BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
22
永田弥生(女子15番)は、気迫を漲らせていた。ずっとクラスメートたちに復讐したいと願っていたのだが、堂々と実行できる機会が訪れたのだから。
弥生は、明言してしまえば醜女だった。その上、名前通りの3月生まれだったこともあり幼児期には同級生の中でも体が小さかった。さらに、口下手だったのが災いしてずっといじめられっ子だった。小学生の頃はじっと耐えていたが、中学生になるといじめは陰湿化してきた。最早、クラスの過半数が口を利いてくれなくなっていた。しかし体だけは急成長して、女子ではトップクラスの体格になっていた。
強くなりたいという一心で弥生は空手を始めた。強くなれば、皆も見直してくれるだろうと期待していた。運動神経は良かったためみるみる上達し有段者となったが、いじめは軽減することなく、むしろ男子からは“怪力女”呼ばわりをされ、いじめに参加していなかった女子にさえ怖がられて敬遠されるようになってしまった。
遠山コンビや佐々木はる奈はある程度付き合ってくれていたが、それが表面上のものであることは明らかだった。徐々に弥生の心は荒んでいき、クラスメートたちを殴り倒したい衝動に駆られることもあったが、なまじ武道の有段者であるがゆえに喧嘩はご法度だった。
そんな弥生にも1人だけ味方が現れた。
ある日、放課後の教室で1人涙していた弥生の肩を優しく叩いた者がいた。クラスで最も小柄な真砂彩香(女子16番)だった。驚いた弥生に、彩香は囁くように話した。
「これはあたしの哲学みたいなものだけど、人間って一生のうちにいいことと悪いことの起こる回数が元から決まってると思うの。勿論、みんな平等にね。今のところは、悪いことばかりのように思うかもしれないけど、ここを乗り越えればきっといいことがあるよ。あたしも、以前は体が小さいってことだけでいじめられてきたけど、今は皆と仲良く出来るようになった。多分、付き合い方が上手になったんだろうけど。弥生が空手の練習してるの見たことあるけど、とてもかっこよかったよ。大丈夫、弥生のいいところを理解してくれる人もそのうち現れるよ。それまでは辛抱しなきゃね」
身長150cmあるかないかの彩香だったが、言葉には自信が満ち溢れていた。弥生は感動していたのだが、口ではひねくれた返事をしてしまった。
「ほっといてよ。あたしと話すとあんたまでいじめられるかもよ」
彩香はめげなかった。
「平気よ。いじめられたら、またいじめられなくなるように頑張るだけだから。一度克服したあたしを信じて」
弥生は返事が出来なかった。ただすすり泣くだけだった。
その後、弥生と彩香は時々話すようになった。彩香には他に多くの友人がいたので、本当に“時々”だったがそれでも弥生の心はかなり癒された。
しかし、弥生の恐れていたことは現実となった。
ある日弥生は、彩香が数人の生徒に取り囲まれて暴言を浴びている姿を見てしまった。思わず駆け寄った弥生を見て、生徒たちはくもの子を散らすように逃げ去った。
それ以来、弥生は不本意ながら彩香を無視するようにした。彩香が淋しそうな視線を向けても、気付かぬ振りをした。そして、一旦収まっていたクラスメートに対する憎悪の念は、再度燃え上がりさらに募っていった。
弥生がいたのは、エリアI=7の市街地のビルの谷間だった。弥生は自分の拳を見詰めた。自分の心を踏みにじってきたクラスメートたちを、この拳で葬り去る決意をしていた。女子なら全員を、男子でも殆どを一撃で倒す自信があった。ただしこれは素手で戦った場合の話で、銃を持った相手と対峙すれば分が悪い。基本的には接近戦をしたいのだが、全てうまくいくとは限らない。
とにかく自分に配給されたものといえば、棘付きの棍棒だったのだ。普通の生徒には有用な武器だろうが、自分にとっては無用の長物だった。こんなものを振り回すくらいなら、素手の方が戦いやすい。荷物が重いだけなので、さっさとゴミ箱に捨ててしまっていた。
だから銃を持った相手が通りかかるのを待ち、不意打ちで倒して銃を奪うことが必要なので、先刻からずっと息を潜めていたのだった。銃さえあれば、もう少し大胆に動けるだろうし。
その時、弥生の視野に1人の女生徒が入ってきた。しかも、右手に拳銃を下げている。弥生は舌なめずりをした。手始めに、その女子の脳天を叩き割って銃を頂いてしまおうというわけだ。だが女子の顔が確認できた時、弥生は思わず息を呑んだ。女子は真砂彩香だったのだ。
彩香とてクラスメートには相違ないのだが、クラスメート全員を倒す決意をした際に一瞬彩香のことを忘れていた弥生だった。そして、やはり彩香だけは殺したくはなかった。迷ったが、弥生の目の前を彩香が通過した瞬間に結論は出た。
殺しはしない。でも、銃は頂く。
弥生は気配を殺して彩香の背後に忍び寄った。左手で彩香の右肘を掴んで強く回転させるように左に引っ張り、彩香の体を自分の方に向けさせた。次の瞬間には、右の拳を彩香の水月に強く突き入れた。習い覚えた正拳突きは、うめき声を出す間も与えずに彩香の意識を瞬時に奪い去った。
落ちている彩香を左肩に担いで、奪った拳銃を右手に持った弥生は、次の標的を求めてゆっくりと歩き始めた。
<残り30人>