BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜



 
城川亮(男子7番)は、順番が回ってきた時震えながら立ち上がった。
 亮は、クラスでも屈指の小心者だった。とても怖くてたまらなかった。川渕と兵士も怖かったが、クラスメート達も怖かった。しかも不運にも立ち上がる時、そばにいたクラス一のお嬢様、
冷泉静香(女子20番)をうっかり見てしまった。静香は、とても馬鹿にしたような表情をしていた。
 男のくせに震えちゃって。ちゃんと、アレは付いてるの?
 という顔だった。
 亮はますます震え上がった。女の子にまでなめられている。ああ、怖い。
 うつむいて足が前に出なかった。
川渕の呆れたような声がした。
「何だ、城川。この場で処分されたいのか?」
びくっとした亮は、顔を上げた。既に兵士たちが銃を構えている。亮はまさに恐慌状態となった。急に走り出した。
 とにかく、この場から逃れたかった。デイパックを殆ど抱えるように持ち、転がるように階段を下りた。1階に下りて一息つき、周囲を見た。左手には出口があり、正面には男女のトイレが並んでいた。右手には開け放たれたドアがあり、部屋の中に何人かの兵士の姿が見えた。兵士達は亮の方を見てはいなかったが、亮には兵士の存在自体が恐怖だった。
 次の瞬間には、外へ駆け出していた。月明かりの下、左手の方には町へつながりそうな道が、右手の方には山へと続く道が見えたが、道を通るのは怖かった。無心でまっすぐ走った。誰かが待ち構えていれば、格好の獲物だったろうが、幸運にも誰もいなかった。正面の林の中に駆け込み、背の高い草の茂った場所で立ち止まった。というより、単に息が切れただけだったが。
 地面にしゃがみこんで、呼吸を整えた。ひとまず、最初の危機は逃れたようだ。しかし、自分のような弱虫は、きっとクラスメートのいい標的だろうと思った。そこで、川渕がデイパックの中に武器が入っている可能性があると言ったことを思い出した。
 そうだ。いい武器があれば、殺されずに済むかも・・・
 祈るような気持ちでデイパックを開けた。亮の願いが通じたのか、拳銃が顔を出した。説明書を読んだ。拳銃はシグ・ザウエルP230という名前らしいが、そんなことはどうでもいい。説明書の最後には、"この武器は当たりの部類に属するでしょう。今日の貴方の運勢は中吉です"などというふざけた文章がついていたが、亮の目には入らなかった。夢中で弾を込めた。少し安心した。が、次の瞬間にはまた震え上がった。銃に触れるのは、勿論初めてだ。
 誰かに襲われた時、こんな物をちゃんと使えるのか俺は? よし、まず練習だ。
 過度の緊張と恐怖で震えながらも、亮は適当な標的を探した。そして、少し離れたところのブナの大木の幹を狙うことに決めて、銃を構えた。
 その時だった。林の中にゆっくりと動く影を見つけた。影は、少しずつ亮の方へ近寄ってくるようだった。
 熊だ!
 と、亮は思った。
 これは、練習としては最高ではないのか? 動かない大木よりも、ずっといい標的では?
 亮は、スッと影に狙いを付けた。一瞬、不思議に冷静になった。引き金をひいた。
 ぱん、と音がした。しかし、命中しなかったようだ。影は、動きを止めた。亮は焦った。
 やばい。熊に喰われる。
 夢中で、再度引き金をひいた。
 ぱん。
 今度は、命中したようだ。影の頭部のこちらから見て右半分が吹っ飛んだように見え、次の瞬間にはくるりと一回転して倒れた。
 亮は、胸を撫で下ろした。これで、喰われずにすむ・・・
 そして、突然銃の扱いに自信を持てたような気がした。これなら、襲われても・・・
 安心すると共に、少し落ち着いた気分になった。さて、仕留めた熊の顔でも見ますか。
 その時、頭の中で誰かの声がしたような気がした。
 “おい、こんなところに熊なんかいると思うか? 深い山ならともかく・・・”
 急に不安になった。俺は、何か勘違いをしているのでは・・・
 おそるおそる倒れている影に近づいた。目が点になった。セ、セーラー服!?
 生唾を飲み込みながら確認した。それは、月明かりの下でも明らかだった。赤黒い液体に染まった草の上、頭を半分砕かれて事切れているのは、間違いなく
木原涼子(女子7番)だった。
 ぎゃあああああと、叫びたかったが声も出ない。全身が震えた。吐き気も込み上げた。ずるずると半歩ずつ後ずさりした。そして、枯れ木に躓いて転んだ。何とか立ち上がった時には、涼子に背を向けて全力で走り出していた。拳銃だけを握り締めて・・・
 亮の姿は、林の奥深くへ消えていった。 

女子7番 木原涼子 没
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