BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
60:冥府に咲き誇る蓮華
「ハァ・・・・ハァ・・・・ハァ・・・・」
降りしきる雨の中、すでに致命傷を負った李 小龍(男子17番)の前に立ち尽くす鵜飼 守(男子3番)。勝利者としてそこに佇んでいるのも、その鵜飼であった。
だがそうやって呼吸が乱れ、疲れきった表情をしているのもまた鵜飼である。
それも当然だと言える。
すでにこの闘いで、左肩に被弾、胸に軽傷とはいえ斬り傷、さらにさきほどの投げナイフで左腕も負傷してしまった。
さらに小龍の斬撃を完全には避けきっておらず、あちこちにかすり傷もある。
加えてこの短時間で『革命の月』の兵士たち、デビット=清水(男子19番)、小龍と激戦に次ぐ激戦をこなしてきたのだ。肉体的、精神的にも疲労しきっていた。
そして今も鵜飼を悩ます、まるで脳を締め付けるような頭痛が、鵜飼の疲労感をさらに増す結果となっていた。
この最悪の劣勢の中でさすがの鵜飼も死を覚悟した場面はあった。
だが正直死ぬ気にはなれなかった。体調が万全でなくても、どんな悪条件でも鵜飼は「生きる」ことを放棄してはいなかった。
「死を覚悟する」というのは「生きることの放棄」ではない。むしろ「死」という選択肢を入れておくことで、極限状態の精神の安定を図る目的があった。
「死」を覚悟しないまま、極限状態に陥ると目の前に迫った「死神」に必ず脅える。そこから死神が生者の魂を狩り取っていくのだ。
極上の笑みを浮かべながら、高らかに歓喜の悲鳴を上げながら、容赦なく「生」を狩るのだ。
デットオアアライブの場面で、死に鈍感な者は真っ先に死神に愛される。
自分の親友の黛 謙信の受け売りであった。
つくづく自分は死神に嫌われているらしい・・・・・・
目の前の小龍とは実力は拮抗していた。いや、明らかに鵜飼の方が劣っていた。体調が万全であっても接近戦での実力はおそらく小龍の方に分があったであろう。
ただし、それは鵜飼が「並の人間」であった場合のみであった。『OMEGAプロジェクト』という特殊な環境で生まれた鵜飼の能力は常人のそれとは全く違っていた。
そして、これは戦闘ではない。サバイバルであることが、鵜飼が地面に立っている要因である。
このプログラムの闘いは「相手を倒す」ことが勝利ではない。「相手を殺して自分が生き残る」ことこそ勝利なのである。「暗殺」は相手を殺せば勝利だが、鵜飼が戦ってきた戦場は相手を殺し、屠り、滅した後、生き残り帰還してはじめて勝利なのだ。
その経験が鵜飼の方が勝っていたことが実力が劣る鵜飼が勝利した要因の一つであった。
勝利を目前に控えた鵜飼は、目の前のかなりの重傷を貰ってしゃがんでいる小龍を見る。投げナイフで左腕を刺しぬかれたゆえに、右腕一本で振りぬいたので即死の一撃とはいかなかったようだ。
だがすでに動ける傷ではない。即死ではなくても致命傷に至る傷なのだ。小龍の表情を見ても、すでに苦悶の表情を浮かべ、戦意も見られない。
小龍がもし万が一、今ここから自分を倒すことができてもすでに助からない、それほどの傷だったのだ。
だが鵜飼は決して油断はしていなかった。
小龍は韓半民国にその名を轟かす暗殺手なのだ。つまり「人を殺す」ことに関しては超一流なのである。最後に油断して喉笛を掻っ切られるのはごめんだった。
小龍の肩に止まっている死神がいつ自分に微笑むのかわからないのだから・・・・・
体が傷を負って悲鳴を上げているが、鵜飼は小龍の息の根を止めるために動き出す。
一方の小龍はすでに覚悟していた。
すでに自分の傷が致命傷だということはわかっていた。自分の治療する道具もない。
小龍がこれまでクラスメイトを容赦なく葬ってきたのは、自分がこのサバイバルに生き残るためだった。
生きなければ、もはや闘う意味もない。自分が屠ってきた死者たちの思いも生還という意識の前では二の次であった。
何より「自分が殺す」と覚悟した時に、逆の場合も覚悟していた。
そして、結果は自分の肩に死神が舞い降りた。
ただ・・・、それだけであった。
すまないな・・・・・、春日部、御手洗・・・・ 俺も・・・、そっちに行くことになりそうだ。
小龍は自分のために死んでいった男たちに心の中で謝罪した。
小龍は暗殺手として、普通の中学生とはかけ離れた人生を送ってきた。
だがいくら心を殺したとしても、ほんの少ししかいられなかったクラスメイトだとしても、小龍は自分が殺してきた相手に何の感情を持たなかったわけではなかった。
殺しの才能は長い暗殺手としての歴史を持つ李家でも天才だった。だが心は、なんら普通の中学生と変わらなかったのである。
彼は普通に傷つき、考え、喜ぶことのできる「人間」であった。鵜飼やデビットのような「兵士」と言う名の殺人機械との違いはそこにあった。
人間である小龍は死の床につくこの瞬間、考えていた。
俺が・・・、覚悟したのはいつだろうな・・・ 死んでもいいって思ったのは・・・・
大東亜に渡った時?
暗殺手になった時?
祖母に暗殺術を習った時?
父に見捨てられた時?
母が死んだ時?
拳法を習った時?
どれも違う・・・・・ 走馬灯のように自分の過去を振り返る小龍。
そして・・・その15年という短くとも、重い宿命を背負った人生を振り返って、その答えを見つけた。
そうだ、あの頃だ。
俺がこのゲームに乗った理由、俺が大東亜に渡った理由、俺が生きる理由・・・
その存在が生まれた瞬間、自分の最愛の妹「蓮花」が生まれた時だ。
当時、幼い俺から見ても父と祖母が争っているのが目に見えた。喧嘩をする二人を視線からはずしたいと思っていた時期だった。
そんな折、自分に新しい家族が生まれた。それが蓮花だった。
自分にとって初めての妹・・・、兄として守ってやらなくてはならない存在・・・
その時、幼いながらも決心した。俺の存在にかけて、死んでもこの妹を守ってやろうと・・・
自分が武術を習ったのも強くなって蓮花を守ってやるためであった。
そして過酷な暗殺という世界の中でも「人間」でいられたのも、蓮花がいたからであった。
この「覚悟」こそが自分がこれまで両足で生きていく力を得てきた源であったのだ。
そう悟った時、より一層「蓮花」に会いたくなった。
「レン・・・ファ・・・」
もう9歳になるんだよな・・・、大きくなっているのだろうな・・・
大人になったらきっと美人になるよ・・・・、母が言ってたよ・・・、蓮花は自分の若い頃にそっくりだって・・・・
蓮花が自分の目の前にいるように、心の中で対話を続ける小龍。その顔は実に穏やかであった。
蓮花、俺はお前の幸せを望む。俺の願いは達成することはできなかったけど、死ぬ前にもう一つできたんだ。
俺はお前が幸せに生きていくことを願っているよ・・・・
目の前の鵜飼は小龍の止めを刺さんと『紫電』を振り上げる。だが小龍はうわ言のようにこう言った。
「蓮花・・・・、幸せになってくれ・・・・」
その瞬間、鵜飼の視覚がおかしくなった。
あまたの記憶がフラッシュバックをして、閃光のように前方が光る。そして瞳に写った人物は瀕死の李 小龍ではなかった。
「う、うあ・・・・・」
鵜飼は驚愕の表情を浮かべている。
それもそのはず、目の前の小龍が亡き友・黛 謙信に見えたのである。そして小龍のように幾多にも重ね合わせてきた人生が走馬灯のように鵜飼の頭を通過する。
―――ボウズ、名前は?―――
―――それじゃ、俺はお前を守、そう呼ぶぜ。俺のことは謙信でいい。OK?―――
―――それがどうしたよ? 俺もお前も人間には変わりないだろ? それに俺たちは友達だろーが。それだけで十分だよ!―――
―――俺の妹、風花っていうんだが、こいつが可愛くてな。絶対美人になるぜ! っておい、聞いてるのか!?――――
―――気に・・・すんなよ・・・ お前の・・・、せいじゃ・・・ないぜ・・・・・―――
―――守、総統を、国を守ってくれ・・・ そして、国民や俺の家族を、風花を守ってやってくれ・・・・―――
謙信・・・・、謙信!!
まるで熱病に取り付かれたように、体中が痙攣し始める鵜飼。その目の前の謙信の幻影に鵜飼は確実に躊躇した。
「あの時」の光景がありありと甦る。
爆炎と死の嬌声があちこちで上がる戦場。死神が自由気ままに踊るこの世の地獄。
あの戦場を思い出し、鵜飼の精神的混乱は頂点に達した。だが、鵜飼にはそれが過去のことであるという思考ができるほど、強靭な意志があった。
これは幻覚だ!
謙信は死んだ!
俺は謙信の遺志をこの心に宿して生きているんだ!!
振り払え!
目の前の敵を殲滅しろ!
そして鵜飼はその瞬間、精神を、心を殺した。
フ・リ・ハ・ラ・エ! コ・ロ・セ!
「うわあああああああああッ!!!」
静かなる狼は吼えていた。まるで初めて人を殺す時、自分の良心を押し殺すためにあげる声のように・・・
そして、鵜飼の『紫電』は小龍の体に向かって振り下ろされた。
小龍はスローモーションのように、自分の人生を終わらせる刃をまるで他人事のように見つめていた。死神が自分に笑いかけている間にも、小龍はその瞬間を平然として迎えることができたのである。
最後に言おうとした言葉は口に出されることはなかったが、心の中ではっきりと断言していた。
それが悲運の暗殺手・李 小龍の遺言となった。
「さよなら、蓮花」
幼き暗殺手が肉体を離れ、最初に見たものは・・・・・・一輪の蓮華だったと言う・・・・・・
【男子17番李 小龍 死亡】
とどめの一撃を小龍に叩き込んだ。確実にその肉体の生命活動を止める一撃だった。
鵜飼は勝利したのだ。
だがその顔は勝利者のそれではなかった。
そして疲れきった表情が再び苦悶の表情に変わる。そして今まで体験したことのない過去最高の頭痛が鵜飼の頭を襲った。
「う・・・・・! うぇ・・・・・!」
あまりの頭痛に気分も悪くなってきた。そして強烈な嘔吐感が鵜飼を襲った。そしてそれは耐え切れるものではなかった。鵜飼は吐いた。
「ぐほ・・・・、うぇ・・・・・」
吐いて少し気分が楽になったのか、鵜飼はその場の状況を確かめ始めていた。
さきほどまで大降りだった雨はすっかり止んでおり、少し晴れ間も見えるまで回復している。やはり通り雨だったようだ。
そして自分の周囲を確認する。敵が一切いないことを確認すると、鵜飼は自分の傷を見る。すかさず自分の左腕に刺さったナイフを引き抜く。 そして少し離れておいてあったデイパックを取ると、救急セットを取り出す。
これらの道具は禁止エリアになる前の学校の保健室や家庭科室で拝借したものであった。さきほど負った擦り傷も含めて、すべての傷の処置を終えると今度は熱と頭痛を抑える薬を飲む。
この頭痛が風邪かと思いたかったからかもしれない。だがこの頭痛と連戦の疲労で鵜飼の体は戦える状態ではなかった。
「周囲に敵は・・・・・・、いないか・・・・」
少なくとも100m付近には誰もいないことがわかった。寝ていても警戒網に入れば即座に反応できる。鵜飼はそのように訓練を受けていた。
「武器を回収して・・・・次の放送まで休む・・・・か」
体の疲労もそうだったが、何よりこの頭痛で動きたくなかったのが本音だった。とにかく休むために寝床の確保と武器の回収を行うために歩き出す鵜飼。鵜飼
その足取りは果てしなく重かった・・・・
会場南部で苛烈な戦闘が行われた時より、1時間後・・・。
会場診療所付近でも、壮絶なサバイバルが始まろうとしていた・・・・。月明かりに照らされて地面に立つ4人の男女。北部の生き残りを賭けた戦いは今、幕を開けようとしていた・・・・
【残り・・・6名】