BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
31
真砂彩香(女子16番)は目を覚ました。体に重いものがのしかかっている上に、視野が暗かった。
彩香は、自分の上に積まれているものを必死で払いのけた。
やっとのことで陽射しの下に出て、自分がゴミの山の中に寝ていたことを理解した。
銃を除く荷物がそのまま残っている事もわかった。
どうしてあたしはこんなところで寝てるんだろう。
彩香は記憶を辿った。
修学旅行の楽しい思い出。レストランで急に耐えられない眠気に襲われたこと。体育館で覚醒したこと。担任の川渕がプログラム担当官だったこと。デイパックから銃が出て来たが、弾を込めなかったこと。夜の間は森に潜み、明るくなってから市街地に出たこと。それから・・・
どうもその先の記憶が無い。さらに必死で記憶の糸を手繰った。
そうか! 突然誰かにおなかを殴られて気絶したんだ。でも、誰が?
気絶する寸前にセーラー服を見たような気がする。ということは、女子だよね。女子であんなパンチ力がありそうなのは、里江か弥生くらいかな。でも、里江ならおそらくあたしを殺すはず。気絶させるってのは、弥生しか考えられない。でも、どうして? 声をかけてくれれば、仲間になったのに。銃が欲しかったなら、言ってくれれば渡したのに。
弥生を信頼していた彩香には信じがたい事態だった。
が、このプログラムの状況下。
確実かつ安全にしかも殺すことなく自分から銃を奪うには、一旦落とすのが正解かもしれないと思い直した。
そして、意識のない自分が第三者に殺されてしまわないようにゴミの中に寝かせたというのは容易に理解できた。
とにかく、殺されなかっただけ幸せだと考えざるを得なかった。
弥生の配慮にも感謝しておくことにした。生ゴミではなかったので、あまり臭くなかったし。
それでも、私物からオーデコロンを取り出して使用する結果にはなったが。
そういえば、今何時だろう?
突如思いついて時計を見た。午後1時を少し過ぎていた。どうやら4時間くらい眠っていたようだ。
え? 午後1時? ということは、あたしは正午の放送を聞いていない・・・
彩香は背筋が冷たくなるのを感じた。放送の聞き逃し、すなわち禁止エリアの情報が入らないということは致命的になりかねない。午後1時の禁止エリアは運良く逃れたようだが、3時と5時のは見当もつかない。それに、不用意に移動すると午後1時からの禁止エリアに自ら足を踏み入れてしまう危険さえある。
とにかく、禁止エリアを知る必要がある。その方法は、2つありそうだった。1つは、クラスメートに会って聞き出すことで、もう1つは正午以降に死んだ者のデイパックから地図を獲得することだ。
しかし、後者は難しい。最近の死者の場所を知る方法は無い。銃声の聞こえた方向に行く手もあるが、当然危険だ。おまけに、デイパックは勝者が持ち去っている可能性が高い。
無難な方法は、今自分がいるエリア内で午後3時までにクラスメートを発見することだった。
そして、見つけた相手が信用できそうなら声をかける。
もし信用できない相手なら、こっそりと近くに陣取る。クラスメートが平然と居座っている場所なら禁止エリアでないことは明らかだ。相手が移動したら尾行すればよい。居眠りなどして、見失わないように注意する必要はあるけれど。
彩香は地図を取り出して周囲の建物と見比べた。どうやらここは、エリアI=7のようだ。気絶する前にいたのと同じエリアだ。
彩香は慎重に探索を始めた。このエリア内で誰も見出せなかったら、運を天に任せて他のエリアに移動するしかない。
40分ほども探しただろうか。広い公園内を調べていた彩香は、雑木林の中に人影を見つけた。
小さくガッツポーズをしながら気配を殺したまま近寄って、相手を確認した。戦慄が走った。相手は豊浜ほのか(女子14番)だったのだ。
浅井里江(女子1番)は一緒にいないようだが、彩香にとってはほのかだけでも充分に恐ろしい。そのままこっそり立ち去った方がいいかもしれない。だが、自分はクラスメートを見つける必要があったのだ。折角、発見したのだから逃げるのは惜しい気もする。もう少し離れて、いつでも逃げられような場所に潜むのが正解だろうか・・・
いろいろ考えているうちに、胸の鼓動が高まってきた。とまどっていた彩香は、突如響いた声に不意をつかれた。
「そこにいるのは、誰?」
間違いなくほのかの声だ。ハッとしてほのかの方を見ると、完全に体を木陰に隠したようで姿が見えない。
しかし、誰だと訊いてくるということは、ほのかは自分の姿を確認してはいないはずだが、自分の存在だけは知っているわけだ。
それでは、胸の鼓動を聞かれてしまったのだろうか? まさか・・・ あ!
そこに至って、自分が風上にいることに気付いた。
先刻使用したコロンの匂いを嗅ぎ取られてしまったのだ。ということは、女子であることは悟られているだろう。
逃げ出そうかとも思ったが、体を隠した上でもう少し無言で様子を見ることとした。
また、ほのかの声がした。
「答えてくれないならどこかへ行って頂戴。その辺でちょろちょろされるのは、あたしは我慢できない。逃げるなら追いはしないから」
何を言われても無視することに決めていた彩香は、当然答えなかった。
そのまましばらくの間、両者は無言だった。
そして彩香は感じた。ほのかが少しずつ近寄ってくる気配を。
しまった、もう逃げられない。やはり、さっき逃げておくべきだったのか。
武器を持っていない自分が戦っても勝ち目はない。
こうなったら、命乞いしてみよう。里江なら無駄だが、ほのかなら通用するかもしれない。
彩香は、ほのかに見える位置へ移動して地面に座りながら言った。
「真砂です。武器は持ってません。出来ることなら命ばかりは・・・」
ほのかは微笑した。右手にはナイフを握っている。
「やっぱり、彩香だった。そんな感じがしたのよ。あんたがこのクソゲームに乗るとは思えないけど、念のためボディーチェックさせてもらうからね」
ほのかは手早く彩香の体をチェックした。そして、頷きながら言った。
「オーケー。立っていいわ。でも、武器が無いのはどうして?」
彩香は事情をぼそぼそと説明した。
「弥生? 弥生なら正午の放送で死んでたよ」
首を傾げながら語ったほのかに、彩香は目を見開きながら答えた。
「死んだ? 弥生が? どうして?」
ほのかは答えなかった。
彩香もそれ以上訊かなかった。ほのかが事情を知っているはずがないからだ。殺したのがほのかでない限りは。
逆に、ほのかの方から質問してきた。
「で、どうするつもりなの。さっきも言ったとおり、逃げたければ逃げていいよ。少なくともあんたを殺す気はないから。もし、あたしと行動したければ、それもオーケーだけど」
他の子なら殺すつもりなのかと妙な疑念が湧いたが、武器のない自分にとってはほのかと一緒の方が安全に決まっている。
彩香はきっぱりと答えた。
「一緒に行動させて」
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