BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
35
午後5時が近づいていた。間もなく禁止エリアとなるI=7の市街地を、仲間を探して探索していたのは石本竜太郎(男子1番)だった。
一般に脱出を目指す者たちは、一緒に助かりたい友人を探して仲間になろうとするだろう。
竜太郎も同様ではあったが、彼の場合は脱出手段そのものに仲間が必要であった。しかも、有用な仲間が。
既に和栗怜花(女子21番)を仲間にしているが、残念ながら怜花は有用とは言い難い。むしろ足手まといになる可能性もある。
が、できるだけ多くのクラスメートを脱出させたい竜太郎は、最後まで怜花を連れ歩く決意はしていた。怜花のおかげで、自分は銃を手にしているわけであったし。
竜太郎の父は小さな商社の重役で、出張ばかりの生活をしていた。帰宅した際は、出張の土産話をいろいろ聞かせてくれた上に、時には竜太郎や母にプレゼントを買ってきてくれていた。その中に、時々大東亜共和国では入手困難と思われる品が混ざっていたのを竜太郎と母は少々心配していた。ひょっとして、父は密輸などに関わっているのではないだろうかと考えたりした。
無論、父に訊いてみても笑って否定されるだけであった。それでも不安だった竜太郎と母は怪しいプレゼントは父に内緒で処分していた。
しかし、現実はそれ以上だった。
竜太郎が中学1年だったある日、父が帰宅して間もなく数人の警官が押し入ってきた。
警官たちは、無言で父に向かって小銃を乱射して蜂の巣にしてしまった。
部屋の隅で震えていた母と竜太郎に、警官の1人が言った。
「この男は、米帝のスパイであることが判明したので処刑した。貴方達も取り調べさせてもらう」
2人は拘留されて厳しい拷問を受けたのだが、父がスパイであったことなど本当に知らなかったので、数日後には釈放された。
帰宅してみると、かなり徹底的な家宅捜索が行われたらしく家財道具が散乱していたうえに、宝石などが姿を消していた。大した証拠物件を見つけられなかった警官たちが、腹いせに略奪していったものと思われた。
後に知ったところでは、父の商社は会社ぐるみでスパイをしており、共和国の情報を米帝に流していた。父は、将来米帝が共和国を破壊してくれることを期待していたのだろうか。
結局は米兵と密会しているところを警官に見つかった1社員のミスで、全社員が処刑されるという結末になってしまったようだった。
それから、母ひとり子ひとりの生活が始まった。国の機密が米帝に漏れていたことは国の恥であるためか全く報道されなかったため、近隣の人々には事実を知られずにすんでいた。ただ、何かの嫌疑をかけられて処刑されてしまったということで通用していた。無論、竜太郎は級友たちに真実を明かしはしなかった。
そして竜太郎が中学3年になった翌日、父の古い友人が訪ねてきた。彼は仏壇に線香を上げた後、竜太郎に小さな封筒を手渡した。
彼によると、父が殺される2日ほど前にこの封筒を預かったのだと言う。それも、竜太郎が中3になったら渡すように言われたとのことだった。
彼が去った後、竜太郎は開封して中を見た。一枚の手紙と地図が入っていた。こう書かれていた。
“愛する息子よ。お前がこの手紙を見る時、私はもう生きてはいまい。警察の捜査が周囲に及んでいるのを感じる。決死の覚悟で旧友にこの文を託すこととする。最早知ってのとおり、私の本当の仕事は共和国の情報を米帝に売ることだ。だが、中途で断念することとなりそうだ。そこで私がつかんだ情報のうち、お前に役立ちそうなことのみを託すこととする。そう、プログラムの情報だ。万一の際、使えるだろう。隣県の観音寺市琴弾公園のある場所に埋めてある。詳しい場所は同封の地図を見てくれ。くれぐれも他人に見つかってはならんぞ。では、幸せに暮らしてくれ。お母さんのこともよろしく頼むぞ。父より”
目頭が熱くなるのをこらえながらも、竜太郎は繰り返して文面を読んだ。
その夜、密かに琴弾公園に向かった竜太郎は地図に指定された場所を掘り、金属の箱を発見した。これを持ち帰って、開いてみると100ページほどの文書が出てきた。全てプログラム関係の内容で、国の最高機密の一つだった。中3になったら渡すという妙な指示の理由は明白だった。
竜太郎は熟読したが、プログラムの歴史や統計には興味はない。目を引いたのは、首輪に関する記述だった。首輪の構造から、装着法・除去法まで細かく示されている。プログラムに参加させられるのを防ぐことは出来ないが、首輪を外せるならば脱出が可能かもしれない。とにかく文書を読む限りでは、政府は首輪に頼って生徒たちを管理しているのだから、それを外してしまえば・・・
突如、竜太郎は身震いした。これは大変な文書だ。こんなものを持っていることが露見したら処刑は免れない。必要な部分だけ覚えなくてはならない。
竜太郎は、首輪関係の部分だけを繰り返して読んでほぼ暗記すると、文書を焼却した。そして、首輪外しに必要な小さな工具をいつも私物にいれて持ち歩くこととした。そして、案の定プログラムの魔手が延びてきたのだった。
というわけで、竜太郎は首輪に盗聴器が仕込まれていることも知っていたし、外し方さえも理解していたのだった。政府も、首輪の情報まで盗まれているとは思わなかったのだろう。怜花の首輪を見る限りでは、少なくとも表面上は自分の知識とピッタリだった。内部構造が変化していないという保証はなかったが。しかし、残念ながら細かい作業が必要なので自分の首輪を外すことは出来ない。怜花の首輪なら今すぐにでも外してやれるのだが、自分のは仲間に外し方を教えて(当然筆談だ)、外してもらうしかない。そしてその仲間が、誰でも良いわけではない。ある程度の細かい機械いじりの知識と技術が必要であるし、余計なことを喋りそうな者も失格だ。首輪を外すという問題である以上、失言は即、死に繋がる。今、後ろを歩いている怜花では役に立たないのだった。だから、怜花の首輪を外すことも現時点では危険行為なので実行するわけにはいかない。
その意味で一番頼れるのは松崎稔(男子16番)であり、待ち合わせの約束をした時点では脱出にかなりの自信があったのだが、見事に失敗した。折角の知識を役立てるためには、どうしても稔に会わねばならない。他に頼れそうなのは中上勇一(男子11番)か佐々木はる奈(女子10番)程度だ。理論的には、坂持美咲(女子9番)もオーケーなのだが、美咲の場合は自分に協力してくれるという保証がない。ゲームに乗っている可能性すらある。
だが、この広い会場で会いたい者にはなかなか会えない。先刻、藤井清吾(男子14番)を見かけたが、これは信用しがたい相手。声を掛けようとした怜花の口を塞ぎながら、隠れてやり過ごした。
少しずつ、竜太郎の顔に焦りの色が浮かび始めていた。
<残り25人>