BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


第3部

中盤戦

19


 エリアC=5の山肌には朝もやが立ち込めていて、視界がやや悪くなっていた。斜面の少し窪んだ所に腰を下ろして膝を抱えていた
遠山奈津美(女子13番)は、前に立っている中上勇一(男子11番)の肩幅の広い背中をじっと見詰めていた。
「河野君、遅いね。遅すぎるよね」
 奈津美の小声に勇一はゆっくり振り向き、頷きながら答えた。
「確かに、遅いね。あいつのことだから、君にプレゼントしたくて食料とかいろいろ物色しているんだろうが、それにしてもなぁ」
 少し首を傾げた勇一は、再度奈津美に背中を向けた。

 無事に再開を果たした2人は、ずっと河野猛を待ち続けていたのだった。仲間の中では最初に出発した猛が到着していないのは、勇一の言葉どおりに寄り道のためだと考えるのが自然だったが、今までに何度か銃声を聞いている以上、一抹の不安を拭い去ることは出来なかったし、第一あまりにも時間が経ちすぎていた。
 奈津美の不安は時と共に増強し、脈もかなり速くなってきていた。いつのまにか胸の前に手を合わせて祈っていた。猛に会いたいのも勿論だが、それ以前に奈津紀との約束を果たさねばならなかった。それだけは絶対に・・・
 お願い、猛君。無事でいて・・・
 奈津美の無言の祈りが聞こえたかのように、時計を一瞬見た後で勇一が言った。振り向きはしなかったが。
「どこかで迷子になっているのかもしれんが、あいつは方向音痴では無いからなぁ。もう少し経つと、ハッキリすることなんだが」
 言葉の意味を即座に理解した奈津美は、つい声が大きくなってしまった。
「ちょっと、不吉なこと言わないでよ。勿論、心配だよ。だけど。だけど・・・」
 最後は、蚊の鳴くような声になっていた。
 勇一は、静かに答えた。
「不吉な考えをしているのは、君の方だよ。俺は猛が無事であることがハッキリすると言いたかったんだ」
 それが方便であることは明白だったが、取り乱しかけた自分が少々恥ずかしく思える奈津美だった。そこで、話題を変えることとした。
「ところで、勇一君。猛君と合流出来たとして、その後どうするの? 何か考えがあるの?」
 勇一は奈津美の横にゆっくりと腰を下ろした。一度大きく息をしてから口を開いた。
「いや、特に考えは無い。信頼できる連中を探して脱出方法を検討することになるだろう」
 奈津美は俯きながら答えた。
「あたしもね、ここへ来るまでに少しは考えてみたの。でも、何も浮かばなかった。このルール、本当によく出来てると思う。何とかなりそうなの?」
 勇一のたくましい右手が奈津美の左肩に軽く置かれた。
「プログラムのルールって誰が作ったと思う? 人間だろ。人間のすることに完璧なんてあるはずがない。どこかにチャンスがあるはずだ。実際、7年前には逃走に成功した奴がいるんだし」
 1997年に隣の香川県で施行されたプログラムで、2人の生徒が逃走に成功したことを知らない者はいない。ただ、2人が具体的にどうやって逃走したのかを知っている者がいないことも厳然たる事実だった。
 勇一は、力強く続けた。
「だから、何か方法があるんだ。皆で考えれば、確実に何とかなる。そのためには、絶対に信用できる奴だけを集める必要がある」
 勇一は、奈津美の顔をそっと覗き込んだ。そして、問いかけた。
「信用できる奴って誰がいるだろうか? 君は、どう思う?」
 奈津美はクラスメートの顔を順番に思い浮かべながら考えた。誰もが信用できるような気もしたし、誰もが怪しいような気もした。それでも、考えをまとめて名前を列挙した。結局、クラスの約7割の名前を挙げてしまった。
 黙って聞いていた勇一は大きく頷いた。
「君は、いい観察眼を持ってるね。確かにそのメンバーは、おそらくゲームには乗らないだろう。でも、この場合の信用できるってのは、ゲームに乗らないって事だけじゃないんだ」
 奈津美は顔を上げた。目をパチパチさせた。
 え? それ以外に条件があるの? ゲームに乗らないのに信用できないってどういう意味?
 勇一は、口調を変えずに続けた。
「君は、豊浜の名前を挙げたよね。どうしてだい? 皆は不良だと思ってるぞ」
 確かに、
豊浜ほのか(女子14番)浅井里江(女子1番)に付き従っている。しかし・・・
 奈津美は答えた。
「何となく判るの。ほのかは芯から悪い子じゃない。どうして里江に従っているのか不思議だけど、でもあの子は大丈夫。出発する前もあたしと目を合わせて微笑んでくれたの。澄んだ目をしてたの」
 勇一はまた頷いた。
「そうだね。俺もそう思う」
 だったら、何故? どうして、ほのかは仲間に出来ないの?
 奈津美は、目だけで尋ねた。
 勇一は言葉を繋いだ。
「そこまで、豊浜を観察してる奴がどれだけいるかが問題だ。大半の奴にとって、豊浜はただの不良にしか見えていない。もし、俺たちが豊浜と一緒に行動していて、誰かに会ったとする。おそらく、俺たちはそいつに信用してもらえないだろう。つまり、人に信用されにくい奴も避けたほうがいいんだ。同じことが、矢山にも言える。悪気の無いことは解っているが、詮索好きで口の軽い性格は信用されにくいんだよ」
 確かに、“ザ・放送局”の
矢山千恵(女子19番)も親しくない者には信用されないタイプだろう。
「それから、伊佐治の名前があったけど?」
 今度は奈津美は怒った顔になった。
「それはひどいわよ。美湖のどこが信用できないって言うの? あんな気の弱い子を! 美湖なら誰だって信用するわ」
 勇一は、相変わらず表情を変えずに言った。
「その気の弱さだよ。失礼な言い方だけど、この極限状態では錯乱する可能性が低くないと思うんだ。いきなり仲間に銃を乱射するようなこともやりかねないんだ」
 奈津美は言葉に詰まっていた。勇一の冷静な思考に圧倒されていた。勇一は続けた。
「つまり仲間に出来るのはね、ゲームに乗りそうになくて、普段から信用するに値する行動をしていて、しかも強靭な精神力を持った人間と言うことさ。該当者は、そんなにいるもんじゃない。勿論奈津美、君は合格だよ。猛と奈津紀もだけどね。とにかく、俺がどうしても探したいのは石本と松崎だ。あとは吉村くらいか。女子では佐々木と川越かな」
 
石本竜太郎(男子1番)松崎稔(男子16番)吉村克明(男子20番)佐々木はる奈(女子10番)川越あゆみ(女子6番)の名前が挙がった。奈津美から見ても、無条件に信頼できるメンバーだ。
 こんなメンバーが集まったら、本当に脱出方法が見つかりそうな気がした。助かりそうな気がして、少し奈津美の表情は明るくなった。
 そうね。何とかなりそうね。あたしも皆の足手まといにならないように頑張って、アイデアを出さなきゃね。でも、一寸待って。
「で、他の子は見殺しにするつもり? まさか、そんなことないよね」
「そんなことはないよ。脱出方法が確定して、それが現実に可能になった段階で仲間にするつもりだ。それまでは何とか生き延びていてもらわなきゃいけないけどね」
 勇一は、少し間を置いてから続けた。
「問題は、ゲームに乗ってる奴だ。理性的な奴なら、あるいは説得可能かも知れない。でも、人間の心を失ってる奴と錯乱している奴には・・・」
 奈津美は勇一の口を手で塞いだ。その先の言葉は聞きたくなかったからだ。
 勇一は奈津美の手を払いのけはしなかった。奈津美が手を離すのを待って続けた。
「君の気持ちはよく解る。でも、脱出すれば犯罪者だ。優勝する方を選ぶ奴がいるのは避けられない。そういう奴と俺たちは絶対に両立できない。それだけは納得してもらいたい」
 犯罪者と言う言葉が、奈津美の頭の中を駆け巡った。脱出できればハッピーエンドだと、深く考えずに思っていた自分の軽薄さが恥ずかしくなった。そう、この段階で死なずにすむというだけの話で、あとは一生逃走を続けるか異国に亡命するしかない。実際、7年前の逃走者もどうやら国外逃亡しているらしい。脱出方法があるのに、優勝する方を選ぶ者が出現する可能性さえ否定できなかった。
 もう一つ、脱出する前に川渕たちに鉄槌を下さないと気がすまない。脱出と敵討ちの両立も大きな問題だ。
“諸君、おはよう”
 周囲に唐突に大きな声が響き、奈津美の思考は中断された。


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