BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
66:魔女の晩餐
遠山 慶司(男子10番)は何か場違いなところにいるような感覚がした。
目の前で明るい声を出していて、飛び切りの笑顔を振りまいている浪瀬 真央(女子20番)を見ていると、真央がまるで父親の帰りを嬉しそうに迎える幼い子供ように見えた。
だが真央の右手に見える筒のようなもの・・・、誰かの誕生日を祝う時に使うようなクラッカーのように見えるが、当然そんなものじゃない。
月の光に当てられて黒光りするもの・・・、相手を死に至らしめる兵器・・・・、それだけはただ理解できた。
「遠山、右に飛べぇ!」
そんな夢うつつの世界から引き戻されたのは、本条 龍彦(男子20番)の叫び声が聞こえてからだ。
その要求に慶司の反射神経は見事、反応した。全力で右方向に飛ぶ。
そして龍彦は隣で蒼白になっている黛 風花を右手で抱え込み、左方向に倒れこむように飛び込む。
その瞬間、軽い発射音とともに、真央のグレネードランチャーから死の炸裂弾が発射された。その方向はまさにさきほどまで慶司たちがいた場所であった。
ドカァァァァァァン!!!
爆発音が鳴り響き、大地が抉られる感覚がした。土埃が空中に舞う。
その感覚を肌で感じながら、慶司は再び「死」を身近に感じた。つまりそれは、ついさきほどまで真中 冥(女子15番)と死闘を演じた、あの生死を賭けた戦いが始まったことを自覚させるに十分だった。
しかも今度の相手は説得しようのない相手・・・、自分の親友・那節 健吾(男子11番)の命を奪ったあの浪瀬 真央なのだ。
「遠山、一旦森に入れぇ!」
龍彦のその叫び声が聞こえるが早いか、すでに龍彦は立ちあがって、風花を連れて森に入ろうとしている。さらにさきほど手に入れたイングラムを片手で構えながら。
「キャハハハハハハ♪」
まるでお遊戯をしているときのように楽しそうな嬌声をあげながら、真央は負けじとUZIを構える。
狙いは一人でいる慶司のようだ。イングラムを構えている龍彦には一瞥すらくれていない。
パララララ!! バララララ!!
イングラムとUZIの連射音が同時に響き渡る。
慶司はUZIが火を噴く前に何とか動き始めており、弾がそこに着くまでにはすでにそこにはいなかった。
真央はというと、龍彦も傷の痛みと風花を連れてという悪条件もあったのか、当たることはなかった。
だが龍彦は別のことで驚いていた。
現役兵士ゆえに相手が回避するであろうポイントを射撃したつもりだった。だが真央は一切その場を動かなかった。そのことが逆に真央がイングラムの弾を被弾するのを回避する結果となった。
真央はただ、UZIの弾を吐き出し、相手を殺すことだけに執着しているように見えた。
この時、龍彦は真央に対してある種の恐怖を感じていた。
「死に鈍感な者は真っ先に死ぬ」
これが戦場のジンクスだ。
だが真央はそれらには当てはまらないと思った。真央は「死」を恐怖していないのだ。言うなれば「死に無感な者」といった所か。
人間生きている以上、一番大切なものは自分の生命だ。それがなければ大切と感じることさえできない。だが真央にとって、死なんて興味がない、自分の命もどうでもいいと生存の本能を全く感じ取れないのだ。
ただ、「人を殺す」ことこそ、自分が求めるもの・・・
風花の話を聞いて、真央が無痛覚症ということは聞いていた。痛みもなく、死を恐れず、ただ「人を殺す」という快楽を求めて、ただひたすら戦い続ける少女・・・・
まさしくこう形容できるだろう、『悪魔』と・・・
だが死を恐れないってのは逆に言えば死にやすいってことだぜ!
そうやって慶司の方向を向いている真央に今度は肩に掛けてあるベネリを構える。これなら多少狙いが外れても、命中する可能性は高い。
しかし真央はそれを見越してか、急にこちらを向く。そして銃口から離れる動きを見せる。
その動きはまさに熟練の兵士のように滑らかであった。
「ウソだろ・・・」
普通の女子中学生の動きじゃねぇぞ!
真央は完全に興奮しきっていた。いや欲求がすでに爆発ギリギリのところまで来ていた。これほど興奮しきったのは、陸奥 海(男子15番)と戦った時以来だ。
真央の状態は現在、興奮物質が異常分泌しており、全感覚が完全に覚醒され、冴え渡っていた。
視覚・聴覚は異常ほどに研ぎ澄まされ、薄暗い夜の中でも昼間のように眼が見えたし、草木が揺れる音にも敏感に反応できた。
そして体の運動能力は痛覚を感じないことに加えて極度の興奮から、脳の制御機能がついにリミッターを解除した形となった。
人間は100%の力で動くことはない。もし動けば骨や筋肉を傷めてしまうからだ。その限界を知らせるために痛覚がある。真央はその痛覚がないために、親から意識的に制御することを幼い頃から教わっていた。
だが極限の興奮のために真央のリミッターはついに外れた。その動きは真央の肉体崩壊ギリギリの動きを体現させ、一般的な人間にはありえない反射速度と動きを見せていた。
「キャハ♪」
素早く龍彦のベネリの照準を外れ、UZIの銃口を向ける。龍彦は真央がここまでやるとは予想もしていなかった。
だが、龍彦の警戒レベルもすでにMAXまで達していた。
バララララ!!
UZIの射撃に龍彦はすでに森の中に入っていたので、木の物陰に隠れることでなんとかやり過ごした。そして自分の隣にいる風花に話しかける。
「黛さん、今すぐここから離れるんだ」
龍彦の言葉に風花も戸惑いを隠せない。
「え・・・?」
「森を迂回して、何とか遠山と合流してくれ。どうやら庇いながら闘える相手ではないらしい」
自分たちより遥かに経験豊富な龍彦がここまで言う相手なら自分が足手まといになるというのを、その言葉で感じ取った。風花は少しだけ首を縦に振る。
「レーダーを見ながら、敵に接近されないようにな」
そうやって龍彦は右手にイングラムを持って応戦を始めようとする。
「行け!」
この龍彦の言葉に後押しされるように風花は走り出した。
パラララララ!!
イングラムの9mmパラベラム弾を真央に向かって吐き出す。
一方の真央もさすがに俊敏に反応して診療所の建物の物陰に隠れる。そこでUZIを撃ちながら応戦する。
真央は目の前の敵が倒しがたい強敵だと素直に認めていた。そしてそれゆえに自分の欲求を叶えるのには時間がかかると・・・
すでに前回の殺しから半日以上(健吾の時は最後まで見ていないので、真央の中ではカウントされていない)が経っているので、これ以上焦らされるのは御免だった。
そして真央の本能は標的を決めていた。
守られる存在、逃げる存在、庇う存在、それらこそがお手軽で、容易く自分の欲求を叶えてくれる存在・・・・
龍彦はほんの少しだけ見えた真央の表情を見逃さなかった。
唇全体を小さく出した舌で舐めまわし、邪悪な笑みを浮かべているその悪魔の如き表情を・・・ 龍彦の中で嫌な予感が体を駆け巡った。
そして何を思ったのか真央は建物の物陰からいきなり出てきて、ありえないスピードでダッシュしたのであった。
「なっ!」
この行動は龍彦も驚いた。
真央は攻撃する気配は全くない。まるで森に入って逃げようという行動なのだ。
いや、逃げるんじゃない・・・、まさか!
そう、その方向はさきほど慶司の方に逃がした風花が迂回していく方向だったのだ。つまり、真央の狙いは風花・・・。
そんなこと・・・させるかよ!
真央の尋常じゃないスピードについていくように龍彦はイングラムの弾雨を浴びせる。
パラララララララ!!
そのマガジンが空になるまで龍彦はイングラムを撃ち続けた。
さすがの真央も全弾回避することはできなかったようだ。龍彦は真央の左の手の甲と左の二の腕、右肩に着弾するのを確かに確認することができた。
だが痛みを感じない真央がそれで止まるはずもなく、ついに森に侵入することを許してしまった。
「ちくしょう!」
仕留め損なった真央を追うべく、龍彦はイングラムのマガジンを早急に取り替えて真央を追走し始めた。
森の中をレーダーを見ながら進んでいる風花は、戦闘地域をできるだけ避けるために迂回しながら進んでいた。
そして慶司と合流するためと、敵が近くによってきてないか、しっかりとレーダーを見ながら前へ進んでいる。
思えば、自分がもっと注意深くレーダーを見ていればこのような奇襲を受けずに済んだのに・・・ 後悔の念が風花を支配していたが、自分にはまだやれることがある。
本条さんの足手まといにならないように遠山君と合流すること・・・、それが私が今できる最善の行動・・・
その思いを胸にひたすら進んでいたが、ここでレーダーの異常に気がついた。
なんと二つの点がこちらに猛接近しているのだ。
これは・・・どういうこと?
そう思っていたがすでに一つの点はこちらの近くにいるようだ。恐る恐る、周囲を警戒してみる。
その瞬間、風花の横から何かが飛び出してきた。そしてその勢いあまる物体に風花は怯んだ。
その物体、いや人影は風花の襟首を掴む。
その時、風花は確認した。その人影が喜悦と狂気に支配された顔と、快楽に支配された笑みを浮かべる浪瀬 真央だったことを。
自分の襟を掴んでいる手はすでに一つ穴が空いており、とめどなく流れる血が風花の衣服を汚す。それだけで風花は卒倒しそうになる。
「キャハハ、見っけ♪」
嬉しそうにそう話す真央。風花はその笑みを浮かべる真央に質問を投げかけた。
「どうして・・・、どうしてそんな嬉しそうに人が殺せるの?」
その言葉に真央は少し頭を傾げたが、すぐに答えた。
「う〜んとねぇ、だって楽しいでしょ〜。なんていうかな〜、気持ちよくなれるの。今まで感じることがなかったんだよ、その感覚。真央になかった感覚だから、それって」
その時、風花は悟った。
この人はないものを手に入れようとしているんだと。自分になくて、周りにはあるもの。それがない自分に一種の孤独を感じていたのだろう。 それを取り戻そう、取り返そう、奪い返そうとしているのかもしれない。
そういった意味で真央は悲しい存在なのかもしれない。
「この快楽を真央はもっと感じたいの。だからね・・・」
しかし、風花は真央がやったことを決して許すわけにはいかなかった。
だからって・・・、殺していいと思うの?
私や遠山君にとって大事な、とても大切だった、那節君を奪う権利があなたにあるの!?
「死んでね、キャハハハハ♪」
その瞬間、風花は感覚が飛んだ。怒りでフワリと体が浮く感覚。いわゆる「キレた」状態になったのだ。
風花はスカートの後ろに挿してあったあるものを取り出してスイッチを入れる。それは慶司の支給品で、風花の護身用に持たせたスタンガンであった。
バチバチ!
完全に油断しきっていた真央はスタンガンの一撃を腕に浴びてしまう。スタンガンの痛みは、痛覚がない真央にとって無意味だったが、筋肉の痙攣は避けられるものではなかった。
真央の左腕はビクンッと跳ね上がり、自分を掴んでいた腕が離れる。
すかさず風花は真央を両腕で突き飛ばす。思わぬ反撃に真央は少し後ろに下がってしまう。
この隙になんとか逃げようとした風花。
だがスタンガンの一撃を貰っているにも関わらず、真央はすでに制御不能な身体を動かす。すでにUZIの銃口は風花を捉えていた。
龍彦は真央を追走して森の中に入っていた。
元陸上部の真央だっただけに、スピードでは負けていたが、なんとか痕跡を頼りに真央を追っていた。
そして少し笑い声が聞こえた。
奴だ。そう感じた龍彦はわずかに聞こえた声の方向に突き進む。
そしてついに真央を発見した。そこにはUZIの銃口を構えた真央と逃げようとする風花がいた。
この絶体絶命の窮地を乗り越えるために龍彦はすぐに真央を射殺したかったが、龍彦から見て真央と風花は重なって見える位置にいたのだ。この位置から発砲すると風花にも被弾する可能性がある。
そういった意味でイングラムは使えない。
そこで龍彦は全力で真央に近づきながら、コルトパイソンを抜いた。
間に合うか!
龍彦にとってそれはほぼギリギリかどうかであった。
そして龍彦がコルトパイソンを抜いた瞬間に、連射音が響き渡った。
空気を切り裂く軽い発射音。
飛び交うパラベラム弾。
そしてそのサブマシンガンの弾雨は衣服を、肉を、血を、貫き通した。
しかしその音は、龍彦のイングラムでも、真央のUZIのものでもなかった。
それは龍彦と真央の斜め正面から聞こえたのである。
そこに目をやると・・・、そこには硝煙のあがるサブマシンガンを抱えている一人の男がいた。親友のスコーピオンを携えし遠山 慶司、その人であった。
そのスコーピオンの射撃は真央に確実にダメージを与えていた。かなりの弾をその身体に被弾したのである。
「あ・・・れぇ・・・・」
何が起こったのかわからない真央であったが、痛みを感じないゆえに、そのUZIを構えた腕を一向に下ろす気配がない。そして引き金を引こうとする。
だが、龍彦はすでにかなり近距離まで詰めていた。
ここなら・・・!
そしてコルトパイソンの引き金を引く。頭を狙っても、心臓を狙っても、確かに殺せるかもしれないが、もしかすると筋肉の硬直で引き金を引いてしまうかもしれない。
バァン!!
そういった意味で龍彦はUZIをもつ右手首を狙った。
強力な.357マグナム弾は見事、真央の右手首に命中した。それによって腱を持っていかれた右手は力なく崩れ落ちる。
龍彦はそのまま接近して真央の右わき腹に強烈なミドルキックをお見舞いする。
ボキボキッと肋骨が何本か折れるような音がして、真央はサッカーボールのように吹っ飛ばされる。
慶司も龍彦もこの時点でようやく、風花の危機を脱したことを悟った。
そしてそれは真央の敗北、つまり死を意味していた。
だが真央は他人事のようにそれを感じていた。
あ〜あ、もう終わりかぁ〜、キャハハ♪
そのくらいしか思っていなかった。
思えば真央にとって人間として「生きた」人生はわずか1年とちょっとくらいである。「快楽」に目覚める前の真央は生きているフリをしている「死人」であった。
そしてやっと人間として「生きられた」この生を真央は少しも後悔していなかった。
だが一つだけ納得がいかないことがあった。
「キャ・・・ハハ・・・♪」
笑い声が木霊したのを聞いて、龍彦や慶司は再び緊張する。そして真央の方に目をやる。
すでに体は全身蜂の巣で、方々の穴からは血が止め処なく溢れ出し、右の手首は半分以上吹き飛ばされている。
そんな瀕死の状態でまだ笑うことができる真央に恐怖を感じないわけがなかった。
そして真央の左腕には小型拳銃・デリンジャーが握られている。
「キャハ・・・・渡さないよ・・・・真央の・・・・生・・・」
この言葉はつまり真央がまだやる気なんだという合図でもあった。
すかさず龍彦がコルトパイソンを構えようとする。
だが真央は銃口をこちらに向けず、自分のこめかみに拳銃を向ける。そして悪魔のように妖艶な笑みを浮かべてこう言った。
「最後のぉ・・・・快楽ぅ・・・・キャハハァ♪・・・」
パァン!
真央が最後に感じたかったもの・・・それは自分の生であった。
それを他人に奪われたくなかった、真央が最後に感じたことはただそれだけであった・・・
慶司は唖然として龍彦と風花の下に駆け寄る。
「こいつは一体、何だったんだろうな・・・」
親友の健吾の仇だったはずだ。だがすでに憎しみはなく、あまりにも不可解な死に様だけが脳裏をよぎる。
「さぁな」
龍彦も解せないという顔で真央の亡骸を一瞥している。
「わからないけど・・・・」
そう言って風花が切り出す。
「この人は可哀想な人だったのかもしれない・・・」
その言葉を投げかけたい人はすでにこの世にはいない。
こうして何人もの犠牲者を出した魔女の狂乱の宴は終わりを告げた。その悪魔のような笑顔を残して・・・・。
【女子20番浪瀬 真央 死亡】
【残り・・・4名】