BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
29
あと30分ほどで禁止エリアになるエリアH=8に新聞社のビルがあった。登内陽介(男子9番)と久保田智子(女子8番)のカップルは、ゲーム開始以来ずっとこの新聞社に潜んでいた。
陽介と智子は出発順が連続していたため待ち合わせは容易だった。体育館の出口で落ち合った2人は市街地を目指し、コンビニで食料などを確保した後、目に付いたこのビルに隠れた。ここが新聞社だったのは単なる偶然だった。2人に支給されたものは鋸とフルートで、護身すら困難だったため隠れる以外に術が無かった。
そのまま出来るだけ長い間隠れているつもりだったが、不幸にも午後1時から禁止エリアに指定されてしまった。2人はやむをえず少し早めにこのビルを出て、新しい隠れ場所を探すこととした。
立ち上がって隠れていた部屋から出ようとした2人は、ビルに駆け込んできた複数の足音を聞いて再び息を潜めた。
首を傾げながら陽介は呟いた。
「間もなく禁止エリアになることは分っているはずなのに、わざわざ入ってくる奴がいるなんて・・・」
智子は返事もせずに震えている。
陽介は耳を澄ました。足音は2人のようで、ひたすらに階段を駆け上がっているようだった。少なくとも、1階に隠れている陽介たちを襲うのが目的ではなさそうだった。だから、自分たちがビルから脱出することには支障は無い。しかし・・・
智子の体を抱きしめたまま陽介は言った。
「見に行ってみよう。誰が何をしに来たのか。万一、禁止エリアをうっかりしてる奴だったら教えてやりたいし」
智子は首をすくめて答えた。
「怖いよ、そんなの。その人たちはほっといて、さっさと移動しようよ」
陽介は体を離し、智子の両肩に手を置いた。説得するような口調で話した。
「わかった。だったら、俺1人で見てくる。2人でずっと隠れていても最終的に助かる方法が見つかるわけじゃない。頼れる仲間が必要だ。今の階段を上がるスピードを考えると、何かアイデアのある奴かもしれない。大丈夫だよ。ヤバそうな奴だったら、すぐ逃げ帰ってくるから。とにかく、君はここでじっと待っててくれ」
智子は俯いてため息をついた。
「わざわざ、危険に首を突っ込まなくても・・・」
陽介は立ち上がって、部屋を出ようとした。
ワンテンポ遅れて立ち上がった智子は陽介に後ろから抱きついた。半泣きの声で言った。
「御願い。1人にしないで。どうしても行くのなら、智子も連れてって」
微笑した陽介が振り向いた。
「君なら、そう言うと思ったよ。さぁ、行こう」
2人は足音を殺しながらも急いで階段を上がった。上から風が吹いてくる。おそらく、屋上に通じる扉が開放されているのだろう。
と、突如エンジンのような轟音と何かが空気を切るような音が聞こえてきた。階段内の空気も震え始めた。
智子の表情が険しくなった。
「よし、もう足音を殺す必要は無い。急ぐぞ」
陽介の一言で智子も速度を上げた。
屋上に近づくに連れて、音は大きくなっていった。先ほどの2人が屋上で何かをしているのだ。
扉から日差しの下に出た2人が見たものは、今にも飛び立とうとしている小型のヘリコプターだった。
ヘリコプターを操縦していた者たちは、2人の姿を認めると一旦エンジンを止めて降りてきた。
降りてきたのは、偶然にも陽介たちと親しい2人だった。
「貴之! 章仁! 何やってんだ?」
陽介の問いに大槻貴之(男子2番)は答えた。
「見ての通りさ。このヘリで逃げようってわけさ」
長内章仁(男子3番)が続けた。
「俺たち、隣のビルに隠れてたんだ。禁止エリアになって移動しかけたら、このビルを見つけてさ。貴之が新聞社ならヘリがあるかもしれないって言うから上がってきたら、ビンゴだったさ」
目を丸くした智子が口を開いた。
「そんなもの、操縦できるの?」
貴之が答えた。
「有難いことに鍵も操縦マニュアルも置いてあるんだ。実は、いまちょっと浮上してみたんだけど上手く出来そうだった」
「だったら、智子たちも乗せてよ」
今度は章仁が答えた。
「悪いけど、これ2人乗りなんだ。勘弁してくれ」
冷めた表情の陽介が言った。
「あのな、お前ら。大事なことを2つ忘れてるぞ。1つは、着地の問題だ。初めて操縦して、まともに飛行してまともに着地できると思うのかよ。もう1つは首輪だよ。逃亡したと露見すれば爆破されるぞ。もし、そいつが4人乗りでも俺たちは乗りたくない」
貴之は落ち着いて答えた。
「そんなことは、先刻承知さ。出発したら全力で南の山地を越えて低空飛行する。そうすれば、首輪の電波は山越えでうまく届かないと思う。そして、砂浜にでも降りるさ」
陽介は表情を変えなかった。
「成功率は1%未満だと思うが、それでもやるのか?」
貴之はデイパックから花火セットを取り出した。
「見てくれ。俺に支給されたのはこれだ。章仁は柔道着だった。つまり、このままじゃ俺たちの生存確率は殆どゼロだ」
章仁が続けた。
「そういうことなんだ。成功率がいくら低くても、俺たちは賭けてみたいんだ。これで失敗しても、クラスメートに殺されて遺恨を残すよりマシだ」
陽介は大きく頷いた。
「それも、1つの考え方かもな。殺すことも殺されることも避けるためには自殺か脱出しかないわけだものな。ただ、そこまで成功率の低そうなことは俺には真似できんけどな。でもさ、もう少し待ってみる気はないのか? 誰かがもっと安全な脱出方法を発見するかもよ」
智子も同調した。
「そうよ。そんな方法はいつでも使えるじゃない。早まらなくても・・・」
貴之は否定のポーズをした。
「智子ちゃん。ここは、禁止エリアになるんだぜ。このヘリを使うチャンスは今しかないんだ」
陽介はゆっくりと口を開いた。
「わかった。もう、引き止めない。でもな、貴之。お前、真砂には会えたのか? このままでいいのか?」
貴之が真砂彩香(女子16番)に片思いしていることは、章仁・陽介・智子の3人だけが知っていた。
そして、貴之が卒業式の日に告白する決意をしていることも・・・
陽介は続けた。
「もう、俺たちが一緒に卒業式を迎えることはありえない。脱出できたとしても、卒業式には出られない。だから、お前が告白するチャンスはこの場しかない。このままで悔いはないのか?」
顔を歪めながら貴之が答えた。
「悔いが無いと言えば、嘘になる。でも、この広い会場でどうやって真砂を探すんだ? うろうろするのは自殺行為だろ。おまけに、もし見つけても真砂は多分逃げ出すさ。告白は無理だよ」
貴之は一呼吸置いて続けた。
「それに万一、俺と真砂が結ばれる運命だったなら、ここでじたばたしなくても、どこかで必ず会えるさ。そこが、たとえ涅槃であっても・・・ 赤い糸って、そういうもんだろ」
イライラした表情の章仁が言った。
「貴之、もう行くぞ。もたもたすればするほど、政府にバレやすくなるかもしれないし」
章仁と暗い表情に変化した貴之は、再度ヘリコプターに乗り込んだ。
間もなく、エンジンとローターの轟音が響き始め、機体は静かに浮上した。
強い風圧のため、智子は思わず陽介の後ろに隠れた。
陽介が振り向くと、智子はじっと手を合わせて2人の無事を祈っていた。
その間に、ヘリコプターはぐんぐん高度を上げ、南へ向けて飛んでいった。
厳しい表情で見送っていた陽介の頭には、2人が首輪を爆破され、操縦士を失ったヘリコプターが墜落していく様子がありありと浮かんでいた。やはり、強引に引き止めるべきだったか・・・
が、現実は陽介の想像を超越するものだった。
有刺鉄線の上空あたりまで快調に飛行していたヘリコプターは、一瞬閃光を放ったかと思うと空中爆発し、多数の破片となって地に落ちて行った。わずかに遅れて、爆発音が響いてきた。
「キャッ!」と叫んだ智子が陽介に抱きついたが、陽介は燃え残りの煙が見える南の空を呆然として見つめていた。
男子2番 大槻貴之 没
男子3番 長内章仁 没
<残り27人>