BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


14

 河野猛(男子5番)は背負っていた大きな荷物を足元に置き、むき出しの岩に腰を下ろした。荷物はかなりの重量があり、腕や肩の筋肉が悲鳴を上げていた。
 班の仲間たちとはエリアC=5で待ち合わせだったが、猛は他の3人より約30分早く出発していたので、直行せずに市街地へ寄って非常食などの使えそうな物品を調達していたのだった。何軒かの商店を巡って集めた品々を大きな袋に詰め込み、丁度エリアF=6まで移動してきたところだった。ある商店では
尾崎奈々(女子5番)と出会ったが、奈々は猛の顔を見るなり逃げ出した。仲間を増やしたい気もしたが、怯えている相手を無理に追えば、さらに恐怖心を植え付けたり錯乱して逆襲されたりする心配もあったため、あえて追いかけはしなかった。
 頭の鉄兜も重くて、首が痛かった。勿論、この鉄兜はデイパックに入っていたものだ。プログラムに参加させられたことは当然ながら極めて不快に感じていた猛だったが、鉄兜の説明書を見て、不快感が倍増していた。なぜならそこには"おめでとう御座います。貴方の守備力が50ポイント上がりました"などと書いてあったから。
 RPGじゃあるまいし、守備力が上がるのは頭部だけなのだし。本当に政府は生徒たちをオモチャにして遊んでいるとしか思えなかった。むしろ50ポイント上がったのは、猛の怒りのほうだった。
 猛は、手帳に挟んでいつも肌身離さず持っている2枚の写真を取り出し、月明かりでじっと見た。1枚には制服姿、もう1枚には水着姿で微笑んでいる少女が写っている。もっとも、この写真を持ち歩いていることは彼女には内緒だったが。
 猛がこの少女を初めて見たのは、中学の入学式の時だった。小学生時代の猛は雑誌のアイドル歌手の記事を見る程度で、同級生の女子には何の興味もなかった。猛に声を掛けてくる女子もいたが、むしろ鬱陶しく感じていた。当然ながら入学式の際も、周囲の女子を物色する友人たちを腹の中で笑っていた。が、その時突然木の陰から現れた少女と偶然目が合った。ぱっちりした透き通るような目、猛の視線は完全に固定されてしまった。まさに一目ぼれだった。少女はすぐに視線をそらして立ち去ってしまったが、猛はしばらく動けなかった。それだけに、クラスわけ発表後にこの少女と同じクラスであることを知った時、思わずガッツポーズをして友人たちに笑われる結果となった。クラス全員が自己紹介した際も他の生徒のは聞き流したが、その少女の澄んだ声には聞きほれ、少女が遠山奈津美という名前であることを知った。家に帰る途中も奈津美の面影ばかりが頭の中を廻ってボーッとなり、危うく車に撥ねられそうになるほどだった。
 翌日から猛は、学校に行くこと自体がとても楽しくなった。奈津美に会えると思うだけで、朝からウキウキしていた。しかも奈津美の席は猛の2つ前の右隣で、猛はいつも奈津美のうなじを見詰めることが出来た。勿論授業など上の空だった。
 だが1週間も経たないうちに猛は欲求不満になってきた。奈津美と親しくなりたいという願望が強まり、抑えきれなくなってきた。いつも多くの女子と一緒にいる奈津美に話しかける機会はなかなか訪れず、猛は趣味の写真を生かした策略を立てた。
 ある日、父の1眼レフカメラを借りて登校し、写真コンテストに応募したいのでモデルになって欲しいと奈津美に堂々と頼んだのだった。周囲の女子の冷やかしの声の中、ちょっと考えた後承諾した奈津美を校庭に連れ出し、思いを込めて撮影した。望外にも写真は雑誌に掲載され、猛はその雑誌と一番写りのよい写真の焼き増しを奈津美にプレゼントしたのだった。その時から、猛と奈津美は気軽に話せる友人となった。
 2年生になって、中上勇一と遠山奈津紀が同じクラスになった。この2人は小学生時代から奈津美と親しかったため、猛を含めた4人グループで一緒に行動するようになった。夏休みには、4人で海水浴に出かけた。水着の写真はその時に撮ったものだ。といっても、奈津美はその写真の存在を知らないはずだ。なぜなら3人まとめて記念撮影した際に、猛は失敗したのでもう一枚撮るという芝居をして、奈津美だけをズームして撮ったのだから。
 ちなみに制服の方の写真は、雑誌に掲載されたものだった。
 遊園地にも山にも大阪・神戸にも4人で出かけた。とてもいい仲間だ。しかし、奈津美は1対1で出かける誘いには決して応じてくれなかった。"皆で行こうね"という返事を何度聞いたことだろう。成績では奈津美に歯が立たず、同じ高校に行くのは難しそうだったので、卒業するまでが勝負。必ず告白する決心をしていたのだったが、今や一緒に生きて帰ることさえ困難な状況に置かれてしまった。
 奈津美の写真を見詰めながら、猛は2つの決意を固めた。1つは再会したらその場で告白すること。もう1つは、絶対に奈津美を死なせないということだった。
 1つめは再会さえ出来れば可能なので、たいした問題ではなかった。命懸けの状況だから、玉砕する覚悟も出来ていた。
 難しいのは2つ目の方で、勿論大勢で脱出できるに越したことはなく、ずっとその方法を考えていたのだが、いいアイデアは浮かばなかった。とすると、奈津美を優勝させるしかない。告白した後なら、奈津美のために命を投げ出すことも出来そうだった。だがそのためには、他のクラスメートにも死んでもらう結果になる。勇一と奈津紀も殺すことになる。とても、そんなことは出来そうにない。そこまで考えると、結局どうしていいのか解らなかった。今の段階でやれそうなことといったら、最終的な結果はともかく、全力で奈津美を守ることのみだった。
 猛は、もう一度写真を見た。猛にとっては天使の微笑だった。彼女だけは何があっても死なせたくない。再度、自分の意思を確認した猛は写真をしまうと、ゆっくりと腰を上げた。
 この場でこれ以上考えても仕方がない。全ては奈津美に再会してから。それまでに奈津美が殺されていないことを祈る必要もあったが・・・
 不意に猛は工事現場でコンクリートを砕く時のような連続音を聞いた。同時に、今座っていた岩から火花が散り、破片が飛んだ。
 しまった。写真に気を取られて周囲を・・・
 と思ったときには遅かった。
 再度、ダダダダという音がして全身に焼き鏝を押し付けられたような痛みと衝撃が訪れた。
 ゴメン、奈津美。もう、お前を守ってやれそうにない・・・ でも、お前だけは死なないでくれ・・・
 それが猛の最後の思考になった。
 イングラムの銃口を下げた松尾康之は、口元に笑みを浮かべながら血みどろの物体にくっ付いていた鉄兜をむしり取り、拭き取ることもせず自分に装着した。

男子5番 河野 猛 没
<残り33人>


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