BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
72:生きる意味〜狼の章〜
「ゴ・・・・ゴホッ・・・」
口からあふれ出る血液で喉が詰まるような感覚であった。
本条 龍彦(男子20番)は血の鉄の味を味わっていた。その原因は自分の身体を貫く、狼の凶刃・・・
自分を殺すための刃を持った鵜飼 守(男子3番)の一撃は確かに龍彦の生命に届いていた。
胸部、しかも心臓に近いところを串刺しにされている状態だ。この出血の量、そして脱力感からして、致命傷に至るのは目に見えていた。
だからと言って、おとなしく引き下がるほど、龍彦はおとなしくはなかった。かろうじて残った力で、自分が握り締めているイングラムを持ち上げようとする。
だが、それを察してのことか、鵜飼は窓の取っ手に足を掛けて、そのまま勢いで龍彦の体を押し込むように部屋に侵入する。
そしてそのままの勢いで奥の壁まで突進したのだ。壁に突き刺さるかの如く、凄まじい勢いの突進だった。龍彦の後ろから出ている刃が、少し壁に突き刺さるほどであった。
「ガァァアア!・・・・」
叫び声にもならない断末魔。龍彦はそのあまりの激痛にイングラムを離してしまう。
その後、龍彦の後方で決死の咆哮がした。
「う、う、うわああああああああ!!」
それはさきほどまで、一種のパニック状態に陥っていた遠山 慶司(男子10番)であった。その手にはしっかりとスコーピオンが握られている。
しかし、鵜飼の行動は早かった。咄嗟に右の腰からベレッタを抜き、二発ほど銃撃をお見舞いする。
ドォン!! ドォン!!
その二発の銃撃は、正確に慶司の身体を貫通していた。一発は右肩、もう一発は右のふくらはぎに。
「ぐ、ぐあああああぁぁああ!」
慶司にとっては、初めて経験する被弾する痛み。体を貫かれる激痛。とてもじゃないが、耐えられないほどの痛覚。
その未体験の痛みは、慶司の戦意を、戦う力を奪うには十分だった。スコーピオンを地面に落とし、その場にのた打ち回ってしまう。
龍彦はそれをただ見ていることしかできなかった。自分の無力感を痛いほど感じながらも、疑問に思わざるをえなかった。
なぜ、奴はこうも自由に動けるのか?
確かにイングラムの銃弾を被弾したはずだ。その体に3発も撃ち込まれているのだ。
それなのに奴はまるで何事もなかったかのように動いている。なぜ・・・?
そして龍彦はある違和感に気がついた。
こいつ・・・、夏場なのに、なぜ長袖を着ているんだ・・・?
そう、さきほどは戦闘をしていて、さほど気にとめるほどでもなかったのだが、長袖の学生服を身に纏っている。白いブレザーのような服装だ。
これは・・・一体・・・?
微かな力を振り絞って鵜飼の体を触ってみる。その体はまるで何かを仕込んであるように堅かった。
まさか・・・これは・・・防弾チョッキ。
そう、鵜飼は防弾チョッキを着込んでいたのだ。
しかしそれは政府から支給されたものではない。鵜飼がこの会場で作った『自作』のである。
過去、潜入した学校で、鵜飼が仕入れたのは包丁や救急道具だけではなかった。
まず、都合よくあった、冬用のこの学校のブレザー。そして家庭科室にあった、まな板と裁縫道具。
これをブレザーの裏地に右胸と左胸に二枚ずつ、まな板をしっかりと仕込み、裏生地を丈夫な布でしっかりと縫いこむ。
多少、行動に不自由さを感じる服装だが、即席の防弾ブレザーの完成である。
もちろん、貫通性のある銃器ならば、これは通用しないだろう。背後や肩・腕・足・頭への攻撃は避けれるはずもない。
だが、致命傷となる胸部・腹部の正面からの攻撃には有効である。
そしてその万全の体勢が、鵜飼の勝利という結末をもたらした。
現在、この診療所の一室には4人の学生がいる。それはこのプログラムの生存生徒でもあった。
刀を握り締めている、鵜飼 守。
その刀に貫かれ虫の息の、本条 龍彦。
鵜飼に足と腕を撃たれ、苦痛に苦しむ、遠山 慶司。
そして、その鮮血の現状にただ恐怖して今にも泣き出しそうに震えている、黛 風花(女子17番)。
この4者の表情を見れば、誰がこの後生き残るのか、一目瞭然だった。
ただ、龍彦は諦めていなかった。最後の最後まで抗おうとした。
口内から感じる死の味を認識しながらも、龍彦は安らかな眠りを選択しなかった。あの時、誓ったのだ。
もう逃げないと・・・・
「本条 龍彦」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。それは、まさに今対峙している鵜飼からであった。
「貴様は反政府のスパイか?」
その問いに少なからずも驚いていた。
自分が反政府に寝返っていることは知られているはずもない。もし知られていれば、即座に粛清されるはずだからだ。
「もう一つ聞こう」
自分の答えを待たずに、鵜飼は続ける。
「お前らの首魁は近くにいるか?」
まさか・・・、三村さんの情報まで流れているのか!
龍彦の心を抉るような鵜飼の質問にさすがに動揺してしまう。
そして住宅街にいる三村の安否が気にかかった。もし襲撃されれば、計画は頓挫してしまう。そんなことは絶対阻止しなければならかった。
「なるほど・・・、住宅街か」
「な・・・!」
なぜ、わかったんだ!
さっきの口ぶりからして奴は知らなかったはずだ。三村さんの居所を。それなのに・・・
「なぜか不思議か?」
その鵜飼の答えも不可解極まりなかった。その疑問も自分は声を発していないはずだった。
まるで奴は俺の心と会話しているようだった。
その時、龍彦の中にある仮説が浮かび上がった。
鵜飼が関わっていた計画、政府極秘プロジェクト『OMEGA』。
「人間を超える爆発的成長の達成」・・・、人間を超える・・・、「ヒト」にはない能力を手に入れる・・・・。
それならば、鵜飼の不可解な行動もすべて理解できた。
なぜ、攻撃のタイミングが読めるのか?
なぜ、危険を察知したような行動がとれるのか?
なぜ、奴は一切動揺しないのか?
答えは一つだった。
奴はすべて知っていたのだ。こちらの行動を知った上で、奴は常に行動していたのだ。
「本物の恐怖を知っているか?」
鵜飼は・・・・、「サトリ」だ。
「すべてを知られるということだ」
奴は、他人の心が読めるんだ。
そして、鵜飼は龍彦に刺している刀を思いっきり引き抜いた。
龍彦の鮮血がそこら中に飛び散る。龍彦は力なく、その場に座り込んでしまう。口からは溢れるばかりの血が流れ込んできて、おもわず吐血してしまう。
「ゴホ・・・」
斬り口からは、龍彦の脱力感と同じように、体から血が逃げ出していくようだった。
誰の目から見ても、龍彦は負けていた。
そして、恐怖に打ちひしがれていた。
勝てるわけがない・・・、鵜飼は人間じゃない・・・、バケモノだ・・・
龍彦の体に宿っていたものは敗北感と絶望感だけだった。
すべてにおいて、先手を打てる鵜飼に勝てる者など、この世にはいない。
どんな奇襲も、動きも、対策も、すべて読み取られてしまうからだ。
龍彦は恐怖に支配されていた。そしてその恐怖が、龍彦を支えていたものを侵食しようとしていた。龍彦の両の足を支えてきたすべてを蝕もうとしていた。
それは、急激に訪れる安らかな眠気であった。龍彦はこの眠りに任せるのもいいかと思った。現実の絶望よりかは、無念の安らぎもいいかと思い始めていた。
「う、動かないで!」
か弱いながらも、気丈に振舞おうとする声。女性の声だった。
それは、一番この場の恐怖に飲まれているだろう、黛 風花であった。その手には、モデルガンがしっかりと握られている。
だめだ、黛さん。それじゃ、奴は怯まない。奴に騙しは一切通用しないんだ。
もう声を出すことすら、ままならない状態でも、声を出さずにはいられなかった。
鵜飼は、龍彦から離れて風花に近づこうとする。
「やめろぉ! 鵜飼・・・・、黛さんには手をだすな!」
苦痛に顔を歪ませながらも、慶司は必死に叫んだ。鵜飼もその慶司の姿を見る。慶司は阻止しようと必死に、もがこうとしていた。
どうして・・・・、どうして・・・・、
・・・・なんだ簡単じゃないか。こいつらは生きようとしているだけじゃないか。必死に、がむしゃらに。
全員で生きようとしているだけじゃないか。
そうなんだ、それが人間なんだ。一人じゃ、生きていけない。
それをこいつらから思い出させてくれた。だからこいつらを生かそうとしたんじゃないか。
その思いが龍彦の戦意を再び呼び戻してくれた。
最後まで、足掻いてやるさ。俺らしく!
微かに戻った力で腰に挿してあったコルトパイソンに手を掛ける。
当然、鵜飼もその動作に即座に反応した。さきほど、風花に近づいたおかげで、多少距離があったが、早い動作で刀を振り下ろさんとしていた。
俺は・・・、もう後悔なんかしていない・・・ そうだよな・・・、真一・・・
パァン!!!
銃声と剣撃が交錯した。
龍彦が放った銃弾。鵜飼が斬りつけた刀。
鵜飼の右肩からは、血が溢れていた。龍彦が最後の力を振り絞って、引き金を引いたものの、その反動を支える力は残っていなかった。それが、狙いを外させる起因となった。
鵜飼の斬撃は、右肩を直撃したとはいえ、確実に龍彦の身体をとらえていた。その斬撃を体に受けた瞬間、龍彦は逝った。
決して、後悔することなく・・・
【男子20番本条 龍彦 死亡】
「ああああああああ!」
慶司の叫び声が響き渡る。そして、鵜飼の中にも濁流のように感情が溢れかえってくる。
(後悔なんかしていない・・・・)
俺は・・・後悔なんか・・・・していない・・・・
その内なる声を聞いた瞬間、鵜飼には龍彦が、今は亡き友の姿に見えた。
絶望のあの時のような、無惨な姿の、黛 謙信の面影に。
慶司は、怒りと悲しみの感情に支配されながらも、鵜飼の表情の変化に気がついていた。その表情は、普段たまに来ている学校にいるときの無表情な顔ではなく、さきほど冷酷な瞳をした機械のような顔でもなかった。
あんなに顔が歪んでいて、まるでなにかを恐れているような、そんな初めて見る表情をしていた。それは、その部屋にいる風花も気がついていた。
そして、二人の頭に何かが響き渡る。
「俺は・・・、もう後悔なんかしていない・・・」
それは龍彦の声だった。幻聴かと思っていた矢先、今度はこの場にいない人の声が響き渡る
「さよなら・・・、蓮花」
それはあまり聞いたことがなかったが、確かに李 小龍(男子17番)の声だった。
「私ハコンナトコロデ負ケルワケニハイカナインダ!」
「由紀夫、死なないで!」
「晶・・・生きて・・・くれよ」
「死にたくない・・・、死にたくない!」
転校生のデビット、三国、橘、沢崎と次々と声があふれ出してくる。
「最後に武士に会いたいよ!」
「あなたに会えてよかった・・・」
「みんな、無事に会えるよね・・・?」
「真澄、蘭、アタシ達死んでも友達よ・・・」
「ありがとう、千里たちに会えてよかったよ・・・」
「みんな揃うんだ・・・・、みんな!」
それは、風花のグループの、美津・旭・玉野・長川・菊原・大塚の声であった。
「みんな・・・」
風花は涙を流しながら、今は亡き親友たちの声を聞いた。
そんな死者たちの無数の声が聞こえてくるという異常事態が起きていたのである。その声が聞こえるたびに頭痛がしてきた。
慶司と風花は不可解でならなかった。
なぜ、このような声が聞こえるようになったのか・・・?
だが、なんとなくだが、わかっていた。それが、目の前にいる鵜飼が原因であるということに。
鵜飼の方向を見てみると、さらに動揺の色が広がり、表情は蒼白そのものだった。
「謙信・・・・、何故だ・・・、何で・・・・」
そして、慶司と風花の頭痛が一層酷くなり、キィィィィンという耳鳴りがする。
「うわああああああああああああ!!」
鵜飼の咆哮が辺りに木霊する。そして、慶司と風花は聞くことになる。普通なら聞くことのできない領域を・・・
【残り・・・3名】