BATTLE ROYALE
死線の先の終末(DEAD END FINALE


75:霧晴れのち・・・

 鵜飼は休憩を取っていた。
 部屋はこの2年、勤めてきた近衛隊待機室。外は夏にもかかわらず大荒れの天気で、雷を伴った大雨だった。
 数度呼吸をして、息を整える。これから行く場所は・・・、総統閣下の部屋。
 自分はプログラムに関する報告をしなければならない。
 その報告書も手中にある。崇高かつ、偉大な総統閣下との謁見。

 だいぶ落ち着いてきたようだ。呼吸が安定して、心音も正常に戻ったようだ。
「さて・・・・・、行くか」
 そして、ゆっくりと立ち上がり、足で地面をしっかりと感じ取るような足取りで、その部屋を後にした。
 部屋に着く前に、色々なことを考えていた。これまでのこと、プログラムでの出来事、これからのこと・・・・

 それらを考えているとすぐに総統閣下のお部屋に到着した。
 ゆっくりとした手つきでノックをする。
「総統閣下、ブレイドウルフです」
「入れ」
 その返事の後に、荘厳とした扉を開ける。そして自分の眼前には、この国の頂点たる総統閣下が、そこにはいた。
「待っていたぞ」
「遅れてしまいまして、申し訳ございません」
 深々と頭を下げる鵜飼。本当は報告の時間より少し遅れた程度だったが、それでも非礼に値する行為だった。

「いや、別にいい。それよりプログラムにおいての報告をしろ」
「はっ。事前の情報提供により、反政府組織同盟『革命の月』がプログラム妨害及びプログラム参加者の拉致のために、長野県某所のプログラム実施会場に襲撃を仕掛けてきました。この襲撃で、南部駐屯所に待機していた専守防衛軍兵士は全滅。その後、プログラム本部に奇襲を仕掛けようとしていた反乱分子8名を抹殺いたしました」
「ふむ、それで?」

「反政府側のスパイは、専守防衛軍少年予備隊所属であり、プログラム参加者でもあった本条 龍彦。そのことは私の能力で判明いたしました。本条も私が抹殺いたしました。そのさい、『革命の月』に関する情報を多少入手できました」
「それは何だ?」

「彼らの作戦指揮者の名前です。三村 真樹雄、どうやら彼がその組織の幹部の模様です」
「ふむ・・・・、で?」
「優勝決定後、潜伏場所を奇襲しましたが、すでに退去しており接触することができませんでした。さらに本隊の方も撤収したようです」
「ふむぅ・・・・」
「事後処理として、当初の計画通り、プログラム担当官を反乱の首謀として、本部兵士たちの抹消を実行。ロイヤルガードが執行に当たり、任務を完遂。これによって、ロイヤルガード・ブレイドウルフの存在を知る者はいなくなりました。以上、報告を終わります」

 一通りの報告を終えて、鵜飼はその場に佇む。総統閣下はというと、あまり表情が思わしくない。
「・・・・反政府組織の全滅までは、いかなかったのか?」
「ハッ・・・、早期に撤退作業を行っていただけあって、すでに退去ずみでした」
「ふむぅ・・・、まぁお前が言うのなら間違いないだろう・・・」
「では、報告はこれでよろしいですか?」
「うむ、ご苦労だった」

 そうやって、総統閣下は椅子に深く腰掛ける。鵜飼も顔つきが少し和らいだ。
「それでは、次の任務に移らせていただきます」
「次の・・・? 私は命じた覚えはないが・・・」
「はい。総統閣下の命令ではありませんが・・・」
 そうすると、鵜飼の表情が一気に険しくなる。そして懐から何かを取り出す。
「総統・・・、あなたの命を頂くという任務を・・・・、遂行したいと思います」

 二人の間に緊張した空気が張り詰める。
 鵜飼が抜いたのは、紛れも無く拳銃だ。H&K USPの銃口が確実に総統をとらえていた。
 鵜飼の殺気が作り出す、緊迫した空気がその鵜飼の殺人予告が本気だということを証明していた。
「・・・・本気かね、ブレイドウルフ」
「ええ、本気です」
 拳銃を向けられているというのに総統の落ち着いた態度はさすがとも言える。鵜飼も表情を一切曇らせることもなかった。
「もうすぐロイヤルガードや警備の人間が来る。生きてここから・・・」
「それなら無駄ですよ」
 鵜飼は平然とした態度で、総統の言葉を遮った。
「すべて殺しました。警備も、もちろんロイヤルガードもです」

 その鵜飼の発言にはさすがの総統も驚くしかなかった。警備はともかく、防衛軍最精鋭のロイヤルガードの全滅など、ありえなかったからだ。
「な、なんだと・・・」
「どうやら『刃狼』の言葉が効いていたみたいで。私は刀を使って殺しをすると・・・ それはロイヤルガードの連中でも例外ではなかったようです。だから隠し持っていたナイフで一人ずつ、静かに殺しました。まぁ、元々気に喰わない連中でしたし、あまり躊躇はなかったですよ」
 一切表情を変えようとしない、鵜飼の鋼鉄のような顔に総統も冷や汗をかき始めていた。

 思えば、本当にここまで死の危険を感じることがあっただろうか?
 精鋭に守られ、政府という力で自分を守ってきたこの男が感じる、初めて体験する最上級の暗殺の恐怖・・・
 それはすべてを手中にしたこの男でも例外ではなかった。
「急に・・・、私に叛旗を翻すなど・・・ 一体何があったのだ?」
 鵜飼は忠実な総統の僕だったはずだ。プログラムに行く前の謁見まではなんとも無かったはずだ。
 だから信じられなかった。鵜飼のこの変貌ぶりに。
「・・・・気づいたんですよ。謙信との約束の意味を」
 唐突にそういった意味を総統は理解することができなかった。

「あいつは国を守ってくれと言った。だから、国を司るあなた・・・総統閣下を守ることがあいつとの約束を果たすことだと思ってきた」
 そうやって、険しくなっていた鵜飼の表情が少しずつ和らいでいく。
「でも、プログラムで違和感に気づきました。あなたに歯向かう輩や、あなたの任務の遂行のために邪魔な人を殺すたびに、私の心は苦しんだ。なぜだ、と思っていました。自分は約束を果たそうとしているのに・・・ そう、ずっと苦しんでいた。そして、気づいたんです。自分が今やっている行為こそ、謙信との約束を破っているということに」
 そして、鵜飼の視線が鋭く総統に突き刺さる。
「あいつは国民を守ってくれとも言った。それこそが真実だったんだ。あいつは国を成すのはトップではない。『人民』こそが国を成す基なんだということが言いたかったんだ。だから・・・、私は今まで間違っていたんだ・・・」

「それで・・・私を殺そうとするのか? 私が人民の敵だと」
「そうとは言っていません。あなたを殺す理由は二つ。一つは、間違っていた私自身を殺すために。もう一つは・・・・任務です」
「・・・・反政府組織に頼まれたのか?」
「・・・・・」
 肯定とも否定ともとれる沈黙を、鵜飼は取った。この機会を総統は見逃すはずもなかった。一気に鵜飼に畳掛けようとする。
「よく考えてみてみろ。どちらの政治が国民のためになっているのかを! 抑圧されながらも完全な統率がなされた国の国民と、自由ながらも権力が分散する国の国民のどちらが幸せかを! 自由は諸刃の剣なのだ。抑制しながらも、幸せを感じることができる政治こそ、究極の政治体制なのだ。この総統中心の大東亜共和国こそ、究極の国家なのだ!」

 総統と言う前に、この人は民衆をひきつけるカリスマ政治家なのだ。その言葉には説得力がある。
 だが、鵜飼にはどうでもよかった。
「どうでもいいのですよ。そんなことは」
「なっ・・・・」
「すべてを選ぶのは、最後は国民だと信じています。独裁か、崩壊か、この国の未来を・・・ね。私は・・・・、その流れに任せてみようと思います。そして、私は任務を果たすだけ」
 そうやって、USPの引き金にかけてある指に力を込める。

「無駄だぞ、私は・・・」
「影武者でしょう。本物の総統・・・・のね」
 もはや驚愕するしかなかった。総統はもはや冷静な顔をしていない。まるで怪物を前にして怯えているようにも見えた。
「私の能力をご存知でしょう。そして、それも関係ない。私が欲しいのは・・・・、総統の命」
 その場には、二つの存在しかなかった。
 暗殺者と、暗殺される者の、二種類しかいなかった。

「待っ・・・・・!」
「さようなら」

 ドォン!!!

 こうした総統暗殺とロイヤルガード全滅という事件は、決して表舞台にでることはなかった。
 総統の影武者は替え玉がきく存在だったし、ロイヤルガードは元々、戸籍に存在しない人物で構成された上に存在を知るものが少ない部隊であった。
 さらにこのような暗殺事件が明るみにでれば、政府の威信に関わる重大問題に発展しかねない。
 それゆえに、政府上層部とトップである総統はこの事件を闇に葬ることを決定した。

 そして、それ以来鵜飼も姿を消した。
 その存在をも政府は闇に葬ることを決めた。
 下手に刺激すれば、暗殺の危険性があったし、何より総統の屋敷にこのような血文字が残されていたからだ。
『私はもう干渉しない。だから私にも干渉するな。すれば、地の底までも追ってその者を殺す。 刃狼』
 世の中で最も政治家たちが恐れるものは暗殺だ。その道で一流で通る鵜飼を敵に回したくなかったのであろう。
 政府は鵜飼に関しては、不干渉という方針を決定した・・・・・・


 鵜飼は一通りの旅支度を整えて、ある場所に向かっていた。向かった先はある漁港・・・
 もちろん、鵜飼とて大東亜共和国を敵に回したのだ。この国では普通の生活など、できるはずもない。
 だから、海外に渡るのだ。準鎖国政策を取っているだけあって、海外での大東亜の監視の目は厳しくはない。
 そういった意味で、鵜飼は海外に亡命するつもりだった。

 そして漁港につくなり、鵜飼は二人の人物にあった。
「・・・・来たな」
「そのようだね・・・」
 そこにいたのは二人の中年男性。
 この二人を鵜飼は知っていた。反政府組織『革命の月』の成瀬 省吾三村 真樹雄だった。

「どうも・・・」
「それで・・・・成功したのか?」
 成瀬が答えを聞いてくる。
「ええ・・・・、ロイヤルガードと総統の暗殺に成功しました。これが証です」
 そうやって、何かを成瀬に手渡す。それは血で汚れた階級証であった。もちろん、総統のものもある。
「・・・・確かに」
成瀬さん・・・・、あなたは私を憎んでいますか? 部下を殺した・・・私を」

 二人の間に重い、沈黙した空気が流れる。鵜飼は何も表情を変えず、成瀬はあまりいい表情をしていなかった。だが成瀬の表情が急に穏やかになる。
「憎んでないといえば嘘になるかもしれない。だが・・・・、君も犠牲者だということは重々承知している。だから・・・・、許すよ」
 自分の部下を殺された成瀬にとって、今できる精一杯の言葉だった。
 成瀬はその言葉を言って、鵜飼に対してそっぽを向いてしまった。
鵜飼君、今はこれで・・・」
 鵜飼の肩に手を置く三村。そして軽くお辞儀をして、その場を後にした。
「ありがとうございました」
 そう一言言い残して・・・・

「すまなかった・・・・ また君の手を汚すようなことをさせてしまって・・・・」
「いいんですよ。私が持ちかけた取引ですし・・・ それで手筈は整っているのですか?」
 自分が密航する船まで案内してもらう形で、鵜飼三村は歩いている。
「ああ・・・、直接は無理だから韓半まで密航船を出して、そこから華国に入ってもらう。そしてそこから飛行機で米国に亡命させてもらう手筈は整っているよ」
「そう・・・・ですか」

 そうやって、周囲の様子を伺う鵜飼
「反政府組織に入るという話・・・、やはり承諾してくれないかね?」
 三村鵜飼の表情を覗き込むように言葉を口にする。
「・・・・・・私は、やるべきことがあるんです。それを果たすまでは・・・・、先を考えることはしないことにしているんです」
「それは・・・・、あの二人の・・・、ことなのかな?」
 そうやって、船の入り口に視線をやる三村。そこには、こちらを見て手を思いっきり振っている二人の人物の姿が見受けられる。
 その二人を見て少し顔が綻んだ鵜飼は言った。
「そうです・・・ね」

                           


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