BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
62:背徳のユダ〜信頼と裏切り〜
遠山 慶司(男子10番)は茫然自失に陥っていた。森の放送で一番聞きたくない親友の名前を呼ばれてしまったからだ。
それはつまり、自分が看取った那節 健吾(男子11番)亡き今、親友と呼べる存在・御手洗 武士(男子14番)が、もうこの世にいないと知る瞬間だった。
武士・・・、お前もなのかよ・・・!!
自分が探していた相手がどんどん死んでいくこの状況で、最後に残った武士だけが慶司の唯一の希望であった。何の疑いもなく、仲間と呼び合える存在・・・
それがもういない・・・、そのことは慶司に深刻なダメージを与えるのに十分だった。
慶司がそんなぼんやりとした意識を取り戻した時には、すでに森の放送は終わっていた。
曖昧な意識で目に見える光景は、自分を厳しくも内面にはいたわる気持ちを宿した瞳で見つめる本条 龍彦(男子20番)と、自分を心配する気持ちを一切隠さず真っ直ぐに自分を見ている黛 風花だった。
慶司はこの二人を見て、我を取り戻した。自分が狼狽していてはいけない。
せっかく龍彦のくそったれ政府に会心の一撃を与える脱出策が発動しようとしている。
それなのに、自分がここで弱気を見せて、それが伝染するようではせっかくのこのムードを壊しかねない。それが作戦の支障になってはもっとまずい。
慶司はそのことを痛いほどよく理解していた。だから、自分の本当の気持ちを噛み殺した。
「な、何だよ二人とも! そんな辛気臭そうな顔をしてさ!!」
なるべく明るく振舞う慶司。だがそんな姿も二人にとっては痛々しかった。
「遠山君・・・・」
「黛さん、そんな悲しい顔しないで。俺は大丈夫だよ、もう慣れたから! さ、早く行こうぜ! 診療所へさ!」
慶司は自分が空元気なのはわかっていた。
でもこう声を張り上げていなければ、必ず悲しみがこみ上げてくる。
悔しさが、憎しみが、寂しさが、懐かしさが・・・
「遠山」
そうやってあらゆる気持ちを押さえつけようとしている慶司を、腕組みしている龍彦が呼び止める。そして慶司の近くに近寄って語りだした。
「俺はお前に言った。後悔はするな、とな。そして死者のために自分は精一杯生きるようにしろと」
慶司は、自分の手で大和 智一(男子17番)を殺めた時、激しく後悔したことを思い出した。
あの時、自分が袋小路の迷路に迷い込もうとした時、龍彦が自分を導いてくれた。
自分に武器を渡してくれた時も、健吾の亡骸で悲しみに暮れている時も。
「死ぬな。お前はここで死ぬような人間じゃねぇよ」
「進め、遠山! こんなところで立ち止まってんじゃねぇよ!」
「お前のやっていることこそ、こいつに対する魂の冒涜だ!!!」
その龍彦が口を開く。
「だが俺はお前に親友の死を悲しむな、とは言った覚えはないぜ」
そう言って、慶司の肩に手を置く。
「お前の気持ちは痛いほどよくわかる・・・ でもな、死ぬほど大切な人が死んだ時は我慢する必要はないんだ・・・ 悲しみってのはな、抑えつけているといつか決壊するもんだ」
龍彦の言葉は聞こえていた。そして自分がすでに泣いていることに気がついた。
俺・・・俺は・・・!
「だから今は泣いとけ」
その言葉が耳に入った瞬間、慶司は膝をついて泣き始めた。
他人が見たら、大の男がおお泣きしていると罵るかもしれない。
だが、慶司はそんなことは気にしていなかった。
これが自分の本当の気持ちだったのだから。そして周りの二人はそれを理解してくれる・・・
だから慶司は我慢する必要なんてなかったのだ。
すべての感情を吐き出した慶司は、その泣いた跡が痛々しかったが、さきほどよりかは随分といい顔をしていた。
溜め込んでいる顔と、すべてを吐き出した後の顔では段違いな差があった。
「本条、黛さん。ごめんな、時間をかけて・・・」
その顔にはすっかり力強い、また一回り成長した顔つきが戻っていた。
「ううん、いいのよ。遠山君!」
「だいぶすっきりしたようだな。これなら安心できる」
風花は素直な返事を、龍彦は少し捻くれた返事たったが、二人とも慶司のそのすっきりとした顔を見てすっかり安心したようだ。
「行こう。必ず政府の奴らに一発かましてやろうぜ!」
その慶司の言葉に二人とも快い返事をしてくれた。
武士・・・、健吾や美津さんたちと一緒に天国から見ていろよ・・・ 俺たちの生き様を!
そう堅く決心した慶司の意志に何の迷いも見当たらなかった。
こうして慶司たちは何の襲撃もなく、無事診療所について、反政府軍が起こすであろうアクションを待っているわけである。
途中、通り雨が降ったりして色々大変だった。服も多少濡れたりしていたのである。
風邪なんか引くと致命傷になりかねないということで、龍彦の提案でこの診療所の暖房器具を使って衣服を乾かしているのだ。
もちろん、女性である風花の衣服は自分でやってもらっている。
男の俺らにどうしろというんだ、と心の内部で突っ込んでみる。
風花はその間、この家の住人のラフな格好に着替えてもらっているというわけである。
そして現在は龍彦が周囲の警戒に当たっている。
さすがに目立つ建物だから、守りには徹していない。そういった意味で警戒は怠れないというのが龍彦の考えであった。
そんなことをぼんやり考えていると龍彦が外の警戒から戻ってきた。
「どうだった?」
そんな当たり障りの問いかけをする。すると龍彦の表情があまりよくないのに気づく。
「おかしいな・・・・」
そんな不吉なことを口にする龍彦。
「ど、どうしたんだよ」
「いや、周囲は問題なかったのだが・・・ 遅すぎると思ってな・・・」
その言葉に慶司は首をかしげた。よく言っている意味がわからない。
「反政府軍さ・・・ そろそろ付近で爆発音や銃撃音が聞こえてもおかしくない頃だ。なのに周りは至って静かだ・・・ これは何かトラブルがあったのかもしれない・・・」
龍彦の不安な発言に慶司も身を乗り出した。
「お、おい! ちょっと待てよ! ってことは失敗って・・・・」
「そう早とちりするな。まだわからん。それに失敗した時のためにもう一つ策はある。ただし、こっちの方は不確定要素が多すぎるからな・・・」
龍彦が話した「脱出策」の他にもう一つ作戦があることに慶司はより一層驚いた。
用意周到というか・・・、今までの発言といい、こいつ中学生なのか? 下手すると20代に見えるぞ、オッサン。
龍彦のあまりに落ち着いた物腰にそう突っ込んでしまいそうになる。
そんな二人のいる部屋に風花が入ってくる。なにやらいい匂いがするモノをお盆に乗せて。
「あ! 黛さん、それ何?」
まぁだいたい予想はついていたが・・・
「うん。遠山君も本条さんもお腹すいていると思って・・・ ちょっと冷蔵庫に残っていた物でお粥でも作ってみたの。よかったら食べてね!」
そうやって机に卵やら鮭やらが入ったお粥を差し出す。
そういえばこのプログラムに入ってまともな物を食っていなかった。そういった意味でこのお粥は食欲をそそった。
「うはー! うまそうだな。それじゃいただきます!」
「ガスは止められていなかったのか?」
速攻で食する慶司を尻目に、龍彦は別な質問をする。
「うん。私も止められているかな、って思ってたんだけど・・・」
黛のこの発言に少し考える姿勢を見せた龍彦だが、すぐに表情が元に戻った。
「そうか・・・ それじゃありがたく頂くとするかな」
そういってお粥の匂いを入念に嗅ぐ龍彦。
「・・・・本条、何やっているんだ?」
龍彦のあまりに奇妙な行動に思わず言葉をかける慶司。風花も首をかしげて龍彦を見ている。我に返った龍彦は慌てて言葉を吐き出す。
「あ、ああ。すまないな。兵士の癖でな・・・、食べ物を食す時は毒物の危険性がないか、匂いで判別するように訓練を受けていたんだ」
その言葉に二人はぎょっとする。
「もちろん、黛さんが毒を入れるなんてことは考えていない。自分の悪い癖だと思ってくれ・・・」
そんな龍彦の姿を見て、慶司は龍彦のことを考える。
自分たちとは段違いに落ち着いた態度。しっかりとした強靭な意志。並ではない俊敏な動き。兵士としての知識・行動。
どれをとっても、龍彦が並々ならない人生を送ってきたことがうかがい知れる。
まったく・・・、こいつには一生勝てる気がしないな・・・
慶司は心の中で苦笑していた。
カランカラン!
唐突にその音は響き渡った。空き缶が鳴るような音が急に聞こえてきたのである。
少し和んできたムードが一変に変貌した。
「な、何だ!」
「どうやら、侵入者のようだな・・・!」
そういうと龍彦はベネリM3を持ち、コルトパイソンを腰に挿す。
「ど、どういうことだよ」
「見回りをするついでに、ちょっとしたブービートラップを仕掛けておいた。糸を空き缶に直結させて、森に張り巡らせてな。もし引っかかれば、空き缶が鳴るって寸法だ」
その言葉に慶司と風花はいつの間に・・・という顔をしていた。
「遠山、黛さん。すぐに出る準備をしてくれ。武器だけでもいいから」
その言葉にさらに驚いた。
「え・・・?」
「もし襲撃者だったら戦闘になるからな・・・ ここじゃ迎え撃つのに最適じゃない」
「で、でもまだわからないじゃないか!? やる気のない生徒だったら・・・」
その言葉に龍彦の表情がより一層厳しいものになる。
「遠山、お前に一言いっておく。お前の信頼できる人物がいなくなった今、俺はこれから現れるすべての生徒を敵と見なす」
「なっ!」
「俺らを除いて残りは5人だ。中には一般人じゃない鵜飼やデビット、さらには那節を殺した浪瀬までいる。そんな状況で躊躇していては殺られる。だから俺は間違いなく殺る」
龍彦の発言に慶司は納得するしかなかった。
逃げ回って生きている確率はもはやゼロに近かった。残り人数を考えてもおそらくそのほとんどがやる気だろう。
だが、心では割り切れないものもあった。
「お前たちをここに置いていくわけにはいかない。だから出る準備をしろ。いいな?」
慶司は躊躇していた。不信感ではない、自分の良心が行動を妨げていた。
「わかりました。私は本条さんに従います」
そういってはっきりと言い切ったのは、女の子である風花であった。
「遠山君・・・」
そうやって自分を心配する顔をする風花。
何やってるんだよ、俺は!
健吾に誓ったじゃないか、この娘を守るって。
武士に誓ったじゃないか、俺の生き様を見てろって。
「わかった。行こう」
慶司は覚悟を決めた。例え、地獄が待っていようとも必ず乗り切ってやろうという決意に満ちた表情をしていた。
「よし、行くぞ」
そして龍彦を先頭に診療所を出る3人。
その後、レーダーに従ってトラップにかかった侵入者を探し始める3人。そしてそれはほどなく見つかった。
「・・・! この先にいます!」
レーダーを片手にそう言い放つ風花。
そしてコルトパイソンを抜き、龍彦が突き進もうとする。
だが慶司が大声で呼びかける。
「誰なんだ! 出てきてくれ! 大丈夫、俺たちは危害を加えない!」
その大声に龍彦が舌打ちをする。
「遠山・・・!!」
「すまない、本条。無抵抗かもしれない人間を襲うなんて、俺にはできない!」
そして、意外にもその侵入者は姿を現した。
「と、遠山・・・くん・・・?」
そんな弱々しい声を発しながら出てきたのは、クラス一小柄である女子・真中 冥(女子15番)であった。
そのか弱い少女の中のドス黒い野心に、3人はいまだ気づいてはいなかった・・・・
【残り・・・6名】