BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


80

 担任教師の国分美香との合流を果たし、さらに脱出方法の目処が立ったことで、細久保理香(女子18番)の心はかなり晴れ晴れとしてきていた。
 まだ、
大河内雅樹(男子5番)佐々木奈央(女子10番)とは合流できていないし、脱出が必ず成功するという保証があるわけでもない。やる気になっている蜂須賀篤(男子14番)にどのように対処するのかも問題である。
 それでも以前に比べればずっと気持ちが軽かった。
 プログラムに参加しない方が良かったということは当然なのだけれども。
 首輪の盗聴器のために会話が少々不自由だが、理香と
神乃倉五十鈴(女子7番)と美香は雑談しながら筆談で打ち合わせを続けていた。
 3人の側に横たわる
三条桃香(女子11番)は、まだ完全に落ちた状態のままである。穏やかで気品のある寝顔を見ていると、とてもクラスメートに牙をむくようには見えないのだが・・・
 その時、美香の顔に急に緊張が走ったのに気付いた理香は美香の視線の先を追った。
 はるか遠方から1人の男子生徒が接近してくるのが見える。雅樹ではない。とすれば・・・
 美香の声がした。
「蜂須賀君のお出ましよ。ひとまず私にまかせてね」
 理香は頷きながら美香の背後に隠れた。
 その理香の背後で、五十鈴が体を小さくしている。
 美香に会う前の理香ならば、篤を見たら一目散に逃走したはずであった。
 だが、美香に対する厚い信頼が、理香たちをこの場に踏みとどまらせていた。
 美香はウージーを篤に向けながら言い放った。
「蜂須賀君、話があります。銃口を下げなさい。応じないならば撃ちます」
 篤の返事が聞こえた。
「一番厄介な奴に遭っちまったな。先生が俺を撃つわけないけれど、話だけは聞かせてもらおうか」
 理香は美香の腋の下から篤の様子を窺った。
 篤は言われたとおりにマシンガンらしきものを下に向けて接近してくる。
 美香が篤を撃つとは理香にも思えないので、ここまではお互い計算どおりだろう。
 ある程度の距離で足を止めた篤の声がした。
「本来、俺は先生には用事はない。特別生還にも興味は無い。ただ、先生の後にいる子たちに死んでもらいたいだけなんだ。先生が道を譲ってくれるのが一番ありがたいのだけどな」
 判っていたことだが、やはり篤は理香たちの命を狙っているのだ。
 背後の五十鈴が震えているのが判る。目前に迫った死の恐怖をひしひしと感じているのだろう。無論自分も同様だ。自覚は出来ないが恐らく震えていることだろう。
 だが、特別生還に興味がないというのは何故だろう。立場に縛られている桃香ならば理解できないこともないが、単に生還したいだけならば悪いルールではないはずだ。どうしても優勝しなければならない理由でもあるのだろうか。
 美香は銃口を下げずに答えた。
「そう言われて従うくらいなら、はじめからこの子たちと一緒にいたりしないわよ。それより質問があるの。今までに何人の命を奪ったの?」
 そんなことを訊いて何の意味があるのだろうかと思ったが、篤は平然と答えた。
「11人だ。それがどうしたって、言うんだ。それがプログラムって物だろ」
 美香は微動だにせず返答した。
「そう・・・ あと1人でノルマ達成ってとこかしら」
 篤が激しい困惑の表情に変化したのが見て取れた。
「な、何で先生がそれを知ってるんだ。うちの会社の上層部以外、誰も知らないはずだ」
 声も震え気味で動揺の大きさを物語っている。
 美香は落ち着いて答えた。
「蜂須賀君が転校して来た時から、只者ではないと思ってた。だから、蜂須賀君のことは色々と調べてたの。正体が蜂須賀軍需物資の御曹司で、将来を期待されているけれど次男であることまでは何とか調べたわ。でも、わざわざ転校してきた理由が判らなかった」
 意外な展開に理香は目を丸くして美香と篤に交互に視線を送った。背後の五十鈴も驚きのあまり震えが止まったようだった。
 美香の声が続く。
「だけど、プログラムを見破った時に閃いたの。転校理由はプログラムに参加するためじゃないかって。御曹司がわざわざプログラムを希望するからには余程の理由があるはずよね。そこで、陸に戻ってから政府で働いている知人に頼んで調査してもらったの」
 篤は表情を歪めたまま無言を貫いている。
 美香はかまわずに続けた。
「その結果、数年前のプログラムで蜂須賀君のお兄さんが11人を倒して優勝していることが判ったわ。そこまで判明すれば後の推理は簡単よ。お兄さん以上の結果を残して優勝すれば、蜂須賀君が後継者になる密約があるのだろうって。推理に過ぎなかったけど、特別生還に興味が無いと言った時点で確定ね」
 あまりの内容に理香は全く声が出せなかった。
 篤は蜂須賀家の相続のために戦っていたのだ。理由は違えど、桃香同様に重いものを背負っていたわけだ。
 でも、許せない・・・ 自分の相続のためにあたしたちを殺そうとするなんて。あたしたちを蜂須賀家のお家事情の犠牲にするなんて。
 理香は篤を睨みつけた。
 篤は理香とは視線を合わせることなく大きく一度深呼吸すると、少し落ち着いた表情に戻って言った。
「よくそこまで調べたものだな。先生も只者じゃないと思ってたけど、その通りだった。完璧にその通りさ。あと1人以上殺して優勝すれば、兄貴を廃嫡して俺が後継者になれるんだ。蜂須賀家のためにもそれがベストなんだ。でも、それを知られたところで俺の気持ちは変わらない。隠れている子たちを差し出してくれないなら、先生もまとめて蜂の巣にするだけのことだ」
 美香は平然と答えた。
「調べたことはそれだけじゃないの。そして、これは多分蜂須賀君も知らないはず」
 再び篤の表情に戸惑いの色が窺えた。
「な、何だって言うんだよ」
 落ち着きをなくした声に微笑みながら美香は言った。
「お兄さんが11人を倒して優勝したこと。それは事実よ。でも、その内容まで知ってた?」
 篤は目をパチパチさせたまま答えない。
 美香は変わらぬ口調で告げた。
「手榴弾を支給されていたお兄さんは11人のクラスメートと一緒にある小さな建物に篭って震えていたの。でも、時が経つとともにお兄さんは疑心暗鬼になって、このままでは仲間に殺されると思ったみたい。仲間からそっと離れると手榴弾を投げつけて仲間を全滅させてしまったの。その後で凄く後悔して、バラバラになったお友達にすがり付いて泣き喚いたみたいよ」
 意外な内容を聞きながら、理香は篤の様子を窺った。
 篤は呆然として聞き入っている。
 美香はかまわずに続けた。
「それからお兄さんは1人で怯えながら叢に潜み続けたの。その後で他の生き残りの子が偶然にも相討ちで倒れて、お兄さんは隠れたままで優勝してしまったってわけ」
 美香は言い終えると、懐から一枚の紙を取り出して、丸めて篤のほうに投げ、篤が拾うのを見届けてから続けた。
「私の知人はプログラムの資料を管理する仕事をしているの。だから、その時の公式記録のコピーを私にファックスしてくれたわ。それを見れば、私がでたらめを言っているわけじゃないことが解るはず。どう? お兄さんは決して立派に優勝したわけじゃないのよ。そんなノルマに拘束されているなんて無意味なのよ」
 読み終えた篤は紙を2つ折にして破り捨てながら叫んだ。
「あのクソ兄貴め。こんなくだらない優勝をして威張っていたのか。親父たちがこれを知っていたら、兄貴はあんなデカイ面をすることは出来なかったはずだ。蜂須賀家に恥をかかせる優勝だとして廃嫡できたはずだ。クソ・・・」
 そこで、篤は美香を睨みつけながら言い放った。
「だけど、先生。今さらこれを知っても意味はないんだ。先生は何が言いたいんだ」
 美香は溜息をつきながら答えた。
「今からでも遅くはないわ。趣旨換えをしなさいよ。ノルマは下らないと判ったのだから」
 篤は動じなかった。
「ということは、まさか俺に殺し合いを止めて脱出でも検討しろというのか?」
 美香は黙って頷いた。
 篤は冷笑しながら答えた。
「先生は大事なことを忘れている。確かにさっきの情報があれば兄貴を廃嫡して俺が後継者になれる。でもな、脱出して生還したら犯罪者になっちまうじゃないか。後継者になんかなれやしない」
 美香が舌打ちをするのが聞こえた。
 勿論、美香がそんなことをうっかりしているはずがない。むしろ篤が失念しているのを期待していたはずだ。篤が動揺している間に武器を没収して脱出組に加えてしまうつもりだっただろう。後でこの点に気付いても手遅れだ。
 篤は落ち着きを取り戻した様子で言い切った。
「ノルマを果たさなくても優勝すればオーケーになったことは事実だろう。でも、ノルマはあと1人。兄貴のは例外中の例外だろうし、今から誰も倒さずに優勝するわけにはいかないだろうから、優勝することでノルマは自然に達成できてしまう。何ら問題はないわけだ。さぁ、話は終わりだ。先生、死にたくなければそこをどくんだ」
 説得に失敗した美香だったが、落胆の様子も見せずに答えた。
「仕方ないわね。でも、この子たちを決して殺させはしない。私が相手になるわ」
 篤は銃口を持ち上げながら言った。
「そうは見えないかもしれないけど、俺は先生を尊敬している。本当は死なせたくない。でも、国に反逆した以上、先生は間違いなく死罪だ。俺が葬っても問題はなかろう」
 美香は理香たちの方を振り向くことなく言った。
「2人とも、この場を動かないでね。でも、もし私がやられたらアレを持って逃げてね。大河内君に会えば何とかなるわ」
 理香は思わず美香の手を握り締めた。声は出せなかった。
 一呼吸置いて、美香はそっと理香の手を振り払うと、横歩きで10メートルほど移動した。理香たちと美香と篤は丁度正三角形の頂点に位置するような関係となった。
 篤が驚いたように叫んだ。
「あれ、そこに倒れているのは三条さん?」
 今まで陰になっていて桃香の姿は見えていなかったようだ。
 美香が答えた。
「そうよ。三条さんよ。眠らせてあるけどね」
 不敵に笑いながら篤が言った。
「ということは、先生を倒せば3人始末できるってわけだ。厄介な相手は大河内だけになるな」
 美香は表情を変えずに答えた。
「私をそんな簡単に倒せると思わない方がいいわ。まして、左肩が万全でない状態ではね」
 篤がギクッとした表情になった。
 言われて見れば、篤の左腕は重そうだ。上手くカムフラージュしていたようで全然気付かなかったが、美香は見破ったようだ。
 美香が続けた。
「それでは、マシンガンをしっかり操作することは無理でしょ」
「うるさい!」
 叫んだ篤はいきなりマシンガンを操作しかけた。
 が、美香が小石のようなものを投げつける方が早かった。
 両腕でしっかり固定されていないマシンガンは簡単に狙いを外され、篤が体勢を立て直す間もなく美香は間合いを詰めてマシンガンを蹴り上げた。
 篤のマシンガンは宙を舞って、かなり遠方に落下した。
 見ると、美香のウージーは疾うに投げ捨てられている。最初から接近戦にするつもりだったようだ。
 篤は思い切り後方にジャンプして間合いを取り、拳銃を抜き出した。
 だが発砲する前に美香の回し蹴りで跳ね飛ばされた。
 そのまま美香は篤に組み付いた。篤ももがいているが、左腕に力が入らない関係で美香のほうが優勢に見えた。
 もつれあう2人から、さらにもう1丁の拳銃が放り投げられた。美香が篤の懐から取り出して投げたのだろう。
 手に汗を握りながら戦いを見詰めていた理香は、突如背後に気配を感じた。
 五十鈴かとも思ったが、五十鈴は自分の真横にいる。
 戦いに気を取られている間に誰かに接近されてしまったのだろうか。周囲に対する警戒を怠った自分が悪いのだが・・・
 実際のところ残りの生徒は雅樹と奈央なので心配する必要はないはずなのだが、理香は落ち着いて判断できずに震えながら振り返った。
 すると、いつのまにか覚醒していた桃香が左腕を支えにして上半身だけを起こした状態で戦いを見詰めていた。
 見ると桃香は右手で上腹部をさすっている。美香の当身は余程強烈だったのだろう。まだ痛みが消えないようだ。
 しかし、これは大ピンチだ。この状態では美香の助けは期待できず、桃香がその気ならば自分たちは簡単に殺されてしまうだろう。俊足の桃香から逃げるのは無理で、桃香が丸腰になっていることだけが救いだ。桃香が敵意を見せたら直ちに催涙スプレーを使うしか助かるチャンスはなさそうに思える。
 震えが止まらない理香だったが、桃香は理香を一瞥することもなく言った。
「五十鈴、理香、どうなってるの一体? 説明してよ」
 さしあたり桃香は理香たちを襲うことよりも、目の前の戦いが気になるようだ。
 これに対して、桃香と親しい五十鈴が簡単に状況を説明した。
 桃香は頷きながら聞いている。無論、目は篤と美香を見詰めたままだ。
 この状態なら先制攻撃すれば桃香を倒せるのではないかと思ってしまうほど集中しているようだ。そんな気はないけれど。
 そうこうしている間に、ついに美香は篤を組み伏せて馬乗り状態になった。
 美香は懐からナイフを取り出して振り上げた。篤を殺す気なのだろうか。
 理香は生唾をごくりと呑みこんだ。
 篤の声が聞こえた。
「俺の負けだ。さっさとやってくれ」
 だが、美香は右手で振り上げたナイフをなかなか振り下ろそうとはしなかった。
 桃香の呟きが聞こえた。
「出来るわけないわ、先生に・・・」
 再び篤が叫んだ。少しイライラした声だ。
「どうしたんだよ、先生。早くやってくれよ。このまま生殺しにする気かよ。俺は負けを認めてるんだぞ」
 理香は見た。美香の頬を涙が伝っているのを。
 美香の声がした。震えているような声だ。
「出来ない。出来るわけない。可愛い自分の生徒を殺すなんて」
 篤が答えた。
「だったら、どうするんだよ。このままじゃ終わらないだろ。言っておくが俺は絶対に趣旨換えなんかしないからな」
 美香が小さく頷くのが見えた。
「そうよね。終わらないわね。仕方ないわ。三条さん同様、この場は眠ってもらうわね」
 美香はナイフを脇に置き、右手を篤の首に押し付けようとした。素手で絞め落とすつもりなのだろう。馬乗りの姿勢では当身は使えないからだ。
 その時、一瞬理香たちのほうに視線を飛ばした篤が素っ頓狂な声を出した。
「アッ、三条さんが細久保さんたちを・・・」
 桃香が覚醒しているのを知った篤が咄嗟に考え付いた策略のようだった。
 この策は、桃香の覚醒に気付いていなかった美香には効果満点だった。
 美香は思わず体の力を抜いて理香たちの方を見てしまった。もし事実ならば、美香は篤を放置して理香たちを助けに戻ろうとしたことだろう。
 勝負はこの瞬間に逆転した。
 篤は美香と組み合ったまま上半身を起こし、同時に美香が置いたナイフを拾って、素早く美香の首を掻き切った。
「先生!」
 理香は思わず叫んでしまったが、血飛沫を上げながら倒れた美香には最早聞こえないようだった。聞こえていても反応できなかっただけかもしれないが。
 一方、素早く立ち上がった篤は飛びつくようにして拳銃を拾い上げると、苦しんでいる美香の胸に2発ほど撃ちこんだ。
 美香はやがてぐったりとして動かなくなった。
 篤は美香の亡骸を軽々と肩に背負うと、断崖に駆け寄って美香を海に投げ捨てた。特別生還を拒否する意思表示だと思われた。
 理香はその一部始終を呆然としたまま見届けるしかなかった。
 自分の無力さを痛感した理香は、ガックリと膝をついた。
 次は自分たちが危ないのだから、ここは逃走するのが正解だろう。桃香の存在もあるので、逃げても無駄かもしれないけれど。
 しかし、最早理香には逃げる気力は残っていなかった。それほどまでに美香の死は応(こた)えたのである。
 側の五十鈴も同じく放心状態のようだ。
 篤は拳銃を握ったまま、ゆっくりとこちらに歩き始めた。
 半分残っていた理性は逃げなければいけないと叫んでいるのだが、体が反応しそうになかった。
 これまでかと思った時、背後の桃香が力強く立ち上がる気配を感じた。
 振り向いた理香が見た桃香の表情は今までに見たことがないほど厳しいものだった。
 


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