BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
44:散華光牙
「夜が明けたな・・・」
そうつぶやく男。一方向かいに居る女も言葉を発す。
「そうだね・・・ 起きてみたら家のベットの上がよかったけどね」
女の言葉に、男も思わず話を返す。
「しかたないさ・・・ 俺だってこんなの夢で終わりたいくらいだが、現実に人は死んでいる・・・ 晶、お前でも現実から目を背けたいことがあるんだな・・・」
その女・・・三国 晶(女子18番)は少し落ち込んだ顔をしている。しかし、一気に険しい顔になり、男を睨み付ける。
「冗談言わないでよ!? 私は目を背けたりなんかしない! この現実と闘ってみせる! 私の性格を知らないわけじゃないでしょ、由紀夫!?」
そう言われた男・・・橘 由紀夫(男子9番)は自分の失言に気がついた。
「そうだな・・・ そういう女じゃないもんな、お前はよ」
由紀夫の言うとおり、晶は決して現実に屈する性格ではない。むしろ果敢に立ち向かっていくタイプだ。
諦めることを知らない精神、飽くなき向上心。晶は常にそれを持ち続け、陸上部長距離のホープになっていった。
由紀夫はそんな晶の精神が羨ましかった。常に上を目指そうとする貪欲な精神力はそれまで由紀夫に欠けていた物だったからだ。
由紀夫はどちらかというと、他人と争うことを好ましく思わない性格だった。協調性がある、と言ってしまえばそれまでだが、とにかく他人に気を使って譲歩してしまうこともよくあるのである。その他のことではそれはいい性格なのかもしれないが、陸上競技という他人を追い抜く競技に至っては、由紀夫のこの性格はマイナス面でしかない。
中学1年の頃は、練習ではすさまじい才能の片鱗を見せる由紀夫であったが、こと大会の競技になると実力が発揮できず結果があまりついてこなかった。周囲はそんな状況をあまりよく思っていなかった。
「もったいない」「もっと結果でるはずなのに」
しかしそんな声とは裏腹に由紀夫は満足していた。他人と争うことで他人が傷つく、そんな不毛な争いをわざわざする必要はない。
自分の才能は自覚していた。だが由紀夫は、他人が傷つくことを恐れていた。ゆえに誰とも争わない道を選んだ。自分も納得して、他人も傷つかない、これでオールオーケー? 由紀夫はこの結論に非常に満足していた。だがこれを打ち破るものが出てきたのである。それが晶だった。
中1の秋の大会でいい結果でなかった後の練習で、晶は由紀夫に近づいていった。
「あなたが橘 由紀夫ね?」
そう聞かれた。この時はまだ晶とは面識もなく、何のようだ? と思ったが、由紀夫は答えた。
「そうだけど、何か用・・」
次の瞬間、パァンと軽い破裂音が響いた。なんといきなり平手打ちで由紀夫の頬を叩いたのである。由紀夫は何がなんだかわからず、怒るのでもなく、ただ呆然としていた。
一方の晶の方は怒髪天を突く勢いだ。
「あなた・・・、この前の大会は何? 練習の何分の一の力よ!? あなた、試合の意味をわかっているの!?」
言葉の弾幕を浴びせ続ける晶。由紀夫もようやくしゃべり始めた。
「そ、そりゃあ記録を残すためだろ」
「じゃあなぜあなたは本気を出さないの? 練習どおりにすればもっといい記録がでるはずでしょ!?」
だんだんなぜ自分が怒られなければならないのか、そのことに腹が立ってきた由紀夫もだんだん語気が強くなる。
「いいじゃないか・・・! 俺の走りなんだから俺の勝手だろ? 俺が本気を出さなくても、相手が記録をだしてしまえば誰も傷つかないじゃないか・・・」
この言葉に晶は心底呆れたようだ。
「あなた・・・、それ本気で言っているの?」
その顔はさっきの顔とは比べ物にならないほど怖い顔をしていた。
「な、何がだよ・・・」
少し怒りが出ていた由紀夫もこの晶の顔を見て、正直怯んでいた。
「自分がやっていることが正しいと本気で思っているの? 誰も傷つかなければいい? あなたのやっていることこそ相手の選手を傷つけていることがわからないの!?」
この言葉に由紀夫はひどく驚いていた。俺のやっていることが相手を傷つけている? なぜそうなるんだ?
「どういうことだよ・・・それ?」
「本当に何もわかっていないようね。相手にとって手加減されて、同情されて競技をされるなんて、屈辱以外何者でもないでしょう? あなたはそれが優しさと思っているんでしょうけど、そんなの優しさじゃない! ただ相手や周囲を傷つけているだけの行為よ! あなたは他人を傷つけたくなくて本気を出さないんじゃない。自分が傷つきたくないから本気を出したくないだけよ!」
この言葉は由紀夫にとって、ハンマーで頭を殴られた感覚に襲われるくらい衝撃的なものだった。
俺の行為は・・・・逆のことだったのか? 傷つけたくなかったのではなく、傷つきたくなかったのか・・・?
「あなたは卑怯者よ。私は今はまだ素人だけど、常に上を目指して頑張っている。周りのみんなだってそうよ。でもあなたの行為は、そんな私たちへの冒涜だわ! どう、わかった? あなたがどれだけ周囲を裏切り続けているかが! そんなに他人と争うことが嫌いなら陸上を辞めればいいわ。はっきり言って私は不愉快だわ!!」
そう言うと、晶はものすごいスピードでグラウンドを走っていった。由紀夫はもちろん、周囲にいた他の陸上部員たちも唖然としていた。
そういえば誰も由紀夫にそんなことを言ってはくれなかった。他の陸上部員たちも先生も「次は頑張れよ」しか言わず、晶のように怒ってはくれなかった。陸上選手として才能溢れていた由紀夫にあまり口を出す人はいなかったからだ。
後に晶と和解した時、当時の由紀夫をこんな風に評している。
「あの時の由紀夫は、自分を裏切り続けているように見えた。私は自分を裏切る真似は絶対にしたくないって思ってた。だからかな、自然と腹が立ってきて、思わず叩いちゃった。」
その時、由紀夫は大笑いした後こう言った。
「晶らしいよ、本当に。」
その時以来、由紀夫は目覚めたように短距離ランナーとして才覚を表し、県内外にその名前が知られる存在となった。
由紀夫は自分を目覚めさせてくれた晶を、尊敬でき、信頼できる親友として感じるようになっていった。また晶も、由紀夫のような素晴らしい陸上選手になりたいと、心からそう思うようになっていった。親友として、そして目標として由紀夫を見るようになっていたのである。
昨夜、能登 刹那(女子13番)の襲撃を受けて、試験会場の南側に移動することになった2人。とにかく刹那が追撃してくる可能性も考慮してずっと走って逃げてきたのである。
途中、D−8の橋で天王寺 君代(女子9番)と墨田 剣子(女子11番)の無残な死体があったが、とにかく急いでいた二人にその死体に祈る暇もなかった。ただ、死者の軽い冥福を祈り、走っていった。
結局、深夜にはG−8とH−8の境目あたりまで逃げてきたのである。
その後、交代で睡眠を取ることを決めていたのだが、なにせこのプログラムの状況とさきほどの走りの疲労から、最初の見張りの由紀夫も結局寝てしまい、晶に起こされるという失態もあった。だが幸運なことに誰も襲撃者はなく、朝を迎えられたわけである。
「まったく・・・、冗談でもそういうことを言うのはやめてよね・・・」
晶は少々ご立腹のようだ。
「だから、悪かったって・・・」
「そもそも由紀夫には緊張感が足りない! なんで見張りなのに寝てるのよ! しかも私の方が早く起きてるし!」
それを言われると全く頭の上がらない由紀夫。
「う〜、悪かったよ・・・ さっきは疲れてさ・・・ 次は起きてるから・・・」
そうやって怒っているであろう晶の方を見る。しかし由紀夫はとんでもない光景を目にする。あの晶が震えて涙を流しているのだ。普段はありえない姿だ。
「私だって・・・女の子なんだよ・・・ 怖いんだからね・・・」
由紀夫は自分の無神経ぶりを嘆いた。
晶だって女の子なんだ。不安になったり、恐怖したりすることもある。しかしその気丈さゆえにそのような態度を微塵も出さなかったのだ。
ここで普通の男なら、励ますとか俺がついているとか言うのだろうが由紀夫は違った。晶の性格は知っていた。だから由紀夫はこう言った。
「らしくないな、晶」
「え?」
晶も唖然としている。
「そんなに不安がることあるかよ。むしろお前がついてて俺が心強いくらいだぞ」
晶の向上心旺盛な性格を考えてあえて発破をかける言葉を放つ由紀夫。
「大丈夫だよ。俺ら二人いれば平気だぜ? 何、弱気になっちゃってるの〜、アキラちゃ〜ん?」
最後はちょっとふざけ気味に言った。すると晶の鉄拳が由紀夫の腹部に突き刺さった。
「うが!!」
「ふん、誰が弱気よ! ちょ、ちょっと、目にゴミが入っただけよ!」
かわいい奴だな・・・と由紀夫は思ってしまった。こいつは大切な親友だからな・・・これからもずっと・・・
「でも、ありがとう、由紀夫。おかげで元気でてきたよ・・・」
そして晶は何か言いたそうな顔をしていた。
「どうした?」
由紀夫は怪訝そうな顔をして晶の方を向く。
「私ね・・・」
だが由紀夫は突然険しい顔になった。
「晶ァ!!!」
そして由紀夫は晶を強く横に突き飛ばした。
「キャァ!」突然の由紀夫の行動についていけず、そのまま倒れこむ晶。
「・・・・ちょっと! 由紀夫、何・・・!」
その晶の目に飛び込んできた光景は・・・・、
由紀夫の体を貫く刃、
苦悶の表情を浮かべる由紀夫、
そして由紀夫の対面にいる男性・・・、何の光も宿していない、まるで機械のような目・・・
初めて恐怖に支配された瞬間でもあった。
「い、いやぁぁぁああ!!」
晶はとっさに叫ぶ。
「う・・・鵜飼・・・か・・・ぐぅ!!」
その目の前にいる男、冷酷な炎を瞳に宿す「刃狼」鵜飼 守(男子3番)であった。
自分の傷を見て由紀夫は悟った。己の命はここまでなのだ・・・と。なら!!
「う、うおおおおおお!!」
腹部の刃がさらにめり込むにもかかわらず鵜飼に近づき、両腕で抱きかかえる。
「晶ァ!! 逃げろぉ!!」
茫然自失だった晶だったが、由紀夫のこの言葉で我を取り戻した。
「ゆ、由紀夫!?」
「お前は人を殺すなぁ! は、早く逃げてこのことを他の奴にも伝えろぉ!!」
人を殺した瞬間、晶は晶でなくなることを承知していたからかもしれない、だがそれ以上にこいつの相手は荷が重すぎると思ったのだろう。
なにせ、最初に発見した時から完全にやる気、しかもためらいがない表情で攻撃したからだ。こいつと・・俺たちとでは違いがありすぎる!
「由紀夫ォ!!」
「た、頼む・・・晶ぁ・・、俺を・・・失望させるんじゃ・・・ないぜ!」
晶は迷いながらも由紀夫の言うことを聞き入れる覚悟が決まったようだ。顔つきが明らかに変わったのである。
「行けぇ!!」
そして晶は走り始めた。その瞬間、由紀夫の体が激しく揺れた。
ドン!! ドン!! ドン!! ドン!!
業を煮やした鵜飼はグロックを抜き、由紀夫の腹部を撃ちぬいたのである。撃たれた由紀夫は力が抜け、その場に倒れこんだ。
そして鵜飼は晶の方向にグロックを向ける。
ドン!! ドン!! ドン!!
弾切れになるまで撃ちこんだ鵜飼は少し怪訝そうな表情を浮かべると由紀夫と晶のバックを調べ始めた。
く・・・そ・・・ だが・・・晶・・・逃げれたようだな・・・
微かな意識で由紀夫は晶の無事を祈っていた。
晶・・・生きて・・くれよ・・・ 俺の・・・大切な・・・親友・・・なんだからよ・・・・
そして由紀夫は静かに息を引き取った。最後まで友の安全を祈りながら。
【男子9番橘 由紀夫 死亡】
一方の刃狼・鵜飼は冷静に判断していた。
一人・・・逃がしたか。まぁいい・・・、手ごたえはあった。走ることができても、銃弾に被弾したのだ・・・ 長くはもたないだろう・・・
「それより、今は・・・・やることをやるべきだな・・・」
そして二人の武器、由紀夫の『ベレッタM92FG』とH&K USPを腰に収め、その場を静かに去っていった。
【残り・・・13名】