BATTLE ROYALE
死線の先の終末(DEAD END FINALE


64:ブラッディーワルツ

 目の前で起こっている出来事を遠山 慶司はまるで他人事のように眺めていた。
 さきほど和解した本条 龍彦(男子20番)が急に厳しい顔をしたかと思ったら、いきなり突き飛ばしてきたのである。
 あまりにも不意をついた行動のために隣にいた黛 風花(女子17番)と共に後側に倒れこんでしまった。

 その直後、古いタイプライターを叩くような音が聞こえた。そして龍彦の体から血が噴出すのが見えたのである。
 その光景はまるで自分が大和 智一(男子18番)を撃った時のようだった。
 いや、「ような」じゃない。本当に撃たれているんだ。

 本条が撃たれた・・・?
「・・・・! 本条!」
 あまりの急な展開に頭が追いついていなかったが、過去のことが思い出されて慶司はようやく現実に戻った。
 そして古いタイプライターの音はまだ鳴り響いている。
 自分の頭上を弾丸が通過するような感覚に襲われた。
 ふいに自分の隣の風花の存在を見る。すると風花は呆然としており、現状を理解していない状況だ。

 慶司風花の体を押さえつける。
黛さん! 伏せて!」
 弾丸が飛び交っている中でぼけっと座りこんでいるのは大変危険だ。そんなことを考えて慶司風花をしゃがませたのである。
本条! 無事なのか!?」
 大声で龍彦に呼びかける慶司
 当然、龍彦の安否も気にかかった。
 確かに撃たれていたのだ。下手すると・・・
 そんな悪い予想が頭の中を駆け巡る。慶司は当然心配になった。

 だがそんな杞憂は無用だと言わんばかりに轟音が当たりに響く。
 バァン!! 
 この音は・…本条の銃だ! 
 このことで龍彦がまだ生きていることを確認した慶司
 だが怪我の程度はまだわかるはずもない。龍彦は何時の間にか移動しており、慶司は伏せていたために確認することができなかったからだ。

 だが龍彦の生存に少し余裕ができたのか、慶司は自分たちを襲撃している相手を確認するためにタイプライターのような銃の連射音が聞こえた場所を見てみる。
 するとそこには慶司の想像外の人物が立っていた。
 クラス一の小柄な身体、ウェーブのかかった髪、ちょっと弱そうな印象を与える女の・・・
 そう、さきほど確かに龍彦が心臓に拳銃の弾を撃ち込んだはずの、死んだと思っていた真中 冥(女子15番)がそこにいた。
 しかし、そのの顔はさきほどの弱々しい表情は少しも残っておらず、喜悦と使命感からか、厳格とした笑みを浮かべている。
 その表情は自信たっぷりな殺人者としての使徒・メフィスト=イオンとしての顔が表に出ていたのだ。

 あ、あれが真中さん・・・? 
 のことを何回も見ているわけでもなかった。
 ほとんど登校してきておらず、特定の友達もいないといった女の子だったから。気弱な女の子のイメージがあった。
 だが今いるの印象は、力強く使命感に燃えた目つきをしており、そんな中でドス黒い闇を感じるような姿だった。神部 姫代(女子5番)松浦 英理(女子16番)などはそんな雰囲気を持っている感じはしたが、のそれは二人と同質でいて、さらに深い感覚がした。
 そういった意味で恐ろしいと思った。

 そんな羅刹の如き表情を宿すがこちらを向く。どうやらこちらの存在に気づいたようだ。
 とっさに風花の手を掴む。
「あ〜ら、そこにいたの、遠山君
 そして両手を使ってイングラムの銃口をこちらに向ける。最大級の危険を感じた慶司風花を連れて避難しようとする。
黛さん、走って!」
 手をつないだ状態だったので引っ張る形となったが、にとっては格好のスピード。つまり良好の的だった。
「遅いわ。裁きを受けなさい!」

 慶司はそんな状況でも諦めていなかった。風花だけは守る、そう誓ったのだから。
 この時が、慶司が初めて「生きる」という意志を明確にした瞬間であった。
 だがのイングラムから死の9mmパラベラム弾が吐き出されようとしていた。
 当たれば死は逃れられない。

 しかし・・・・が引き金を絞っても、イングラムから弾丸が発射されることはなかった。
 さきほどの銃撃でどうやらマガジンが空になってしまったようだ。
「くっ!」
 がイングラムのマガジンを取り替える間に、標的二人は物陰に隠れてしまったようだ。銃撃戦の経験がないは決定的なチャンスを逃してしまったのである。
 だが尊大かつ冷静な「使徒・イオン」は慌てない。
 神の加護を信じているは、最後に勝つのは自分だということを何の根拠もなく盲信しているからだ。
 だから一つの好機を逃したからといって、狼狽する気はない。必要すらないのだ、慌てることなど。

「長く生きるだけ無駄よ…、遠山君。いずれ私に殺されるのだから、もう楽になったら?」
 それは代行者としての自分以外の咎人に対する精一杯の慈悲であった。
 このの宣言に慶司は驚きを隠せない。風花慶司と同様で悲しみと驚きが入り混じった顔をしている。
「どうして!? どうして真中さん・・・!」
 やっと我に返った風花の信じがたい行為と発言を今だ信じたくないようだ。
「フ、フフフフフフ・・・・・、アッハッハッハッハ!」
 そんな風花の発言についに大爆笑してしまった
黛さん遠山君と一緒ね。そんな甘いことをまだ言っていられるなんて・・・ あなた達、今までよく生きてこれたわね。それとも運がいいただの馬鹿だったとか?」

 普段ののイメージとはあまりに違う発言に驚いたが、慶司はなおも説得に当たろうとする。
真中さん、もうすぐで脱出できるんだ。だから無駄な争いはやめよう!」
「わかってないわね、遠山君。私の目的はここにいる全員を神の御許に送り届けることなの。そのような使命を携えている私がそんなことを許すと思って?」
 その慶司の戯言をは厳しく一蹴した。その狂気を帯びた発言に慶司風花も絶句する。
 つまりは生きて生還することがゲームに乗った一番の目的ではなく、自分たちを全員殺すことこそ一番の目的だといっているのだ。
「だいたい、この厳重な警備の中どうやって脱出するっていうの? もし出来ても犠牲者がでることになるじゃない。それが脱出する側だろうが、阻止する側だろうが・・・ね」
 は冷たく、どこかの巫女のように透き通った声を発す。
「あなた達がやろうとしていることはさらに死者を増やす愚劣な行為なのよ。そんな罪を犯してまで生きようとするなんて・・・、まったくもって卑しい咎人だわ!」
 まるでゴミに対して吐き捨てるが如く、は怒気を含んで叫んだ。
「それならここで私があなた達の魂を浄化してあげるわ。私という選ばれた神の代行者の手の中で死ぬことであなた達の穢れは消え去り、必ずや神の御許に行けるでしょう。大丈夫、苦しみは肉体が滅ぶまでのほんの一瞬よ・・・」
 そして装填を終えたイングラムを慶司たちの声がした方向に合わせる
「それが私がしてあげる最後の慈悲よ!」

 パラララララ!!! 
 どうやらこのやり取りは慶司たちの位置を掴むことと、距離を詰めるというの強かな作戦だったらしい。
 いつの間にかかなり距離を縮められており、イングラムの弾雨は確実に自分たちの方向に降り注ぐ。なんとか木が盾になっているものの、このままではジリ貧だ。
 慶司は自分の肩にかかってあるスコーピオンの存在を意識した。
 そしてそれを手に持つと、まるで10キロ以上の重いものを持つようにズシリとした重量感を感じた。

 俺は・・・・、再び人を殺せるのか・・・? 

 初めて自分の手で殺した大和 智一(男子16番)の一件は慶司を精神的に傷つけていた。要はトラウマになってしまったのである。
 それは慶司の中で、人を殺すことに重度の嫌悪感と禁忌感を感じるようになっていたのである。それは自分たちに確実な殺意をむき出しにしているが相手でも変わることはなかった。
 スコーピオンで対抗すればに勝てるかもしれない。だが慶司には引き金を引く力がどうしても入らなかった。
 はそんな慶司たちの無抵抗に調子に乗って、さらに距離を縮め、確実に死の可能性を上げようとする。

「フフ、らくしょ・・・・」
 バァン!!! バァン!!! 
 ふいに自分の体にさきほど味わった、えぐるような鋭い衝撃が体に走った。左胸と右わき腹に2回ほど・・・
 あまりに強烈な衝撃に思わずは両膝をついてしまう。
 もちろん慶司が撃ったものではない。慶司は銃声の聞こえた方向に目をやる。
 そこにはコルトパイソンを構えた本条 龍彦が立っていた。

 しかし無事というわけではないようだ。左腕と左肩から出血している。
 自分たちを庇って、イングラムの弾をその身に受けてしまったらしい。
「ハァ・・・ハァ・・・・」
 くそ! 不意打ちとはいえミスったぜ・・・ 
 まさか戦闘経験もなさそうな非力な女にこれほどの手傷を負うとは龍彦は微塵も感じていなかった。
 これからの戦闘を考えると自分の油断を憎むほかなかった。だが、慶司風花はどうやら無事そうだ。
 最悪の事態が回避できただけでも、よしとするか・・・・

本条!」
 自分を見つけた慶司が嬉しそうに叫んでいる。
 だがその後ろでまたもやありえない光景を目にしてしまった。
 さきほどコルトパイソンの弾撃を確実に与えたはずのがゆっくりと立ち上がっているのだ。まるで不死のゾンビの如く。
遠山! まだだぁ!」
「いったいじゃないの! この屑がぁぁぁぁ!」
 パラララララララ!! 
 自分のいる方向に放たれたパラベラム弾の嵐を龍彦は左に思いっきり回避することでなんとか間逃れた。
 に向かってもう一発ほどコルトパイソンを放つ。
 バァン!! 
 さすがに当たりたくないのか、も一旦物陰に隠れる。


 だが龍彦は正直なところ、解せなかった。
 心臓はもちろん、計3発ほどの体に撃ち込んだのだ。しかも弾丸としては強力な破壊力を誇る.357マグナム弾である。撃ち込まれたら肉体はおろか、臓器を破壊してもはや動ける状態でもないのが普通である。
 だが目の前の女は出血もしておらず、多少の痛みですんでいる・・・・
 ん・・・、まてよ、身体に3発と、衝撃・・・? 

 その言葉に龍彦はある可能性に気づいた。
 そうか、そういうことか! 
 あれを持っていれば、あの不死身っぷりも頷ける。
 人は自分に理解不能なものを「怪物」とかに形容したがるが、戦場で闘うのはあくまで「人」である。そんな兵士としての経験ゆえに龍彦はこの極限状態での不死身のカラクリに気づいた。
 そして今の自分の状態を確認する。スペアの弾が今ない以上、今の武器はコルトパイソンに1発、あとは肩にかかっているベネリM3・・・・
 正直、遠山と連携できれば楽なんだが・・・、あの躊躇いは危険だな・・・
 龍彦は急いだ方がいいと判断したのか、俊敏な動きで次の行動に移っていた。


 一方の慶司風花は、の不死身に恐怖していた。
 3発の銃弾を体に撃ち込まれても平気な顔で戦闘しているの姿を見ていると、ゾンビや怪物のように見えてしまう。
 風花はかつて感じたことのない恐怖感で体が震えている。そんな風花の姿を見て、慶司は恐怖に支配されそうになる体に喝を入れた。
 何やってるんだよ、慶司! これじゃ健吾武士に笑われちまうだろうが! 
 だが恐怖という重圧は慶司の体を掴んで離してくれない。
 そんな慶司を嬲るようにが呼びかける。
遠山君、明らかに敵と対峙しているのに、まだ戸惑っているのかしら?」
 自分より運動能力の高い慶司とまともにやり合えば、歯が立たないだろう。実際、手の中のイングラムは非力なでは制御するのは難しく、やっと両手で扱えるくらいなのだ。
「はっきり言ってあげようか? あなたは優しいんじゃないわ、臆病者なのよ。人を殺したくないんじゃない、人を殺すのが怖いだけなのよ」
 恐怖に足が竦んでいる慶司の心をえぐるようには言葉を放つ。
「弱い人間ね、遠山君。あなたは自分の命を守るために、何も犠牲にしたくない偽善者ね。人を殺す勇気すらない矮小な人間なのよ!」

 違う・・・違う! 
「うわああああああ!」
 慶司の心をついた挑発に激昂した慶司は、思わず物陰から出る。するとの白いシャツがはみ出ている木に向かってスコーピオンの引き金を引く! 
 ババババババババ!! 
 完全に冷静さを失った慶司は狂ったようにその木に撃ち続ける。

 バァン!! 
 そんな慶司に正気を取り戻させたのが、龍彦のコルトパイソンの銃声だった。ふいに我に返る慶司
遠山君、危ない!」
 風花の悲痛な叫びに思わずそちらの方向に振り向く。だがその過程で、自分の横からヌンチャクを振り上げているの姿が目に飛び込んできたのだ。
 反射神経に任せて、後ろに下がる慶司
 自分の目の前をヌンチャクが通過していったが、思わず後ろに倒れこんでしまった。
 一瞬、意識が飛んだが、すぐに我に返って目の前を見てみると・・・、イングラムを構えて勝ち誇っているの姿がそこにはあった。

「フフフフ、最後まで滑稽に踊ってくれたわね。遠山君
 その姿は制服であるシャツを着ておらず、Tシャツの上に黒いベストらしいものを着込んでいる。
「学校のシャツが見えれば私がそこにいると思ったのかしら?」
 は木のとっかかりにシャツをかけて、慶司の射撃の死角に回り込んだのだ。そしてそこを見事についた。
「今の行動ではっきりしたわ、遠山君。あなたは弱い。所詮、あなたに人は殺せないわ。自分の手を汚したくないという綺麗事のためにあなたは命を落とすのよ」
 冷酷に言い放って、は殺意をむき出しにする。
「さようなら、ゼムス様の御許に運んであげるわ」
 の心を衝かれる発言を浴びせられたことで、慶司はもう呆然としていた。

 もう・・・・、いいかもな・・・・ 俺・・・疲れたよ・・・・

 慶司は醜い現実ばかり起こることに深く絶望していた。そして疲れたような顔をしてゆっくりと眼を閉じた・・・
 そんな哀れな目の前の咎人を葬るためにイングラムの引き金を引こうとする。
 ゴリッ 
 ふいに鈍い音が側面から聞こえた。は自分のこめかみに冷たい金属を突きつけられているような感覚がした。

「動くな」
 いや、突きつけられているのだ。は自分の横から流れ出てくる必殺の気配を肌に感じた。
 そこには、重量感あるベネリM3を片手で構えている本条 龍彦がいた。その両目はしっかりとを捉えている。
「動いたら殺す。遠山を撃とうとして、指が1ミリ動いても殺す。まずはそれを理解しろ」
 隣でヒシヒシと感じる殺意が、その言葉を強烈に肯定している。
 はまるで金縛りにあったかのようにその場から動けなかった。その瞬間、生命が終わることを察したからである。

遠山黛さんの所に行け」
 その言葉で始めて慶司は状況を理解した。そして九死に一生を得た体を必死に動かす。
「やはり防弾チョッキか・・・」
 の不死身ぶりもこれで説明がつく。体に命中しても衝撃はくるものの、弾丸の貫通は回避できるわけである。
「だが、頭は防ぎようがないぜ」
 それはも重々承知だった。頭を吹き飛ばされて生きている人間なんてそれこそ化物だ。
 だがまだまだは諦めていなかった。
「ねぇ、脱出なんて・・・本当にできるとでも思っているの?」
 再びその言葉で、今度は龍彦の心を攻めようとする。
「しかも足手まといの二人を連れて逃げるなんて・・・、ただの偽善じゃなくって?」
 その言葉に龍彦はフッと笑う。
 何が可笑しいの、この男は・・・

「確かにな、偽善かもしれない。だが」
 龍彦が喋り終えるのを待たずに、イングラムを龍彦の方向に動かす。
 少しは油断しているかと思っていた。だが龍彦の正面を向いた時、その過ちに気がついた。

 一切の油断も、慈悲も、そこにはなく、ただ殺意だけがあった。

 ドォォン!!! 
 ほぼゼロ距離でのベネリの弾丸がの頭に降り注ぐ。
 ゼロ距離の射撃ゆえに、すべての散弾は的確に命中して、の頭をその原型を止めることなく吹き飛ばした。
 は最後の意識の中、最後まで全能神・ゼムスへの祈りを捧げていた・・・
 それは彼女の最後の意地だったのかもしれない。

 すべてが終わった後に、龍彦はトマトが破裂したようなの死骸を一瞥して、の魂に対して言い放った。
「正義を掲げている時点で、お前も偽善なんだよ」
女子15番真中 冥 死亡】

【残り・・・5名】
                           
                           


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