BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


10


「次、男子13番! は、もう死んでるのだったな。では、女子13番!」
  川渕の声が響いた。
  奈津美は、静かに立ち上がった。
  震えていても何のメリットもない。ここは開き直るのみと思いたかったが、先程の藤井清吾の薄ら笑いが目の奥にこびりついて離れなかった。
  背後にいる石本竜太郎や松崎稔に合図を送りたかったが、振り向くとまた清吾と目が合ってしまうような気がして、そのまま出て行くしかなかった。勿論、川渕を睨み付けるのだけは忘れなかった。本当はついでに"あかんべえ"もしたかったのだが、それでいきなり処刑されたら、あまりにも悔いが残りそうなのでやめておいた。デイパックを受け取り、階段を駆け下りた。とにかく今は、外で待ってるはずの奈津紀と合流することが先決だった。無論、奈津紀が無事である保証はない。前に出発した
服部伸也(男子12番)塩沢冴子(女子11番)に襲われている可能性もありうるだろう。しかし、少なくとも銃声や悲鳴は聞こえていないから大丈夫なのだろうと思った、いや思いたかった。気分を落ち着けるためにも、目の前のトイレに寄りたかったのだが、清吾が出てくる前に少しでも体育館から離れる必要があった。無鉄砲に外へ飛び出すのはどう考えても危険なので、出口で立ち止まり、頭だけを外に出し注意深く左右を見た。満月に近い月のおかげで、比較的明るい。壁にもたれかかって立っていた奈津紀を見つけるのは造作もなかった。
「奈津美!」奈津紀が叫びながら抱きついてきた。2人はしっかりと抱き合ったが、奈津美はすぐに大事なことを思い出した。
「ゴメン、奈津紀。話は後。急いでここから離れたいの」
  奈津紀は理由を訊かなかった。
「わかった。とにかく、むこうの林の中まで急ぎましょう」
「うん」
  2人は手を握り合い、いつも卓球の試合の前にするように気合を入れた。
  四方に気を配りながらも、急ぎ足で林を目指した。草が脚に絡みつくが、かまってはいられない。2人にとっては、先刻
城川亮(男子7番)が駆け込んだ場所と少しずれていたのは幸運だっただろう。いきなり木原涼子の遺骸を見なくてすんだのだから。
  林の中の獣道に入り、後方を確認した。少なくとも、清吾の姿はない。もはや遠方から奈津美たちの姿は見えないはずなので、どうやら一安心だ。
  勇一たちとの待ち合わせ場所までは、まだ遠い。
  少し道幅が広くなったところで奈津美は立ち止まった。
「さっきから言おうと思ってて言えなかったけど、シチュー勧めちゃってごめんね」
  奈津紀は目を丸くした。
「何言ってんのよ。そりゃ、食べなければ眠らされずに済んだかもしれないけど、1人だけ起きていたら、きっと兵士たちに殴られて気絶させられたか、あるいは速攻で殺されたかもしれないじゃない。どうせ逃げられはしなかったわよ」
  奈津紀は一呼吸置いてから続けた。
「そんなことよりね、さっき階段を下りた後、兵士の控え室を覗いてみたの」
  今度は奈津美の目が点になった。さっきまで自分よりも震えていた奈津紀にそんな度胸があるとは・・・ ま、開き直った女って結構強いんだけどね。
「それでね。何台かのコンピューターがあって、20人位の兵士がいたの。でも、コンピューターに向かっている兵士以外はだらけきっててさ、銃とかは机の上に放り出してあるし、第一あたしが覗いているのもわかんないみたいでね、もし手元にマシンガンでもあったらぶっ放してやろうかと思っちゃった」
  そこで奈津美は思い出した。デイパックの中に武器(とは限らないけど)が入っていることを。あくまでも戦う気はない。けれども、襲われた時に無条件に首を献上したくはないから、護身のために一応確認しとかなくっちゃ。
  デイパックのジッパーに手をかけた。その時だった。
  低くてゆっくりした、なんとなく地獄の底から招き寄せるような声が響いた。
「とおやまー」と。
  奈津美は、全身の毛が逆立つのを感じた。おそらく奈津紀も同じだろう。
  1人なら絶叫して逃げ出すところだが、ここは2人いることの強み。手を握り、半歩後ずさりしながらも、2人は声のした方を見据えた。若干逃げ腰の姿勢ではあったけれど。
 どちらからともなく言った。
「誰よ。出てきなさいよ」
 茂みの中から、黒い影がゆらりと立ち上がった。暗くて顔はよく見えないが、自分から名乗った。
「俺だよ、遠山。黒野だよ。驚かせてゴメン。ほら、銃声もしただろ。怖くてここに隠れていたら君たちが来たんだ。1人じゃ心細いんだ。一緒に行動してくれないか。頼むよ」
 クラスでも、わがままで自分勝手なことで有名な
黒野紀広(男子6番)だった。少なくとも、積極的に仲間にしたいような相手ではない。
 紀広は茂みの中を一歩ずつ奈津美たちに近寄ってきた。見たところ手には何も持っていないようだったが、奈津美が制した。
「一寸待って! 悪いけど、貴方の武器を確認させて」
 紀広は、言われた通りに立ち止まって答えた。
「ああ、ゴメンゴメン。隠してたら不安だよね。実はとんでもないハズレでさ、これなんだ」
 言いながらポケットから取り出したのは、どうやら缶切りのようだった。
 奈津紀が笑いながら言った。
「それは悲惨ね。まあ、あたしたちはまだ確認すらしてないけどね」
「そうだろ、悲惨だろ。これじゃ、襲われたらイチコロだ。君たちなら信用できる。頼む、仲間になってくれ」
 奈津紀は、奈津美に耳打ちした。
「女だけでいるより、ボディーガードとして使えるんじゃない?」
 奈津美はなんとなく心に引っかかるものがあったが、結局条件付で承知することにした。
「いいわよ、黒野君。だけど、念のためにその缶切りも没収させてもらうわ。それでもいい?」
「それは、あんまりじゃない? 奈津美」
 奈津紀が非難したが、奈津美は譲らなかった。
「解ってるの? 奈津紀。命が懸かってるのよ」
 紀広も奈津美に同意した。
「当然だよ。それぐらい慎重でなければ、多分このゲームでは生き残れない。俺は、ますます君たちを信用するよ」
 そして、缶切りを投げてよこした。缶切りは、ちょうど奈津美の足元で1回転して止まった。
「いやあ、有難う。信用してくれないんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」
 言いながら紀広は、もう獣道の端まで来ていた。奈津美たちも一歩進み出た。両者の距離が3メートル足らずになったとき、突如紀広がダッシュをかけ、奈津美の左手にいた奈津紀に体当たりを食らわせた。
 奈津美は一瞬何が起こったか判らなかった。
「うぐっ・・・」
 奈津紀の口から漏れた力ない呻き声でわれに返った。そう、第一体当たりされた奈津紀が吹っ飛ばされずに紀広と密着しているのがおかしい。
 奈津紀、どうしたの? 黒野君、奈津紀に何したのよ、一体?
 答えは、すぐに出た。口を開けたままの奈津紀の体がゆっくりと沈んでいき、仰向けに倒れた。上腹部に刃物のようなものが深々と刺さっているようだった。おそらく紀広は学生服の裏に刃物を隠していて、それを抜きながら体当たりしたのだろう。
 紀広は、しゃがんで刃物を抜き取ろうとしながら奈津美を見上げた。さっきまでの怯えきったような顔が、今は不敵な笑みに満ちている。
「悪いな。俺はこうすることにしたんだ。お前もすぐに楽にしてやるからな」
 一瞬金縛り状態だった奈津美だが、理性を取り戻すのは早かった。
 刃物が抜けた後では勝ち目は薄い。その前に勝負をつけねば。ま、そんなに深く刺したら簡単には抜けないでしょうけど。
 かつて、時代劇の好きな兄の恵一が言っていた。
 "本物の刀ってのは2人も斬ったらボロボロで、倒した相手の刀を奪わないととても戦い続けられないらしい。まして、深く刺してしまったら抜くのも大変だ"と。
 焦っていることもあったが、実際に紀広はなかなか刃物を抜けないようだった。今なら、紀広を突き飛ばすことは可能だろう。しかし、そうすると紀広と素手での格闘になることが予想され、あまり賢明ではなさそうだ。といって、奈津紀を見殺しにして逃げ出すわけにもいかない。
 一寸待って・・・ 黒野君に声を掛けられる前に、あたしは何かをしようとしてなかったっけ。 ・・・そうだ! 武器を確認しようとしてたんだ。
 奈津美は、急いでデイパックを開けて中を探った。幸運なことに、そこには銃の感触があった。急いで取り出し、紀広に向けて銃を構えた。
 さあ、早く立ち去らないと撃っちゃうよ・・・
 が、つぎの瞬間には戦慄が奈津美の体を稲妻のように走り抜けた。
 しまった。弾を込めてない・・・
 けれども、慌てたのは紀広の方だった。刃物が抜けないために冷静な判断が出来ず、恐怖ばかりが先に立ったようだ。銃を一目見るなり、ひっと叫んで何も持つことなく一目散に逃げ出した。紀広の姿は、瞬く間に夜の闇に飲み込まれた。
 奈津美はどっと奈津紀に駆け寄り、上半身を抱き起こした。外部への出血は少なかったが、顔色の蒼白さを見る限り、腹腔内に大量出血していることは明らかだった。呼吸も浅く弱くなっており、すでに緊急手術をしても助かりそうにない状態だった。
「奈津紀! しっかりして、奈津紀!」
 肩を揺すりながら大声を上げると、奈津紀はそっと目を開いた。既に、焦点が合わないような目付きだった。苦しそうに呼吸しながらも何とか言った。
「奈津美の言うとおりだった。命が懸かってるというのにあたしったら・・・ あたしのぶんも生きてね。絶対、生き残ってね・・・ そうだ。奈津美に言っておきたいことが一つだけ・・・ 実はね、あたしも河野君が好きだったの。ごめんね、奈津美。河野君に会ったら伝えてね・・・ お願い・・・」
 突如、ゴボッという音と共に口から大量の鮮血を吐き出し、首は後方にガックリと垂れた。それきりだった。
「奈津紀! 冗談でしょ。起きてよ、奈津紀!」
 奈津美の必死の呼びかけにも、もはや何の反応もなかった。
 奈津美の無二の親友、遠山奈津紀はこうしてあっけなく涅槃へ旅立ってしまった。

女子12番 遠山奈津紀 没
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