BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


18

 尾崎奈々(女子5番)は、隠れていた洞窟からそっと顔を出した。延々と磯浜が続くエリアC=10。その磯浜を大きな荷物を持って近づいてくる人影があった。奈々は目を凝らした。時刻は、午前4時半。そろそろ東の空は白みかけていた。

 奈々は体育館を出た後、闇雲に走った。目の前で樋口勇樹の死を見たこともあって、とにかく怖かった。少女にとって暗闇の中を1人で走ることも充分な恐怖のはずだったが、それさえ忘れてしまうほどプログラムが怖かったのだった。市街地に入り、ある商店に駆け込んだところで、河野猛と鉢合わせした。冷静になれば猛がゲームに乗るような人間でないことが解るはずだったが、奈々にはそれだけの余裕は無かった。再度全力で走り出し、そして誰にも会うことなくこの磯浜にたどり着いたのだった。そして、隠れる場所を探した。海に少し足を踏み入れてみて、磯から崖に変わっていく辺りに、2人くらいしか入れそうにない小さな洞窟を見つけたのだった。入り口が海に面しているので、海に入らない限り発見されることは無く、比較的安全かと思われた。といっても足元まで水があり、これ以上潮が満ちてきたらどうなるか不安ではあったが。
 岩壁にもたれて一息ついた奈々は、デイパックを開いた。出てきたものは、あろうことかシャボン玉セットだった。“この液には、目潰し程度の効果はあるでしょうが、あまり期待しない方がいいでしょう。貴方の命は、シャボン玉のように儚いでしょう”と書かれた説明書は、丸めて海に投げ込まれた。
 他にすることもないので、奈々はシャボン玉遊びをやってみた。8年振りくらいのような気がした。出来ては消えるシャボン玉を見ながら、本当に自分の命がこのように儚くなるような気分になり、涙が溢れてきた。星空を見上げながら、思わず祈っていた。
“神様、どうかあたしを生きて帰らせては下さらないでしょうか”
 祈っているうちに、涙も乾いてきた。半分絶望しながらも、やはり死にたくはなかった。自分が生き残るシナリオを考え始めた。体育館を出た時点で、生きていたのは40人。単純に考えれば、40分の1の確率で助かるはずだが、ズッコケアイテムを支給されたこともあって、悲観的な性格の奈々には自分の生存確率が限りなくゼロに近いと感じられた。それでも、考えた。思いついた。こんなシナリオだった。
“自分はひたすらここに隠れる。その間に、他の39人が殺しあって1人だけが生き残る。その生き残りは、自分を仕留めれば優勝だから必死で自分を探すだろう。そして、崖から足を滑らせたり、誤って禁止エリアに入ったりして自滅する。そうすれば、自分は全く手を汚さずに優勝できる”
 殆ど現実的ではない夢物語であることは、奈々にも解り過ぎるほどに解っていた。それに万一実現しても、後味は悪いだろう。おまけにここが禁止エリアになったりしたら、全てがぶちこわしになるのだし。しかし、それ以外に自分が生き残るシナリオは思い浮かばなかった。やっぱり、自分は死ぬことになりそうだった。無気力になり、呆然としているうちに、ウトウトしたようだった。ハッとわれに返ったとき、既に時計の針は4時を大きく回った時刻を示していた。少し外が気になって、顔を出してみたのだった。

 その人物はまっすぐにこちらに近づいてくるように見えた。頭だけを出している自分が簡単に見つかるとも思えないが、奈々の脈は速くなり冷や汗もかき始めていた。何せ万一発見されたら、逃げ場は無いのだから。
 しかし、人物は海辺で足を止めて荷物を下ろしたようだった。奈々は大きな安堵のため息をつき、さらに注意深く人物を観察した。少しずつ明るくなってきたおかげで、それが
梶田広幸(男子4番)であることが確認できた。
 奈々は、またもや震え上がった。体育館を出る時の広幸の態度を思い出すと、ゲームに乗っている可能性はかなり高いと考えられたからだ。一旦、頭を引っ込めた。しかし、動悸は治まらなかった。もう一度、そっと顔を出した。奈々は怪訝そうな表情になった。なぜなら、広幸の行動が理解不能だったからだ。
 広幸は先ほどの場所から動いてはおらず、どうやら着替えを始めたようだった。学ランを脱ぎ捨てて下着姿になり、代わりにやはり黒っぽい物を身に付けようとしていた。さらに、足下には大きな器具のようなものが置かれている。
 セーラー服はどう考えてもサバイバルゲームには不向きで、トレーナーの上下を持っていれば着替えたくなるのも解る。奈々も、後で着替えるつもりだった。だが、学ランをわざわざ着替える必要があるとも思えない。丈夫な学ランは、ある程度の防具になるからだ。さらに、足下の器具は何なのだろう。
 ついに、疑問と好奇心が恐怖心を打ち負かした。奈々は、いつのまにか洞窟から外に出ていた。足首まで海の中だ。そっと、広幸に近づいた。広幸はまだ奈々を認識しておらず、必死で何かをしている。思わず叫んでいた。
「梶田君、何してるの?」
 広幸はそうとう驚いた様子だったが、手を止めて答えた。
「尾崎さんか。ビックリさせないでくれよ。俺は今忙しいんだ。さっさとあっちへ行ってくれ」
“立ち去らなければ殺す”とでも言われれば逃げ出したかもしれないが、その程度の言葉では好奇心を抑えることは出来ない。奈々は、さらに広幸に接近した。そして広幸が着た物が潜水服で、足下にあるのは酸素ボンベなどの潜水用具であることが見て取れた。ここに至って、広幸の趣味が潜水である事を奈々は思い出したのだった。
「こんな状況で趣味を楽しもうって言うの? マジ? 信じられない」
 広幸の表情がきつくなった。声も大きくなった。
「お前に説明する必要はない。とにかく、命がけなんだ。早く消えろ!」
「そんな言い方で納得すると思うの? 命がけなのはみんな一緒なんだから」
 広幸は、いまいましそうに唾を吐いた。そして、大きなため息をついた。
「解ったよ。説明してやるよ。ただし、それを聞いたら速やかに消えてくれ。約束してくれるか?」
 奈々は大きく頷いた。広幸はぼそぼそと話し始めた。
「川渕の糞野郎が説明をした時に、閃いた事があったんだ。この首輪は電波で管理されていると言った。だから海を泳いで逃げたところで、すぐに見つかって首輪を爆破されてしまう。でもさ、電波ってやつは水中では急速に減衰するんだ。ほら、イルカだって潜水艦だって超音波で周囲を探索するだろう。水中では電波は役立たずなんだ」 奈々にも広幸の考えが解ってきた。
「ということは、水中から脱出を試みれば・・・」
「そういうことなんだ。首輪の電波は川渕たちには届かない。俺は海に溺れて死んだように、奴らには思えるだろう。疑って首輪爆破の電波を飛ばしても俺の首輪には届かないってわけさ。どうだい、俺の脱出計画は? だが悪いけど、俺1人しか使えない。経験の無い者には、この道具は使いこなせないんだ。無理に使えば、溺れるか潜水病で死ぬ結果になる。潜水を趣味にしていたことを、天に感謝してるぜ。さ、もういいだろ。日の出前に潜りたいから、早く消えてくれ」
 奈々は、とても感心した表情をした。勿論自分には真似できないし。でも、まだ疑問が・・・
「もう一つだけいい? それを聞いたら立ち去るから。どうして、出発時に嬉しそうな様子だったの?」
 広幸は肩をすくめて見せた。言った。
「そうか。態度にまで出してしまったんだな、俺は。脱出方法を思いついた以上、一刻も早く市街地で潜水用具を調達したかったんだ。他の奴と戦いたくないし、使いこなせない奴が同じ方法を思いついて先に潜水用具を持ち去ったらまずいしね。だから、出発が1番だったのはとても有難かったよ。それでも、こいつを発見するのには随分手こずっちまった。他の奴を見る度に隠れなきゃいけなかったし。後は、磯を求めてここまで来たのさ。でも、こんなとこまで来て尾崎さんに見つかっちゃうとはね」
 疑問は氷解した。決して、広幸はゲームに乗ったわけではなかったのだ。奈々は、微笑んで言った。
「よく解ったわ。プログラムのルールは完璧だと思ってたけど、こんな抜け道があったのね。真似できないのは残念だけど、無事の脱出をお祈りさせてもらうわ」
 広幸も微笑み返した。
「有難う。一緒に逃げられないのは申し訳ないけど、俺も君の無事を祈るよ。じゃあ、行・・・」
 突如、奈々の視野一杯に火花が散り、同時に轟音がした。そして、火薬の臭いも・・・
 目がくらんでしまった奈々には、何が起こったのかさっぱりわからなかったが、数秒後には広幸と同じ運命が奈々にも訪れた。自分の死因を理解できないまま、奈々は正しくシャボン玉のように儚く散った。

 しばらくして、日が昇った。朝の光は、磯浜に並ぶ2つの首無し死体を無情に照らし出していた。
 

男子4番 梶田広幸 没
女子5番 尾崎奈々 没
<残り30人>

第2部 序盤戦 了


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