨を最初に記し、工具の使い方をその後に続けた。
 メモと工具を小さな袋に入れて懐にしまい、用済みになったパンフレットを地面に埋めた。
 クラスメートの首輪を外す行為に移る前に、万全を期してもう少し死体の首輪で練習することにした。
 まずは宇佐美功の首輪を外し、さらに肇と沙織の首輪を外した。
 4度の首輪外しに成功した綾は、完全に自信を持つことが出来たのだった。

 綾は急いだ。
 工具作りに手こずっている間に、クラスメートは激減してしまった。
 
蜂須賀篤(男子14番)や三条桃香が脱出に応じるとは思えないので、助けられるのは最大でも5人程度だろうか。
 これ以上、殺される子を増やすことは出来ない・・・
 レーダーのおかげで、追われている生徒に追いつくのは難しくない。
 やがて綾の視野には、必死で走っている
神乃倉五十鈴(女子7番)の姿が見えた。はるか後方から追っているのは蜂須賀篤に相違ない。
 脱出のためには全力で倒しておくべき相手と考えられた。
 綾は手元の木を大きく揺すって、五十鈴に自分の存在を知らせた。
 こちらを一瞥した五十鈴は逡巡することなく、綾のほうへと進路を変えた。
 五十鈴の側から言えば、篤に追いつかれて仕留められてしまうのは時間の問題なので、万一綾が敵ならば仕方が無いと判断したのだろう。
 しばらくして、ようやく綾の元に辿り着いた五十鈴はがっくりと膝をついて肩で息をし始めた。
 実のところ、綾は五十鈴を守りながら一旦逃げる予定であった。篤のような強敵と戦うのには、まともに対峙するよりもレーダーを頼りに不意打ちする方が無難だからだ。
 しかし、五十鈴の疲労度を見ると一緒に逃げるのは到底不可能である。簡単に追いつかれて共倒れになってしまうだろう。
 一番簡単なのは五十鈴を見捨ててしまうことだが、それは自分の気持ちが許さなかった。
 自分が一緒にいれば、美幸や麻衣はまだ生きていただろう。
 自分が鍵を開けなければ、愛夢の火葬場行きはまだ決定していなかっただろう。
 これ以上自分の行為のために犠牲者を増やすことは出来ない。
 綾は懐の袋を五十鈴に握らせながら言った。
「時間稼ぎするから、これを持って先に逃げて」
 五十鈴は目を白黒させている。
「私はレーダーを持っているから必ず追いつけるわ。安心して逃げて。それから、もし私が死んだらその袋を開いて。それまでは、絶対に中を見ちゃダメよ」
 こんな説明で理解できるはずもないけれど、詳しく話している余裕はなかった。
 それでも、綾の目をじっと見ていた五十鈴は大きく頷いた。ある程度の意図は汲み取ってもらえたようだ。
「私は綾を信じてる。必ず来てね」
 今度は綾が頷く番だった。
 五十鈴はスッキリした表情で立ち上がると、気合を入れなおして走り去った。足取りは少々不安だったけれど。
 待つほどもなく、篤が接近してきた。
 マシンガンらしき大きな銃を構えようとした篤に、綾は素早く小石を投げつけ、篤が怯んだ隙に大木の背後に飛び込んだ。
 篤の声がする。
「神乃倉さんなら簡単に仕留められると思ったのに、厄介な人が出てきたものだな」
 綾は答えなかった。答える必要なんかない。
 神経を集中して篤との間合いを測る。篤はじりじりと近寄ってきているようだ。
 勝つ方法はただひとつ。隙を見て懐に飛び込んで、偽装銃の一撃を食らわす。これしかない。
 勿論、タイミングをみて逃走するという選択肢も残っていた。もっとも今すぐ逃走すると、まだ遠くには行っていないであろう五十鈴が危ないわけであるが。
 突如、篤がダッシュをかけてきて、大木の左側に回りこんできた。
 この動きを読みきっていた綾は低い姿勢からヘッドスライディングするように飛び込んで篤にタックルをかけた。
 篤にマシンガンを撃つ暇を与えない素晴らしい動きだった。
 倒れた篤の腕を蹴り上げると、マシンガンは宙を舞って数メートル先に落下した。
 篤がポケットに手を入れるのが見えた。
 別の銃を出すつもりであることは充分予測できたので、綾はギリギリで飛び跳ねてよけた。放たれた銃弾は綾のすぐ脇を掠めていた。
 残念ながら、なかなか偽装銃を撃つ暇はなさそうだ。
 再び木の陰に駆け込んだ綾に、篤が丁寧な口調で声をかけた。
「流石は石川さんだ。三条さんに劣らないほどの強敵だと予測したけどそのとおりだった」
 そこで急に口調が厳しくなった。
「だが、カモのつもりだった神乃倉さんに逃げられた悔しさは君の命を貰うことで晴らさせてもらうぞ」
 今度も綾は無視した。
 返答することよりも、神経を集中して篤の動きを予測することの方が重要だ。
 マシンガンを拾いに行ってくれれば、偽装銃で仕留めることが出来るのだが、そんなに甘くはないだろう。
 再び篤の気配が近づいてきた。綾は音もなく、篤から見えないように真後ろに下がった。
 篤は再度、木の左側に回りこんだが、綾はそこにはいなかった。
 篤が移動していた綾を発見するのと同時に、綾は大木の枝に飛びついて鉄棒の車輪のように体を一回転させて、篤に飛び蹴りを見舞った。
 銃を手放しつつ吹っ飛んで倒れた篤に対して、さらに二度三度と蹴りを加えながら、綾は偽装銃を抜き放った。
 この距離ならばただの水鉄砲ではないことが篤にも判ってしまうだろうが、そんなことは問題ではない。
 勝負は一瞬。担当官からパンフレットを掏り取った時と同じことだ。負けるわけにはいかない。
 またもや篤はポケットに手を入れている。第三の銃を持っているのだろう。
 篤がその銃を抜き放って撃つよりも、偽装銃が火を噴くほうが早いはずだった。
 だが銃声とともに顔を歪めたのは綾のほうだった。
 胸部に激痛が走り、空気が漏れているのを感じる。右肺を撃ち抜かれたようだった。
 見ると、篤のポケットに穴が開いて煙が出ている。
 篤は銃を取り出す時間を節約してポケット内で発砲したのだ。
 負けた・・・ 悔しいけど・・・ でも・・・ でも、せめて相討ちにしてやる。
 綾は最後の力を振り絞って引き金をひいた。
 しかし、残念ながら腕をコントロールする余力はなく、銃弾は篤の左肩に埋まった。
 次の瞬間、篤に蹴り上げられて綾は仰向けに倒れた。
 篤が言った。今度は銃を抜き放ちながら。
「俺の左肩を奪うとは、本当に君は大した子だ。敬意を表して楽に逝かせてやるよ」
 綾は初めて篤の言葉に答えた。皮肉な笑みを浮かべながら。
「左肩じゃなくて命を頂くつもりだったのだけどね。でも、私の遺志は必ず伝わるはず。決して貴方の思い通りにはさせないからね」
 篤が眉を顰めた。当然、意味が判るはずはない。
 だが篤は動じていないように装って言った。
「死に行く者の世迷いごととして聞いておこう」
 篤の指に力が入るのが見えた。
 お願い、五十鈴・・・ 必ず私の遺志を継いでね・・・ 理香や大河内君たちと生き残ってね・・・
 銃声とともに綾の心臓は砕け散った。
 黙礼した篤は、そっとレーダーを拾い上げ、満足そうに頷いた。
 西日に照らされた綾の顔はとても安らかに見えた。
 

女子1番 石川綾 没
                           <残り6人>

第4部 終盤戦 了


   次のページ  前のページ  名簿一覧   表紙