BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


26

 五月晴れでほとんど真夏のような強い日差しの中、獲物を求めて市街地を探索していたのは永田弥生(女子15番)だった。
 
真砂彩香(女子16番)を失神させて銃を奪った弥生は、まず彩香を安全な場所に隠した。
 自分が優勝するためには、もちろん彩香にも死んでもらう必要があるのだが、どうしても自分の手では殺したくなかった。だから彩香は第3者に仕留めてもらうことにした。だが、意識の無い状態のまま誰かの餌食にさせるのは不憫に思えた。そこで、人目につかない場所に寝かせて、覚醒するまでは生存できるように配慮したのだった。
 銃と予備の弾丸以外の彩香の所持品も、彩香の傍らに置いた。クラスでただ1人、自分に優しかった彩香への精一杯の誠意だった。
 弥生は銃を確認した。コルトガバメントという銃だったが、何と装填されていなかった。いかにも彩香らしいと弥生は思った。おそらく敵が現れれば、彩香は銃を誇示して追い払うつもりだったのだろう。
 思わず呟いていた。
「あんたは甘いよ」と。
 弥生は当然ながら弾丸を装填した。しかし、これはあくまでも予備だ。銃を持った相手と離れて相対した場合以外には使う気は無い。原則としては、素手で殺戮を繰り広げる予定だった。クラスメートの頭や首の骨を次々にへし折っていく自分の姿が思い浮かんだ。何となくワクワクしてきた。
 ビル街の中を壁伝いに移動していた弥生は、ふと目立って高いビルの前で足を止めた。扉をこじ開けた痕がある。誰かが入ったことは確実だ。
 思わず笑みが浮かんだ。最初の獲物を発見したってわけだ。
 弥生は慎重に扉を開けた。中にいる者が銃を持っていないという根拠は無い。いきなり狙撃されることだけは避けねばならない。
 まず、小石を床に投げ入れてみた。少し待ったが何の反応も無い。
 充分に用心しながら足を踏み入れた。どうやら多くの企業の事務所が雑居するオフィスビルのようだった。
 じっくりと床を調べた。数日に亘って掃除がなされていないタイルにはうっすらと埃がかぶっている。その中から、侵入している者の足跡を探して辿った。足跡は、階段に繋がっていた。
 弥生はゆっくり階段を上がった。オフィスの人は通常はエレベーターを使っているのだろうから、階段はあまり使われないのだろう。いろいろな荷物が置かれていて、埃もたまっている。どんどん上の階へ続いている足跡を追うには好都合だった。10階まで上がると、ゆっくり上がっているにもかかわらず、弥生は疲れてきた。しかし、足跡には何の乱れも無い。この足跡の主は、体力のある者と考えられた。戦うには強敵かもしれなかったが、弥生は怯まなかった。強敵と思うほど、武道家としての血が騒ぐのだった。
 最上階である15階まで上がったが、足跡はさらに上の屋上へと続いている。全く迷わずにまっすぐ屋上を目指したものと思われた。他に階段が無いと言う保証はなかったけれども、屋上は逃げ道が少ないことだけは間違いない。相手がこんなところに立て篭もる愚か者ならば、何も恐れることは無いと感じた弥生はほくそえんだ。
 屋上に出る扉に辿りついた。足音を消そうとしても無理だったので、相手は既に自分の接近を察知しているだろうと考えられた。
 待ち伏せされてはたまらない。弥生は、扉の鍵穴から外の様子を窺った。コンクリートの屋上とフェンスが見えるだけで、人影はなかった。
 思い切って、扉を開けた。しばらく息を潜めたが、外からは何の気配もしない。
 足跡の主は、ひょっとしたら既に屋上から飛び降りて自殺しているのではないかとさえ考えた。
 拳銃を握り締め、そっと足を踏み出した。ビルの中はひんやりしていたが、外は暑い。
 じっくりと屋上を見回した。扉からは見えない角度の、かなり離れた位置に人影があった。
 弥生は血の気が引くのを感じた。それは、その人物が
坂持美咲だったからではなく、美咲の右手に握られたマシンガンが目に入ったからだった。しかも、その銃口は既にピタリと弥生に向けられていた。
 弥生が一瞬怯んでいる間に美咲の方から声を掛けてきた。
「永田さん、あたしの持ってるものが見えているのなら、直ちにお引取り願えないかしら」
 弥生は内心ホッとした。美咲が少なくともやる気でないことが解ったからだ。美咲がその気なら、とっくに弥生の体には無数の穴が開いていたはずだったから。
 再度、美咲の声がした。さっきより、少し口調がきついようだ。
「聞こえないのかしら。あたしは、お引取り下さいと言ってるんですけど」
 さらに、美咲はこう続けた。
「どうしても、戦うって言うならお相手するわ。でも、容赦しないからね」
 弥生は考えた。
 常識的に判断すれば、ここは退散するべきだ。接近戦ができる距離ではないし、銃撃戦をしようとしても、まだ構えていない拳銃と既に準備万端のマシンガンでは全く勝負にならない。
 しかし、武道家の意地として極力退散はしたくなかった。それに、この坂持美咲という相手。美人で頭がよく、おまけにクール。弥生にとっては、最も殺してしまいたい相手の1人だった。そんな相手から逃げるなんて耐えられなかった。
 といっても、まともに戦うのは明白な自殺行為だ。弥生は一計を案じた。美咲のとんでもなく高いプライドを利用しようと考えたのだ。
 美咲に向かって話しかけた。
「坂持さん、もし戦うとして貴女はマシンガンを使うの? そんなものを使って勝利して、貴女は満足なの? 自尊心が傷つかないのかしら? どう? ひとつここは、マシンガンなしで戦わない? あたしも銃は捨てるから」
 美咲は少し考えてから答えた。
「そこまでして戦いたいの? 承知したわ。だけど、あたしはマジで手加減しないよ。じゃあ、そっちから先に銃を捨てるのよ」
 弥生は、コルトガバメントを少し離れたところに置いた。それを確認して、美咲もウージーを手放した。
 弥生は腹の底から込み上げる笑いを抑えるのに苦労していた。
 これで、あたしの勝ち。自分のプライドの高さを呪いながら死んでいくといいわ。
 弥生は少しずつ間合いを詰めた。美咲はじりじりと後ろに下がった。
 弥生は気付いた。美咲の背後のフェンスが3m程にわたって失われていることを。
 このまま、美咲が背後を確認せずに後退すれば、弥生は戦わずに勝利を得られるかも知れなかった。
 だが、弥生としてもそんな勝ち方は面白くなかった。美咲の美しい顔を拳で砕かなければ気がすまない。美咲が転落してしまう前に・・・
 弥生は素早く間合いを詰めようとした。あと一歩で拳が届く距離というところで、美咲の声が響いた。とても重い声だった。
「もう一度だけ、確認するわ。命に未練はないのね!」
 さらに足を踏み出しながら、弥生は答えた。
「うるさい! 返事はこれよ!」 
 同時に美咲の顔面に向かって真っ直ぐに正拳突きを繰り出した。
 仕留めたと思ったが、手ごたえは無かった。逆に突き出した右腕を美咲に掴まれていた。そのまま美咲は弥生の体を振り回した。勢いのついていた弥生の方が、奈落の底に転落寸前となった。美咲は、これを狙ってわざとフェンスの欠けた場所に後退していたのだろう。
 だが、弥生も充分に鍛えている。何とか踏みとどまった。間を置かずに美咲の脇腹を狙って回し蹴りを放った。美咲は、即座に手を離して飛び退いた。美咲の運動神経のよさは知っているつもりだったが、弥生の想像を上回る身のこなしだった。
 弥生はさらに突きと蹴りを次々に放ったが、美咲はことごとくかわした。これでは、自分の方が先に疲れてしまうだろう。その時、美咲が手放したウージーが弥生の視野に飛び込んできた。
 そうだ。あれを取れば勝てる。今なら、あたしの方がマシンガンに近いところにいるし。本来の目的が果たせないのは残念だし少々卑怯だけど、勝てば官軍よ。
 弥生は美咲を追うのをやめて、ウージーの方に走った。間違いなく美咲より先にウージーを手に出来そうだった。もし、美咲がコルトガバメントを取ろうとしても到底間に合わないはずだ。
 弥生は、ウージーを握ると素早く美咲に向けて構えた。
 勝った! と、心が叫んだ。
 と同時に、弥生は額の中央に強烈な衝撃を感じた。
 それきりだった。
 倒れた弥生の額の穴から、とろとろと赤黒い血が流れ出していた。
 美咲は、亮から奪ってスカートの背中に差して持っていたシグ・ザウエルの銃口をそっと下げた。
 そして、小さく呟いた。
「相手の武器が1つだけだと決め付けているような、おまけに自分で決めたルールを守れないような人に負けるわけにはいかないわね」

女子15番 永田弥生 没
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