BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


32

 豊浜ほのか真砂彩香と並んで雑木林に潜んでいた。
 ほのかも、多くの生徒と同じように脱出の方法を見つけたいと思っていたが、特にアイデアもなく頼れる仲間を探していた。
 そんなほのかにとって、彩香を仲間に出来たことは無上の喜びだった。
 もっとも、武器も腕力もない彩香は戦闘の役には立たない。むしろ、守ってやる必要があるため足手まといに近い。
 だが、彩香を仲間にすることにはそれ以上の価値があった。
 お人よしで優しい彩香は人に疑われにくい。
 単独では頼れそうな者に会ってもなかなか信用してもらえそうにないほのかだが、彩香が一緒にいれば信用される確率は上がるだろう。
 もちろん、そんな理由を彩香に話したりはしないけれど。
 ただしほのかには、他のゲームに乗っていない者たちと違う点があった。
 ただ1人に対してだけ、殺意を持っていたのだ。
 その相手とは、
浅井里江その人だった。
 里江の性格を知り尽くしているほのかにとっては、里江が何のためらいも無くクラスメートの殺戮を始めることはほぼ確実なことだった。
 もし脱出法を見つけても、そのときまでにクラスの大半が里江に殺されているかもしれなかった。
 だから、できるだけ早く里江を見つけて倒す必要があった。
 他にもゲームに乗る者はいるだろうが、とにかく里江を消すことが自分の責任だと思っていた。

 ほのかは元々は心の優しい少女だった。
 しかし、5歳上の兄、京平が中学入学とともに不良グループに入ったときから歯車が狂い始めた。
 運動神経抜群だった京平は、中3の頃にはボスになり高校生と喧嘩しても無敗を誇り、近隣に悪名を轟かすようになった。
 そして、小4だったほのかに無理やりに喧嘩の特訓をした。
 拒否すると殴られるので、ほのかは毎日泣きながらしごきに耐えた。
 ほのかも兄に劣らず運動神経がよく、不本意ながらすぐに喧嘩の達人になってしまった。
 自分自身は喧嘩したくはないのだが、強いと聞き知った不良少女達が次々に挑戦してくるので、やむなく相手をして悉く負かしてしまった。
 さすがは京平の妹だと不良たちの間でも評判になるほどで、京平も自慢して仲間達との集いにほのかを連れ出すようになった。
 自分としては全然嬉しくなかったが。
 子分になりたいと申し出てくる者もいたが、断った。ボスなどになる気は無かった。平和な学校生活が望みだった。
 しかし、中学入学の2日後。
 隣のクラスだった里江から決闘を申し込まれた。
 里江は他の小学校の出身だが、男子も怯えて近寄らないというその名前だけは何度も聞いていた。
 ほのかは決闘など断りたかったのだが、断っても何度も挑戦されるか闇討ちされる結果になるのは明白だった。
 一度だけ。一度叩きのめしておけば十分。
 そうすれば、里江と同じ小学校出身の少女達にも挑戦される心配はない。
 そして、最強の自分が逸脱行為をせずに普通の生徒をしていれば、この学年で不良少女が問題を起こすことも少ないだろう。
 授業後の校舎裏に多くのギャラリーを迎えて、決闘は行われた。
 里江の強さはほのかの想像を絶していた。一発一発の拳の重さも速度も自分を明らかに上回っていた。
 たちまちのうちにほのかは防戦一方に追い込まれ、両腕が折れそうに痛み出した。
 一瞬ガードが甘くなったところで、強烈な一撃がほのかの腹にめり込んだ。
 腹筋も鍛えていたので何とか持ちこたえたが、次の瞬間にはこめかみを強打されてあえなくダウンしてしまった。
 倒れたほのかの胸を、里江は土足で踏みつけた。子分になることを強要した。
 逆らえば重傷を負わされることは確実。
 ほのかは仕方なく了承した。
 京平に依頼すれば、敵を取ってもらえるかもしれないと思ったがやめた。
 高3男子が中1女子を倒しても自慢にならないばかりか、他の不良から軽蔑される可能性さえある。弱い者苛めとして。
 そんなことを頼むわけにはいかない。
 それからというもの、ほのかは里江の参謀を務めていた。
 頭のよさでは里江よりずっと上だったので、里江の行動をそっとコントロールして警察沙汰にならない寸前でセーブさせていた。
 ある意味では里江を操っていることになるのだが、優越感に浸っている里江は感づいていないようだった。
 だから、従っていても何とか耐えていられた。
 それでも、1つだけ我慢できないことがあった。
 里江が、ほのかの名前を省略したあだ名で呼ぶことだった。
 “とよのか”ですって? あたしはイチゴじゃないっちゅうの。
 それも、あと10ヶ月の辛抱。
 里江の成績なら自分と同じ高校に入れるはずがない。
 このまま別の高校へ行って、里江とはお別れ。普通の生徒として、楽しい高校生活を。
 と思っていたのだが、運悪くプログラムに参加する羽目になった。
 体育館において、里江は
服部伸也(男子12番)の誘いを断った後、ほのかに待ち合わせ場所を指定した。
 ほのかには、里江の考えていることは手にとるようにわかる。
 自分を兵士兼弾よけとして散々利用した挙句に、優勝寸前になれば用済みとして自分を始末するはずだ。
 その手には乗らない。他の子も殺させない。
 体育館を出てすぐ、ほのかはデイパックの中を確認した。当たり武器であれば、待ち合わせ場所に赴いて里江を不意打ちで倒すつもりだった。が、入っていたのは果物ナイフ。これでは、たとえ里江が素手であっても恐らく勝てない。
 当たり武器を持ってる子と仲間になって、武器を借りて里江を仕留める。
 これが、ほのかの計画となった。
 
 ほのかの耳に微かな足音が聞こえてきた。間違いなく、こちらに近寄って来ている。
 自分が顔を出すと、好戦的でない者とさえ戦闘状態になる危険がある。
 そこで、彩香に声を掛けさせることとした。もちろん、身は木陰に隠して。
 彩香は指示に従った。
「真砂です。あなたは誰ですか?」
 相手が答えた。
「ま、真砂? 俺だ。登内だ。丁度いい。君に用事がある。出てきてくれ」
 
登内陽介(男子9番)のようだ。声も間違いない。ゲームに乗るような奴じゃないし、久保田智子も一緒だろうから仲間にしやすいはずだ。もし、いい武器を持っていてくれたら有難いのだが・・・
 でも、ちょっと待って。彩香が声を掛けたのだから、先に智子が返事をしそうなものよね。どうして、智子の声が聞こえないの?
 ほのかは彩香に耳打ちした。
 彩香は、その通りに言った。
「登内君。智子はどうしたの? 一緒にいるんでしょ」
 陽介が答えた。
「智子とははぐれてしまった。今は1人だ。さ、俺は何も持ってない。話があるんだ。出てきて欲しい」
 その声が微妙に震えているのを、ほのかは聞き逃さなかった。彩香を制して自分で答えた。
「豊浜だよ。悪いけどあんたは信用できない。あっちへ行って頂戴」
 陽介の口調が変わった。
「な、何? 豊浜? おい、真砂。そんな奴と一緒にいたら危ない。早くこっちへ来るんだ」
 ほのかは負けずに答えた。
「ふざけないでよ。彩香は、あたしと一緒の方がずっと安全さ。あんた、智子を殺したね。番号の繋がってるあんたたちが簡単にはぐれるわけないでしょ」
「な、何を根拠に・・・」
 強がった陽介だが、声の震えはさらに酷くなった。
 彩香が口を開いた。
「本当なの? 登内君、智子を殺したの?」
「ち、違う。あいつが勝手に自殺したんだ」
 陽介の言葉に、ほのかが反応した。
「何ですって? 目の前で彼女に自殺されたって言うの?」
 陽介は事情を説明した。足払いをかけたことだけは伏せていたが。
 しかし、その弁解はほのかの逆鱗にふれた。
「いい加減にしてよね。智子が何を願っていたか分らないの? 男なら、それに殉じてあげたらどうなの?」
 陽介は震えながら答えた。
「いや、お、俺は堂々と討ち死にしたかった。自ら退場したくなかった。でも、智子を説得するのは無理だった」
 ほのかの声がさらに大きくなった。
「だからと言って、そのまま自殺させる人がどこにいるのよ。あんたが心中を拒みたいなら、智子を殴るか絞めるかして一旦気絶させるべきなのよ。時間を置けば智子の考えも変わったかもしれないし。とにかく、あんたは最低よ。智子の敵として成敗してもいいくらいだけど、あんたなんか殺すにも値しない。声も聞きたくない。さっさと消えな!」
 陽介はワンテンポ遅れて答えた。
「わ、わかった。消えるよ。でも、その前にどうしても真砂に言いたい事があるんだ。それだけ、言わせてくれ」
 彩香が答えた。
「聞いてあげるわ。ただし、手短にね」
「先刻、貴之が政府の罠にかかって死んだ。本当は、貴之が言うべきことなんだが俺が代わりに言う。貴之はずっと真砂が好きだったんだ。卒業式の日に渡すつもりのラブレターを先月から書いて、いつも持ち歩いてたんだ。もし、真砂に会えたらそれだけは伝えてやりたかった。それだけだ。じゃぁ」
 陽介はそれだけ言うと立ち去りかけたが、ほのかが呼び止めた。
「待って。罠って、さっきの爆発音?」
「そうだよ。爆弾付きのヘリに章仁と2人で乗っちまった。南の山のあたりで爆発して落ちていったよ。それじゃ」
 陽介は走り去った。
 ほのかは、彩香の様子がおかしいのに気付いた。
「彩香、まさかあんた・・・」
 彩香は俯いたまま、か細い声で答えた。
「まさか、大槻君があたしを好きだったなんて。告白しようと思ってたなんて。殆ど話したこと無いから全然わからなかった」
 突如、彩香は顔を上げてほのかの目を見つめながら続けた。涙が溢れかけている。
「実はね、あたしね、大槻君のこと、いいなって思ってたの。告白する勇気なんか無いし、ずっとこのままでもいいと思ってた。まさか、まさか・・・」
 あとは、言葉にならなかった。
 ほのかは、そっと彩香を抱きしめた。
 雑木林の外には、相変らずの強い陽射しが照り付けていた。


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