BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


第5部

決着

79

 午後6時の放送が終わっても、西日に照らされたプログラム会場は充分な明るさを保っていた。
 そんな中、エリアA=7の広々とした岩場の上に2人の少女の姿があった。
 2人の背後は絶壁になっていて足を踏み外せば海へダイビングする羽目になるが、それ以外の3方は視界が開けている。
 会いたい人物に見つけてもらうのには好都合な場所と思われた。
 無論危険人物に発見される虞もあるのだが、どの方向にも逃げられるという点で、比較的安全ではないかと2人は考えているようだ。
 背の高い方、すなわち
細久保理香(女子18番)は突如緊張した表情に変わって、相棒の肩を叩きながら声をかけた。
「誰か来たわよ」
 ビクッとして視線の方向を変えた
神乃倉五十鈴(女子7番)の顔付きも一瞬にして引き締まった。
 人物が現れたのは、理香たちから見て西の方向である。2人にとっては逆光であり、相手の正体を見極めにくい。
 逆に相手からは2人の姿はよく見えているはずだ。
 理香は目を細めながら必死で相手を確認しようとした。危険人物であれば直ちに逃走しなければならないからだ。
 相手はゆっくりと近づいてくる。
 危険人物ならば突撃してきそうな気もするが、こちらを油断させるためにわざとゆっくり歩いているのかもしれない。
 殆どシルエットのようにしか見えない相手を見切るのは難しいが、どうやら肩に大きな荷物を背負っているらしいことが判った。少々重そうだ。
 これでは相手は、荷物を投げ出さない限り速く移動することは出来ないだろう。
 やる気のものがそんな選択をするとは思えない。危険人物である可能性は低そうだ。
 少しホッとしながらも、理香は相手の体型を見極めようと頑張った。
 女性の可能性が高そうだったが、スカート姿ではないようだ。
 動きやすいように着替えている女子がいても不思議はないのだけれど、クラスにあのような体型の女子がいただろうか。
 そもそも自分たち以外で生き残っている女子は
佐々木奈央(女子10番)三条桃香(女子11番)の2人だけである。
 問題の人物は、どうみてもそのどちらでもない。
 では、女子と思ったのが錯覚なのだろうか。
 最早男子の生存者も2人だけである。それは
大河内雅樹(男子5番)蜂須賀篤(男子14番)
 雅樹ならばシルエットだけでも絶対に見切れる自信があるし、篤ならばとっくにマシンガンを構えていることだろう。
 こちらも否定的だ。一体、誰なのだろう・・・

 洞窟に篭るのは感心しないと石川綾から言われた理香は、洞窟を後にして北方へ移動した。
 雅樹や奈央に会うためには、市街地を目指すよりも辺鄙な地域の方が確率が高そうな気がしたからだ。
 何の根拠があるわけでもないけれど。
 多少慣れてきたとはいえ、四方に気を配りながらの移動は疲れる。
 それでも、篤あたりに先に発見されたらお終いなので頑張るしかなかった。
 雅樹たちに会わずして死んでたまるかという気持ちだけが理香を動かしていたのかもしれない。
 そして、間もなく海に到達しそうな林の中で、理香は草木のこすれあう微かな音を聞きつけた。
 理香は息を潜めながら、そちらに注意を集中した。
 待つほどもなく1人の女子が木々の間から姿をあらわした。それが神乃倉五十鈴であることは一目で判った。見たところ、手には武器らしきものは握られていない。周囲を見回したが同伴者もいないようだ。
 理香は考えた。
 やる気でない者とは合流した方が得策なのは、今までの経験でハッキリしている。しかし、相手を間違えれば自殺行為になりかねない。
 五十鈴と日頃の付き合いはないけれど、性格的には問題の無い人物である。五十鈴が宮司の娘であることを考え合わせれば、とてもやる気になるとは思えない。常識的には安全な相手だ。
 1つだけ気になるのは、彼氏の鈴村剛が早々に散っていることである。
 出席番号が離れているので合流できていない可能性もあるのだが、五十鈴が剛を殺した可能性を完璧に否定するのは難しい。
 さらに勘ぐれば、運動能力が高いとはいえない五十鈴がこの段階まで1人で生き延びていること自体が少々怪しいとも言える。
 熟慮の末、理香は思い切って五十鈴に声をかけることにした。
 脚力も腕力も自分の方が数段上なので、五十鈴が銃を持っていない限り負ける気がしないからだ。間合いを取ったままで声をかければ、少なくとも自分が死ぬ結果だけは避けられると判断したのだった。
「五十鈴! 理香よ。細久保理香」
 一瞬怯えた表情になった五十鈴は、相手が理香だと確認すると身を隠しながら言った。
「まさかやる気じゃないよね」
 理香は答えた。
「やる気なら声はかけない。不意打ちさせてもらうわよ。そちらこそやる気じゃないよね」
 五十鈴が答えた。
「私は神に仕える身よ。ありえないでしょ。でも疑うならボディーチェックしてもいいわよ。私もさせてもらうけど」
 理香は同意した。
 2人は荷物を足下に置いてから互いに手ぶらで近寄り、相手の懐などを調べることとなった。
 理香は五十鈴の手から視線を外すことなく歩を進めた。銃を抜き出された時だけは敏捷に反応する必要があるからだ。
 五十鈴も同様だっただろう。
 手の届くところまで近寄って、理香は一息ついた。
 これならば、五十鈴が銃を抜いても発砲される前にねじ伏せる自信があるからだ。
 お互いにロクな武器がないことが判って、2人は顔を見合わせて苦笑した。
 仲間は出来たが、戦闘力は全く上昇しないわけだから・・・
 2人は周囲に気を配りながらお互いの経緯を語り合った。
 五十鈴も自分同様に綾に助けられていることを知り、さらに親しみを感じた。
 雅樹や奈央の情報が得られなかったのは残念だったけれど。
 そこで唐突に午後6時の放送が始まった。
 時計を見ていなかった自分に呆れながら、理香はメモの用意をして耳を傾けた。
“皆さん、こんにちは。担当官の鳥本美和です。午後6時の放送です。通算7回目になりますね。3度目の夜になりますが、ここまで頑張っている皆さんは夜なんか怖くないですよね。それでは例によりまして、今までに亡くなられた方のお名前を亡くなった順番に申し上げます。今回は女子が多いですね。女子15番 速水麻衣さん男子18番 百地肇君女子13番 豊増沙織さん女子5番 甲斐琴音さん女子1番 石川綾さん以上5名の方々です。ご冥福をお祈りいたします。残りは6名になりました。あと少しですので、頑張ってくださいね”
 肇の名前が出た時は、不謹慎ながらもホッとした理香だったが最後の名前を聞いた時には耳を疑った。
 思わず2人は顔を見合わせた。
 五十鈴の顔が心なしか青白く見えた。おそらく自分も同様だろう。
 どうして綾の名前があるのよ。あたしを助けてくれたのは、ついさっきじゃない。嘘でしょ・・・ 信じられない・・・
 五十鈴はそのまま脱力したように大地に膝をついた。
 助けてもらったばかりの五十鈴の方がショックが大きいのは当然であろう。
 綾は結局蜂須賀篤に仕留められてしまったのだろうか。
 放送は続いている。理香は辛うじてメモをとった。
“続いて今後の禁止エリアを発表いたします。まずは午後7時からD=2です”
 会場の西の方だ。
“続いて午後9時からG=8です”
 何と先刻まで理香が留まっていた洞窟近辺だ。
“最後に午後11時からI=4です。禁止エリアには充分注意してくださいね”
 南の市街地の一部だ。
 そこで、例によって印藤の声がした。
“皆、どうしたんだ。まだ国分教諭は健在みたいだぞ。特別生還のチャンスを無駄にするなんてもったいないぞ”
 それだけ言って放送は終わった。
 相変わらずの内容に立腹しながらも、理香は綾の名前が告げられたショックから立ち直れずにいた。
 必ず再び助けに来てくれるって約束したじゃないの・・・ どうして・・・
 その時、ゆっくりと立ち上がった五十鈴が懐から布の袋を取り出して理香に手渡した。
 理香が眉を顰めると、俯いたままの五十鈴は小声で言った。
「綾の形見なの・・・ 信頼できる人に渡すように言われた・・・ 私は理香を信じる・・・」
 頷いた理香はそっと袋を開いた。
 綾のことだから、きっと素晴らしいものを遺してくれたのだろうと、理香の胸は高鳴った。
 最初に出てきたのはメモ用紙だった。
 その上部に赤字で書かれている文を見て目が点になった。
“警告! 首輪に盗聴器あり。余計な発言は、即、死に繋がる”
 五十鈴が息を呑む音が聞こえた。
 理香は慌てた。
 綾の形見を開こうとしていることは政府に筒抜けなのだから何かを言わなければ不自然だ。
 五十鈴に目配せしながら言った。
「流石は綾ね。サバイバルテクニックを書き残してくれるなんて助かるわね」
 五十鈴は悔しそうな口調で答えた。
「私だと使いこなせないと思われたらしいのが残念だけどね」
 上手く話を合わせてくれたようだ。
 その間に理香はメモの残りを読み、工具を取り出して、思わず表情を緩ませた。
 忌まわしい首輪を外す道具が目の前に現れたのだから当然のことだった。
 しかしメモを読み終えた理香は諸手を上げて喜ぶことは出来なかった。
 なぜなら自分にはこの工具を使いこなせる自信が持てなかったからだ。
 不完全な操作は当然ながら死を招く。
 綾が“信頼できる人に”と言ったのは、このような意味も含まれていたのだろう。
 その旨をジェスチャーで五十鈴に伝えようとすると、五十鈴は手帳とペンを取り出して理香に手渡した。
 理香は素早く書き付けた。
“ますます雅樹君に会わなければいけない理由が出来たわ”
 五十鈴もそれには同意してくれたようだ。
 雅樹なら使いこなすことが出来るだろう。
 蜂須賀篤や三条桃香も使えそうな気がするが、この2人が協力してくれるとは思えない。
 そして、2人は人目につきやすく逃げやすい場所へ移動することとしたのだった。雅樹に会う確率を少しでも高めるために。
 
 謎の人物の正体を考えていた理香の頭脳に、突如もう1つの可能性が浮かび、同時にそれは確信に変わった。
 間違いない・・・ アレは美香先生だ。
 相手は担任教師の国分美香だったのだ。
 隣の五十鈴が呟いた。
「先生・・・」
 五十鈴もどうやら相手の正体が判ったようである。
 どちらからともなく、2人は美香に駆け寄った。
 美香が口を開いた。
「2人とも怪我はない?」
 理香は大きく頷いた。五十鈴も同様だ。
 そこで美香は担いでいた大きな荷物をそっと地面に下ろした。
 その荷物の正体を見極めた理香は思わず息を呑んだ。
 桃香じゃないの・・・ 死んでいるの? それとも・・・
 質問する前に美香が説明した。
「わからずやでどうしようもなかったから、しばらく眠ってもらうことにしたの。命には別状ないから大丈夫よ」
 ・・・?
 理香にとっては大丈夫とは思えなかった。
 もちろん、この「大丈夫」は意味が違う。
 美香は桃香の命のことを言っているわけだが、理香の立場では自分たちの命のことだ。
 桃香がとても立場を重視することは理解できている。優勝を目指す気持ちを放棄するとは到底思えない。
 思わず口走っていた。
「大丈夫じゃないですよ。桃香が目覚めたらあたしたちが殺されるかもしれません」
 美香は微笑んで答えた。
「心配しなくて良いわよ。私がいる限り、多分三条さんは貴女たちを襲えないわ。万一の時はもう一度眠らせるから大丈夫」
 多少不安だったが一応納得できた。美香の立場から言えば、生き残っている全員を助けたいのだろうし、美香の持っているマシンガンもとても心強い。
 今度は五十鈴が小声で言った。
「あの・・・ 先生は怖くないんですか。先生は特別生還の条件にされているんですよ」
 美香に会えた喜びで半分忘れかけていたが、その通りだった。
 軽く頷いた美香が答えた。
「ここに潜入した時点で自分の命は捨てているから何も怖くはないわよ。そもそも複数で私を倒しても特別生還にはならないという条件だったはずだし、万一貴女たちが襲ってきても負けない自信はあるわよ」
 確かにそうだ。2人では無効だ。
 おまけに桃香が負けるような相手に自分たちが勝てるはずはない。もちろん、戦う気はないのだけれど。
 そこで理香は大事なことを思い出して、五十鈴に話しかけた。
「五十鈴、アレを先生に・・・」
 ハッとした表情に変わった五十鈴は、懐から例の袋を取り出して美香に手渡した。
 怪訝そうに受け取った美香は、中を見て直ちに表情をほころばせた。一瞬で正体が判ったのだろう。
 美香は素早く手帳を取り出すと何かを書いて見せた。
 口先では生徒たちを上手く助けられなくて残念だなどと呟きながら。
“皆を集めてから、相討ちを装って全員の首輪を外すわよ”
 理香は微笑みながら大きく頷いた。美香はこの工具を使いこなす自信があるのだろう。
 当然ながら口頭では美香を慰めるような返事をした。
 美香はさらにペンを走らせた。
“東の崖下に船を隠してあるから、夜間にそれで逃走するの。首輪さえ消えていれば、変装して生きていくことは不可能じゃないから”
 理香は頷きながらも手を差し出して手帳とペンを受け取ると、このように書いた。
“桃香はどうするのでしょうか。逃走に同意してくれるとは思えません”
 美香は手帳を受け取ると、すぐに書いた。3人とも無言になっていたが、助かる方法が思いつかないという暗い内容の会話の後だから不自然ではないだろう。
“三条さんには仮の優勝者になってもらうつもり。三条さんの命と立場とプライドを守りながら、貴女たちを助けるにはベストの方法のはず”
 流石は美香先生だと思った。
 自分たちは死亡扱いにして逃走し、桃香には優勝させる。現状では最高の結果ではないだろうか。しかし・・・
 理香は再び手帳に書き込みをした。五十鈴も首を伸ばして覗き込んでいる。
“もう1人、蜂須賀君もやる気なんです。どうなさるのでしょうか”
 美香の返事はこうだった。
“何とか説得してみる。彼がやる気になる理由は判ってるし”
 驚いた理香は、思わず口に出してしまった。
「えっ、そうなんですか?」
 五十鈴に足を踏まれて、しまったと思ったが、運良く内容的に致命的な発言ではなかった。
「どうしたの、突然。何も言ってないわよ。波の音か何かが私の声に聞こえたのかしら」
 笑顔を保ったままの美香のフォローに慌てて補足した。
「そうですね。疲れでボーッとしてしまってすみません」
 ちなみに手帳にはこう書かれていた。
“自信があるとまでは言わないけど、何とかしてみるから”
 理香と五十鈴は美香の表情を、とても頼もしげに見詰めていた。
 


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