BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
68:嵐の前の静けさ
「君は私を怖いと思わないのか?」
その幼い少年は目の前の男に問いかける。男も大人とは言いがたく、まだ少年の面影を残す印象を受ける。
「何でそんなことを聞くんだ?」
男は憮然と言い放つ。まるで何故そんなことを聞くのか、そんな顔をしている。
「私は畏怖と恐怖の対象だ。その私と平然と君は一緒にいる」
とても幼い少年の口ぶりとは思えない口調で苦々しく話す。明らかに男より一回り小さいにもかかわらずにだ。
「ふ〜ん。俺が嫌がってるように見えるのか?」
男はそんな少年の心情など我解せずといった口ぶりだ。
そんな男を見て、少年は表情を変化させる。まるで男のことがさっぱりわからないというような顔つきになる。
「私のことは知っているのだろう・・・? 私が・・・・・・」
その男は少年の言葉を遮るように喋り始める。
「知ってるよ、そんなこと。だがな、それがどうしたよ? 俺もお前も人間には変わりないだろ?」
その言葉に少年は驚いている。少年にそんなことを言う人間にあったのは、生まれて初めてだったからだ。男はなおも続ける。
「それに俺たちは友達だろーが。それだけで十分だよ! 俺がお前のそばにいる理由なんて」
その言葉に幼い少年の胸を打った。
この男の言うことに何一つ偽りがなかったからだ。
「友・・・・達・・・・?」
「まぁ俺は弟みたいに思っているけどな。俺の妹とあまり年が違いそうもねーし。でもその年で俺と階級が同じだからなぁ・・・」
男は恥ずかしそうな、少し情けなそうな顔をしながらも、しっかりとした眼差しで少年を見る。
「俺はお前のことを認めている。だからお前を信頼している。信用している。だからお前のことは友達だと思っているぜ、俺はよ」
そう言って男は満面の笑みを浮かべる。
少年にはそれが陽光のように温かく感じられた。この温かい・・・心地よさに身を任せていたかった、それこそ永遠に。
「それとも俺のことを信用できないのか、マモル?」
その言葉に少年・・・マモルは戸惑った。
自分は人を信じることなど永遠にできない。
なぜなら人は信用できないということを誰より、何より、世界で一番知っているからだ。信じることが「友達」であることなら、自分には永遠に「友達」ができないことになる。
そう、自分は永遠に一人。
永遠に他人を信じることなどできやしない。
孤独に最も愛された「生物」なんだと悟っていた。
だが自分のこの気持ちは何だ?
なぜか目の前の男を話すと心が安らぐ。自分のことを見せてもいいと思う。
これが・・・信じるということなのか・・・?
目の前の男なら自分を見せてもいいと感じている自分に戸惑いながらも、それもいいと思っている自分がそこにはいた。
「いや、悪い。変なことを聞いたな」
そうやって自分のとっさの非礼を詫びた。
「ああ? お前が怖いかってことか。そんなことは気にしてはいないが・・・・、それより俺の質問に答えやがれ」
なんてことない顔をしながらも自分の顔をこちらに向けてくる。
「え・・・、な、何のことだ?」
「だ〜か〜ら〜、俺のことを信用してるのかってことだって!」
男の顔を膨らませた顔を見ていると、自分は何を小さく悩んでいたんだろうと思ってしまう。そして男の顔を見て、少し噴出してしまった。
「あ、何笑っているんだよ」
やっと少年が小難しい顔から開放されたのを見て、男も共に笑っていた。
「あ、いや、すまない」
そう、私はこの時さえあればいい・・・。今は、それだけで満足だ。
「私も信用しているよ、謙信。君のことを」
時間はすでに夜・・・、夜も月明かりが挿しているが、通り雨が降ったせいかひどく蒸し暑い。
そんな中、鵜飼 守(男子3番)は目を覚ました。
体は気だるさが残っていて、ひどく寝起きは悪かった。休んだ場所がベッドの中なんて上等なところではなく、外の木に寄りかかって寝ていたので、それも止むを得ないと思っていた。
だが寝る前に繰り広げた死闘の疲労は幾分か回復し、何より鵜飼を現在一番悩ませている頭痛も大分引いていた。
それにしても随分懐かしい夢を見たものだ。それは自分の幼い時、もう随分昔のことになる出来事を夢で見ていた。
その思い出は決して忘れることなどないだろう。いくら時が経とうとも、それが色あせることは決してない。
生涯に一度だけ、自分が心を許した、友達との時間・・・、それは鵜飼の人生の中ですべてであった。
だがすでにその夢は終わっている。もう戻れないのだ、あの夢のような時には・・・
夢の中は心地のよいものだ、そのまどろみに身を任せている間は。
だが夢が覚めれば、過酷な現実を生きなくてはいけない。
今頃、あの時の夢を見るとはな・・・
それは鵜飼にとって不思議なことであった。もう随分、謙信の夢は見ていなかった記憶があるからだ。
今の自分はあの時誓った、「謙信の約束」を果たすためだけに生きている。それを果たしきるまでは、生涯の友達の所にはいけない。自分は死ぬまで果たさなければならないのだ、その使命を。
「総統と国を守ること」
その誓いは守る。誰にも邪魔させやしない。それを妨げる者はすべて排除する。
それを守り続けることが、私の謙信に贈る冥府への花束なのだから・・・
昔を思い出し少し過去に浸っていると、まるで夜の静寂を切り裂く暴走族の暴音のような騒がしい声が鵜飼の鼓膜を刺激する。
「あ〜、テステス。よし、聞こえるな〜。諸君、よくぞここまで生き残った! 先生も担任として嬉しいぞぉ!」
その声はまさに騒音のような声を出すプログラム担当官・森に間違いなかった。
普通ならその騒がしい声の上にさらにやけくそ気味のハイテンションに気分を害するところだが、鵜飼はそれ以上の驚きを感じていた。
放送は6時間ごとに行われる。とすると、自分はここで4〜5時間近く眠っていたことになる。
自分が任務中にここまで熟睡することなどありえなかったからだ。
わずかに動く草木にも反応し、常に周囲に不穏な気配があれば起きられるほどの浅い眠りにしかついていなかった『刃狼』にはありえないことだった。
だがそんな狼狽もすぐに抑え込み、森の放送に耳を傾ける。声を聞くのも不快だが、一応情報は入手しておかなければならない
。
森の放送の情報を整理すると、残り生存者は自分も含めて4人。禁止エリアは1時間後にE−4、2時間後にG−6、4時間後にF−3、5時間後にA−6だそうだ。
まぁもうここまできたら、禁止エリアに引っかかるような馬鹿な真似をする奴は生き残っていないので・・・、残る3人を狩るしかないな。
あらためてそう思う鵜飼。情報整理を終えると、ふと思い出した。
一時解除した首輪を作動させる時に森担当官に連絡すると・・・
そういえば強烈な頭痛でそのことをすっかり忘れていた。
すでに起動させていたので、私がいるということは知っていると思うが・・・、一応言った手前連絡しないわけにもいかないな。
そう思い、通信機を取り出し、電源をONにする。すると相手もすぐに出た。
「こちら鵜飼だ」
「中将殿! 連絡がないのでどうなされたか思いましたよ!」
あいかわらず声が大きい。早々に切ったほうがよさそうだ。
「ああ、すまなかった。休んでいたものでな・・・・」
「なるほど、もう残りは3人ですしなぁ。その3人も固まって行動していますし」
この言葉に鵜飼は敏感に反応した。明らかに顔つきが変わる。
「森少佐」
さきほどとはうって変わった声色に森もなぜかびびってしまう。
「は、はっ!」
「君は担当官の自覚がないのかね? 仮にも私はプログラムに参加中だ。その私に情報を流してどうする」
森は自分の失言に気がついた。
「君の担当官としての能力を疑うよ。そんなことをして私が喜ぶとでも思ったのかね?」
もし、森が総統の側近である鵜飼の逆鱗に触れるようなことがあれば、即左遷なんて造作もないだろう。いや、それどころか命に関わることである。森は冷や汗をかき始めていた。
「も、申し上げありません! 以後はこのようなことはないように・・・」
「まぁいい。もうすぐプログラムも終わる。頑張ることだな」
そう言って鵜飼は通信を切った。
都合よく早急に切れる機会をくれた森に少し感謝していた。もちろん、森の発言に怒っているわけはない。
降格人事など、やろうと思えばやれるが、そんな細かいことなどやっていられない。森のことなど鵜飼にとっては取るに足らないことであり、森の失態など鵜飼にとっては些事に過ぎないことであった。
しかし残り3人が集団で行動中とは多少ながらも驚いてもいた。
同じクラスの遠山 慶司(男子10番)や黛 風花(女子17番)が一緒に行動するのは、別におかしいことではない。
だがその二人に転校生である本条 龍彦(男子20番)がついていることに驚いていた。本条は将来、特殊部隊入りが確実と言われるほどのエリート兵士だ。そもそもこんなプログラムに参加など解せない部分もあるが、一人でプログラムを行動すると思っていた。一人でやっていても普通なら簡単に優勝できるはずだ。
だがその奴が他人と行動している・・・?
その行動に多少の違和感を持っていた。だがそれもどうでもいいことであった。
どの道、あと1日もすれば、奴はこの世にはいない。自分が優勝する、その未来だけは揺るぎのないことなのだから。
だが、一つだけ鵜飼が懸念することがあった。
自分が生涯ただ一度、ターゲットを自ら逃がすという失態を犯した相手・・・、黛 風花の存在である。
あんな少女では他の参加者に殺されると思っていたのだが、結局最後まで残っている。
あの時の私は何かおかしかった。私は優勝をしなければならないはずなのに、あの時、私は・・・、なぜか目の前のターゲットを殺したくなかった。いや、謙信の妹と聞いて頭痛が激しくなり、殺す気が失せたというのか・・・、あれ以上あの女のそばに居たくなかったというのが本音かもしれない。
もし、もう一度あんなことになれば命を落とすことになりかねない。
鵜飼は戸惑っていた。あの時の狼狽がもう一度起きれば、自分に降りかかるのは死神からの祝福・・・・
そうだ、無になればいい。ただ、無心に殺し、屠り、撃滅に専念すればいい。
何も考える必要もない。すべてを蹂躙する「殺戮の嵐」になろう。
私はこんなところで死ぬわけにはいかない。「謙信との約束」があるのだから・・・
鵜飼は静かなる殺意の「風」をその身に纏いながら歩き出した。そう、戦いが始まる頃には、すべてを吹き飛ばす「嵐」とならんとするために・・・
その頃、プログラム本部である廃校では、通信機を切られて青ざめている森担当官がいた。そして急に顔色が青から赤に変わり始めた。
「・・・冗談じゃねぇ!」
なんでだ、なんでこんなことになるんだ! 担当官っていったら、かなりエリートしかなれないんだぞ。そしてこのプログラムでは担当官こそ、神。俺に逆らえる奴なんていないはずなのに!
かなり憤慨している森。
このストレスの原因は鵜飼のことだけではない。
実はプログラムのトトカルチョというのは賭けた人がリアルタイムで結果がわかるようにHPを開いている。
そして常時更新していくのだが、今回のトトカルチョで、ダントツで人気を集めていた上位3人のうち、2位デビット、3位李が、人気がほとんどない鵜飼に負けたという結果に抗議の電話が殺到しているのだ。
これらの苦情を処理するのはもちろん担当官。中には森の上司、つまり軍のお偉いさんなども含まれていて、森に対するイメージもすこぶる悪くなる一方だ。
こういった大番狂わせは確かに面白いのだが、今回は話が別だ。
トトカルチョの賭け票の80%以上が上位の3人に集中しており、穴予想の4位浪瀬を含めると90%以上が上位陣に賭けているという異例ともいえる予想の堅いプログラムなのだ。要するに「この4人の中で誰が優勝するか」というプログラムだったと言っても過言ではないのだ。
これで本条まで死んでしまうと、担当官としての監督能力を問われてしまう。これは異常事態だと、胃がキリキリしてくる状態なのである。
「しかし、誰なんだ。鵜飼に賭けている奴ってのは!」
そうなのだ、誰も予想的中者がいなければ、払い戻しになる。普通ならここまで苦情の電話なんて起こらない。
だが、なんとこのプロフィールで鵜飼を買っているものがいるのだ。
これは人気ランキングというもので分かる。なぜなら誰も買っていない生徒はそのランキングに載らないからである。
それが今回の抗議の集中豪雨を招いている。正直、担当官の森に「八百長だ」「詐欺だ」と言ってもらっても困るのだが、所詮ははずれた怒りの掃き溜め口みたいなものである。
さらにそのストレスの元凶の張本人に仕返ししようにも、自分の上官であり、さらに国の最高指導者とも関わりがあるとなれば、当然何もできるはずもない。森のストレスは溜まる一方である。
もう一つ付け加えると、自分の1ヶ月分の給料を賭けたデビットは鵜飼に殺されてしまうという、森にとってはもう何の楽しみもない状態になっている。もう放送も担当官の仕事もやけくそ気味であった。
こうなったら、もう本条が鵜飼を倒してくれることを祈るしかない状態である。それで誰も賭けていない黛あたりが優勝してくれるとさらに嬉しいのだが・・・
そんな一縷の希望を胸に森の心中は、神に祈るような気持ちであった。その様子に兵士たちは気の毒そうに見ていたのは言うまでもない・・・
【残り・・・4名】