BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


13

 松尾康之(男子15番)は獲物を探していた。エリアで言えばF=6の藪の中、康之の両のまなこは爛々と輝いていた。
 ゲームに乗ったと言えばそう言えるのだが、とにかく早く誰かを殺してみたくてうずうずしていた。
 康之は子供の時から、蟻などを不必要に踏み潰す性格だった。ナメクジを見かけては塩や砂糖を振りかけるのが好きだった。殺すことそのものよりも、先ほどまで動いていたものが無様に潰れたり変形したりするのを見るのが好きだった。特にミミズなどを潰した時のグシュッとした感触と体液の飛び散る様が堪らないほどに快感だった。
 成長するにつれて、それはエスカレートしていった。蟻の巣を掘り起こして、走り出した無数の蟻を夢中になって踏み潰した。罠にかかった鼠の首を斬り落とした。道端で弱っている猫を蹴飛ばした。それでも、何か物足らなかった。
 康之は一人っ子だった。両親とも有名国立大学の出身で、父は大企業の部長で母は専業主婦。両親は結婚以来、一度も喧嘩したことがなかった。食べ物なども本来なら兄弟姉妹と競争になるところだが、そんな機会もなく独占できた。全く争いのない平和な家庭。休日にはよく3人で出かける、近所でも評判の家族だった。しかし、康之にとっては刺激が足らなかった。全く喧嘩しない夫婦が理想とは限らない。康之は見抜いていた。両親の関係が、お互いに全く無関心・無干渉状態で、ただお互いの領域を侵さないので争いにならないことを。確かに食事は3人で一緒に摂る。しかしその後、父はひたすらテレビやビデオを見ている。母は、趣味の彫刻をしている。康之は勉強かゲームをしている。話し合うことなどほとんど無い。旅行に出かけても、ただ一緒に行動しているというだけだ。心の結びつきが希薄と言わざるを得ない。家族というより、単なる同居人に近い状態だった。屈折した家庭環境の中、康之の心の歪は徐々に拡大していった。
 そしてついに中学2年の12月、学校で飼育していた兎の首を刎ねて、飛び出す血しぶきを見てニヤニヤしているところを教師に発見された。治療が必要と診断されたため、約2ヶ月間精神病院に入院する結果となった。両親も家庭環境の問題を悟り、互いに話し合い意見をぶつけあうようになった。薬の効果もあり、退院してきた康之は比較的落ち着いていた。自分のしたことを皆が知っている学校に戻るのは抵抗があったが、幸運にも4月から父が山之江市に転勤となり、山之江東中学に転校することが出来た。転校後の康之は、クラスメートには内緒で病院通いを続けていて、どうにか逸脱した行為もなく通学していた。表情が乏しく、友人を作るのも下手な康之だったが、積極的に話しかけてくれるクラスメートも多く、クラスに何とか溶け込めそうなところだった。
 しかし、修学旅行初日に薬の入った袋を紛失してしまい、この数日間、薬を服用していなかったため、精神状態が不安定になりかけていた。そんな状態で拉致され、体育館で血みどろの中村理沙を見たとたんに、体内で眠っていた何かが覚醒した。しかも、合法的に人を殺せる環境に投げ込まれてしまった。人を殺してみたい、人を破壊してみたいという欲望が、康之の体内を渦巻いた。体育館の中で暴れることだけは僅かに残った理性が抑えていたが、出発後にデイパックの中からイングラムM10サブマシンガンを発見した段階で理性のかけらは消し飛んで、一刻も早く誰かを蜂の巣にしたくて耐え切れなくなっていた。
 そして獲物を求めて徘徊していたのだが、いままで誰も発見できなかった。
 その時だった。少し離れた岩の陰から1つの影が立ち上がるのが見えた。狂喜した康之は早速イングラムを構えた。


<残り34人>


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