BATTLE ROYALE
死線の先の終末(DEAD END FINALE


56:レボリューション


 神谷には何がなんだかわからなかった。
 自分たちの助けるべき少年と今現在闘っているこの現実を・・・
 これは・・・一体なんなんだ・・・!?
 この意味のわからない修羅場で神谷は確実におかしくなっていった。
 その時一瞬脳裏をよぎったのは、4年前の自分・・・専守防衛軍時代の自分であった・・・


 神谷は4年前までは専守防衛軍兵士として忠実に国家に忠誠を捧げる優秀な兵士であった。
 徴兵制を採るこの国にとって兵隊はもっとも危険な仕事として認知されていたが、もっとも社会的地位が高いものであった。実際、収入はよく生活に困ることはなかった。
 だが何より上下関係を重んじ、上の命令に反対すれば即射殺も逃れられないという厳しい環境もあった。
 しかし神谷は兵士という職業に誇りを持っていた。
 自分は国民を守るのだ。国家を守るために武器をもって闘うのだ。
 そのことに誇りをもって、職務に励んでいた。
 自分の理想を砕くあの時・・・
 そう、4年前にある任務につくまでは・・・

 その任務とは悪名高い「プログラム」の運営任務であった。
 神谷はその時、担当教官の護衛兼補佐を勤めた。
 だが神谷はプログラムの実態を全く知らなかった。少年少女たちはこの戦闘実験に誇りを持って参加しているのだろう。そう信じて疑わなかった。
 だが神谷が見たものは血で血を洗う戦場より酷い「地獄」であった。

 親友を殺す少年、恋人を殺す少女、あまりの恐怖に狂う少女、助けを求める少年、自ら率先して殺しを求める少年・少女、最後まで脱出の道を模索する少年・・・、様々な感情が入り混じるその修羅場の様子を笑顔で見守る担当教官。

 なんだ? 
 何なんだ? 
 これは何なんだ? 
 俺たちは国民を守るという崇高な任務についているのではないのか? こんな殺し合いを見守ることに何の意味があるのか? この戦闘実験に意味はあるのか? 

 実際はデータなどはあまりとっておらず、このプログラムは政府のお偉いさんの一種の「ガス抜き」だということは、軍を抜けて反政府組織に入って知ったのだが、この時は少しも知らなかった。
 自分の信じた世界が今、崩壊しかけていた。そして崩壊を決定付けたのが、プログラム優勝者が決まった時だった。

 本部に戻ってきた優勝者・・・、その少年の名前は「真鍋 薫」といったか・・・
 真鍋は、最後の二人になるまでに5人の人間を殺した。それはあくまで正当防衛で、殺されそうになったからやったという結果だった。そして最後の相手は皮肉にも彼がプログラムが始まってからずっと探していた、彼の恋人だった。そしてその恋人を殺して優勝したのだった。
 真鍋はただ恋人を守りたかった。優しかった恋人を・・・・祥子を。
 自分も許せなかった。だがそれ以上にクラスメイトや祥子を狂わせた政府がもっと許せなかった。
 自分たちの大切な未来を奪った政府への憎悪は計り知れなかった。

 本部に戻った真鍋は、すさまじい怒りを宿した表情をしており、いきなり手に持っていたイングラムをこちらに向けてきたのだ。
「これが、祥子やみんなの怒りだぁぁぁ!!!」
 そしてイングラムが火を噴く。全員なんとか避けていた。
 そして自分は兵士として訓練された技術に従い、自分の拳銃を抜き、その少年の心臓を打ち抜いた。

 静寂が訪れた・・・・
 少年が死ぬ直前に言った言葉を今も忘れることができない。
「俺たちの・・・未来を・・・返せ・・・・」
 そして少年は物言わぬ屍と化した。

 俺は・・・何なんだ? 
 俺が守りたかった物はこういった少年たちの未来じゃなかったのか? 
 何なんだ? この国は何なんだ? 
 狂ってる・・・・・狂っている!! 俺も上司も軍も政府も総統も!!!!! 
 俺は・・・・俺・・・・
「うわあああああああああああああ!!!!!」

 こうして1992年度第14号プログラムは優勝者が本部に反抗したためやむをえず射殺したという結末を迎えた。
 神谷は優勝者射殺という責任を理由に軍を退役した。本当の理由は・・・軍に所属することに嫌気が差したことだ。
 狂っていると感じてしまった軍や政府にもはや忠誠心はなかった。何の当てもなく、神谷はどこかで細々と暮らそうと思っていた。
 あの時、自分の守りたかった者の命を奪った瞬間から、神谷は死んでいたのだから・・・

「もし、君が神谷君かい?」
 そう呼び止められた。振り向いているとそこには紳士風の男性が立っていた。
「初めまして」
 それが反政府組織に入るきっかけとなった。反政府組織に入った後は、戦闘技術の教授や武器入手ルートの確保などに従事していた。

 そしてついにあの時の贖罪の時がやってきた。
 プログラム中止計画・・・、自分が犯した過ち・・・、それを少しでも清算できるのだと思った。


 そう思ってここに来た。
 だが目の前の戦闘でこちらに殺意を向けているのは、紛れもなく自分が助けたいと思った少年なのだ・・・
神谷・・・、神谷!!」
 服部が呼びかけるその声で現実に引き戻された神谷
 今自分はまさに戦場にいる。過去を振り返っている場合ではない。
 戦場でのジンクスを思い出した。
 戦場では失ったものや無くなってしまったものを振り返っている瞬間、死神が肩に止まるということを・・・。
 自ら生き残る術を考えなければ、判断しなければ、待つのは・・・・死!! 

 だが目の前の少年を殺すには少し抵抗があった。
「政府側とはいえ、彼も被害者だ。できるだけ生け捕りにしよう!」
 神谷の言葉に服部も大きく頷いた。
「当然だ、彼に罪はない!」
 そうすべての罪はこの国だ。この国が病んでいるからだ・・・


 服部はすでに十数年も反政府組織に働いている古巣の一人だ。
 彼は18歳の時に組織に入って以来、地道に組織を支えた一人なのである。
 そのきっかけはある出来事が原因であった。

 彼はプログラムに巻き込まれることもなく、無事高校を卒業して、政府直轄の国営企業に就職を果たした。
 彼もまたこの時はこの国に矛盾を感じながらも、あえて見ぬふりをしている一般国民の一人であった。
 ただ安定したこの社会で、何の変化もなく、無難に生きていきたいと思っていた。
 しかしある仕事が彼の意識に大きな変化をもたらした。

 それは一つの特別な仕事だった。
 なんと人工授精のサンプルのために精子を採取するというものだった。
 この仕事を聞いた時は非常に驚いたが、新入社員の服部にとって特別収入がでるこの仕事を断る理由はなかった。
 そして自分の精子が人工授精されたことを半年後に知った。間接的ながらも自分にも息子ができたのだと少し複雑な気分にもなったりした。
 だが、服部は知ってはならないことを知ってしまう。この胎児が狂ったこの国に巻き込まれていることに・・・

 自分の胎児がどうなったか気になる服部は自分の勤める企業の資料を秘密裏に見てしまったのだ。
 バレれば、クビは確実だったが、好奇心が服部に大胆な行動をさせたのである。
 知らなければ幸せなことはこの世にいくつもある。服部はそれを知らなかった。
 それは知ってはならないことだった。それはこの国の暗部であったのだから・・・

「政府極秘計画のために人工授精した胎児は実験のために研究所に委託」

 な、なんだって・・・・、じ、実験のために研究所に・・・委託!?
 服部はその報告書の一部分を見て、驚愕の表情を浮かべた。その衝撃は過去を遡っても、今だ体験したことのないことだった。
 そしてその結果報告の次の欄を見た瞬間、絶望に落とされた。

「委託された胎児の99%は実験過程で死亡」と・・・

 この時、初めてこの国が重病だってことを自覚した。
 知ってはいた、だが「自分自身」がそう感じたのは初めてだった。
 たかだか「実験」の名の下に子供を生ませ、「実験」のために子供の未来をいとも簡単に踏み潰すその事実が許せなかった。
 怒りはもちろんあったが、場違いとも取れる喪失感を感じた。
 何の愛情もないと思っていた。見たこともない母親に愛情すら感じたことのない胎児。だが生物学的に見ればそれは間違いなく自分の「子供」なのである。
 どこかで幸せに暮らしているのならそれでよかった。元から自分には関係のないことだったから。だが「実験」の名の下に「自分の子供」を葬ったこの国を支配する政府に尋常じゃない怒りを感じた。

 その後は語るにおよばず、企業を退社し反政府組織に身を投じたのである。
 共和国など名前だけの国で一部の人間が権力を欲しいがままにし、国民を踏みつけようと何も感じない政府を倒すために・・・


 彼もまたこの国の犠牲者なんだ! 
「私たちは君たちの味方だ! 銃を収めてくれ!!」
 服部は自分の出せる声を振り絞った。だがこの少年の返事はこの言葉とその後飛んできた銃弾が答えだった。

「俺の約束を邪魔する者は誰であろうと排除する」
 バァン!! 
 再びベレッタの銃弾がこちらに飛んできた。
「うわ!!」
 二人には当たらなかったが、確信した。この少年の説得は不可能だということに。
 そう感じた服部は少年と交戦することを決めた。
 自分のカラニシコフを構え、銃口を向ける。
服部君!?」
 動揺を隠せない神谷服部に食って掛かる。
神谷、しかたないんだ。これ以上足止めを食らっては作戦に支障が出る。そうなると今闘っている本条君や他の生き残りの生徒も助からないんだ。そのためにいくらなじられようが俺は目の前の敵を殺してここを突破する!」
 そういうと服部は自分のカラニシコフの引き金を引いた。その突撃銃で見事に応戦する服部

「くそ・・・・、俺はまたしても・・・未来を奪うのか・・・!」
 神谷の脳裏に再びあの日のトラウマが甦る。
 だがその少年は二人の連携がうまくいっていないところを見逃さなかった。
 鵜飼 守(男子3番)は突撃銃を撃っている方向の反対方向から出てきて、ベレッタの引き金を引いた。
 バァン!! バァン!! 
 だがそれ以降弾がでることはなかった。

 弾切れ!? 
 この瞬間を服部は見逃すわけはなかった。そして神谷も意を決した。二人してカラニシコフの銃口を立っている鵜飼に向ける。
 誰もが決着がついたと思った・・・瞬間、鵜飼はベレッタを捨てて、後ろに手を回したかと思うとそのまま木の方向へ横っ飛びしたのだ。

 タタタタタ!!! タタタタタ!!! 
 横っ飛びした瞬間に引き金を引いたため、二人のカラニシコフの弾は間一髪で当たらなかった。
 だが横っ飛びしている鵜飼はというと・・・なんと後ろのグロックとワルサーを抜いてこちらに銃口を向けている。倒れこみそうになりながらも鵜飼はグロックとワルサーの引き金を引いた。
 ドン!! ドン!! バン!! バン!! 
 服部にとってその音が最後の音になった。

 服部は自分が光輝く場所にいることに気が付いた。そして悟った。
 ああ・・・、もっと闘いたかったが・・・俺は死んだんだな・・・
 すみません、みんな・・・
 成瀬さん、後は頼みます。
 あの世か・・・できたら・・・俺の息子にあいたいかなぁ・・・・

 魂とは別に肉体の方は、グロックの弾が服部の頭を貫通して生命活動は停止していた。
 一方の神谷は腹部と右肩に見事被弾した。銃弾を食らった痛みに耐えようとするが間髪入れずに鵜飼が銃弾を打ち込んでくる。
 ドン!! ドン!! ドン!! 
 2発が腹部に命中。今度こそ神谷は倒れてしまった・・・
 神谷が倒れると、鵜飼はその虫の息の敵に近づいていった。
 そして神谷の前に立つと、グロックとワルサーを納め『紫電』を抜いた。

 敗者を見下ろす『刃狼』の表情に一切の慈悲を感じ取ることはできなかった。
「裁きの時だ」
 鵜飼にとっては「反乱者」として裁くつもりだったのだが、神谷は「あのプログラムの過ち」の裁きのように聞こえた。
 ああ・・・、やっと俺は・・・贖罪できるの・・・かな・・・・
 俺は・・・あの少年や・・・あのプログラムに参加した子供たちに・・・謝りたい。
 少年が俺の・・・・生涯を終わらせる相手か・・・・ なんて皮肉だろうな・・・・

 そして鵜飼の刀が大きく振りあがる。
 生きてくれ・・・・少年・・・・ 未来を・・・頼む・・・・。

 ドス!!!!
 神谷の心臓には鵜飼の刀が深々と刺さっていた。それは、本部襲撃を狙った賊が全滅したことを意味した。
 だが、鵜飼の中でまた頭痛が再発し始めていた。
「ぐ・・・ぐぅぅぅぅぅ!!!」
 あの言葉が自分の中で反芻する。

――、総統を、国を守ってくれ・・・。そして、国民や俺の家族を・・・風花を守ってやってくれ・・・――

「あ、あぁあぁあああああ!!!!」

 なぜだ!? 
 なぜこの言葉が今頃甦るんだ! 
 謙信、俺は守っているよな? お前との約束を・・・・
 ならなぜこんなに頭が痛いんだ!! 

 意味がわからなかった。
 公民館の奴らを殺した時、沢崎を殺した時、三国を殺した時、今までの殺しとは別な感覚がした! その中でも一番は黛 風花(女子17番)の時だ! 
 そして今回はこの国賊達・・・ あいつの約束とはかけ離れた相手なのにどうしてここまで俺が苦しむんだ!! 
「はぁ・・・はぁ・・・」
 しばらく頭を抱え動かなかったが、そのうち震えが止まり、頭痛も大分治ってきた。
「まだ・・・プログラムは終了していない・・・ さぁ・・・行こうか・・・ 決着をつけに!」

 そのまま捨てたベレッタを拾い上げると『刃狼』は反政府組織の兵士たちの死骸をうち捨てて、その場を後にした。
 だが、彼は機械のような目はしておらず、そこには人間・鵜飼 守の光があった。しかし今まで押さえつけてあった尋常じゃない殺気も同時に放たれたことを本人は知らない・・・

【残り・・・8名】
                           
                           


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