BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
81
細久保理香(女子18番)は膝立ちの姿勢で、力強く立ち上がった三条桃香(女子11番)を見上げた。
桃香の全身から漲る気迫は、理香と神乃倉五十鈴(女子7番)を圧倒するのに充分だった。
桃香が重々しい声で言った。
「先生の仇は必ず私が取る。絶対手を出すんじゃないよ。それから流れ弾に当たらないように気をつけるんだよ」
半ば心神喪失状態だった理香は無言で頷くしかなかった。
五十鈴と共に力なく腰を下ろし、一歩一歩進み出る桃香の背中を見送った。
勿論逃げるという選択もあるのだけれど、逃げようとすれば直ちに桃香に殺されるような気がした。
桃香の歩く方向は蜂須賀篤(男子14番)に対して真っ直ぐではなく、少し斜めの方向だった。
篤の放つ銃弾が理香たちに当たらないように配慮しているようだった。
同じくゆっくりと歩を進めている篤が言った。
「起きなければ眠ったまま楽に死なせてやれたのだがな」
桃香が怒鳴り返した。本来の気品があらかた失われている。
「私を悪用して美香先生を倒すなんて、大東亜国民の風上にも置けない。絶対に赦せない。覚悟しなさい」
篤が答えた。
「悪く思うな。優勝のためには仕方なかったんだ」
桃香が再度咆えた。
「お黙りなさい。美香先生に詫びながら死んでいくがいいわ」
我に返りつつあった理香は、いかにも桃香らしい発言だと思いながらも、目の前の戦いの行方を考えた。
桃香の位置から、美香が放置したマシンガンまでは近い。すぐに拾えることだろう。
もう一丁、美香が篤から没収して投げた拳銃も拾えそうである。
篤が手放したマシンガンは、2人からほぼ同じ距離にある。
先ほどの篤の様子から見るとマシンガンは使いこなせない可能性が高い。
桃香にとってもマシンガン2丁は邪魔になることだろう。
現状では丸腰の桃香だが、互角以上に戦えると思われる。
桃香が勝てば、美香の遺志を伝えて協力を求めることになる。
この場合、桃香と親しい五十鈴の存在がとても心強い。
五十鈴に説得してもらえば、桃香も応じてくれるかもしれない。必ずとは言えないけれど。
問題は篤が桃香を倒した場合だ。
この際は逃げる以外の選択は存在しない。
逃げ切れるかどうかは自分たちと篤の疲労具合の比較になるわけで微妙である。
篤も既に負傷していた上に、美香の突きや蹴りを食らっているので万全には程遠いはずだから何とかなりそうな気もする。
別の発想として、桃香が戦いに没頭するのを待って逃走するのもひとつの方法だが、逃げてしまうと桃香が勝った場合の説得が困難になるだろう。
それに自分だって美香の仇は取りたい。
そのためには桃香の戦いを見届けなければならない。
結論として、理香はいつでも逃げ出せるように身構えながら戦いを見守ることとして、五十鈴の同意を得た。
桃香は篤から目を離すことなく、ゆっくりと進んで拳銃の方を拾い上げた。
相手が拳銃なので武器を合わせたのだろう。これまた桃香らしいとは思えた。
篤も桃香が銃を拾うのを待っていたようだ。
もっとも、篤が早く動けば桃香もそれに合わせたのだろうけれど。
その瞬間から、篤の動きが急激に早くなった。
「行くぞ!」
叫ぶや否や1発撃った。
桃香のほうも今までとは別人のように素早く動き始めた。
地面を転がるようにしてかわすと、片膝の姿勢で撃ち返した。
篤のほうも反射的に姿勢を低くしている。
お互いに身を隠すものはなく、まさにノーガードでの撃ち合いである。
理香は固唾を呑んで見守るしかなかった。
数合の後、桃香の銃弾は見事に篤の左下腿を撃ち抜いた。
顔を顰めた篤が地面を転がるようにしながら理香の方へ接近してきた。
篤の意図を読めなかった理香は、次の篤の行動を見て蒼ざめる結果となった。
よろめきながら起き上がった篤は何と理香に銃口を向けたのである。
篤が叫んだ。
「三条さん、銃を捨てな。さもないと、先に細久保さんと神乃倉さんの命をもらうよ」
理香は硬直して動けない。
五十鈴は理香の背後で体を小さくしているようだ。
桃香の叫びが聞こえる。
「この卑怯者! 今の相手は私だよ。銃口は私に向けなさいよ」
「うるさい!」
篤の怒鳴り声が聞こえた。
理香は思わず目を閉じた。
あたしはここまでなのかな・・・ ここで死んじゃうのかな・・・
まだ死にたくなかったけど、仕方ないのかな・・・
でも、雅樹君に会わずに・・・じゃなくて告白しないで死ぬなんて・・・
雅樹君、パパ、ママ、奈緒美、奈央、麻衣・・・ あたしを守って・・・
大河内雅樹(男子5番)だけでなく、戦友の麻衣の名前まで自然に出てきた。それには別の理由もあるのだけれど。
そして理香は胸の中央に強い衝撃を受けて、しがみついていた五十鈴もろとも背後に倒れた。
「理香!」
桃香が叫ぶ。
「隙あり!」
と、篤が返す。同時に銃声。
これらの声と音を理香はしっかりと聞くことが出来た。
ありがとう、麻衣・・・
理香は内心で呟いた。
もちろん衝撃は本物であるし、胸板はかなり痛む。
それでも、理香は生きていた。
麻衣の支給品であり、今は理香が着用していた防弾チョッキこそが理香の命を救ったのであった。
女子の顔を傷つけないという篤のモットーにも救われていたのだが。
五十鈴も理香の意図を察して死に真似をしているようだ。
しかし、倒れたままで薄目を開けた理香は思わず体を震わせた。
篤の銃弾が命中したらしく、桃香が地に伏しているのが見えたから。
桃香が倒されてしまえば、篤は理香たちのとどめを刺しに来るか、そうでなくても生死の確認程度はするだろう。
そうなれば、結局は助からない。
篤がゆっくりと桃香に接近していくのが見えた。当然とどめを刺しにいったはずである。
が、その瞬間に信じられないスピードで起き上がった桃香が1発撃った。
銃弾は見事に篤の腹部に命中し、篤はよろめき倒れた。
篤が苦しそうに呻く。
「て、てめぇ。死んだ真似かよ。卑怯だぞ」
桃香が冷たく答えた。
「卑怯なのはどちらなの? 貴方のような人にはどんな策を用いても後ろめたくはないわ」
今度は桃香が篤に接近していく。
といっても、桃香の歩き方はかなり苦しそうで、右脇腹が赤く染まっているのが見える。
どうやら、篤の銃弾が命中していたことは間違いなかったようである。
実際に被弾していながら痛みに耐えて死に真似をしていた桃香の精神力には驚くばかりである。
「クソッ」
喚きながらも、篤は銃を桃香に向けようとした。
だがそれよりも桃香の銃が再度火を噴くほうが早く、篤の頭部が吹っ飛ぶのが見えた。
理香は思わず目をそむけたが、とにかく最大の脅威であった蜂須賀篤は涅槃に旅立ったのであった。
そして、美香の仇討ちも完了したことになる。
しかし、問題が解決したわけではない。
大切なのはこれからである。
桃香をどのような言葉で説得しようかと考えていると、桃香が先に声をかけてきた。
「理香、五十鈴。立ってちょうだい。生きてるのはわかってるのよ。その不自然な制服の膨らみ方を見れば、防弾チョッキか何かを着ていることくらい簡単に見抜けるわよ」
流石は桃香だと思いつつ、理香はゆっくりと立ち上がった。
五十鈴もそれに続いた。
桃香が優しい口調で言った。
「恥ずかしながら不覚の負傷をしちゃったわ。急いで優勝してしまわないと厳しいかもしれない。だから・・・」
急に口調が厳しいものに変わった。
「五十鈴にも理香にも、今すぐあの世へ行ってもらうわよ」
再び冷や汗が噴出した。
説得する間もなく殺されてしまうのであろうか。
負傷した桃香が相手ならば逃走も可能かもしれないが、それでは説得ができない。
説得できなければ問題は解決しない。
その時、五十鈴の声がした。
「桃香、聞いて。美香先生がどうして桃香を眠らせたと思うの? 1人でも多くの生徒を助けたいからよ。桃香も美香先生を尊敬してるんでしょ。だったら先生の気持ちをわかって欲しいの」
桃香はクールに答えた。
「私は美香先生を尊敬している。それは確かよ。そして、今回の先生の行為は国に反逆する行為だけど、とっても美香先生らしいと思うし、その気持ちもよく理解しているつもりよ。先生の立場としては決して間違っていないと思う。でも、私には私の立場があるの。私の立場では先生の考えに従うわけにはいかないの。本当は私に敵意を見せていない人は殺したくない。五十鈴も理香もとっても心が澄んでいるよね。出来れば生かしておいてあげたい。でも、それは無理なの。もともとは貴女たちを挑発して無理にでも私と戦ってもらうつもりだったけど、今の私にはもう余裕がない。大河内君という強敵も残ってるしね。悪いけど、この場で死んでもらうわ」
五十鈴が答えた。
「待ってよ、桃香。・・・」
そこで五十鈴の言葉が止まった。
桃香とて美香の遺志を知れば、協力してくれる可能性がないこともないだろう。脱出なんて許せないと言い出すかもしれないけれど。
それよりも、問題は桃香を説得する手段である。
政府に盗聴されている以上、脱出方法の存在を口にするわけにはいかない。
桃香の緊迫した様子では、不自然な会話をすることなく筆談に持ち込むのも無理だ。
おそらく五十鈴は脱出方法について言おうとして、盗聴されていることを思い出して言葉を止めたのだろう。
桃香はゆっくりとだが接近しつつある。
最早逃走も困難な間合いになっているように思われる。
どうしたらよいのか・・・
桃香の声がした。
「五十鈴、前に見逃した時に言ったはずよ。次に会った時は遠慮しないって。私がそれだけの人間だって言うのなら、今度は甘んじて受けるわ。だから、覚悟して」
観念してしまったのであろうか、五十鈴は答えなかった。
桃香がゆっくりと銃口を持ち上げた。ピタリと理香の額を狙っているようだ。
運動神経が勝っている理香の方を先に狙うのは当然といえる。
そして防弾チョッキを着ていても、見抜かれていては何の役にも立たないわけだ。
脂汗をたらしながら、理香は半歩ずつ後退した。
だが、桃香は一歩ずつ進んでくるので間合いは縮まる一方だ。
今度こそ、今度こそどうしようもないのか。
最早これまでなのか。助かる方法はないのか・・・
必死で頭脳をフル回転させても、今までの思い出が走馬灯のように横切るばかりで何も浮かばない。
桃香の声が聞こえた。
「ゴメンね、理香。永遠にさよなら」
理香が思わず目を閉じると同時だった。
「待て!」
場に大声が響き渡った。
男子14番 蜂須賀篤 没
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