BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
30
我に返った陽介は慌てて時計を見た。禁止エリアになる時間まであと15分だった。そろそろ逃げ出さなければ危ない。智子の手を引いて、階段を駆け下りたかったが、智子は半狂乱状態になっていた。
「嘘でしょ、今の。首輪が爆発しただけで、どうして機体がバラバラになるのよ。何か幻でも見てるんじゃないの?」
頭を抱えて座り込み、髪をかきむしりながら智子は叫んでいた。
しかし、その疑問は当然だった。首輪の火薬量が、機体が爆発するほどの量である必要はない。一部始終を見ていた陽介には、例えば地対空ミサイルなどで攻撃されたようにも見えなかった。
智子を抱きしめながら考えた。
思い出した。体育館で川渕が言っていたことを。罠が用意されていると言ったことを。
つまり、あのヘリコプターには一定時間以上飛行すると自動的に機体が爆発するような仕掛けがしてあったのだろう。
冷静に考えれば、鍵とマニュアル付きのヘリコプターを政府が放置しているはずがない。
むしろ“脱出を試みるのは愚かだ”という見せしめとして、政府が準備したと考えるべきだ。
そこまで頭が回転していれば、強引に引き止めることが出来たのだが・・・
けれども、後悔している暇は無い。
早く脱出せねば・・・
しかし智子は歪んだ表情で立ち上がり、「どうして?」を連呼していて全く落ち着かない。
やむなく陽介は、智子の頬に強烈な平手打ちをした。
ガクッと座り込んだ智子は、俯いて一言も発しなくなった。
その肩に手を置きながら、陽介は言った。
「さ、時間が無い。行くよ」
智子は、ゆっくり顔を上げた。先ほどまでとは別人のようにスッキリした表情だった。澄んだ瞳がいつも以上に輝いている。
が、陽介はその表情になにかただならぬものを感じてぞっとした。
そして、次の瞬間に智子の唇から発せられた言葉に、陽介は脳天を殴られたような衝撃を受けた。
「陽介、もういいよ。逃げるのは無理だよ。所詮、絶対助からないよ。・・・・いっそのこと、心中しない? 丁度、ビルの屋上にいるんだし」
その声は、小声だったがとても重々しかった。
一瞬、陽介は返す言葉がなかった。
2人が知り合ったのは、約2年前の6月だった。
授業が終わった中学1年の陽介は、徹夜で並んでチケットをゲットしたアイドル歌手のコンサートにギリギリの時間だったため、全力で廊下を走っていた。
そして、1人の女生徒と激しく出会い頭に衝突して転倒させてしまった。
その女生徒が、当時は別のクラスにいた智子だった。
そのまま無視して走り去ろうと思った陽介だったが、倒れた智子の顔を一瞬見て一目ぼれしてしまった。
あっという間に、陽介の頭は智子のことで埋め尽くされていた。もう、コンサートなどはどうでもよかった。
智子は腕を骨折して入院してしまったのだが、陽介は毎日のように果物などを持参して見舞いに行った。もちろん、授業のプリントなども。
小遣いはすぐに底をつき、兄や友人に借金して回った。
遠い病院に行くこと自体も大変だったが、智子に会えると思えばなんでもなかった。
始めは心を閉ざしていた智子は、陽介が来ても視線も合わせなかったが、徐々に陽介の誠意に応じるようになった。
もちろん、その誠意に下心が混ざっていることには感づいていたけれど。
そして、退院の日。
大きな花束を持って訪れた陽介は、智子の両親の目前だったにもかかわらず堂々と告白した。
智子は快諾した。両親も陽介の態度に感心し、公認での交際が始まった。
もちろん智子に怪我をさせたことに関して自分の両親や教師から散々叱られてはいたけれど、陽介は蚊が刺したほどにも感じなかった。
それほど、智子を得た喜びは大きかった。
2年生からは同じクラスになって、2人の結びつきはさらに強固なものとなった。
もう、誰にも引き裂くことは出来ないと思われた2人の仲だが、プログラムの前に最大のピンチを迎えていた。
「ね、他の子に殺されるよりはいいでしょ。一緒に逝こうよ」
智子が本気で言っているのは間違いない。
こんな時に冗談を言う性格でない事は知り尽くしている。
それに、この目の輝き。天国で結ばれることを真に望んでいるとしか思えない。
最早、説得は無駄だと考えられた。
だが、陽介は心中する決意が出来なかった。といっても、迷っている時間は無い。あと10分で首輪が爆発するのだ。
ついに、陽介は悲壮な決意を固めた。
「わかった」
と、一言答えた。
智子がサッと抱きついて接吻をした。
2人はそのままフェンスの戸をこじ開けて外へ出た。
本来、高所恐怖症の智子だが覚悟を決めているせいか、とても堂々としていた。
「じゃあ、1、2の3で跳ぶわよ」
智子の合図に、陽介は無言で頷いた。
「いち、にーの・・・」
まで智子が言ったとき、陽介は突如手を振り解いて智子に足払いをかけた。
智子は、そのまま奈落の底に落ちて行った。
「どうしてぇ?」
という叫び声を残して。
「すまない、智子。俺も必ず後から逝く。でも、俺は自ら退場するのだけは嫌なんだ。男らしく討ち死にしたいんだ。許してくれ」
もはや智子に聞こえるはずの無い大声を放った後、陽介は全力で階段を駆け下り始めた。
午後1時は刻一刻と迫っていた。
女子8番 久保田智子 没
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