BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
65:未来に捧げる種子
ベネリショットガンの大きな炸裂音が響き渡った。
その音を遠山 慶司(男子10番)は呆然とした様子で聞いていた。
自分の隣には目を瞑って慶司の腕にしがみ付いている黛 風花(女子17番)がいた。そして慶司の双眼は、本条 龍彦(男子20番)を捉えていた。
その眼は確かに見ていた。まるで打ち上げ花火が炸裂したように、さきほど自分を殺そうとした真中 冥(女子15番)の頭が血飛沫を撒き散らして吹き飛ぶのを・・・・
何もできなかった自分。また生命が一つ散ったのだ。
そしてそれが一歩間違っていれば自分に降りかかっていた現実に悪寒が走った。あの時、本条が助けてくれなければ、俺は蜂の巣にされて無惨な死を貰っていただろう。いや、次は必ず黛さんを殺ろうとしたはずだ・・・
守らなければならなかったはずだ。
生きなければいけなかったはずだ。
なのに・・・、なのに俺は・・・!
あの時、諦めてしまった。守ることも、生きることも、すべて放棄して、楽になりたいって・・・・
その事実が慶司が自分を責め続ける理由となっていた。
「遠山ァ!」
そんな自己嫌悪の念に駆られている慶司の耳に龍彦の怒声が響いた。
その瞬間、我に返ったが、自分の頬に強烈な衝撃が走った。龍彦が慶司を拳を握り締めて、思いっきり殴っていたのだ。
その拳撃に慶司は吹き飛ばされ、倒れこんでしまう。
「なっ・・・」
殴られた当の慶司はもちろん、風花もこの行動には驚いていた。
龍彦が今まで見たこともない阿修羅の如き表情を浮かべ、今まで発したこともない火山が大爆発したような怒りを露にしていたからだ。
「遠山・・・、なぜ撃たなかった!?」
どうやら龍彦の怒りは慶司が自分を責めている理由と同じようだ。
「真中がやる気なのは明らかだったはずだ。それなのにお前は躊躇したな? まだ説得できるとでも思っていたのか!!」
俯いて反論をしようとしない慶司を見かねて、風花が龍彦と慶司の間に割ってはいる。
「本条さん、もうやめて! 遠山君だってそれはわかっているはずよ!」
だが龍彦は続ける。
「いや、わかってないよ、黛さん。こいつは自分がやったことの重大さを、何一つわかっちゃいない」
そうやって風花を押しのけて、慶司の襟首を掴む龍彦。その眼はしっかりと慶司の空ろな眼を真っ直ぐ見つめている。
「遠山、お前は死んでもいいのか? こんなところでくたばっていいのか? こんなくそったれのプログラムに巻き込まれて屍を晒してもいいのかよ!?」
慶司はわからなかった。
なぜ龍彦がここまで自分のために怒ってくれるのか? 龍彦にとって慶司は何度も見捨てたくなるほど、足を引っ張ってきた。それなのになぜ・・・・?
「もう一度お前の生命の重さを考えろ。お前が死ぬことで一体どれほどの人が悲しむと思うんだ? お前の親だって、兄弟だって、友達だって、そしてお前を好いている黛さんだって悲しむんだぞ!」
そして慶司を見ている龍彦の顔がみるみる緩んでいく。
「それにな、俺だってお前が死ぬと悲しいんだぞ!」
この時、慶司は察した。
龍彦は本当に俺のことを心配しているんだと。
たった1日たらずしか行動を共にしていないというのに、本気で心配してくれたんだということを。
「遠山、もうお前の生命はそれほど重いものになっているんだ。少なくとも、俺や黛さんはそう思っているんだ。だからな・・・・、絶対にその生命を粗末にするな。それが、本当の優しさなんだ」
そして羅刹のような顔からみるみる怒気が失せていき、まるで親のように優しくも厳しさを兼ね備えた顔になる。
「だから、遠山。最後まで足掻け。例え、どんな終末が待ち受けていようとも、その瞬間を迎えるまで、無様で醜くてもいいから足掻くんだ。絶対に後悔することのないように行動するんだ。それが本当に『生きる』ことなんだ」
俺はこのプログラム中、何度この男に救われたのだろう。そして、何度俺の迷いを断ち切ってくれるんだろう。
本条がいなければ、俺はもう狂っていたかもしれない。その目の前の男が、俺の生きる価値を認めてくれる。そのことが慶司の中の罪悪感と後悔を薄めてくれた。
完全に消えるものではなかったけど、慶司はそれで十分だった。完全に消えてしまえばまた同じ過ちを犯すかもしれない。
だから俺はそれを受け入れる。
本条や黛さん、死んだ健吾や武士、美津さんたちの思いを裏切らないように最後まで、足掻くんだ。
そう誓った慶司は言った。
「わかった、本条。俺は絶対に死なない。そして黛さんやお前も死なせない。それだけは誓う」
そう言い切った慶司にようやく納得したようなのか、龍彦は襟首を掴んでいる手を放した。そして放されて初めて、さきほど殴られた頬の痛みを感じ始めた。
「テテテ・・・、しかし何も殴ることないじゃないか・・・」
殴られた頬をさする慶司に龍彦が少し笑いながら言い放つ。
「本物の馬鹿は殴らないと理解できないようだからな・・・・」
「フフフフ・・・」
この言葉に思わず笑ってしまう風花。龍彦も噛み締めるように笑う。
「あーー! ひっでぇなぁ。まぁ確かに馬鹿だけどさ・・・」
その後、3人の笑い声が木霊したことは言うまでもない。
そしてさきほどの死闘から数分後、3人は冥の装備を回収した後(ただし、冥の死体はあまりにも無惨だったので、龍彦一人で回収した)再び診療所に戻ろうとしていた。
龍彦の怪我の本格的な治療を行うためである。
龍彦が被弾している箇所は左腕の二の腕とその少し上の左肩である。応急処置として腕と胴体の付け根にタオルを思いっきり巻いて、出血を軽くしている。
不幸中の幸いか、弾丸は貫通しており、傷口をアルコールで消毒して、包帯で巻いている状態だ。
だが、さらに傷口を縫ったり、適切な応急処置をするなど、治療道具のある診療所に戻って怪我の治療するのが最善の方法だと考えたからだ。
その際、冥の戦利品である防弾チョッキは慶司と龍彦の提案で風花が、イングラムは龍彦が持つこととなった。
風花は一番の戦力である龍彦が着るように再三提案したが、「黛さんが一番狙われやすい」ということで風花が着ることとなった。
龍彦は風花がもし死ねば、慶司が受けるダメージは深刻なものになるだろうと理解していたからだ。
そしてもう一つの理由・・・、今回の最大の目的である鵜飼 守(男子3番)が風花を見逃したことを気に掛けていた。
鵜飼は『刃狼』としての時代の指令達成率は100%をマークしており、非常に政府には忠実だ。そして記録上の死の前まで『刃狼』を見て生きていたものは一人もいないと言わしめたほどだ。
その鵜飼が風花を見逃したという点に着目した。もしかすると、あの怪物・鵜飼の攻略の鍵になるかもしれない・・・
そんな冷徹な考えが龍彦の心にはあった。
だが、今はこの二人を見ていると、自分の復讐が二の次に思えてしまう。
この二人はこのプログラムという中でも信頼しあっているのだろう。男女間の恋愛という感情もあるだろうが、互いに信用しあっていることは龍彦にとって微笑ましいことだと思えた。
かつて自分にもその思い出があったから・・・。
だから、この二人を生還させたい。俺の二の舞などさせてなるものか。
あの瞬間から、俺は死人(しびと)になったのだから。
俺はここに二つのことを成し遂げるために来た。友の仇を討つことと、友の願いを叶えること。
悲痛な思いを胸に、龍彦はこの戦場に飛び込んできた。
「友の仇」とは、もちろん鵜飼 守・・・
そして「友の願い」とは・・・、今の狂った大東亜を変えること。
このプログラムがその口火になるのなら、俺の命など喜んでくれてやる。
そうしなければ、俺はあいつに笑って会えないから。
でっかいお土産を持つまではな・・・・
そんな未来しかない龍彦にとって、慶司たちの可能性はまるで太陽のように見えた。
こいつらのような人間がたくさん増えれば、きっと大東亜を変えられる。
このすべてが狂ったこの国で、こいつらは『救国の種』なんだ。
今は小さい種でも、いつか美しい花を咲かせて、大東亜という大地を浄化してくれる人間なんだ。
だからこんなところで死なせるわけにはいかない。
ここにきて、龍彦は成し遂げなければならないことが増えた。だが、それは喜ぶべきことだ。
「こいつらを生還させること」、俺のような散る運命の生命を燃やし尽くすのにふさわしい理由だ。
俺はこいつらを照らす最後の松明であろう。
そんなことを考えている間に、診療所が見えてきた。どうやら到着したようだ。
「本条、どうしたんだ? ずっと黙ったままで・・・」
慶司はずっと沈黙しながら歩いてきた龍彦を気遣う。
「大丈夫ですか? もしかして傷が痛むんじゃ・・・」
風花も自分を心配してくれている。こんな二人を絶対に死なせるわけにはいかないな・・・・
「大丈夫だよ。これくらいの傷なら戦場で負ったこともある。応急処置も完璧だから死ぬことはないさ」
自分の覚悟など微塵も見せないように少し笑いかけながら話しかける。
「そっか。まぁ、重傷ではないとはいえ、急ごうぜ」
そうやって慶司が前に進もうとする。
だが風花がさきほどまで慶司と話していて見ていなかったレーダーに眼を見やった瞬間に、一気に顔が蒼ざめる。
「おっかえり〜!」
風花のレーダーには自分を含めて4つの反応があった。
「ず〜っと待ってたんだよ〜、キャハハハ♪」
3人の目の前にはすでにグレネードランチャーの銃口を構えている浪瀬 真央(女子20番)が最高の笑顔を浮かべて、対峙している。
生命を賭けた第2ラウンドのゴングが、次の瞬間放たれる真央の発射音と共に、鳴り響いた・・・
【残り・・・5名】