BATTLE
ROYALE
〜 死線の先の終末(DEAD END FINALE) 〜
74:プログラム終了、そしてその後・・・
森担当官はモニタのあるプログラム管理室に走っていた。
もちろん、自分の目で優勝者を確かめるために・・・だ。
さきほど部下の報告で、その名前を聞いてはいたが、自分の目で確かめるまでは信じるわけにはいかなかった。
そして蹴飛ばすような勢いで、管理室の扉を開ける。
「担当官・・・」
森を真摯と見つめる兵士たちの姿など全く目に入っていなかった。
気になることはただ一つ、優勝者の存在だけであった。
森はモニタをしっかりと見つめる。そのモニタには、真実しか写っていなかった。ただ一人の生存者の、出席番号のナンバー。
森には期待と絶望の思いが相混じっていた。
そのナンバーは・・・・・・・・、青色で3という番号をしっかりと表示していた。
勝ったのは・・・・男子3番・鵜飼 守であった。
【男子10番遠山 慶司 死亡】
【女子17番黛 風花 死亡】
【優勝者・男子3番鵜飼 守】
森は愕然とした。
これで自分の軍での立場は無くなる。鵜飼の優勝はそれを示していた。
だが、その結果は当然と言えた。「刃狼」と言われ、現在も最精鋭の部隊に所属する鵜飼に、本条やデビットの様な現役兵士が混ざっていても勝てる確率は低かったはずだ。
そもそも、こんなプログラムに参加させたという総統の考えも・・・・
そう思った時、森にある考えが浮かんだ。
鵜飼に賭けているというトトカルチョ参加者・・・・ 鵜飼の普通のプロフィールでは買う者などいないだろう。
だが、「本物」のプロフィールを知っている者がいれば・・・ これほど安全かつ確実な「賭け事」はない。
つまり・・・、このトトカルチョは・・・できの悪い「八百長レース」だ。いや、おそらく鵜飼の正体を知りえる大物人物の悪戯ともいえるだろう。
例え、このトトカルチョに不満を持って委員会に圧力をかけて、正体を知りえても危害を加えられないほどの、超大物・・・
それに該当する人物は数えるほどだ。それが総統閣下だという可能性は、非常に高かった。何せ、自ら派遣を命じたほどだ。
だが・・・、憶測でしかない。一介の少佐如きでは、手出しできる相手でもないだろう。
怒りよりも、絶望が混じっていたといえる。
こんな気持ちを担当官が味わうなんて、俺くらいか・・・
そんな感じだった。そして森は「最後の仕事」をするために、放送のスイッチを入れる。
「おめでとう! 出席番号3番、鵜飼 守君! 君が栄光の勝利者だ。今から禁止エリアを解除するから、スタートした廃校まで戻ってきたまえ!」
最後の空元気を出して、職務をまっとうする。
周りにいた兵士たちは、森が気の毒でならなかった。
普通なら、担当官というのは、一般的な軍人ではなることはできない。ある程度の地位とキャリアが必要なのだ。
名誉の証とも言える担当官という職務が、自分の地位と名誉が失墜することになるとは夢にも思ってもいなかっただろう。
だが、そんなしんみりとした空間を切り裂く音が響き渡った。
静かな山奥だから聞こえる音であったが、遠くから聞こえる・・・爆音。
「・・・・何だ?」
すでにプログラムは終了しているはずだ。優勝者である鵜飼に戦える相手はすでに存在していないはずなのだ。
それなのに、なぜ爆音が響き渡る?
それが気になり、森は爆音の聞こえた方角を見てみる。しかし、さすがに視界に入る距離で爆発が起こったわけではない。だが、黙々と黒煙が上がっているのが、山を隔てて見えた。
「おい・・・、一体どうなっている!」
ただでさえ、予想外のプログラム展開。ここへ来てさらにトラブルがあれば、昇進どころか、降格もありうるぞ。
そういった意味で森はさらに体が冷える感覚がしていた。
「爆音が聞こえた方角には何がある?」
モニタを確認している兵士に語りかける。
「ハッ! ・・・・診療所があります!」
診療所・・・・、さきほど優勝者を決める闘いが行われた場所だ。そこで再び爆音が聞こえた・・・・ どういうことだ?
森はもういても立ってもいられず、通信機をとる。
それは、鵜飼にこちらからかけるなと禁止されている行為であった。だが、これは緊急を要するのだ。もうそんなことを言っていられない。
そして通信機にスイッチを入れる。
「鵜飼中将! 応答してください、鵜飼中将!」
かなり大声を張り上げて、呼びかける森。すると、少し間を置いてから聞き覚えがある声が返ってきた。
「こちら鵜飼だ。森担当官、何事だ・・・」
もし鵜飼にトラブルがあれば、本当に地位の問題になっていただけあって、森は胸をなでおろす。
「あ、いえ、ご無事だったのですね。いや〜、さきほどそちらの方角から爆発音が聞こえまして・・・・ それで中将殿の御身に何かあったのではないかと思いまして・・・・」
「ああ・・・、さきほどの爆発か。あれは私がやった」
それはあまりに予想外の答えだった。森も一瞬、思考が停止する。
「は・・・・?」
「聞こえなかったか? あれは私がやった。ちなみにこちらはすでに山火事になりつつあるから、至急消火活動に当たってくれ」
「な、なぜですか・・・・? すでに戦闘は終わっていたはずでは・・・」
「・・・・残った二人が、私の逆鱗に触れて・・・・な。とりあえず怒りのままに殺したはいいが、それでも怒りは収まらず、手榴弾とグレネードで木っ端微塵にしてやった・・・ だからだ」
思わずゴクリと唾を飲み込む。この方の怒りを買ってしまうとそれくらいのことをやりのけてしまう。改めて、この方が『刃狼』と呼ばれた存在なのだと知ったような気がした。
「それと・・・森君」
「は、はい!」
急に声色が変わった鵜飼に森は声が裏返った返事をしてしまう。
「診療所のガスはどうやら切れていなかったようだぞ。水道・電気・ガスは切ってあるのではなかったのか?」
「え!」
「私の怒りに触れた二人を粉微塵にした後、火が上がりガスに引火して大爆発を起こしたのだ。その火が山に飛び火して火事になっているのだ。危うく私も爆発に巻き込まれるところだったのだぞ」
本当に鵜飼中将は怒り心頭のようだ。このままでは、その怒りの炎がこちらに飛び火してくる可能性も否定できない。
「も、申し訳ございません! こちらの不手際でして・・・・ 以後、このようなことがないように、全力を持って・・・」
「・・・・まぁいい。すべてを焼き尽くすにはちょうどいい炎だろう。バラバラに吹き飛ばした上に、この炎・・・だ。おそらく肉片すら残らんだろう。それに・・・、君に次はないだろうからな」
最後の鵜飼の言葉に顔が青ざめる思いだった。
「かなり遠くにいる上に、風下を避けるために多少迂回してそちらに戻るだろうから、少し時間はかかる。余計な心配はせずに、おとなしく待っていろ。では、通信を終わる」
通信はそこで終わった。森には、もはや生気は残っていなかった。あるのは絶望だけだと知ったからだ。
もうゆっくりと休みたい。
心労に疲れたサラリーマンのような顔つきに変わった森は、部下である兵士こう命じた。
「・・・・消火班を診療所付近に出せ。今・・・すぐだ」
こうして、1994年度21号プログラムは終焉を迎えた。
最後の鵜飼の激怒の業火は、すさまじい灼熱の火炎となって、診療所周辺の森林を悉く焼き尽くす炎に変貌していった。
消火活動はゆうに5時間も行われて、ようやく鎮火するに至るほど激しいものだった。
鵜飼は疲労の回復と傷の処置を行ってからプログラム本部である廃校に戻ってきた。
迂回ルートに加えて、ゆっくりと帰ってきたせいか、日はすでに真上に昇っている時間帯であった。
そして帰還用のヘリコプターがある駐屯所まで軍用車両を走らせる。
だが・・・、森を含む本部の兵士たちは愕然とする。
南にある駐屯所は壊滅状態に陥っているからだ。
「こ・・・、これは!」
その異常といえる光景を目の当たりにして、次々と車両から降りる兵士たち。
そして・・・、その後思いもしない展開が待ち受けていた。
鵜飼は車両から出ずにじっと車の中で待っていた。そして、外からは銃撃と爆発音、悲鳴と叫声が聞こえてきた。
その数分後、静寂が訪れる。
車の窓越しに広がる世界、それは血と腐臭と硝煙が立ち込める地獄であった。
鵜飼はゆっくりと車の扉を開き、外に出てくる。外には数人の人が、銃器を構えて佇んでいた。
その人物たちが立っている死体が転がる地面の中で、虫の息ながらも生きている人物がいる。
森 滋郎、このプログラムの担当官だ。
「お、お前・・・ら・・・・、いっ・・・・たい・・・」
そんな森に止めを刺さんと、一人の人物が銃を構える。
照準はもちろん、森の額。その言葉が、森が聞いたこの世で最後の言葉だった。
「ロイヤルガード」
ドォン!!!
「お疲れ〜、ウルフボーイ♪」
そうやって、駆け寄ってきたのは、同僚であるロイヤルガードの一員、「マルサ」と呼ばれる女だ。
「どうやら、ずいぶんてこずったようじゃないかよ?」
そう言って嬉しそうな、嫌味ったらしい笑みを浮かべているのは、「バルザック」と読んでいる中年男だ。
「・・・・フン。それよりも早く帰りたい。ヘリはどこだ?」
「奥に用意してあるわよ。さすがに傷が痛むのね・・・、やけにしおらしいじゃない?」
「へっへっへっ、まぁ今回は見逃してやるとするか。ブレイドウルフちゃんよ」
マルサとバルザックの、嫌らしいやり取りには耳を傾けずに、ヘリに乗り込もうとする。
「しかし、総統閣下もこんな簡単な仕事くらい、他の奴に任せてもいいんじゃないか?」
「より確実に・・・、ってことだろうよ」
他のロイヤルガードのやりとりが聞こえてくる。
そう、すべては計画通りだった。
反政府軍をあぶりだすために、ある程度計画を成功させるように見せかける必要があった。
そのために南駐屯所は全滅もやむなし、というのが総統の判断だった。
そして生徒に紛れた「刃狼」が反政府軍を壊滅させ、反逆者の抹殺および、反政府組織の情報を入手する。これが大元の計画内容だった。
だが、一つだけ気がかりな点もあった。一箇所とはいえ、専守防衛軍から死傷者が出るのだ。
そのことが大衆に知れ渡ることは間違いない。
それが反政府軍の襲撃だとわかった場合には、世間に与える印象は多少懸念するところでもあった。
そこで「南駐屯所の壊滅」は、「反政府軍」の仕業ではなく、「プログラム本部の反乱分子」のせいにしてしまおうと考えたのだ。
後のこの「事件」はこのように報道されている。
プログラム本部の兵士達は、実は米帝のスパイであったことが判明した。プログラム終了後、彼らは勇敢な優勝者を米帝に売り渡そうとして、 南の駐屯所兵士が油断している隙に全員を手際よく全滅させた。そして、駐屯所の物資と優勝者を手土産に米帝に渡ろうとしていた。
だが、それを察知していた政府は、極秘に派遣した専守防衛軍の精鋭によって、未然にこの反乱を鎮圧。首謀者の森 滋郎を含む、すべての反乱兵士を射殺した。この戦闘の際に、優勝者は、首謀者の森によって殺されたことが判明した。
国賊が優勝者の命を奪うという悲劇に繋がったが、政府は二度とこのような事態が起こらないように、確固とした体制でプログラムを運営していくことを約束した・・・・・・と報道している。
この報道に国民は納得し、専守防衛軍の精鋭ぶりと、政府への反乱の愚かさを植えつけることとなった。
さらに人選も完璧だった。
担当官の森を含む、プログラム本部の兵士たちは、何かと問題のある、いわば軍部でも扱いに困る人間だったのだ。だから、このような汚名を着せて、殺すことに何の不都合も無かったといえる。
これは、政府が作り上げた完璧な「シナリオ」なのだから。政府が作り上げる事実こそ、この国では真実に成りうるのである。
「さぁて、帰るか」
他のロイヤルガードのメンバーも続々と乗り込んでいく。
その中で晴れない顔をしていたのが、鵜飼であった。晴れない顔をしながらも、鵜飼はヘリに乗り込んだ。
ヘリは真っ直ぐ、鵜飼たちがあるべき場所へと戻っていく進路をとっていた。
「どうしたんだよ、ブレイドウルフ。浮かない顔をしてよ」
バルザックは沈んだような表情をしている鵜飼に問いかける。すると、薄ら寒いような笑いを浮かべて、鵜飼はこう言い放った。
「何でもないさ・・・・ 別に・・・・な」