BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
27
午前11時が近づいていた。間もなく禁止エリアとなるJ=6の中をゆっくり歩いていた和栗怜花(女子21番)は、前を歩く石本竜太郎(男子1番)の背中を頼もしげに見詰めた。
怜花はプログラムに巻き込まれたことを知った時点で、もう生きた心地がしなかった。さらに兵士に撃たれた樋口勇樹に押しつぶされそうになって、危うく気絶しかけたりした。周囲のクラスメートがいろいろ相談を始めても、呆然としていて参加できなかった。そこへ山野由加(女子18番)が佐々木はる奈(女子10番)からの伝言だと言って、集合場所を伝えてきた。普段の怜花だったら、はる奈の誘いなら無条件に信用してついて行ったはずなのだが、この際は一応承知した返事だけしておいて、実際には従うつもりはなかった。他にも誘いはあったが断った。とにかく、自分を誘ってくるのは自分を殺すのが目的だと思えてしまって仕方がなかった。理性では、はる奈が自分を殺すはずがないと解ってはいたのだが。
もちろん、1人で行動するのが不利なことも予測できていた。でも、自分を誘ってくる者はどうしても信用できなかった。だから、自分が信用できる者と同行したかった。もし、それで裏切られて殺されても、観察眼の乏しかった自分の責任だと思うことにした。といっても、そこまで信用できそうな相手は、はる奈のほかにはいなかった。つまり、はる奈が誘いをかけてこなければ、自分からはる奈を誘ったはずだった。しかし、先に誘われるとどうしても本能が躊躇してしまうのだった。
出発するクラスメートをぼんやり眺めていた怜花は、河野猛・中上勇一(男子11番)・松崎稔(男子16番)等の優等生が、いずれも竜太郎に合図を送って出て行ったことに気付いた。もともと竜太郎も男子の中では信用できそうだと思っていたが、勇一や稔が竜太郎を信用していることを確認できたため、自分も竜太郎を信じてみようと考えた。有難いことに、竜太郎の出発は自分の次だ。自分の出席番号にこれほど感謝したことは無かった。
デイパックを受け取った怜花は、体育館の出口で竜太郎を待つこととした。先に出た誰かが待ち伏せをしているのではないかという恐怖もあったが、出口の周囲には人影はなかった。
待っている間に、竜太郎が自分を信用しないのではないかという不安が生じた。よく考えたら、竜太郎とは挨拶程度しかしたことがない。竜太郎が地味な自分の事をどんな少女だと把握しているかは、見当もつかなかった。竜太郎がいきなり自分を殺す可能性もないわけではないが、一旦信じると決めた以上は、とことん信じることにした。
やがて、竜太郎が出てきた。出口で待ち構えていた怜花を見た竜太郎は意外そうな顔をした。
当然だろう。殆ど話したことがない女子が待っていたのだから。
怜花は思い切って話しかけた。
「石本君、びっくりさせてごめんなさい。でも、あたしは石本君を信用することに決めたの。お願い。一緒に行動して」
思わず祈るようなポーズになっていた。
竜太郎は困惑の表情を浮かべて答えなかった。
怜花は、さらに懇願した。
「一生のお願い。信用できそうなのは貴方しかいないの。絶対、足手まといにならないように頑張るから。連れて行って」
そして、一度唾を飲み込んでから続けた。
「どうしてもダメだと言うなら、この場であたしを殺して頂戴」
予想外の状況に圧倒されていた竜太郎が答えた。
「とにかく、支給されたものを見せてくれ」
あ! と思った。まだ、デイパックを開けてもいない。
怜花は、おそるおそるデイパックを開けた。出てきたのは、Cz・M75という銃だった。
竜太郎が口を開いた。
「それを、俺に渡せるか? 渡してくれたら君を信用しよう」
怜花は、何の迷いも無く銃を竜太郎に差し出した。自分で使いこなせそうにないこともあったが。
「分かった。君の決意、受け取ったよ」
竜太郎は笑顔を見せた。
その時、次の生徒が階段を下りてくる足音がした。
次は、誰だっけ? ・・・里江だ! 怖い・・・
竜太郎も急に引き締まった表情になった。
「まずい。全力で走るぞ!」
怜花は頷いた。
2人は北西方向へ急いだ。浅井里江(女子1番)も、竜太郎は強敵だと判断したのだろうか追っては来なかった。
怜花は、ひたすらに竜太郎の後ろをついて歩いた。大柄な竜太郎のペースについて歩けるか不安だったのだが、竜太郎が非常に慎重に歩いていたので、それは杞憂だった。
まずは、竜太郎が松崎稔と待ち合わせしていたエリアC=1に向かった。しかし、稔の姿はなかった。少し待ってみたが、稔は現れなかった。
「裏切られたの?」
怜花の問いに、竜太郎は答えた。
「それはありえない。あいつは、そんな奴じゃない。何らかのトラブルがあったのだろう。ゆっくり移動しながら探そう。中上や佐々木も探したいからね」
無理矢理仲間にしてもらった怜花としては、黙って従うほかはない。竜太郎の表情がやや冴えないのは、稔に万一の心配があったからだろう。
南へ移動し、エリアI=2を移動中に川渕の放送があって、稔の生存が確認できた。しかし竜太郎の表情は曇ったままだった。河野猛や遠山奈津紀の名前があったのだから当然だろう。やはり、このゲームに乗っている者がいるのだ。何度も聞こえている銃声で、既に明らかではあったのだけれど。
怜花の恐怖心も跳ね上がっていた。自分の名前が放送される光景まで思い浮かんだ。ただ、竜太郎に同伴している限り、簡単に殺られることはないと何とか自分に信じさせようとしていた。
どうしても沈んだ気持ちから抜け出せなかった怜花が竜太郎の表情の変化に目を見張ったのは、エリアI=3の山岳地帯を移動していた時だった。
眼前には切り立った岩山があり、手前には小石で敷き詰められたような平地になっていて小屋が建っており、そばにはダンプカーが放置されていた。
どうやらここは、採石場のようだった。採った岩石を運び出す道路は、まっすぐに南方の有刺鉄線の方向に向かっていた。
急に目を輝かせ始めた竜太郎は、意外なことを言った。
「悪いけど、しばらくここで待っていてくれ。それも、後ろを向いてだ」
怜花は首を傾げた。竜太郎の要求の意味がサッパリ判らないからだ。
厳しい表情に変わった竜太郎が続けた。
「理由は言えない。とにかく、今から俺がすることを見られては困るんだ。絶対に振り向くんじゃないよ。もし、こちらを見たら死んでもらうからね」
怜花は背筋が凍りつくのを感じた。顔面は蒼白になっていただろう。
今度は、竜太郎は優しく声をかけた。
「怖がらなくていいよ。こちらを見なければ、それでオーケーなんだから」
怜花は無言で頷いた。
竜太郎は怜花に後ろを向かせると、採石場に近づいていった。
怜花は振り向きたい衝動に駆られたが、何とか耐えた。先刻の竜太郎の真面目な表情を考えると、振り向けば冗談でなく殺されると思った。ほんの数分だったはずだが、怜花にはとても長い時間に感じられた。
「もういいよ」
戻ってきた竜太郎がポンと肩を叩いた。見たところ竜太郎の荷物が増えている様子も無く、何をしてきたのか見当もつかなかった。質問したかったが、答えてくれるはずも無いのでやめにしておいた。
そして、怜花と竜太郎はエリアJ=6へやってきた。
間もなく禁止エリアとなる場所をわざわざ通るのは、隠れていた者がいればそろそろ移動を開始するからだと、竜太郎は説明した。探したい連中に会える確率も多少は高いだろうということだった。もちろん、会いたくない相手に遭ってしまう可能性も高くなるだろうが。
怜花は感心した。闇雲に仲間を探すよりもその方が効率がいいだろう。
あらためて竜太郎がとても頼りがいのある男に思えてきた。
ひたすら竜太郎を信じぬけば、生き残れるチャンスも出てくるのではないかと思えた。
おそらく、先刻も生き残るための細工をしていたのだろう。
怜花の表情はプログラム中の少女とは思えないほど明るくなっていた。
それは、いつのまにか芽生えかけた竜太郎への恋心がなせる業だっただろう。
<残り29人>