BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
17
エリアE=9の舗装道路から少し山側に入ったところに小さな祠があった。城川亮(男子7番)は、その祠の中に身をかがめる様にして潜んでいた。とても窮屈だったが、それだけにクラスメートに発見される危険も少ないと思われた。
殆ど勘違いで木原涼子を射殺してしまった亮は、恐怖のあまり全力で現場から遠ざかり、偶然見かけたこの祠に飛び込んでしまったのだった。
それからもしばらくは、頭部が半分失われた涼子の姿が脳裏に浮かんできて、吐き気に悩まされながらひたすら震えていたのだった。涼子と特に親しいわけではないのだが、同じ出席番号7番同士だったので話す機会は時々あった。あの時も、ひょっとしたら涼子は自分を認識していて、一緒に行動しようとして近寄ってきたのかも知れなかった。だとしたら、自分は一体何をしたのか・・・ 考えれば考えるほど気分が悪くなってきた。
しかし、午前3時を過ぎた頃から少しずつ落ち着いてきた。落ち着くに連れて、少しずつ考えが変化していった。解釈も自分勝手なものに変化した。つまり、涼子が自分に近づいてきたのは、自分を殺すためだったという考えだ。であれば、自分の殺人は正当化できる。よく考えれば、視力が悪いのに裸眼で通している涼子が自分を発見できるわけも無く(ちなみに涼子は、教室ではいつも誰かと席をトレードして最前列に座っていた)、偶然近寄ってきたのであろうことは充分推定できたのだが、亮はこういう考えを脳の外に押しのけてしまっていた。
人間の思考と言うものは実に勝手なものであって、余程の聖人かある種の精神障害者でない限り、最終的には自分を正当化する方向に向きやすくなっている。亮も多分にもれず、涼子を殺してしまったことに対する罪悪感が薄れてきていたのだろう。
プログラム開始当初は、絶対にクラスメートを殺せるはずはないと思っていたが、現実にあっさり殺してしまうと何だか大した事じゃないように感じ始めつつあった。“百人殺せは英雄だ”という言葉もあったが、残り三十数名のクラスメートを倒して“優勝者という英雄?”になるのも悪くないと思い始めてしまった。
しかしそれ以前に亮には、大きな問題があった。涼子を射殺した際、シグ・ザウエル以外の全ての荷物を置いてきてしまったことだ。水も食料も地図も予備の弾丸も無い。このまま運良く誰にも発見されなくても、生き延びるのは困難だ。さしあたり誰かを倒して、荷物を奪う必要があった。シグ・ザウエルに残っている数発の弾丸だけが頼りだ。
とにかく、この祠を出て弱そうな相手を探すことに決めた。その相手がいい武器でも持っていれば、ベストだが・・・
そして、手強そうな相手からはさっさと逃げる。とりあえずの作戦は決まった。
その時、祠の外で微かな足音がした。再度恐怖にとらわれた亮は、全身を震わせながら外の様子を窺った。祠の前の賽銭箱に、背を向けてもたれかかっている人影が見えた。風になびく長い髪、女子であることは間違いなさそうだった。女子は首をゆっくり動かして前方と左右を警戒している様子だったが、背後の祠の中には注意を払っていないようだった。亮にとっては、カモがネギを背負ってきたような状況だった。女子の手が賽銭箱の影になっていて見えず、武器を持っているかどうか不明なのが気になったが、背後から後頭部を一撃してしまえば何の問題も無いはずだった。
音をたてないように慎重にシグ・ザウエルを構え、女子の後頭部にじっくりと狙いを付けた。女子が、左を向きながら左手で髪を掻き上げた。月明かりで、女子の横顔がはっきり見えた。亮は思わず息を呑んで銃口を下げた。狙った相手は坂持美咲(女子9番)だった。
亮の家と美咲の家は隣同士で、2人は幼稚園時代からの幼馴染だった。小心者でおどおどしている亮とクールでしっかりものの美咲という構図は、当時から変わっていなかった。常に美咲がリーダーシップを取り、亮はひたすら従っていた。亮をいじめる近所の悪童を、美咲はいつも追い払ってくれた。川遊びで溺れそうになった亮に、素早く長い棒を差し出しながら大声で大人を呼んだのも美咲だった。美咲のままごと遊びで、いつも赤ん坊の役にされるのだけは辛かったが。
しかし2人が小学校2年生の時、美咲の父が死んだ。詳しいことは分からなかったが、美咲の父はどうやら政府の役人だったらしく、殉職したとのことだった。それからというもの、美咲はさらにクールになり亮の相手はしなくなった。中学に入ってからは最早会話をすることもなくなっていたが、亮にとっての美咲は今でも一種の憧れだった。成績・運動能力・容姿その他、何を基準にしても釣り合うはずはなかったが、美咲の姿を見るだけで、亮の心は何となく落ち着くのだった。
亮はそっと胸を撫で下ろした。すんでのところで、危うく美咲を殺してしまうところだった。そして美咲に声を掛けようとして、ふと迷いが生じた。
美咲が自分をいきなり殺すとは考えにくい。声を掛ければ、仲間になってくれるだろう。そして美咲と一緒ならば、戦闘になってもなんとかなるだろう。はっきりいえば美咲に守ってもらうことになるのだが、美咲の前では男のプライドなど雲散霧消してしまう亮だった。
上手くいけば、美咲と2人だけ生き残ることも可能かもしれない。が、その後どうするのだろう・・・
結局は美咲と殺し合う結果になり、勝ち目は全く無い。
つまり、美咲に声を掛けた場合は最高でも準優勝ということだ。プログラムの世界では、準優勝には何の価値も無い。とすると、1人で戦って優勝するべきだ。であれば強敵になる美咲は、今ここで始末しておくのが最善だ。
亮の決意は固まった。再度、美咲の後頭部に狙いを付け引き金に指をかけた。だが、どうしても躊躇してしまう。指が動かないのだった。
そこで、美咲が立ち去るまでこのまま待つことを思いついた。それから、改めて獲物を探せばよい。美咲は他のクラスメートに消してもらおう。そうすれば、美咲を自ら殺すことなく優勝するチャンスがあるかもしれない。よし、それが一番だ・・・
しかし、また別の考えが浮かんだ。美咲が女子に倒される可能性は低い。美咲を仕留めるのは男子だろう。学年でも有数の美人の美咲が倒されれば、陵辱されてしまう危険がある。美咲に憧れて、ある意味で神聖視している亮には、それだけは我慢ならなかった。他の男に美咲を与えるくらいなら、いっそ自分が。
今度こそ結論が出た。この場で美咲を撃って、そして・・・
三度銃口を美咲に向けた。指に力が入った。引き金を半分引いたところで、亮の頭の中で美咲の声が響いた。幼児期に、いつも美咲が亮にかけていた力強いが優しい声だった。ほんの一瞬、亮はその声に耳を傾けてしまった。指はそのまま引き金を絞ったのだが、集中力を欠いた分、狙いは外れた。銃弾は美咲の右耳の上を掠めていった。次の瞬間、美咲は振り向いた。同時に右手を持ち上げた。その手の先から火花が散った。
亮には、それがマシンガンであることを認識する暇さえもなかっただろう。僅かの時間の後、至近距離からのマシンガンの連射は、小さな祠の中に血みどろのオブジェを創り上げていた。
男子7番 城川 亮 没
<残り32人>