BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
54:本部にて〜異質の予感〜
「ふぅ、ようやく一桁に到達したか」
モニター上でM13・M14・F8と表示された点が消えるにあたって、森は深くため息をついた。
ようやく8人・・・といった所かという表情である。
40人のクラスにおいてこの時間は決して遅くはない。だが一般的にやる気になっている『志願者投入』ということを省みれば、十分遅い結果になっていた。
志願者というのは、総じて能力が高い。「殺し合い」をしたいと思っている人間だから当然だといえるが、さらに見知らぬクラスに投入されるのだ。友達やクラスメイトならともかく、赤の他人なのでこれによって躊躇がなくなるだろうし、殺しの決意もつく。
実際、志願者投入で1日もたたずに終了したケースもある。そういった点を省みてもこのプログラムの進行状況が遅すぎた。しかも今回はかなりめずらしいケースである志願者が3人もいるという状況にも関わらずに・・・である。
「それに本条は何だ!? 足手まといの遠山や黛と一緒に行動して、さらに殺害人数0だと! 遊んでいるのか、奴は!?」
そう言って、「転校生」の一人、本条 龍彦(男子20番)の不満を言い始めた森。
15歳という少年にも関わらず、3回の局地戦への参戦。その死地で見事生還し続けた男・・・幼い頃から政府の兵士養成学校で純粋な戦闘訓練と戦闘技術を学び、そこで優秀な成績を収めた男。冷静な判断力と非凡な戦闘力で、将来優秀な兵士として特殊部隊のエリート候補として名を知られる男・・・それが本条 龍彦であった。
森もこの兵士養成学校の出身者でもあったので、龍彦がどれだけ優秀かは十分わかっていた。経歴だけなら幼い頃の自分以上の実績を持ち合わせているのである。
このプログラムでもその前評判が効いて、トトカルチョでは1位、つまり優勝候補筆頭だった。
「まぁ確かにデビットや浪瀬、それに李は順当にスコアを伸ばしているが・・・」
森は3人の優勝候補の資料を覗き込みながら呟いた。トトカルチョ第2位に上げられているのがデビット=清水(男子19番)。
その大東亜人離れした体格で、すでに正規兵士と何の遜色もないほどの戦闘力を誇る。どうやら東欧系のハーフらしいが・・・ デビットも幼少時から政府の兵士養成学校に入っている身である。もっとも龍彦とは違い、デビットは自ら志願したらしいと言われている。
世間的には兵士養成学校という施設はない。ただ、国営の孤児院やら、学費免除の国営学校などは、国が管理している。親が居ない児童やお金がない子供はそういった国営の教育施設に入れられる。そういった施設は兵士を養成するのに最も適した場所なのである。
その兵士養成学校も並ではない成績で卒業。その後、軍の予備軍に配置されてからも、成果をあげてきた予備軍でも優秀な兵士だ。さらに専守防衛軍の中でも特殊部隊に当たる・・・混血児だけで形成される大東亜共和国専守防衛軍混血特別潜入部隊・・・通称『ハーフブラッディ』の候補生でもある。
要はハーフという特徴を生かし、敵国や周辺諸国へのスパイ行為が主な任務の部隊である。時には暗殺や破壊工作などもやる、専守防衛軍の中でも精鋭部隊の部類に入る。
この国でハーフが大東亜人の中で平等に生きていくには限られた職種だけだ。その一つが軍隊であり、この『ハーフブラッディ』はまさしく一般の大東亜人以上の地位が与えられるのである。
どうやらデビットにとってこのプログラムが『ハーフブラッディ』の試験らしい。このプログラムはデビットの人生を大きく左右することになるのである。そのやる気を買って森もデビットに賭けたのである。
現在スコアは6人・・・堂々の2位である。
トトカルチョ第3位が李 小龍(男子17番)。
こいつは見て驚いたものだ。あの韓半で有名な暗殺一族・李家の正統後継者とはな。
それらの情報は韓半の大東亜大使館から情報が入ってきており、小龍の素性はトトカルチョの前から知られていた。
小龍の暗殺技術は暗殺手時代に殺した人数から窺い知れる。もっともその資料は政府公認の暗殺に限るが・・・ スコアは2人だが、「暗殺」という点では現役兵士である龍彦やデビットも上回ると見られている。「人間を殺すこと」に関してはこのクラスで一番の実力者であるのだから。
故に3位という人気を博している。
そして女子1位であり総合4位なのが浪瀬 真央(女子20番)。
こんな綺麗な顔して、実はとんでもない殺人鬼だとは誰も思わないだろうな・・・ 内心、森はそう思っていた。こうやって写真を見ていれば、男がたくさん群がってきそうな顔をしている。
一年前に起こった「新潟県連続猟奇殺人事件」、その犯人がこの真央だという情報も流れている。トトカルチョでの公平性から情報公開は当たり前だからだ。
そもそも犯罪者である真央をプログラムに参加させるという行為はいろいろ論争が起きた。だが推薦した人物が軍の上級将校だったことと、その将校の親が政界の大物だったことも効いてあえなく参加が決まったという。
この将校が真央を気に入り、モノにしたかったという噂もあるがそれもどうでもいいことである。
運動神経は他の優勝候補に比べると遥かに見劣りする。だが無痛覚という武器に加え、「殺人」に関しての情念は侮れないものがある。実際、戦闘能力の高かった墨田・能登・陸奥・那節といった自分より能力の上の相手を悉く退けてきた。しかも能登・陸奥・那節に至ってはサブマシンガンという装備をしていたにもかかわらずに・・・である。
真央は死を全く恐れていない。ただ殺すことに快感を見出し、行動している。そういった意味で森は、真央は本物のクレイジーだと思った。
スコアは5人という単独3位につけている。
しかしどいつもこいつも見れば見るほど殺しなんぞしない人間に見える。
まぁ俺にとってはどうでもいいことだが・・・ 殺人鬼であろうと天使であろうと、プログラムが盛り上がればいいさ・・・
「しかし意外だったのは、真中と・・・、鵜飼だな・・・」
真中 冥(女子15番)は女子の中でも一番背が低く、運動神経はクラスで最下位というデータだ。成績に関してもあまりいいとも言えず、さらに対人恐怖症の症状が見られ人付き合いは皆無。特徴といえば最近流行している新興宗教に入信したことか。
だが彼女はすでに3人を殺した。そのうち一人は女子の中でも人気第2位だった能登 刹那(女子13番)だ。
最初に死ぬと思っていた奴がこの最終戦まで残る・・・・、これもプログラムの面白いところか。
そして、一番驚いたのが・・・鵜飼 守(男子3番)である。
公平を期すためにあらゆるデータを公開するトトカルチョのデータベースにもごく一般の生徒としか載っていなかった。
だが実は軍では知らぬ者などいない伝説の『刃狼』だったのは非常に驚いたものだ。
生きている・・・という事実も森を驚かせたものだが、『ロイヤルガード』所属というのがもっと森を驚かせた。
『ロイヤルガード』・・・・専守防衛軍でも少佐クラス以上にならないと知らないといわれる最精鋭部隊、大東亜共和国専守防衛軍総統特別親衛隊の略称である。
謁見するどころか、拝謁することさえ一般の市民にはできないといわれる大東亜の絶対的存在「総統閣下」・・・、その総統閣下の周辺警護するのがこの『ロイヤルガード』の役目と言われている。
当然その親衛隊は防衛軍最高の精鋭ばかりで集められ、階級も少将以上であると言われている。他国の刺客など物ともせず、殺し屋や暗殺者を何度も退けたという。
そんな怪物集団の中に15歳の少年がいるなど誰が思うであろうか・・・、いや正確には16歳だが。
そして鵜飼は9人というスコアで堂々の第一位に輝いている。
そして森はおもしろいとも思っていた。
これほどの戦闘能力が高いプログラムが他にあっただろうか? 過去類を見ない史上最高の戦闘が繰り広げられることに森は一種の興奮を覚えていた。
「フフフフ・・・ まぁこれから楽しみな戦闘があるわけだしな・・・、文句ばかりではあるまい・・・・」
だが森の中で一つだけ妙なことがあった。他でもない『刃狼』鵜飼の動きであった。
最初の頃は一気に7人殺害するなどすさまじい実力を見せ付けたが、その後は何を考えているのか会場の最南端の方向を向かったのだ。
その過程で1人殺しているが、逃走するもう一人を追うこともなく、会場最南端へと移動をしてそのまま動かなくなってしまったのだ。
一言ではいえば「わからない」であった。
最初はあれほどやる気の行動を見せていたにもかかわらず、途中になってから会場の端でずっと待機・・・ もし鵜飼が本気なら今頃このプログラムが終了していてもおかしくない。
この行動が森には非常に矛盾に思った。
考えられる原因は・・・・、やはり唯一逃走を許した黛 風花(女子17番)にあるのか。
だがその憶測を確かめる勇気はなかった。
一度こちらから通信機をかけてみたが、その時そちらからは通信するなと鵜飼に釘を刺されたからだ。
もしあの方の逆鱗に触れれば命はないだろう・・・ 直接的な殺害はもちろん、階級においてもかなり雲の上のお方なのだ。社会的に抹殺することなど造作もないことだろう。森とて自分の身は恋しかった。
しかし気になるものは気になるものである。そんなことを悶々と考えていると何やら兵士がこちらに近づいてきた。
「あの・・・、森教官」
何かトラブルでもあったのか・・・ その表情からはそんなことが容易に読み取れた。
「どうした? 何か用か?」
「はい。実は・・・さきほどの定時連絡で南部の駐屯所からの連絡が取れないのです。つい1時間前には連絡がついたのですが・・・」
そう聞いて森は考え出した。南・・・・そういえば確か・・・・
「南というとさきほど少し爆発音が聞こえた方角だよな?」
「はい。確かに聞こえた方角に相違ありませんが・・・」
すると森は将官らしい思考を開始し始めていた・・・ そして結論を出した。
「何かトラブルがあったのかもしれん。東と西の駐屯所に連絡して捜索するよう通達してくれ。もちろん警備の人数は残したまま・・・でな。北部駐屯所には厳重警戒を促しておけ!」
「ハッ!!」
そう言って敬礼すると兵士が出て行こうとする。
するとその中をピピピピピピピ・・・・・という音が遮った。
なんと通信機がなっているのだ。
相手はもちろん一人しかいない、鵜飼中将だ。さすがの森も冷静ではいられず、すかさず通信機をとる。
「は、はい! こちら森です、鵜飼中将!!」
気の引き締まった、あいかわらずの大声で応対する森。
「・・・ああ、こちら鵜飼だ。森教官、わかっているなら大声を出すな。耳障りだ・・・」
その声には殺意ともとれる感情がありありと込められていた。
「は、はい。申し訳ありません・・・」
強面の森だったが、鵜飼の前では怯えた猫も当然だった。
「まあいい。それより今から首輪を一時解除する」
その言葉を聞いた瞬間、森は一瞬固まってしまった。
「・・・・は?」
「聞こえなかったか? 首輪を一時的に解除する。それともう一つ指令だ。東・西・北の駐屯している軍は一切動かすな。厳重な警戒をすることだけ注意しておけ。以上が指令だ」
この指令には森も首をかしげるしかなかった。このプログラムの総責任者は森であり、すべての責任と共に指令権も森にあるはずなのだ。
「ちょ・・・鵜飼中将! 私はこのプログラムの担当教官です。中将とはいえあなたにそこまでの権限は・・・」
「この指令は偉大なる総統閣下の指令でもある。そう言ってもか?」
その言葉に森は凍りついた。
この国の「神」・総統閣下・・・同時に軍最高指令官でもあるそのお方の指令はどんな権限よりも優先されるべきものである。
一般の中将がそれを言っても説得力はないが『ロイヤルガード』の鵜飼が言うのなら十分納得がいくものであった。
「ちなみにこのことは、君はもちろんプログラム全兵士に対しても極秘なことだ。知らないのも無理はないがな。とりあえずプログラム後、十分な説明を行うつもりだ。それまでは何も聞かず任務を遂行しろ。いいな?」
森に選択の余地はなかった。
何より「プログラム後」という言葉が気になった。つまり優勝者は自分ということを公言しているようなものだ。その実力があることも明らかであった。森は自分自身を無理やり納得させた。
「はい! わかりました!」
「うむ、君は引き続きプログラムを厳重に管理してくれ。当然警戒も怠るなよ。用が済んだら首輪を作動させる。それでは通信を終わる」
そう言って通信機がブチッと切れる。
森はもう何がなんだかわからなかった。最高責任者である自分さえ計り知れないことが何か起ころうとしているのだ。
だが森は知らないまま、それに従うしかなかった。
「おい、君!」
やり場のない怒りをその場にいた兵士にぶちまけるように呼びかけた。
「ハ、ハッ!」
「さきほどの指示は取り消しだ。各駐屯所、厳重警戒態勢を取るように呼びかけておけ。本部の警戒も強化しろ。いいな!!!」
「ハッ!!」
森の気迫に勝るとも劣らない返事をした兵士はそのまま部屋から出て行った。
そうするとすぐさまモニターからM3の表示が姿を消した。
「森教官! 鵜飼中将の首輪の表示が・・・!」
「ああ、いいんだ。予定通りだから。他の生徒の表示に注意しておけ」
しかし兵士は納得のいかない様子だった。
「しかし・・・・」
「お前は鵜飼中将に殺されたいのか? それともこの最高責任者の私に殺されたいのか!!!!」
今まで溜め込んだ怒りを放出したような形となった森。
「す、すみません!!」
そういって視線をそらし、任務に戻る兵士。
さきほどの愉快な気持ちなどすでにどこかに消えうせていた。
ただ、このプログラムが普段のプログラムとは様相が違う。それだけ感じ取れただけであった・・・
【残り・・・8名】