BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
最終決戦
67:つかの間の休息
この数時間で2度の死闘を制した遠山 慶司(男子10番)・本条 龍彦(男子20番)・黛 風花(女子17番)は、浪瀬 真央(女子20番)が死んでいることを確認すると、龍彦と風花の傷を診るために再び診療所に居た。
風花もさきほどの戦闘で軽い擦り傷を負っていた。だが慶司は、それ以上に負傷した体で全力で走った龍彦の傷が非常に心配だった。
あの傷で戦闘をした上に、森を全力疾走したと言うのだ。当然傷も開いていてもおかしくはない。
予想したとおり、診療所について龍彦の傷を診てみると、応急処置した部分から出血していた。激しく動いたためだ。
「このくらいたいしたことない」
そんな風にやせ我慢するのも自分たちに心配させないためのウソだということもわかっていた。
それほど自分たちを案じているのだ。この本条 龍彦という男は。
慶司は最初の印象で、本当にやばい奴だと思った。だが人間は外見だけで判断できるものではないとここに来て死ぬほど感じた。
至って普通の生徒だった秋文 将(男子2番)や深矢 萌子(女子14番)は殺人の禁忌という倫理感をいとも簡単に捨て去り、みんなから尊敬されていた大和 智一(男子18番)はこの状況に耐え切れずに発狂してしまった。
気弱なイメージがあった真中 冥(女子15番)は恐ろしい闇を前面に出し、自分の内の狂気に支配されていた。浪瀬 真央だって見た目は非常に美人なのに、殺人という快楽だけを求めてこのプログラムに乗っていた。
人はこういった極限の状態ならば、いとも簡単に醜くなれるのか。
そう思っていたが、目の前の龍彦は違う。この、人が信じられない状況でも、俺たちを守ろうとしている。
俺は口だけで偽善かもしれないけど、龍彦は言葉どおりのことを実行している。
俺は確かにさきほど浪瀬 真央を撃った。あの女に撃たれそうになっている黛さんを、守るために・・・
だがそれだけではなかった。
俺は憎かったのだ。自分の親友を、那節 健吾(男子11番)を奪ったあの女が・・・
一瞬ではあったが、俺は醜い復讐心に支配されていた。
俺は・・・、自分のために浪瀬を撃ったんだ・・・
そういった自分を見ていると本条は強いと思った。ふいに本条と目が合う。
「どうした、遠山」
そんな真っ直ぐな目を見ていると何もかも吐き出したくなる。
「強いな・・・、本条は・・・」
自分の咄嗟の言葉に龍彦は怪訝そうな表情を浮かべる。
「俺に比べたら、何もかも強いよ、お前は・・・」
その言葉に龍彦の表情は暗くなる。その表情の変化に慶司は首を傾げる。
「違うな・・・ 俺は、誰よりも弱いよ」
その言葉に慶司はただ疑問を感じるほかなかった。龍彦の意外な言葉もそうだが、龍彦が弱いなどどこをどう見てもありえないからだ。
「なぜなら、俺はもう死んでるからだ・・・ 人であることを放棄した奴は一番弱いのさ・・・」
今まで凛とした強い表情しか見ていなかった慶司は、この龍彦の遠くを見つめるような悲しい顔を見たのは初めてだった。
いや、一度チラッとだけ見たことがある。確か友達の話をしていた時・・・
今なら聞けるかもしれない、本条の苦しみを・・・
そうやって声を掛けようとする。窓の外から大きな声が聞こえ始めた。
「あ〜、テステス。よし、聞こえるな〜。諸君、よくぞここまで生き残った! 先生も担任として嬉しいぞぉ!」
やけにハイテンションというか、ほぼやけくそ気味になっている森の演説に、毎度のことながらげんなりする。
こいつはよほど何か邪魔するのが好きらしい、しかも俺の。
「では死亡状況と禁止エリアを言うぞ。死亡した生徒は男子17番李 小龍。男子20番デビット=清水。女子15番真中 冥。女子20番浪瀬 真央。以上だ!」
この放送を聴いた瞬間、俺の体が緊張するのがわかった。特に本条の顔つきが明らかに強張ったものに変わっていた。
つまり俺たち以外に生きているのは、すでに鵜飼 守(男子3番)しかいないことを示していた。
これが意味するのはつまり鵜飼の奴は、ヤバイ雰囲気が漂っていた金髪の転校生か、得体の知れなかった李のどちらかを殺しているということだ。いや、どちらも殺している場合もありえる。そして本条の話が本当なら、鵜飼はあの本条に「怪物」と言わしめるほどの実力を誇るのだ。
勝てるだろうか・・・
鵜飼のことは知らないも同然だった。だが今まで仮にもクラスメイトだった男が、鬼神のような男で、自分を殺しに来るなんてあまり想像できなかった。
そんなことを考えているといつの間にやら森の声は聞こえていなかった。どうやら考え事をしている間に放送が終わったらしい。
しまったという顔をする慶司。
「心配するな。俺がメモをとっておいた。禁止エリアのことは心配しなくてもいい。あまり関係ないところだった」
そうやって冷静に話す龍彦の方に慶司は目をやった。
だがそんな冷静な口調とは裏腹に、顔は険しい顔で少し笑っていたのだ。まるでこの瞬間を待ち焦がれたような顔を・・・
そんな龍彦の顔に空寒さを覚えた慶司だが、その空間を引き裂くように風花が部屋に入ってきた。
「遠山君、本条さん、お茶・・・入ったけど、飲む?」
どうやらお湯を沸かしてインスタント茶を作ったらしい。香ばしい香りが漂う。
「ああ・・・、頂くよ・・・」
気分を鎮めようとしてか、龍彦が率先してお茶を取る。
だが慶司はどうしても知りたかった。鵜飼と本条の因縁を・・・
「なぁ、本条」
意を決して龍彦に声を掛ける慶司。龍彦はお茶を飲みながら、気を収めようと必死だ。
「なんだ?」
「どうして・・・、そんなに復讐にこだわるんだ・・・? お前と鵜飼の間には・・・何があったんだ?」
この言葉に風花もまじまじと龍彦を見やった。どうやら風花も知りたかったようだ。二人の羨望の眼差しを受けて龍彦も困惑する。
だが誤魔化すことは通用しないようだ。そう思った龍彦はその重い口を開いた。
「少し、ある話をしようか・・・」
そのゆっくりとした口調に慶司や風花は聞き入っていた。
ある話とは一体何なのか、それが龍彦が話す気になってくれたのかはまだ窺い知ることはできなかった。
「今から10数年前に、ある孤児がいた。その孤児は親を幼くしてなくした。親戚にも引き取り手がなく、やむなく国営の孤児院に入れられる形となった」
その話は昔話だったが、一言もその孤児が龍彦だとは言っていない。
「だが国営孤児院は実質、専守防衛軍の育成学校のような機関でな。地獄のような訓練と人とは思われない扱いを受けるんだ。体罰、罵倒なんて当たり前。弱い者はその中で死んでいく。事故や病死に見せかけて・・・な。脱走者も容赦なく殺される。そんな地獄のような所なんだ、国営孤児院と言うところは」
その話を聞いて風花は口を塞いでいた。慶司も知らなかった。国営の孤児院にそんな悲惨な実態があるなんて。
「だがその孤児は必死に生き抜いた。そしてその中で友もできた。その友と共に、孤児は地獄を生き抜き、見事専守防衛軍に入ることができた。その地獄の中でも二人はある『誓い』があったから、意志を貫き通すことができたからだ」
そして慶司は悟った。やはりこの孤児は本条なのだと。そして『友』というのが前に漏らした人物なのだと・・・
「『絶対にこの大東亜を変えてやるんだ』この幼い二人はそんなふうに誓い合った。そして専守防衛軍に入った。理由は二つあった。一つは力を得るため。もう一つは機会を得るため・・・」
二人はもう静かに聞いていた。龍彦は虚空を眺めて話しを続けている。
「そしてその孤児と友は絶好の機会を得た。誓いを果たす機会をな・・・」
「・・・機会って何なんだ?」
慶司は初めて龍彦の話に割ってはいる。機会というのは結構曖昧な言葉で分かりにくいからだ。
「・・・総統閣下の会議場の周辺警護だよ。孤児と友は計画を立てた。それを実行に移すための準備も整えた。その計画とは・・・」
龍彦は顔を引き締めて言葉を放った。
「総統暗殺だ」
その言葉に慶司は驚いた。風花も当然驚いていた。たかだか一介の兵士が一国の最高権力者の暗殺を目論んでいたのだ。驚愕するのも当然である。
「計画は順調だった。会議場に行くのに長い一本道があり、その道を総統が一人で歩くのが事前にわかっていた。その瞬間を狙うことになった。友が最初狙う係になり、孤児はもしものために逃走経路で待機することになったんだ」
慶司は真剣に聞いていた。その一言一句を逃さぬように・・・
「計画は本当に順調だった。友は総統と一対一で対峙して銃の引き金を引けば成功だった。だが・・・」
その瞬間、龍彦の顔つきが明らかに変わった。悲哀と怒りを含むなんとも難しい顔に。
「友は後ろから刺客に串刺しにされた。総統の親衛隊『ロイヤルガード』の一員によってな・・・」
そのロイヤルガードってのが、鵜飼・・・・
「その刺客は孤児たちとあまり変わりのない少年だった。計画云々よりも総統の警護は完璧だったのさ。ロイヤルガードは常に総統の近くに待機していたんだ。こうして孤児たちの計画は瓦解した。孤児は友を助けようとした。いや、総統を殺そうとした。だが孤児はその刺客に恐怖したのさ。その冷徹を宿す目、その同い年とは思えない無駄のない動きから明らかな死を感じた。孤児は友の方を見るとこちらと少し目が合って唇が微かに動くのが見えた。その友の唇の動きを孤児は読んだんだ。それはたった一言・・・・『生きろ』と言っていたんだ・・・・」
最後の方はまるで声を絞り出すような感じで龍彦が話していた。涙は流していなかったが、とても辛いことだったのだろう。
「そしてその孤児は逃げたのさ・・・ その刺客の圧倒的な恐怖に負けて、瀕死だった友を見捨ててな・・・ それが後悔する行動だと気づいたのは後のことだった」
もうさきほどのような感情が入り混じった声ではなく、どことなく無機質な声になっていた。
「孤児に残された願いは2つに増えていた。その後悔を償うこと、そして友の願いを叶えること。身に降りかかる罪悪感を取り除くために、孤児は復讐という道を選んだ。そうしなければ、あの日の自分の愚かな行為が甦ってくるからだ。そして孤児は人間であることを捨てた」
二人はもう何も喋らなかった。ただ、黙って聞いていた。龍彦の話を、過去を。
「人間として生きることを捨てた・・・というのかな。死人と言う奴だ。そのためならば、卑劣なことでも道を外れようとも何とも思わないようにしようと・・・ 絶対にもう逃げ出さないようにしようと・・・・」
こうして龍彦は息をついた。
「以上が、哀れな孤児の話だ。どうだ? 暇つぶしにはなっただろう」
慶司は声が出なかった。名前は出していなかったが、この孤児が龍彦だということは明らかだった。
そして自分が生きてきた15年と龍彦の15年の愕然とした違いを知った。
龍彦は自分に常に言ってきた。「生きろ」「後悔するな」と。
だがそれは自分に対しても言っていたのかもしれない・・・
何も声を発すことができない慶司を横目に風花が話し始める。
「何か・・・、悲しいですね、その孤児の人って。その人にもやりたいことがあったのに・・・、復讐に捕らわれるなんて・・・」
風花も孤児が龍彦だとわかっていたが、あえて他人だと仮定した。
「でも・・・その孤児の人と友達の人は本当の親友だったんですよね。自分が死にそうなのに生かそうとする友達の人にとって、孤児の人は。だって、そうじゃなければ、言えないですもの、『生きろ』なんて・・・」
風花の言葉は気休めかもしれない、だが風花は本心からそう思った。
そうでなければ、悲しすぎるから・・・・、今でも自分を責め続ける龍彦が。
龍彦は静かに立ち上がって風花の肩に手を置く。
「ありがとう・・・、黛さんは優しいんだな・・・。その孤児の人もたぶん少しは癒されると思うぜ」
そう言って龍彦は部屋を出ようとする。
「どこ行くんだ?」
慶司は龍彦に問いかける。ドアノブに手を掛けたまま龍彦は答える。
「周辺の警戒だよ。体が火照って寝れそうもないんでな・・・ お前たちは寝ておけ。もう少ししたら正念場だからな・・・」
それが鵜飼との決戦なのか、脱出なのかわからなかったが、とにかく龍彦は部屋を出て行った。
それぞれの思いを胸に、プログラムは遂に最終局面を迎えようとしていた・・・・。
【残り・・・4名】