BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
12
照明もなく静まり返った市街地を、伊佐治美湖(女子2番)は腹をさすりながら歩いていた。エリアで言えば、I=7に該当した。
体育館を出発してからまっすぐに市街地を目指した。とにかく薬局を探す必要があった。
美湖は生理痛が酷い体質だった。早熟で初潮は9歳。小学生の時から交通機関などで大人料金を請求され、いちいち保険証などを見せなければならなかった。現在もクラスの女子では最も長身だ。しかし、見掛け倒しで虚弱だった。月経が来る度に体育などは見学せざるを得なかったし、鎮痛剤を手放せないうえに貧血気味で鉄剤も使用していた。
修学旅行の2日目から始まった月経は今回特に酷く、昨日の昼には鎮痛剤を使い切っていた。それでも翌朝には家に帰れるはずだったし、それまで耐えられなければ友人から薬を借りるつもりだった。だが・・・
体育館を出る段階で半分覚悟はしていた。自分にクラスメートを殺せるとは到底思えず、襲われても身を守ることさえ出来そうになかった。ただ、この痛みだけは何とかしたかった。一刻も早く薬局を見つけて鎮痛剤を入手する。そこまでのことしか考えられなかった。その先のことは、その後で考えればよかった。
もうかなりの時間、市街地を彷徨ったが薬局は発見できなかった。下腹部の痛みはさらに強くなり、眼鏡の奥の細い目に涙が滲み始めていた。
せめて、美也子でもいてくれれば・・・
美湖は親友の梅田美也子を思い出していた。貧血気味で朝の弱い美湖は、毎朝のように近所に住む美也子に迎えに来てもらって登校していた。勉強のことも恋愛のことも何でも相談することができた。体育館を出る際も、長内章仁さえやり過ごせば一緒に行動できるはずだった。しかし、その美也子は川渕の手によって既に鬼籍に入っていた。美湖自身も石本竜太郎(男子1番)が抱きつくようにして止めなければ、同じ運命を辿っていただろう。
その石本竜太郎は美湖の憧れの男子だったが、殆ど会話したことがない。まともにかわした最初の言葉が、助けてもらった御礼になった。竜太郎に会うことが出来れば随分心強いだろうが、それよりも今は薬だった。
考えてみれば美也子も生理中だったので、出発の際に美也子の私物を持ち出してくれば多分薬が入っていたのだろうが、今となっては手遅れだ。
どれほど歩いただろうか? 美湖の目に一つの看板が飛び込んできた。無論、明かりは付いていなかったが、"三つ葉ファーマシー"とはっきり読み取れた。眼鏡をずらし、ハンカチで涙を拭って確認したが間違いない。美湖は本心から胸を撫で下ろした。
やった。これで、痛みから解放される。
店に駆け寄った。しっかりシャッターが下りているが、これは予想の範囲内。横か裏の窓ガラスを割って入るのみ。しかし店の横に回りこんだ美湖は、次の瞬間には青ざめることとなった。既に窓ガラスが割れていたので。
だ、誰かがもうここに入ってるの? 中に隠れてるの?
美湖は窓から頭を突っ込んで中の様子を探ったが、殆ど真っ暗で何の音もしない。デイパックの中をまさぐり、懐中電灯を取り出した。本来なら武器の確認もするべきだったが、今の美湖の頭にはそんなことは浮かばなかった。中を照らして見ても人影はなく、薬品の棚やカウンターが見えるのみだった。
入った人は、もう出てったのだろうか。早く薬が欲しい。えい、入っちゃえ。
美湖は割れた窓から中に入った。ガラスの破片であちこちに傷が出来てしまったが、薬局に入れば消毒薬も絆創膏も入手できるだろうから問題はない。店内は意外に広く、目の前の棚はオムツなどの赤ちゃん用品で一杯だった。そんなものに用はない。次々に棚を照らして鎮痛剤を探した。その時、背後から右肩をポンと叩かれた。全身にゾゾーッと冷たい波動が走る。「キャーッ、お化け!」と叫んだつもりが、全く声は出ていない。おそるおそる振り向くと、相手はいきなり懐中電灯で美湖の顔を照らした。そして、鼻で笑った。
「なんだ、美湖か・・・」
美湖の全身がガタガタ震えた。この声は・・・ 間違いない。クラス1の不良娘、浅井里江(女子1番)だ。
里江は続けた。
「外から懐中電灯で照らして見つかるような場所に潜むわけないじゃない。ドジねえ。まあ、ここに隠れてればきっと誰かが引っかかると思ったけど、あんたみたいな雑魚を釣っちまうとはねえ」
薬局に来るのは、怪我人か病人かいずれにせよ戦闘力の低下した者である可能性が高いだろう。里江はそれを狙って仕留めようとしていたのだ。
美湖はやっとのことで声を振り絞って答えた。
「浅井さん、豊浜さんは一緒じゃないの?」
当然、豊浜ほのか(女子14番)と待ち合わせて一緒に行動していると思ったのだが、ほのかの姿が見えないのは奇妙だった。実は美湖は知っていた。案外ほのかが優しい性格なのを。里江に従っているように見えるが、頭脳的にはむしろ里江をリードしていて、補導される寸前で里江の暴走を止めていることも。中学へ入ってからはサッパリだが、小学生時代はある程度の付き合いがあったので、ほのかのことは大体わかるのだ。今もほのかがいれば、里江が自分を殺そうとしても止めてくれるような気がした。"こんな奴、里江が手を下さなくてもそのうち勝手に野垂れ死ぬよ。ほっときましょ"とか言って。しかし・・・
里江は苛立った声で答えた。
「ほのかはね、待ち合わせ場所に来なかったのよ。散々利用して最後に始末してやるつもりだったけど。あの子やっぱり賢いわ。完全に見抜かれてたみたい。見つけたらなぶり殺しにしてやるけどね。あたしを裏切ったらどんなに怖いか、思い知らせなくっちゃ」
そして、ゆっくりした口調に変えて続けた。
「さてと、あたしが直接手を下すには物足りない相手だけど、目の前に現れた以上はやらせてもらうからね」
美湖は引き攣った声で叫んでいた。
「お願い、殺さないで!」
しかし、体は別の行動を取っていた。手に触れた薬品入りのガラス瓶を里江に向かって投げつけたのだった。里江が首をすくめてかわした。少し遅れて壁に当たった瓶の砕け散る音が響いた。
「へえ、口では命乞いしておいて体は逆襲ね。やってくれるじゃないの。雑魚と言ったのは訂正しないといけないかな?」
里江の言葉が聞こえたかと思うと、美湖は左の向う脛を強烈に蹴り上げられていた。バランスを崩して頭を下げたところで何かが風を切るような音がして、次の瞬間には脳天に表現しがたいほどの衝撃を受けていた。その一撃で、ひ弱な美湖の魂は肉体から離脱していった。スイカ割のスイカのように砕けた美湖の頭蓋からは髄液と血液の混ざったものが流れ出していた。
血液と頭髪のこびりついた金槌をカウンターの上に置いた里江は、美湖の死体からデイパックを奪い取って中を調べた。拳銃をつかみ出した後、美湖に向かって呟いた。
「ホントに馬鹿ね、あんた。先にこれを出していれば、あたしの方が逃げ出したかもしれないのに・・・」
女子2番 伊佐治美湖 没
<残り34人>
次のページ 前のページ 名簿一覧 表紙