BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
9
体育館では、2分毎の出発が続いていた。
川渕の声がした。
「よし、女子9番!」
指名された坂持美咲は、無言で立ち上がるとクラスメートの誰とも視線を合わせずにさっさと出て行こうとしたが、川渕が呼び止めた。
「坂持、お前には期待しているからな。頑張ってくれよ」
右手を、美咲の左肩に軽く置いている。
奈津美は、顔をしかめた。
今までの誰にも声を掛けなかったのに、美咲にだけ何故?
期待してるってどういうこと? 美咲があたしたちを殺しまくることを期待してるわけ?
奈津美が持っている美咲のイメージはこんなものだ。
クラスで1,2を争う優等生。容貌もトップクラス。運動神経もいい。性格は極めてクール。ただ、親しい冷泉静香と話している時だけは、笑顔も見せている。
奈津美としては、どちらかといえば敬遠したいタイプで、クラスメートをクールに殺す可能性もありそうに思えた。第一、拉致された後の憎らしいほどの落ち着きが、薄気味悪かった。
しかし、美咲の反応は意外なものだった。
肩に留まった虫を追い払うかのように川渕の手を払いのけると、落ち着いた声で言った。
「悪いけど、あたしは貴方に期待されるような点は何もないわ」
そして、川渕をじっと見詰めている。美女と野獣のにらめっこのようだった。
兵士たちが銃を構えたが、川渕は目で制した。なぜか、急に笑い出した。
「はははは。気に入ったぞ。さすがは、坂持だ。よし、行ってこい」
美咲は笑わなかった。相変わらずの冷めた目で答えた。
「言われなくても、行きますよ。これ以上、貴方の顔は見たくないし」
そして、足早に出て行った。軽やかな足音はすぐに聞こえなくなった。
と、その時だった。体育館の外から、ぱん、という音がした。数秒置いてもう一度・・・
奈津美の体が思わずピクッと反応した。
今の音って、ひょっとして銃声?
勇一を見た。勇一は、忌々しそうに言った。
「クソッ、始めた奴がいるか・・・」
うつむいた奈津紀が、「冗談・よ・ね・・・」と呟くのが聞こえた。
川渕が嬉しそうに口を開いた。正しく満面に笑みを浮かべていた。
「聞いたなあ、お前たち。あれは、銃声だ。いい子が早速始めているぞ」
そして、兵士の1人に目配せをした。兵士は階段を駆け下りていった。
間もなく戻ってきた兵士は、川渕に耳打ちをした。
川渕の表情がさらに明るくなった。
「いい知らせだ。誰とは今は言わないが、早くも1人死んだぞ。さ、分かったな。もうゲームは、始まっているのだ。頑張って、どんどん殺しあうのだぞ」
周囲のクラスメートたちの様子が明らかに変化してきた。
殺気を漂わせる者、すすり泣きを始める者・・・
ふと、藤井清吾(男子14番)と目が合った。清吾はニヤリとうすら笑いをした。奈津美は、またもや身震いした。
・・・やる気だ。藤井君、あたしを殺す気だ。
冗談だと思いたかったが、あの表情は・・・ しかも清吾の出発は、奈津美の次だ。
本当は松崎稔(男子16番)や真砂彩香(女子16番)を体育館の側で待って合流したいと思っていたが、それは断念するしかなさそうだった。
勇一が言った。
「ますます悪い状況になって来やがった。とにかく合流するように全力を尽くそう。しかし、もはや何が起こるかわからん。でも、君たちは絶対に離れちゃダメだぞ。2人でいれば、知恵も勇気も戦闘力も、単独の場合の2倍以上になる。いいね!」
奈津美は、口を尖らせた。
「戦闘力って? あたしは、戦う気はないよ」
勇一が、語気を強めた。
「それなら、もし襲われたら黙って殺されるつもりか? 戦闘力ってのは、攻撃だけじゃないんだ。君たち2人なら、絶妙のコンビネーションプレイで身を守ることが出来るはずだ」
確かに、奈津紀とは阿吽の呼吸で動ける自信はある。2人は卓球部で、いつもダブルスのコンビを組んでいるのだ。
2人は頷いた。2人の間で出発するはずの樋口勇樹は既にそこで屍を曝している。だから奈津美と奈津紀は連続して出発できる。極めて不謹慎だが、2人にとってはちょっとした幸運だったかもしれない。
富崎勝利(男子10番)に続いて、佐々木はる奈も出て行った。はる奈は、一瞬奈津美を振り返った。
その目は、“運がよければ、会おうね”と言っているように、奈津美には思えた。
はる奈、だめよそんなの。運がよければじゃなくて、必ず会うのよ。
そして、勇一の番が来た。
勇一は奈津紀と奈津美の手を握り締めた後、サッと立ち上がった。
さらに、後方の石本竜太郎(男子1番)と目配せしあった後出発した。
もう、奈津美の方を振り返りはしなかった。
<残り39人>