BATTLE ROYALE
死線の先の終末(DEAD END FINALE


69:決して折れないココロ

 ここは夜の森の中・・・、静寂と暗闇が支配する暗黒の森林の中で、零れるわずかな月光を浴びようと立っている男がいた。
 実際には辺りを警戒していたのだが、その男の顔はまるでシャワーを浴びる時のように、清々しい感じのした表情だった。

 その少年、本条 龍彦(男子20番)はさきほど診療所を出て、気分転換と警戒のためにこの森の中にいる。龍彦の心中は今、この静かな夜のように落ち着いていて、さらになぜか気分は晴れやかだった。
 自分はさきほどあの診療所の中で、今まで忌々しく思い、消し去りたいと思っていた過去を、2日前まではまるで赤の他人だった二人に話した。
 本来に自分ならありえなかったことだ。少なくとも、専守防衛軍兵士でありながら反政府組織のスパイである、まさに死と裏切りの世界で生きてきた自分はそんなことを軽々しく言う輩ではなかった。
 この極限状況、戦場のような状況ではなくても、「まず他人に会ったら、疑ってかかれ」龍彦が生きてきた世界はまさにそのようなことが常識のように行われてきた。
 そしてその信念を貫いてきたからこそ、今ここまで生きてこられた。

 だがあの二人は、もう何年も戦場を共にしてきた戦友のように、自分を信用している。
 龍彦はそれが愚劣で滑稽なことだと思いながらも、それも悪くないと思っていた。
 なぜ人を見る時疑ってかかる自分が、あの二人を信じることができたのか、二人を見てきてわかったような気がした。

 あの二人は人を見る時、まず信用するんだ。
 心のどこかで、ある一部分だけでも、相手を信頼して見ようとする、濁りのない真っ直ぐな瞳で。
 自分の場合は完全に疑ってかかる、心の闇が宿った淀んだ瞳で。
 龍彦とあの二人との決定的な違いはそこにあった。

 他人を信じる、そんなことをしていれば命がいくつあっても足りない。あらゆる虚実が蔓延する戦場では、一瞬の思考は致命的であるからだ。
 だがあいつらは違う。真中 冥(女子15番)の時、よくわかった。
 クラスメイトなんて薄い繋がりを、あくまで愚鈍に信じようとするんだ。
 人を信じるのは難しい。それは嫌ほど分かっている。

 だがあいつらはそれが簡単にできる。この狂った国でも、このイカれたプログラムでも、この何人殺したかわからない得体の知れない俺でも、あいつらは信じようとするんだ。
 それを見て龍彦は思った。「強さ」とはああいうモノを言うのではないだろうかと。
 自分や鵜飼のように戦闘で強いのではなく、「真の強さ」というのはあいつらが持っているものじゃないかと感じたんだ。

 だから・・・、俺は命を賭す。あいつらをこんなところで死なせることを、絶対阻止する。
 俺は今まで願ってきた復讐だけではない戦いに挑む。
 あいつらの「真の強さ」が必ずこの腐りきった国を救ってくれる。俺や死んだ友の願いをきっと叶えてくれる。
 そう信じて自分の最後の戦いを始めよう。
 自分の心のように晴れ渡った月に向かって、龍彦はそう決心していた。

 そして天に向かって呟いた。
 自分の亡き友、自分が見捨てた友。友と呼ぶのも許してくれないかもしれないけど、自分が信じた友に向かって、龍彦は自分の今の想いを投げかけていた。
「そこで見ていてくれよ、真一・・・・、俺の最後の戦いを」


 一方の診療所内では、龍彦が「気分を変えたい」と言って出て行ったしまったため、遠山 慶司(男子10番)黛 風花(女子17番)の二人っきりになっていた。
 思春期真っ盛りの二人、しかも男女となれば多少は意識もするはずだが、さきほどの龍彦の話を聞いて二人とも黙ったままだった。
 彼の過酷な幼少時代、悲しい過去、自分の宿敵への執念・・・・、彼の情念のすべては、自分のクラスメイトである鵜飼 守(男子3番)に向けられている。
 彼の一部を理解した時、龍彦の目的が改めて復讐だということをまざまざと見せつけられた。

 自分の大切なものを奪った存在に復讐する、つまり殺すこと・・・、それはまさにさきほど慶司が撃った浪瀬 真央(女子20番)に向かって向けられた感情と同じだろう。
 だが、さきほど復讐という情念に駆られながらも、慶司は納得できなかった。
 それは真央を撃った慶司だからわかることであった。
 真央という親友の仇を撃って、慶司の中に残ったもの、それは虚無感と罪悪感、後悔という感情だけだった。

 激しい怒りを晴らした後に残るのは何もない。虚無という感情・・・
 殺人という自分自身の行為に罪を感じる。罪悪という感情・・・
 そして、その行為自体への後悔・・・・ 後悔という感情・・・

 所詮、復讐を果たしたとしても、亡くなった者は帰ってはこない。復讐という行動は激情に支配された愚かな行為に過ぎないのだから。
 だがそれがわかっていても、本条を止めることが自分にはできなかった。
 自分にその資格がないことは重々承知だった。
 しかしそれ以上に、もう鵜飼を殺すことを生きる目的にしている「死人」の本条に何を言っても聞こえないような気がしたから。

 止めたい、でも止まらない、止められない。
 こんな不甲斐ない自分を見ているとふと考えてしまう。

 俺たちはこんな所で何をやっているんだろうな・・・
 お互い憎しみあって、怨みあって、殺しあって・・・
 俺たちは何一つ悪くはない。
 俺を殺そうとした秋文だって、深矢だって、リーダーだって、真中だって悪くない。
 死んだ美津さん健吾武士だって何一つ死ぬような理由はない。
 浪瀬だってこのゲームさえなければ、殺しあわなかったかもしれない。

 その時、慶司は再び認識した。
 人間の醜さを見せつけられるたびに忘れていた。
 すべては自分たちを殺し合わせている政府こそ、この狂気を演出しているのに過ぎないことを・・・。
 そうだよ、俺たちは憎む相手を間違えている。本条も間違えている。鵜飼が原因じゃないんだよ、政府が、この狂った国が、俺たちや本条の運命を狂わせたに過ぎないんだ。

 だがそれを理解したところで慶司に何ができるはずもない。
 自分たちは政府が用意した舞台で踊っている役者に過ぎないのだから。
 しかし慶司は決意した。

 例え、お前たちが俺たちを意のままに操ろうとしても、俺は屈しない。
 お前たちに負けない。
 俺は諦めない。
 甘いといわれようとも、俺は俺の信念を貫く。
 鵜飼だって俺たちと同じはずなんだ。俺たちのような、この狂った国の犠牲者のはずなんだ。
 だから、最後の一縷の望みを持って、戦いに挑もう。

 俺たちはプログラムで戦うんじゃない、プログラムに戦いを挑むんだ。

 そんな沈黙の中での決意をしていると、風花慶司の手をそっと掴む。
「え・・・・」
 とっさの出来事に慶司は何とも間抜けな声を出していた。
 風花は震えているようで、何か悲しい顔もしていた。
「本当に悪いのって・・・誰だろうね」
 慶司の手を掴みながら、急にそんなことを言い出す風花
本条さんの話を聞いていると鵜飼君ってものすごく悪い人に感じちゃうよね」
 確かに本条のイメージをそのまま鵜呑みすると、鵜飼はまさしく冷酷無情で腕は超一流の、巨悪の守護者のように感じてしまう。
「でもね・・・、私は違うってなぜか思えるんだ・・・」

 その感想はさきほど慶司が行き着いた結論によく似ていた。
 だが慶司の思慮したことは曖昧で、風花の言葉は何やら確信めいたものを感じさせた。
「どうして・・・・そう思うの?」
 慶司はそんな感想を抱いた風花に問いかける。
「はっきりとじゃ・・・ないんだよ。ただね・・・・、私が鵜飼君に襲われた時・・・・、鵜飼君が私を殺そうとしたとき・・・・、急に刀を止めたの。その時・・・・・・、鵜飼君の顔を見たの」
 そうなのだ。鵜飼が完全に感情のない殺戮マシーンのような男なら、風花はここに生きていないはずだ。
 それはこの場にいる誰もが感じていることだ。
 おそらく本条でさえも。

「その顔はクラスで本当に時々見たときの顔や、さっきまで私を殺そうとした顔でもない、苦しみに満ちた顔だったの。まるで、『殺したくない』って感情が顔に現れたようだった」
 そして慶司の眼を見る風花。その瞳はまるで何か憂いを帯びているように慶司には見えた。風花の言わんとすることがその瞳に宿っているようだった。
「そう思ったらね、鵜飼君が無表情で人を殺めることって、鵜飼君自身の心を殺しているんじゃないかって思ったの。本当は鵜飼君も傷ついているんじゃないかって・・・ だから・・・」
 そして涙目になって慶司の手を強く握り締める風花
「そんな二人が戦うのって・・・、私たちが戦うのって本当に悲しいの。もしかしたら笑いあえたかもしれないんだよ。私も、遠山君も、本条さんも、鵜飼君も・・・ こんなの・・・、こんなの間違ってるよ・・・・」

 風花龍彦の話を聞いて色々と考えていたのだろう。そして自分を逃がしてくれた鵜飼のことも考えたのだろう。
 自分が殺されかけた相手のことすら考えてしまう。
 そんな優しい少女なのだ、黛 風花という女の子は。
「それとも、私が間違っているのかな・・・」
「違うよ、黛さん
 慶司は言葉を遮り、迷う風花を諭すように言い切った。
「俺もそう思う。俺たちや本条も悪くない。もしかしたら鵜飼も、悪くないかもしれない。本当に悪いのは他にあると思う」
 そして風花の肩を掴み、勇気付ける。
「だから俺は決めた。最後の最後まで、俺らしくあり続けながら、戦おうって。だから黛さんも、自分らしく戦おう。それが俺たちの、くそったれ政府への俺たちの抵抗なんだ」

 それはまさに嘘偽りがない答えだった。
 例えどのような結末が待っていようとも、俺は俺であることができたなら甘んじて受け入れるだろう。
 だから俺たちは後悔しないように、今まで犠牲になったクラスメイトに笑って会えるように行動しようと、風花に言いたかった。
 その慶司の一点の曇りも感じさせない顔に、ようやく風花の顔も緩む。風花もようやく決心したようだ。
「ありがとう・・・・、遠山君・・・」

 そんな安堵した風花の顔を見て、慶司も緊迫感が抜けた感じがした。
 そしてさきほどとは違った目線で風花を見つめてみる。
 そこには確かに「女」としての魅力が溢れている少女がいた。その感覚が、自分が年頃の女の子と二人っきりなのだと意識させるのに十分だった。
 こんな状況でも決して失うことない優しさを持つ風花に、慶司も徐々に惹かれていっていたのだろう。

 う〜、やばい! こんな状況じゃ・・・ 俺だって年頃の男だ。キスの一つだってしたくなるんだぞ・・・
 さきほどとは違う慶司の雰囲気を風花も察したようである。
 急に顔が紅潮して下を向いてしまった。
 慶司もなんとなく顔をあわせづらくなる。
 二人はそのまま、何をするでもなく固まってしまった。
 この時二人が思ったことはピッタリ一致していた。

本条、早く帰って来い!」必死に男の本能を抑えながら思う慶司
本条さん、早く帰って来て!」茹で蛸のように顔を真っ赤にしながら思う風花

 結局、龍彦が帰ってきたのは30分後のことだった。龍彦は理性を押さえ込んでいる慶司と、恥ずかしさで顔が紅潮している風花を見て、龍彦は大きく首を傾げていた・・・

【残り・・・4名】
                           
                           


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