BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
34
プログラム会場の北端であるエリアA=5は、岬になっていて岩場が続いていた。その、ひときわ大きな岩に腰掛けた堂浦修(男子8番)は、大きな溜息をついた。手には支給されたヌンチャクを持っていたが、しっかり握っていられないほど憔悴していた。
父の保は陸軍中将だったが、躾けは厳しくなかった。しかも、思想的な教育は敢えてしなかったので、修は軍人ではなく普通のサラリーマンになるつもりだった。
学校では軍人はあまり人気のある職業ではなかったので、友人たちには父の職業は伏せていた。
成績も比較的良く、礼儀正しい修は教師にもクラスメートにも好かれやすくクラスの副委員長に選ばれていた。
そんな修にとって、プログラムは青天の霹靂だった。
そう、父の立場を考えれば自分のクラスがプログラムに選ばれる筈がないと思っていたのだ。
対象クラスが抽選で選ばれることは知っている。
だが、万一選ばれても軍の幹部サイドで対象クラスを変更するだろうと予想していた。
それが叶わないのなら、父が何らかの方法でクラス全員を救助してくれると甘く見ていたのだった。
だから、プログラムを宣告された際も何かの間違いだと思ってしまった。軍の幹部が、中将の息子が入っていることをうっかりしていたのだろうという発想に繋がってしまった。
それゆえに、川渕に堂々と歯向かってしまった。
しかし、川渕は全く動じなかった。それどころか、衝撃の事実を知らされてしまった。
なんと、父はプログラムを実行する責任者側の人間だったのだ。
父はそんなことをおくびにも出さなかった。おそらく、母も知らされていなかっただろう。
立場上やむをえないとはいえ、修は父に見捨てられてしまった形なのだ。
目の前が真っ暗になるのがわかった。体に力が入らず床に両膝をつくほかはなかった。
そこへ川渕が言葉をかけたが、修は返事をする気力も無く放心状態のまま出発の時を迎え、ふらふらと体育館を後にした。
誰かと待ち合わせをしておくことも出来なかった。
もっとも、川渕から“ゲームに乗って優勝するようにという指導”を受けた身では、周囲に自分を信用させるのは困難だったと思われるが。
そして、出発直後に銃声。
おそるおそる様子を見に行った修は、木原涼子の亡骸を発見してますます恐怖に捉われた。
そのまま無目的に歩き続け、以後誰にも会うことなく北の端に到達したのだった。
修は父のことを考えた。
父自身も軍人の仕事が好きではなかったのではあるまいか。
プログラムに関する仕事などしていれば、嫌気がしてくるのも無理はなさそうだ。
そもそも国を守るために軍人を志したはずなのに、前途ある中学生の殺し合いを管理するのが仕事だなんて。
父は、敢えて修が軍人志望にならないように教育したのではないだろうか。
そう思うと父を恨むことも出来ず、ただ嘆くしかなかった。
むしろ、軍人の息子として厳しく躾けられていれば、こんな際のサバイバルテクニックもある程度習得出来ていたであろうのにと悔やまれた。
考えれば考えるほど、頭の中がゴチャゴチャしてきた。落ち着かねば・・・
修は、いつも肌身離さず持っている携帯用MDプレーヤーを私物から取り出した。
ヘッドホンを装着してスイッチを入れた。
この状況下で耳を塞いでしまうのは最悪の選択なのだが、そんなことを考え付く余裕はなかった。
耳に流れてきたのは、人数が増えたり減ったりすることで有名なアイドルグループ“イブニング娘。”の曲だった。
修は小学生の頃から、既にピークは過ぎていてもまだまだ根強い人気を保っていた彼女たちのファンだった。
なかでも修は、メンバーの“篭亜季”に夢中だった。亜季は修より2学年上だが、童顔で小柄なので修は同学年のような気持ちでいた。
そして、今聞いているのは亜季がソロパートの大半を独占している曲。
修にとっては、最も好きな曲だった。
少し気分も落ち着いてきた。やはり、亜季の声を聞くのが一番だ。最高の清涼剤。
その時、肩をポンと叩かれた。
誰だ、誰だ。今、曲が一番盛り上がっているところなのに邪魔するな。え?
振り向いた修の目に見えたものは、浅井里江(女子1番)の冷酷な顔と黒光りのする銃口だった。
何のリアクションをする余裕も無く全てが終わった。
修の骸に軽蔑の眼差しを送った里江は、静かに踵を返した。
恐らくこう言いたかったに違いあるまい。
“体格も立派だし、普段の態度も堂々としてるけれど、本当に見掛け倒しで中身が伴ってないのよね”
男子8番 堂浦修 没
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