BATTLE ROYALE
死線の先の終末(DEAD END FINALE


61:インセイン=ジャスティス

 優勝候補者が命を削りあった南部の激闘よりの6回目放送前まで時を遡るが・・・、E−3ポイントにある廃工場で一人の女性が休息をとっていた。
 いや、もうすでに疲れはとれており、彼女は目の前にある像に祈りを捧げていた。その像は、どこかの聖人のような老人の像であった。
 彼女が常に携帯している神の像である。

 その女・・・、真中 冥(女子16番)は自分の信仰する神に定例の祈りをしていた。
 彼女にとってこの祈りは、眠ることより、食べることより、何より生きるために必要なことだと信じて疑わなかったのである。
「我が主・ゼムスと、我が母・アフロディーネよ・・・ どうか卑しくも汝らの下僕であるこの私めをお導き下さい・・・・」
 そう呟いた後、なにやら怪しげな呪文を唱え始める。その呪文はまさに邪教の儀式で使われるようなものであった。
「ホムラ・ゲクゾ・ガメール・シャクマ・・・・汝の意志を代行する使徒・メフィスト=イオンに神敵を討つ力をお与え下さい・・・」
 怪しい詠唱を長い呪文と最後の祈りで終了する

 するとの脳内に偉大なる神の声が響き渡った。
(案ずることはない・・・、我が徒・イオンよ・・・)
 その神性が宿るお声を聞こえた瞬間、の顔には敬愛と恍惚の表情が浮かび上がった。
「ああ・・・、このお声はゼムス様! この卑しき私のためにわざわざ降臨なされたのですね・・・」
 そのが脳内に降臨したと思っている「神」は続けた。
(我が使徒よ・・・、神敵は残りわずかだ・・・ 残る敵を討ち滅ぼし、使徒の名に賭けて生き残れ。そして私の意志をさらに代行せよ・・・・)
 すると厳格な代行者の表情に戻ったはその偉大なる存在に敬意の祈りを捧げた。
「はい! 我が主・ゼムスよ、あなた様から頂いたこのメフィスト=イオンの名に賭けて、必ずや罪深き神敵を滅殺しつくし、代行者としての高貴な責務を全ういたします!」
 さらに「神」は天啓を与えた。
(しかし、油断は禁物だ。汝は力をもって任務を遂行する代行者ではない。その優れた叡智で敵を欺き、そしてその卑しい魂を神の身元に送るのだ・・・)
 その声には表情を引き締めた。
「我が全能なる神よ。それは重々承知しております。あなた様はご安心して天上世界から私の代行者としての任務をお見守りください・・・」
 すると安らぎのある声の響きがの脳内を駆け巡る。
(我が使徒・イオンよ・・・、汝の行いを常に天上から見守っているぞ・・・)

 そしてそれ以降神の声は聞こえなくなった。それからは5分ほど同じ格好で静かな祈りを捧げていた。
 そして、その祈りが終わると神の前に捧げていた自分の武器たちを手に取る。『ヌンチャク』、『縄』、『イングラムM11A1』・・・、これからの闘いで、自分の手助けとなる聖なる武器・・・
 するとタイミングがいいのか、ガガっという音と共に森の6回目の放送が響き渡る。次々と羅列される罪深き者の名前・・・、そしてもう残りの罪人は数少ないことがわかった。
「後・・・、7人ね・・・。私が裁かなければならない咎人は・・・・」
 そして不敵にもは笑っていた。
 自分は選ばれた使徒なんだ。だからこれだけの死地を生きている。「神」に会うまでの矮小な自分ではとてもこの地獄では生きていなかっただろう。しかし「使徒」である今の自分にとって、ここは地獄ではない。
 罪人を裁く処刑場・・・、なんと自分にふさわしい場所であるだろうか。

「フフフフフフ・・・・、もう他人に脅えていた真中 冥は死んだの・・・・。この使徒・メフィスト=イオンがこの世に現れてから一番に消した相手なのだから・・・・ね」
 そう思い、は自分が「使徒」に転生する過程を振り返っていた。


 はそれまで本当に矮小で、生きている価値も見出せない、本当に哀れな存在であった。勉強もそこまでできる方ではなく、身長も非常に低く、運動神経も無きに等しかった。
 さらに小学校の頃に陰湿なイジメを受けた体験から、極度の対人恐怖症という精神病を抱えていた。それゆえに誰にも話しかけることもできず、暗い性格になってしまった。
 そして人に接するのも嫌になるほど精神病は重度のものになり、中学3年になる頃には完全に登校拒否になってしまった。

 だが親以外に誰も心配する者などいなかった。
 友達もいない。親しい先生もいない。クラスメイトは自分の存在をしっかりと認知していないだろう。
 つまりは『透明な存在』だった。いてもいなくても、何の支障もない存在・・・・、人に接するのが嫌なことがさらにを人から遠ざけた。そしては空虚な存在として社会に認知されることとなってしまったのである。
 だがにとってはそれでよかったのかもしれない。人と交わることはにとっては最大の苦痛であったのだから・・・

 もちろんの両親はそんな娘を本気で心配していた。
 だが普通の方法ではの心の病を癒すことはできないことはすでに立証済みであった。
 そこで両親は最近できて、さらに自分たちも信仰している『大東亜メシア教』へ入信させることを決心した。
 何かを信じることができれば娘も変わるかもしれない、そう思ったからだ。

 は嫌々ながらも強制的に教団の本部に連れて行かれたのである。
 そしてそこには自分が忌み嫌う人、人、人・・・・ その本部には自分が恐れてやまない人が大勢いた。
 だがその本部の人たちは目に希望という光を宿しており、生きる意欲に満ち溢れた人たちばかりであった。学生という思春期という不安定な精神をもった、ある意味醜い人間ばかり見てきたにとってそれは新鮮な光景であった。

 それを見てはこの宗教に興味を持った。
 自分ももしかしたら変われるかもしれない・・・
 とて自分を変えたいという気持ちはあった。人間というのは自己を主張して生きていく生き物だ。その人間の本能はの中にも生きていたのである。
 そしては『大東亜メシア教』の本部で教祖と思われる人物に、入信の儀式をしてもらうまでに至ったのである。
 この『大東亜メシア教』という宗教は、まず今までの自分の否定から始まる。醜い人間という自分を捨てて、全能神・ゼムスの使徒として生まれ変わる。そしてそうやって転生した使徒になり、ゆるぎない信仰を行う者だけに、神は祝福をもたらしてくれるという、いわば選民思想の意味合いの強い宗教であった。

 そして儀式というのは、全能神・ゼムスと聖母神・アフロディーネに今までの自分の歩んできた道を告白することであった。
 はそれをすることを戸惑った。
 なぜなら自分の歩んできた道は決して誇れる道ではない。むしろ、すべてを抹消してやりたい自分がそこにいる。
 だが教祖は躊躇する自分に言った。
「人が生まれ変わる第一歩は、過去の自分を殺すこと。再生の真理はまさにそれにあるのですよ」

 その言葉には衝撃を受けた。つまり今までの自分を殺すことによって、新しい自分が生まれることができると言っているのだ。
 それはが一番したかったことであった。
 はその儀式で今までの自分を告白し、自分を否定した。そして自分がこれから新しい自分・・・使徒として生まれ変われることができることに酔いしれた。

 そして、の中で奇跡が起きた。
(我が・・・使徒よ・・・)
 そう、偉大なる全能神・ゼムスの声が頭に響き渡ったのである。
「あ、ああ・・・・!」
 は感激に打ち震えていた。
(選ばれし使徒よ。汝に新しき名を与えよう・・・ メフィスト=イオン・・・ それが汝の使徒としての名だ・・・・ その名に恥じぬよう、我が手となり、脚となる代行者として存在せよ・・・)
 この天啓を受けた時、の中で初めて何かが生まれた。それは今まで存在を必死に隠そうとしていたにはなかった「使命感」という感覚であった。

 そしてその後のはというと、入信してすぐにゼムスの神託を受けた少女して、一躍教団内では「神女」とか「神託の巫女」として崇められる存在として認知されることとなった。
 だがにとってはそんなことはどうでもよかった。
 ただ、全能神・ゼムスの神託の通り、「代行者」としての責務を全うすることこそが、のすべてであったからだ。
 は「すべての野良を抹殺せよ」というゼムスの神託を受けて、近所の野良猫や野良犬を次々と殺していくという残虐行為を平然とやってのけた。それほどにとってゼムスと『大東亜メシア教』は絶対的な存在として彼女の中に確立されていったのである。
 だがそんな行為が世間では当然認められるわけがなかったのだが、『大東亜メシア教』のバックには大物政治家や政治団体の支援もあり、新興宗教ながらその存在は大東亜の中でも異質であった。
 その中でも教団のシンボル的なは、羨望の対象であったので、そういった警察沙汰のこともバックにいる裏の権力が、圧力をかけて握りつぶすことに成功していたのである。
 ゆえにの行為は留まるどころか、より歯止めがきかない状態にまでに成長していったのである。


 そしてこのプログラムに入って、の出発前の説明の時に、ゼムスの訓示を受けた。
「罪深き39人の咎人を打ち滅ぼし、見事生還せよ」
 使徒として、神の意志を具現化する代行者として、そして今この地にいる多くの罪人を神の御許に送るために、はこのプログラムに「乗る」ことを決めた。
 神に選ばれし使徒である自分が生き残るのは当然だとは思っていた。
 放送後、通り雨が降っていたが、過去を振り返っている間にいつの間にやら止んだようだ。
「ウフフフフ・・・・ さて、そろそろゼムス様のご期待に答えなくてはね・・・・ この建物じゃないとすると・・・・」
 は誰かがこの廃工場に来るかと思って待ち伏せをしていたのだが、運が悪いのか、誰も訪れることはなかった。
「診療所に行こうかしら・・・・、フフ、私が負けるなんてありえないから、待ち伏せなんてしなくてもいいかしら」
 自分に超常なる神がついているという自信がの意志を確固たるものにしていた。本来のの気弱な性格も、神の代行者の如く、傲慢かつ大胆な性格に変貌していた。
『絶対に負けない』
 その山のように動かざる確信がにはあった。

「待ってなさい。咎人は全員私が神の御許に送ってア・ゲ・ル。フフフフ・・・・」


 一方、遠山 慶司(男子10番)黛 風花(女子17番)本条 龍彦(男子20番)は診療所より少し離れた場所にいた。
 那節 健吾(男子11番)の死を看取った後、ここに移動してきたわけだが、診療所につく前に龍彦はある作業をしていた。
 その時、急に作業に取り掛かったので慶司風花は驚いた。デイパックの中から何かを取り出そうとしているのだ。
本条・・・・、何やっているんだ?」
 慶司は不思議に思い、龍彦に問いかける。
「そろそろ話してもいいかもな・・・・ 今からこいつを打ち上げる」

 そうやって慶司風花にあるものを見せる。
「これって・・・・」
「う、打ち上げ花火か?」
 龍彦が持っているものは市販でよく見かける打ち上げ花火にそっくりなものであった。
「正確には照明弾だがな。こいつを打ち上げて自分たちがいる方角を知らせる」
 そう説明する龍彦。だが慶司風花にとってはわけがわからなかった。
「ちょ、ちょっと待て! 知らせるって誰にだよ!? 他の生徒にわざわざ俺たちの位置を教えてやる気かよ!」
 慶司と同意見なのか、風花も頷いている。そんな二人を尻目に龍彦は説明を始める。
「知らせるのは生徒じゃない。これからこのプログラムに介入してくる反政府軍さ」

 その言葉に驚愕の表情を隠せない二人。
「え!?」
「は、反政府軍!?」
「そう、俺は専守防衛軍を裏切って反政府軍側についたのさ。専守防衛軍やこのプログラムの情報をリークして連中が動きやすいようにした。そして『プログラム中止作戦』が展開されるまでこぎつけた。ミスっていなければすでに南部の駐屯所の軍は全滅している頃だ。もうすぐ本部に奇襲をかける。そして首輪が無効化されるって寸法だ。俺の役目はプログラム志願と見せかけて、プログラムに巻き込まれた生徒をできるだけ集めて脱出させるという連中のスパイみたいなもんだ」
 これまでの説明を聞いただけでも、この龍彦が本当に脱出のプランを持っていたことが現実味を帯びてきたことを物語っていた。
「ただ、これだけじゃ足りない。反政府軍といってもプログラムを管理している全兵士を相手にできるほど、武力はない。やつらは各駐屯所ごとに本部に1時間おきの定期連絡を入れることになっている。もし連絡がなければ、かならず調査隊を組んでその事実を確かめに行くという管理システムをとっている。南部駐屯所全滅となれば必ず西部・東部で編隊が組まれるだろう。それがチャンスなんだ。兵力が分散された駐屯所に奇襲をかけて、そのまま駐屯所の連中を全滅させる。そしてそこから俺たちが脱出するっていうわけだ」

 そこで龍彦は息をつき、説明を中断する。そしていったん間を置いてから再び話し出す。
「ただ、反政府軍もそう兵力を分担させるわけにもいかない。奇襲じゃなければほぼ五分五分くらいだからな。そこで俺たちがいる方角を知らせる必要がある。それでこの照明弾の登場というわけだ。遠山、住宅地で俺が調達したいものがあると言っていただろう?」
 慶司はあっという表情を浮かべた。つまり・・・
「そう、その時調達したものはこれだったのさ。あの家の波山という人物は反政府組織の末端構成員の家だったんでな。会場になる場所に住んでいるということで、計画に必要な物を隠してもらっていたわけだ」
 慶司は心底、この本条 龍彦を尊敬していた。
 自分ももちろん脱出する気は最初からあった。だが具体策はというと、武士健吾と知恵を持ち合わせればなんとかなるだろうという甘い考えしか持ち合わせていなかった。
 それに比べて本条は、プログラムが始まる前から用意周到に事を整えてこのプログラムに望んでいたのである。とても同じ中学生とは思えなかった。
「ということだ。そんなわけで今から照明弾を打ち上げる。なぁに、すぐにこの場所からは離れる。打ち上げたら診療所に向かうぞ」
 すべてを計算しつくしている龍彦慶司風花は今度こそ全幅の信頼を寄せて、龍彦の言葉に頷いた。
「ああ、わかった!」
「さっきも言ったとおり、本条さんに従います」

 その後、無事照明弾を打ち上げてその場を後にした3人。
 当初の打ち合わせ通り、診療所に向かうこととなった。
 しかし、ここで思わぬ事態が起きた。
 の6回目の放送であった。ガガッという音のあとに響く煩わしい騒音。
 慶司はこの声を聞くたびに不快な気持ちになったものだ。
「みんな〜! 元気にやっているか〜!」
 この言葉を聞いた瞬間、慶司は本気でこのクソ教師に反吐が出た。
 こいつはまるでこの殺し合いを楽しそうに眺めている傍観者、もしくは俺たちを操作しているゲームプレイヤーのつもりかと思った。
 くそったれ! お前は神にでもなったつもりかよ! 
 自分のことを非難している人間がいることを知る由もないはさらに放送を続けていた。
「・・・・亡くなった生徒と禁止エリアを発表する! 男子13番張本 佑輔男子14番御手洗 武士
 え・・・・
 その名前を聞いた瞬間、慶司の頭の中は真っ白になった・・・・

【残り・・・6名】
                           
                           


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