BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


11

 服部伸也(男子12番)は、時計を見た。伸也の時計は文字盤を照明できるタイプで、暗闇でも問題なかった。そろそろ最後の1人である長内章仁(男子3番)が出発する時間だった。本当は、女子3番の梅田美也子が最後のはずだったが、美也子は既に物言わぬ塊になっていたので。 
 伸也は章仁の出て行く足音を待っていた。もうすぐだ。この狭い空間に4人で息を潜めているのも、あと少しだ。
 川渕の説明を聞いた時点で伸也はある策略を立てていた。自分にいい武器が当たれば、クラスメートを全滅させて生き残ることも不可能ではないだろう。だがそれでは、可愛い仲間たちも死なせてしまうことになる。他の連中はどうでもいいが、とにかく仲間だけは助けたかった。そのためには、川渕たちに逆襲をかけて首輪を外させるしかない。そのチャンスは、最後の1人が出発してからここが禁止エリアになるまでの20分しかない。といって、その段階で外部から攻撃しようとしても恐らく政府も警戒しているだろうから、返り討ちに遭いかねない。だから、内部に潜んでいるのが一番いい。ここが体育館ならトイレ位はあるだろう。まさか兵士たちも女子トイレの中を調べたりはしないだろう。
 考えがまとまると、一緒にいた
溝下慎二(男子17番)には直接に、離れていた富崎勝利(男子10番)桃田昇(男子18番)には手帳の切れ端を回して伝えた。実は、不良女子の浅井里江(女子1番)豊浜ほのか(女子14番)にも誘いをかけたのだが、里江はこう答えた。
"あたしが参加しなくても、その作戦が成功すればあたしは自動的に助かるってわけ。失敗してもあんたたちが死ぬだけよね。あたしとしては、強敵が減って有難いわね。で、参加すれば失敗した時に無駄死にでしょ。賢いあたしとしては、当然参加しない方を選ばせてもらうわ。でも、あんたたちの成功は祈ってあ・げ・る" 
 とんでもなく自分勝手な返事だが、里江の性格をよく知っている伸也には充分予想できる内容で、苦笑いを返すほかはなかった。そしてほのかは勿論、里江に同調して断った。
 そして、伸也たち4人は出発の際体育館の外に出ることなく、女子トイレの2つあった個室の片方に立て篭もったのだった。伸也は一応兵士控え室を覗いて、女兵士がいないことだけは確認していたが。
 時計を見ていれば、次々に階段を下りてくる足音の主は容易にわかる。慎二や昇の足音がしたときは個室のドアを開けて迎え入れ、それ以外(つまり女子)が入ってくれば気配を殺していた。実際、数人の女子が出発時にトイレに寄っていったが、塞がっていた個室に警戒心を示す余裕のある者はいないようだった。
 そして、最後の1人である章仁が出て行った。伸也は耳を澄ました。階段をゆっくり下りてくる数人の足音と話し声がする。その中に川渕の声も確認できた。話し声と足音がだんだん大きくなりトイレの前を通過すると、今度は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。さらにしばらくの間伸也は聞き耳を立てていたが、かなり遠くに兵士たちの声がするのとフクロウらしき鳴き声が聞こえるのみだった。
 4人はそっと個室を出た。既にデイパックの中の武器は調べてあった。2人が当たり武器の拳銃で、1人がまあまあの果物ナイフ、1人はハズレでどこかの弥生遺跡から拾ってきたような石包丁だった。ちなみにその説明書には"弥生時代の人々はこのような道具を使って生き抜きました。さあ君もこの石包丁でサバイバルゲームを生き抜こう!"などというくだらない事が書かれていたのであった。実はこの石包丁が当たったのは伸也だったが、昇が自分の拳銃をサッと差し出して交換していたのだった。
 伸也は3人を見回した。暗くて顔は良く見えないのだが、3人が伸也に対して持っている強い信頼感がひしひしと伝わってきた。このトイレを出たら、そのまま兵士の控え室に突撃する。油断している政府の連中に銃を構える暇を与えることなくコンピューターに銃弾をぶち込んで破壊し、川渕を人質にとって首輪を解除させる。川渕の強さは先刻見せ付けられているが、銃があればなんとかなるだろう。
 はっきり言って、確固たる勝算があるわけではない。贔屓目に見ても五分五分だろう。だが4人全員で生き残る可能性を探る限り、他の手段は浮かばなかった。遊びもケンカも万引きもいつも4人で行動してきた。4人で生き残るか、一緒に戦死するか2つに1つ。4人の心は1つにまとまり、美しいハーモニーを奏でていた。よし、勝負!
 決意と希望を秘めてトイレのドアを開けた伸也たちは、しかし一瞬にして地獄へ突き落とされた。なぜならそこには川渕と数人の兵士が銃を構えて立っていたので・・・
 伸也は半分口を開けたまま動けなくなった。ただ、目だけがしきりに瞬きを繰り返していた。川渕が、ゆっくりと口を開いた。酷薄な笑みを浮かべながら・・・
「残念だったなー、服部。折角臭い所に閉じこもっていたのになー」
 伸也は、たどたどしく答えた。
「な、なぜ判った?」
 川渕は呆れ顔になって言った。
「お前ほどの男でも、極限状態になるとこんな初歩的な失策をするわけか・・・ いいか、この首輪は電波で管理してると言ったよな。お前たち4人がここに潜んでいることは、コンピューター画面を見れば自明なのだ。後は、簡単だ。足音と気配を殺してここへ戻ってきて待っていただけのことだ。さ、俺たちへの反逆は反則だと言ったはずだ。覚悟はできてるよな」
 伸也は絶望的な気持ちの中、自分に腹を立てていた。
 どうしてこんな簡単なミスをしたんだ。このたった一つのつまらない失策のために、自分のみならず大事な仲間たちも人生に終止符を打とうとしているじゃないか。
 仲間たちとの数多くの思い出が甦った。
 その時、伸也の心の中で何かが弾けた。川渕を睨み付けた。そして吼えた。
「さっさと殺れよ! 但し、貴様ら必ず呪い殺してやる! 未来永劫貴様らの顔は忘れんからな!」
 川渕は全く動じなかった。重々しくそして静かに言い放った。「殺れ!」
 兵士たちの銃が一斉に火を噴いた。
 伸也は目を閉じて仲間たちの顔を思い浮かべた。いつも従順な慎二、口げんかなら誰にも負けない勝利、幼い弟妹に慕われている昇・・・
 すまん、みんな。守ってやれなかった・・・
 さあ、そろそろ三途の川が見えてくるだろう・・・
 伸也は目を開けた。死んではいなかった。目の前には川渕の顔があった。同時に、体中に血が纏わり付いている感触があった。思わず、周囲を見回した。そして見たものは、蜂の巣のように全身を撃ちぬかれた3人の仲間の無残な姿だった。
 伸也は無意識のうちに怒鳴り散らしていた。
「何のつもりだ、てめえ。ふざけんな。こいつらとは、いつも一緒なんだ。俺だけ生き残るわけにはいかねえんだよ。さっさと、やりゃあがれ!」
 川渕は落ち着いて答えた。
「お前はここで退場させるには惜しいのだ。本来なら無条件に処分するところだが、ここでの全権は俺にある。お前たちの戦いを楽しむには、この段階でお前を消しては後が詰まらんのだ」
 伸也の顔が怒りで引き攣り始めた。
「なんだと。てめえの都合で俺だけ助けたのか! いい加減にしろよな。許さねえ!」
 伸也は拳銃を持ち上げたが、途端に川渕の手刀で弾き飛ばされてしまった。
「今ここで死ぬことは許さん。悔しかったら優勝してみろ。優勝後なら俺を襲撃する機会もあるかもよ。まあ、その時は容赦なく返り討ちにさせてもらうがな」
 川渕は、語気を強めながら続けた。
「さあ、ゲームに参加してもらうぞ。但し、反則は反則だ。ペナルティーとして、武器と荷物は没収する。手ぶらで出て行け!」
「くっそおおおお!」
 一声叫んでみたが、最早どうすることも出来ないのはハッキリしていた。
 徐々に伸也の表面化していた怒りが収まり、内面の闘志に火がついた。川渕に正しくガンを飛ばした。
「わかったよ。言うとおりにしてやるよ。だがなあ、ここで俺を殺さなかったことを必ず後悔させてやるからな」
 川渕が微笑んだ。
「そうだ。その意気だ。さっさと行け!」
 伸也は川渕の顔に唾を吐きかけると、もう仲間たちの亡骸を振り返ることもなく颯爽と出て行った。
 後姿を見送った川渕は、顔を拭いながら兵士たちに聞こえないように呟いた。
「ふう、危うく陸軍大臣の逆鱗に触れるところだった・・・」


                             
男子10番 富崎勝利 没
                          
男子17番 溝下慎二 没
                          
男子18番 桃田 昇 没
<残り35人>


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