BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


36

 日が西に傾きつつあるエリアC=6の森の中、スタンガンを握り締めた塩沢冴子(女子11番)は20mほど前方の木にもたれて立っている男子生徒の背中を見つめながら、忍び寄ろうとしていた。
 ゲームに乗るという表現をするならば、冴子はクラスの中で最も早くから乗っていた。何せ、プログラム開始以前から乗っていたのだから。

 冴子が自分の特殊な能力を認識しはじめたのは小学4年の時だった。父が買った年末ジャンボ宝くじが大当たりだったという初夢を見た冴子は、父にその話をした。実際のところ、冴子は父が宝くじを買っていたかどうかさえ知らなかったのだったが。
 父は笑い出しながらも、まだ結果を調べてなかったことを思い出して新聞を持ち出して確認し始めた。数分後、父は絶叫した。何と、2等が当たっていたのだった。偶然だろうとは思いながらも、ひょっとしたら予知夢なのではないかと冴子は考えた。
 小5の時の初夢は、冴子を可愛がってくれていた祖父の葬式に自分が出席しているという内容だった。
 不吉なので冴子は誰にも話さなかったし、12月になっても祖父は何事もなく健在だった。むしろ的中して欲しくない夢だったのでホッとした頃に、祖父は突然の脳卒中で他界してしまった。やはり自分には初夢限定ながら予知夢の能力があるのだと思い、冴子は身震いした。
 小6の時は無二の親友が転校してしまう夢を見、中1では応援していたプロ野球選手が三冠王になる夢を見たのだが、いずれも的中した。もう、間違いない。初夢で見たことは、その年の内に現実になるのだ。
 そして中2の時の初夢は、何と自らがプログラムに参加しているというものだったのだ。恐怖のあまり覚醒してしまった冴子は全身が冷汗でぐっしょりになっているのを感じた。当然だろう。死刑宣告を受けたのと大差ないのだから。
 パニックになりそうなのを我慢しながら、冴子は夢の内容をじっくりと思い出した。持っている荷物から考えて修学旅行中と思われた。途中で覚醒した関係上、デイパックを受け取って出発するところで終わっているため、その後の自分の運命は不明だった。
 何とかのがれられないものかと、冴子は考えた。両親も青ざめながら相談に乗ってくれた。何せ4年連続で的中している初夢だ。今年も、大当たりであることは確実だろうから。
 気になることは、夢の中で自分の存在だけは明らかなのにクラスメートたちはシルエットになっていて顔を確認できなかったことだった。中3に上がる際にクラス換えはないので、当然自分の友人たちの顔が確認できてもよいはずだった。また、担任教師とプログラム担当官が同一人物という奇怪な内容で、その顔は確認できたにもかかわらず、冴子はその顔に心当たりがなかった。
 考えて出た結論は、“今自分がいるクラスがプログラムに選ばれる運命”なのではなく、“自分自身が選ばれる運命”だということだった。もし、前者ならば友人たちには申し訳ないが中3になる前に転校することによって運命からのがれることが出来るはずで、これならば不謹慎ながらも予知夢の能力に救われることとなる。しかし、後者ならば転校しても結局自分は助からない。
 冴子と両親は、プログラムの情報をさりげなく集めた。派手に集めれば、政府に警戒されてしまう。その結果、例えば修学旅行の際に実施されるとして、欠席したり病気などで入院していたり、あるいは不登校生徒になっていたりしても強制的に参加させられてしまうことが判明した。参加できないほどの重病だったりすると、いきなり殺されることもあるらしかった。
 最早、のがれることは出来そうにもない。であればプログラムに参加した上で生き残らねばならない。すなわち優勝する必要がある。しかし、今のクラスには多くの友人がいる。自分が優勝するということは友人たちを死なせるということだ。それは、あまりに辛い。
 熟考した冴子は、転校を決意した。そして新しいクラスメートとは一切関わりを持たないことに決めた。こうして、クラスに全く友人がいない状況にしておけば、友人を失わずに優勝することが出来る。自分に転入されたクラスには迷惑千万な話だが、自分が死にたくないという気持ちだけはどうにもならない。
 両親も協力は惜しまず、4月になると同時に他の学区にアパートを借りて転居した。友人たちは訝しがったが、“自宅を改修するので、その間の仮住まいだ”と説明した。もちろん、すべては友人たちを死なせないための配慮なのだが、そんなことはおくびにも出せない。
 そして、中3の1学期の始業式。
 担任教師の川渕の顔を見た冴子は、一瞬引きつった。夢に出てきた“担任=プログラム担当官”とそっくりだったからだ。やはり、自分の運命は確実だ。が、何食わぬ顔で教壇に立ち、新しいクラスメートに挨拶した。“申し訳ないけど、あなたたち全員死んでもらうことになるからね”と、腹の中で呟きながら。
 それから、冴子は徹底的にクラスメートを無視して孤立した。修学旅行までの約1ヵ月半の辛抱だ。決して殺すべき相手と親しくなって情が湧くようなことがあってはならない。他のクラスには友人も作ったけれども。
 それでも、委員長の
佐々木はる奈あたりは何度も声をかけてきた。はる奈の人徳が感じられて、ぶっきらぼうな態度を続けるのは苦痛だったが頑張った。はる奈を死なせたくないという気持ちが湧き上がるのを抑制するのも一苦労だった。
 ある日、帰宅途中の冴子は背後に気配を感じた。不気味に思ったクラスメートが自分を尾行しているのだろうと推定できた。別にアパートを突き止められてもかまわないと思った冴子は、気付かぬふりのまま尾行者をアパートまで案内した。平凡なアパート住まいの、付き合いの悪い女の子だと思わせておいた方が都合がよさそうだった。逆に、去っていく尾行者の後姿を見て、
矢山千恵(女子19番)であることも確認しておいた。その後、千恵が自分の以前の学校まで調べ上げてしまったのは少々迷惑だったが。
 もちろん、プログラムに備えて射撃場に通ったり、武道を習ったりもした。そんな時は、尾行などされないように細心の注意を払っていた。
 
 プログラム開始を宣告されて、クラス中が凍り付いていても、既定の事実だった冴子は驚かなかった。こんな動揺した連中を倒すことならば不可能ではないと思えた。
 しかし、出発した冴子は私物を調べて唖然とした。
 実は、闇ルートで入手した銃を私物に潜ませてあったのだが、政府に発見されて没収されてしまったらしい。
 慌てて、デイパックを探った。腕力のない冴子には、銃が必要だ。だが、出てきたのはスタンガン。
 とすれば、銃を持った相手をスタンガンで襲って奪うのが当面の作戦だ。
 森に身を潜めた冴子だったが、今まで誰も発見できなかった。

 はじめて見つけたのが目の前の男子生徒だ。
 顔は見えないけど、誰でもいい。このスタンガンで倒して武器を奪う。
 見たところ武器は持ってないようだが、ポケットにでも入れているのだろう。
 冴子は、気配を殺しながらそっと近づいた。が、不覚にも枯れ枝を蹴飛ばして音を立ててしまった。
 男子生徒が振り向いた。
服部伸也(男子12番)だった。
 構わずにスタンガンを突き出した。
 が、軽くかわされた上に、次の瞬間には手首をねじ上げられてスタンガンを奪われてしまった。
 あっと思う間もなく、今度は冴子の腹に伸也の拳がめり込んでいた。俄仕込みの武道など、喧嘩の達人の前では何の役にも立たなかった。
 息が詰まった冴子はその場に蹲った。声も出せない。伸也の声が聞こえた。
「俺は基本的に戦いたくない。だから、今回は見逃してやる。だが、もう一度襲ってきたら死んでもらうよ」
 苦しい息の下、冴子は伸也が立ち去る足音を黙って聞いているほかはなかった。

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