BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


23

 エリアG=7には6階建ての総合病院があった。そこには、ありとあらゆる出入り口をバリケードで封鎖して3人の女子が立て篭もっていた。
 6階の院長室の窓から外を見詰めていた
大薗規子(女子4番)は、大きなため息をつきながら背後の佐々木はる奈(女子10番)を振り返った。
 椅子に腰掛けてじっと考え事をしている様子だったはる奈は“どうしたの?”という表情になった。
 規子は少々イライラした顔付きで言った。
「待ち合わせしてからここまで手際よくやってきたから、何か考えがあると思ってたんだけど、ここへ来てからは外を見張ってるだけで何もしないじゃない。あたしははる奈を全面的に信じてるけど、ちょっと不安になっちゃうよ。それに、こんなものを集めてきてどうするのよ」
 室内に集められたモノを指差しながらの規子の言葉に、はる奈は全く動じた様子も無く答えた。
「そうね、そろそろ説明しておかないと納得できないよね。由加にも一緒に説明したいし、見張りを止めるわけにはいかないから、屋上で話すわ」
 規子は身振りで承諾の意を示した。
 2人は、
山野由加(女子18番)が見張りをしている屋上に上がっていった。

 体育館にいた段階で、規子ははる奈たちと待ち合わせの約束をした。しかし、出発の順番が2番目になってしまったこともあり、名前を呼ばれても震えてしまい立ち上がるのが精一杯だった。
 その時、はる奈が手を取って囁きかけてきた。
「規子、大丈夫よ。あたしを信じて。何とかなるから」
 この言葉で規子の体の震えは大体治まった。しかし、足が進まなかった。
 ふと見ると、兵士たちが銃を持ち上げて自分に狙いを付けているのが解った。
 このまま出て行かなければ、銃の餌食になるのは明白だった。
 こんなところで犬死するのは御免だわ。ほんの僅かでも助かる可能性がある方に進まなくては・・・
 規子はやっと歩き始めた。背後のはる奈がとても頼もしく感じられた。
 最初に出て行った梶田広幸がやる気満々に見えていたため、体育館を出る時は本当に恐る恐るだった。頭だけを出して注意深く左右を見回したところ、市街地の方へと続く道を遠ざかって行く小さな黒い人影が見えた。
 こうなると、警戒するべき相手が広幸1人というのは有利な立場だと思えるようになり、速やかに待ち合わせ場所へと移動することとした。広幸と同じ方向へ行かなければ、ひとまずは安心だと思われた。
 待ち合わせ場所は単純だった。“体育館から真南に向かって、有刺鉄線に突き当たったあたり”というものだった。無論、土地勘の無い場所で複雑な決め事など出来るはずも無かったが。
 規子はデイパックを開けて支給の磁石を取り出した。一緒に出てきたものは何と双眼鏡だった。“これで早く敵を発見して逃げましょう。案外当たり武器かも・・・”と説明書には書かれていた。確かに戦闘力の低い者にとっては、半端な武器よりも役に立つかもしれないと妙に納得してしまった。
 磁石を頼りにひたすら南へ進んだ。地形は山で、かなり進みにくかったが何とか頑張った。手足はかすり傷だらけになってしまったけれども。
 どれほど歩いただろうか。何段にも張り巡らされた有刺鉄線が見えてきた。ご丁寧にも二重になっている。そしてその下にあった物を見て規子は思わず悲鳴を上げた。それは黒焦げになったネズミの死体であった。高圧電流が流してあるというのは、ハッタリではなさそうだった。
 規子は跪いてしまった。
 はる奈はあんなことを言ってるけど、助かる方法なんてあるわけ無いじゃない。首輪もついているのだし。
 両親や妹や友人たちの顔が浮かんだ。いつのまにかスカートのひだの上に涙がこぼれ落ちていた。
 しばらくそのまま動けなかった。いっそのこと、有刺鉄線に突っ込んで自らの人生に幕を引いてしまうことも考えたが、やはり命は惜しかった。
 悩んでいるうちに、拳銃を握ったはる奈が現れた。その柔和な顔を見た途端に、規子は改めてはる奈を信じる決意をした。もし、それで死ぬことになっても決して後悔はしないと。
 さらにしばらくして、由加が辿り着いた。他にも待ち合わせを約束した者がいたのだが現れなかった。残念だが1人しか生き残れない条件なのだから、集団行動を躊躇う者がいるのはある程度やむを得ないだろうと規子は考えた。ちなみに、由加に支給されていたのは千枚通しだった。
 厳しい表情に変化したはる奈が口を開いた。
「急いで市街地へ移動して電器店を探すのよ」
 電器店? まず入手するべきは食料ではないのかしら?
 と規子は思ったが、すでに命をはる奈に預けているのだから黙って従うこととした。
 すぐに大型電器店が見つかって、ガラスに石を投げつけて割り、侵入した。はる奈の指示で由加が見張りに立ち、規子は言われたものをひたすら集めた。蓄電池・増幅器・アンテナ・ラジオ・工具などを。パソコンの方が役立つような気もしたが、はる奈は見向きもしなかった。
 さらに、スポーツ用品店に侵入して浮き輪を集めた。
 続いてはる奈は、病院へ行くことを指示した。何の迷いも感じられないところを見ると、体育館にいる内に策を立てていたものと思われた。
 本当に委員長は頼りになるよ。信じてよかった。
 規子も少しずつ自分が助かりそうな気がするようになっていた。
 しかし病院に着いたとき、はる奈は顔を顰めた。ガラスが割れていて、既に誰かが侵入したことは確実だったからだ。
「どうするの、はる奈。誰かいるよ」
 規子の問いに、地面の靴跡を調べていたはる奈が答えた。
「心配要らないよ。中にいるのは男子1人だけ。こんなところにたてこもるのは、多分気の弱い子だと思う。仲間に出来ればそれもいいし、断られたら一旦追い払うだけのことだし」
 今度は、由加が尋ねた。
「ここに隠れていて、入ってくる子を襲おうとしている可能性はないの?」
 はる奈は首を振った。
「そのつもりなら、こんな表のガラスを割ったりしない。裏の目立たないところから侵入するはずよ」
 結局、3人は院内をゆっくり捜索した。事務所の方から物音がした。3人の足音を聞きつけた侵入者が慌てて隠れようとしているのだと思われた。
 駆けよったはる奈が、懐中電灯で室内を照らした。念のため、体は扉に隠しながら。
 照らし出された侵入者は諦めて立ち上がった。
黒野紀広(男子6番)だった。
 規子としては、とても仲間にはしたくない男だった。わがままで卑怯だと言うイメージが強い。もしはる奈が仲間にしようとしても反対するつもりだった。
 しかし、心配は無用だった。
「悪いけど黒野君。隠れ家を替えていただけないかしら」
 はる奈は凛として言い放っていた。しかも、銃を抜いている。
「ちっ、いい場所だと思ったのに」
 いまいましそうに答えた紀広だったが、銃を見せられてはどうしようもないのだろう。素直に病院から出て行った。何も荷物を持っていないのは規子には不思議だったが、それよりも紀広の学生服に血痕があったことが規子を恐怖に陥れた。
「ひょっとして、黒野君・・・」
 はる奈は即答した。
「多分ね。でも、追い出したから問題ないわ」
 規子と由加は頷いた。紀広に対する恐怖心は軽減されはしなかったが。
 それから3人は、手際よくベッドや長椅子でバリケードを作り、全ての出入り口や窓を封鎖した。持ってきた電気器具を院長室に運び込み、交代で1人が屋上で見張りをすることとなった。規子の双眼鏡が非常に役に立っていた。
 規子は、この調子ではる奈が次の行動に出るものと期待していたが、はる奈はピタリと行動を止めてしまっていた。
 確かに病院だけあって水や非常食の蓄えもあったし、パソコンもたくさんある。はる奈が食料やパソコンに興味を示さなかったのも理解できる。
 では、はる奈の作戦はここに篭城することだろうか? 規子は自問した。
 しかしそれでは、ただ寿命を延ばしているだけに過ぎない。何もしなければ結局は死ぬことになるだろう。それに、浮き輪は海から逃げる準備だろうが電気器具を集めてきた意味が解らない。はる奈を疑うわけではないが、作戦を知らされないまま従っているのは、流石に不安になってきたのだった。

 3人が屋上に揃うと、はる奈は伏し目がちに話し始めた。
「2人ともごめんね。これを話してしまうと失敗するような予感があったから黙ってたけど、言わないと不安だよね」
 規子は無言で耳を傾けた。由加も同様だったろう。
 一呼吸置いたはる奈が続けた。今度は2人の顔をしっかり見ながら。
「あたしは、脱出を考えてる。それもあたしたちだけじゃなくて、生き残ってる子全員が逃げ出せる方法を」
 規子は目を輝かせた。さらに一言も聞き漏らすまいと神経を集中した。
「必要なピースは大体揃ってるけど、後1つだけ足りないのよ。今は、それを待ってるわけなの」
 また、訳がわからなくなった。最後に必要なピースは歩いてやってくるとでも言うのか?
 規子の怪訝な表情にもかまわず、はる奈は言葉を繋いだ。
「この首輪からは電波が出てて、それで政府にあたしたちの居所がわかっちゃうわけよね。でも、皆が同じ首輪をつけているのだから、情報内容は違っても電波の周波数はおそらく共通だと思うの。だから、あたしたち3人の首輪から出てる電波の周波数を調べて共通であることを確認したら、同じ周波数の無意味な電波を発生させて増幅してから、逆に政府のアンテナに送り付けてやるのよ」
 規子はポンと手を打った。
「妨害電波ね。そうすると政府はあたしたちだけじゃなくて全員の居所がわからなくなるわけね」
 はる奈は頷いた。そして続けた。
「そうなったら、他の子にも説明して皆で浮き輪を使って海から逃げればいいの。もちろん、夜しか実行できないけどね。電源は病院の自家発電装置が使えるし、妨害電波を発生し続けるために蓄電池を持ってきてあるし」
 規子は思わずガッツポーズをした。
「やったよ、はる奈。それなら絶対助かるよ。生きて帰れるよ」
 由加もバンザイをしていた。
 はる奈が静かに言った。
「脱出するってのは犯罪者になるんだということを忘れないで。家には帰れないわよ。一生の逃亡生活が待ってるわ。でも、死ぬよりはマシでしょ?」
 あ、そうか。あたしは家に帰るつもりだった・・・ だけど、死なずにすむのなら。
 規子は自分のそそっかしさに半分あきれていた。
 ? でも、もう一つ疑問があった。
「で、足りないピースは何なの?」
 はる奈はあっさりと答えた。
「それは、松崎君」
「何、それ? 松崎君?」
 規子は目をパチパチさせながら尋ねた。はる奈の答えはこうだった。
「残念だけど、あたしには妨害電波発生装置を作る技術が無いの。大体の理屈はわかるから、材料はこれで充分なはずだけど。でも、松崎君なら絶対作れるはずよ。彼の機械と電気の知識は底なしだもの。あたしは、ここで松崎君が通りかかるのをじっと待つつもり。だから、彼が最後まで通りかからなかったら・・・ その時は、あたしたちの運が無かったってことね」
 確かに
松崎稔(男子16番)の機械いじりの腕は天才的だ。クラスメートは故障した電気器具の修理を稔に依頼することも多かったが、殆どの場合翌日までに修理は完了していた。
「だったら、松崎君を探しに行こうよ」
 規子の提案に、由加も同調の合図をした。
 けれども、はる奈は胸の前で両腕を交差させてバツの形を作った。
「それは危険よ。ここまで、やる気の子に遭わなかっただけでも幸運だと思わないと。大丈夫。松崎君だって、自分なりの脱出方法を考えてると思う。その際に、ここにある自家発電装置が必要になる確率は高いと思うの。きっとここに来てくれる・・・ それまでにここが禁止エリアにならないことを祈る必要はありそうだけど」 
 はる奈の表情は自信に満ちていた。それは演技かもしれないと規子は思った。不確定要素が多いのだから。
 でも委員長はクラス全員(ではなくなってしまったけど)の生存に精一杯の努力をしてくれている。そして、あたしと由加を安心させようとしてくれている。あたしは、委員長を信用して黙ってついて行くだけ。どこまでも。
 規子は決意を新たにしていた。

 だが、はる奈の策略には大きな落とし穴が存在していた。無論、規子には想像もつかないことだった。


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