BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
24
服部伸也(男子12番)は悩んでいた。仲間たちの敵をとるために川渕たちを屠る決意を固めてはいたけれど、何せ徒手空拳だった。全ての武器と持ち物を没収されてしまったのだから。
既に川渕たちの篭る体育館は禁止エリアの中であるため、常識的には近寄りがたい。安全に体育館に戻る唯一の方法は優勝することなのだが、これは憎い川渕の挑発に乗ってしまうことであり、それはプライドが許さなかった。それに、仲間の恨みを晴らすために罪のないクラスメートを殺すのは筋違いのような気がした。川渕の放送から考えて既に何人かがゲームに乗っているものと考えられ、もしそのような生徒が自分を襲ってくれば手加減するつもりはなかったが。
とにかくこの場はひとまず脱出を目指し、後日川渕たちの自宅などを襲撃して目的を果たす以外に手段はなさそうだった。しかし、脱出する方法など何も思い浮かばないのだった。
第一、何も持っていないのでは生き延びることも難しい。エリアC=7の集落に辿り着いた伸也は民家に侵入してショルダーバッグ・清涼飲料水・包丁などを入手して一息ついた。本来なら他のクラスメートと相談して脱出の策を練りたいところだが、仲間たち以外で自分を信用してくれる者は恐らくいないものと思われた。いや、1人だけいると言えばいるのだったが・・・
伸也はゆっくりと集落の中を捜索した。誰かを発見したら、相手が錯乱していない限りは何とか話し合ってみようと考えていた。逃げ出される結果になる可能性が限りなく高かったけれども。
ある民家に入ろうとした伸也は、丁度そこから出てこようとした者と鉢合わせしてしまった。思わず戦闘態勢に入ってしまった伸也だったが、相手は平然と話しかけてきた。
「何だ、伸也じゃない。びっくりさせないでよ」
相手は浅井里江(女子1番)だった。そう、伸也を信用する可能性のあるただ1人の人物であった。
伸也と里江は男女それぞれの不良代表だったが、お互いは半分友人のような関係になっていた。軽い口ゲンカ程度は頻繁だったが、殴りあったことは無いし、万引きしやすい店や中学生に平気で酒や煙草を売ってくれる店の情報を交換し合うなど、協力体制にもあった。
以前に伸也たちと他の中学の不良グループが決闘したことがあり、情報を掴んだ里江は少し離れた叢に潜んで無言で伸也たちの応援をしていた。
しかし、伸也たちは劣勢となった。突如、里江は立ち上がって大声を出した。
「あんたたち、その程度の男だったの? 見損なったわ! 今度からあたしの靴磨きでもしてもらおうかしら」
その声に奮い立った伸也たちは見事に逆転勝ちしたのだった。
その時から、伸也は何となく里江に惹かれていた。里江もまんざらではなさそうだったが、お互いに意地っ張りでプライドが高かったため、表面上の関係は何も変化しなかった。
その関係がこの極限状態でどう変化するかは見当もつかなかったが。
伸也は、慌てて抜き出した包丁をしまいながら答えた。見たところ、里江は武器を持っていない。
「ゴメン、里江。でも、俺もびっくりしたんだ」
里江はにこにこしながら言った。
「やるじゃん、伸也」
きょとんとした表情で伸也は答えた。
「え? 何のことだ」
里江は肩をすくめながら応じた。
「あらあら、あたしにとぼけても無意味よ。ちゃんと、あのふざけた野郎の放送聞いたんだから。慎二たち死んでたじゃん。まず、手始めに仲間から始末したってわけでしょ。女子トイレに立て篭もるっていう偽の作戦で騙しておいて、無防備にやってきた3人を片付ける。いい作戦じゃない」
そこまで言ってから、里江は一瞬首を傾げた。そして、続けた。
「そう言えば、あたしやほのかも誘ったよね。ひょっとして、あたしたちまでいきなり殺るつもりだった? ま、そんな手に引っかかりはしないけどね」
はじめはあっけにとられていた伸也だったが、途中から怒りが込み上げてきた。顔は真っ赤になっていたことだろう。
「何を言ってるんだ。黙って聞いていればペラペラと。俺があいつらを殺しただと? ふざけるな! 俺とあいつらの絆は里江もよく知ってるだろうが。たとえ太陽が西から昇っても、そんなことはありえん!」
ほとんど怒声になっていたが里江は怯まなかった。
「だったら、何があったって言うのよ。本当にトイレに篭って奴らを襲撃しようとして失敗したとでも言うの? それなら、どうして伸也だけ生きてるの? しかも無傷で。仲間を見捨てて逃げ出すとは思えないし」
何とか怒りを抑えながら、伸也は今までのことを話した。
「なるほど、それで全部没収されたわけね。お気の毒ね。服まで没収されなかっただけマシじゃない。やっぱり、その作戦には乗らなくて良かった」
里江は表情だけ同情的になっていたが、腹の中でクスクス笑っているのが伸也には丸わかりだった。
「でも、もう優勝を目指すしかないわね。ここに来るまでに何人仕留めたの? 伸也なら丸腰でも殆どの子に勝てるものね。お恥ずかしながら、あたしはまだたったの1人よ」
とんでもないことをまくし立てる里江に、伸也は再度絶句した。
一寸考えていた里江が、突如明るい表情になった。
「そうだ。いいこと思いついちゃった。伸也、あたしと契約しない?」
伸也はやっとのことで答えた。
「何の話だ?」
里江は流暢に続けた。
「正直に言って、あたし1人であと30人近くを倒すのは大変なの。支給武器は金槌だしね。しかも、銃声を聞いてると少なくとも2人はマシンガンを持ってるみたい。でも、あたしと伸也が組めば怖いもの無しよ。絶対、誰にも負けないと思う。マシンガンの持ち主にさえも。そして最後に2人だけになったら、堂々と決闘しましょ。それで負けても、あたしは悔いはないよ。ねっ、いい方法でしょ。優勝確率2分の1よ」
伸也は、包丁を抜き出した。同時に怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! 俺はこのクソゲームに乗る気はない!」
少し声を低くして続けた。
「実は、俺は里江が好きだった。だが、これで終わりだ。正に100年の恋も冷めた。お前は悪魔だ。この場で成敗してやる!」
最後はまた怒声になっていた。同時に、素早く包丁を突き出した。
平凡な少女なら確実に心臓を貫かれていたはずだったが、里江は機敏に飛び退いていた。
伸也はさらに踏み込もうとしたが、里江は背中に手を回したかと思うと拳銃を抜き出して伸也にピタリと狙いを付けた。
「馬鹿ねぇ、こんなところで告白なんて。ムードのかけらもありゃしない。それに、包丁を抜くのが早すぎたのよ。充分身構える余裕があったわ。それにあたしがこんなものを持ってるなんて思わなかったでしょ。片付けた美湖が持ってたわ」
至近距離で銃を突きつけられては伸也も動けない。怒りに全身を震わせながら、辛うじて口を開いた。
「な、何だと。美湖だと? お前、あんな大人しくてひよわな伊佐治を殺ったのか? お前なんかに恋心を抱いた自分が恥ずかしいぜ」
「そうよ。目の前に現れたから始末したの。金槌で脳天を一撃してね」
里江は、一瞬金槌の入ったデイパックの方に視線をやった。
その隙を伸也は見逃さなかった。投げつけた包丁は里江の左肩に突き刺さった。そして、全力で逃げ出した。射程外に出るまでに銃声が2発したが、運良く命中はしなかった。
伸也はそのまま集落を抜け出し、いずこかへと走り去った。
<残り30人>