BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


38

 照り付けていた太陽も西の地平に沈んだ。
 それでも都会ならば“光害”と呼ばれるほどに空は明るいのだが、プログラム会場は漆黒の闇に覆われることとなる。
 生徒たちは月明かりだけを頼りに行動しなければならない。
 そんな闇の中、エリアD=3の洞窟に1人の男子生徒が潜んでいた。
 彼、すなわち
藤井清吾(男子14番)は洞窟に近づいてくる人の気配を感じて緊張の度合いを高めていた。
 
 清吾はいわゆるゲームおたくだった。
 ありとあらゆるテレビゲームに精通していて、ゲームサイトなどでは裏ワザを知り尽くした者として有名人となっていた。
 裕福な親が好きなだけ金を与えていた結果がこれだった。
 それでも足りない清吾はゲーセンにも通っていたし、ネットゲームにも参加していた。
 特にプログラムをモデルにしたネットゲームが大好きで、他の参加者を殺しまくることが半ば快感となっていた。
 多くの参加者は、清吾のHNである“キリヤマカズオ”を見ただけで震え上がる状態だった。
 清吾の頭の中では、ゲーム世界と現実世界の境界があいまいになりつつあった。
 そう、人が死んでも呪文1つで蘇生するような気がしないでもなかった。
 当然ながら、清吾には親しい友人など1人としていなかった。
 いや、ゲームこそが彼の親友だったのだ。

 そして、清吾は本物のプログラムに参加することとなった。
 さすがに、中村理沙の亡骸を見た時は恐怖を感じたが、すぐに考えを切り替えた。
 そう、これはゲームだ。自分の大好きなゲームだ。
 自分が、勝てばいいだけのことではないか。何て簡単なんだ。
 それも、シミュレーションじゃない本物の殺人ゲームが出来るのだ。
 自分をおたくとして小馬鹿にしてる連中を堂々と殺せるのだ。
 プログラムのコツならゲームで充分に知っている。
 清吾は、恐怖に脅えるクラスメートの中、1人でニヤニヤしていた。
 さしあたり、自分の直前に出発する者を血祭りに上げようと考えた。
 その直前の者、すなわち
遠山奈津美を殺気に満ちた目で見つめた。
 奈津美は、清吾の視線を察知して強い恐怖を感じたようだった。
 清吾には、それがたまらなく快感だった。
 さぁ、今のうちに充分怖がっておくがいい。もうすぐ、君を永遠の眠りに誘ってあげるからね。

 奈津美が出発してから、自分の番までが待ち遠しかった。
 2分が1時間のように感じられた。一刻も早く出発して奈津美を殺したかった。
 体中が、うずうずした。
 そして順番が来た時、清吾は勢いよく立ち上がり走るように出て行った。
 それが、残っている者たちに“あいつはゲームに乗った可能性が高い”と思われやすい愚かな行動であることには、全く思い至らなかった。
 清吾は階段を駆け下りながら、デイパックを開いた。出てきたものは鞭だった。
 これは、ハズレか・・・ でも、これでも相手を気絶させることくらいは出来るだろう。とどめは素手でささねばならないが。
 舌打ちしながらも、全速力で体育館の外に飛び出した。
 しかし、目的の奈津美の姿はどこにもなかった。
 ここに至って、清吾は先刻の行為を悔いた。
 ターゲットにこちらの殺意を見せるべきではなかったのだ。相手が全力で逃走してしまったのは、ごく当然のことなのだ。
 ネットゲームには、殺意の篭った視線などという設定は出てこない。ゲームと現実を混同しかけていた清吾が、陥りやすい失策だった。
 そこで清吾は、この場に留まって次に出てくる生徒を襲うことを考えた。
 次に出てくるのは・・・ あ、やばい。
 そう、清吾の次は
豊浜ほのか(女子14番)だ。銃でもあればともかく、鞭で立ち向かうには危険な相手だ。
 結局、自分が退散するほかはなかった。

 実際に体験してみて、ゲームと本物は雲泥の差だった。
 第一、自分には体力がない。
 鞭などで襲撃しようとしても男子の殆どには勝ち目がないし、女子でも一部の者には負けそうだ。
 そして、自分には信用がない。
 午前中、大槻貴之と長内章仁が一緒に歩いているのを見かけた。
 この、仲間を作るという行為自体、清吾には思いもつかぬことだった。
“全てのクラスメートが敵”という感覚に囚われすぎていたのだ。
 よく考えれば、仲間がいたほうが都合がよい。戦闘にも有利だし、交替で仮眠を取ることも可能だろう。そして、優勝目前になれば裏切って殺すだけのことだ。
 だが、自分を信じて仲間にしてくれる者など恐らくいまい。
 と、悔いたところでいまさらどうにもならない。
 こうなったら、自分より弱い者を襲うしか手段はない。
 ところが不幸なことに、出発後の清吾が見かけた生徒は2人組であったり、
浅井里江(女子1番)のような勝てそうにない相手だったりした。いずれも急いで隠れるしかなかった。
 歩き回って疲れた清吾は、先刻この洞窟を見つけて入り、休憩していたのだった。

 誰が、近づいてきたのだろう。
 洞窟というのは逃げ場がない。もし相手が自分より強くて、かつゲームに乗っている者だったら非常に危険だ。その場合は、隠れて発見されないことを祈るしかあるまい。
 洞窟内の岩陰に潜んで、清吾は外の様子を窺った。鞭を持った手が、かなり汗ばんでいる。
 やがて、その人物が慎重な足取りで洞窟の前に現れて、中を覗きこむような仕草をした。
 暗い洞窟内の岩に隠れているので、相手には清吾の姿は見えないはずだ。
 だが、清吾には月に照らされた相手を容易に確認できた。
 
川越あゆみ(女子6番)だった。動きやすくするためだろうか体操服姿だったが。
 清吾は慌ててあゆみの背後に目を凝らした。あゆみの彼氏である
吉村克明(男子20番)が一緒にいるのならとても手出しは出来ない。
 だが、克明がいる様子はない。あゆみは克明と合流できなかったのだろう。
 であれば、最高の獲物と言える。女だから、充分楽しませてもらってから殺すこととしようと考えた。それにあゆみは、クラスの女子の中でもいい体をしている。テニス部の選手なので、運動能力が高そうなことは気になったが。
 しかも、どうやらあゆみの手には銃が握られているようだ。あゆみを倒せば銃も手に入って一石二鳥だ。
 あゆみはゆっくりと洞窟に入ってきた。清吾は息を潜めて間合いを計った。手が震えるのだけはどうにもならなかったけれど。
 あゆみが清吾の気配に気付いて立ち止まった瞬間、清吾はあゆみに向かって突進しながら思い切り鞭を振るった。
 鞭は、見事にあゆみの脇腹に食い込んだ。
 ウッとうなったあゆみは、銃を取り落として跪いた。
 ここで清吾は銃を確保するべきだったのだが、性的欲望が先に立ってしまった。
 鞭を投げ捨て、あゆみに体当たりして押し倒し、馬乗りになった。
 当然ながら、あゆみは手足をばたつかせて抵抗したが組み敷かれている状態では無益なことだった。
 清吾があゆみの頬を2発ほど張ると、あゆみは抵抗を止めて大人しくなった。
「そうそう。そうして大人しくしてれば殴ったりしないから」
 清吾の言葉に、あゆみはそっぽを向きながら答えた。
「わかったわよ。殺されるよりマシだしね」
 清吾は、腹の中でせせら笑った。“大人しくすれば殺さない”とは言っていない。もちろん、楽しんだ後で殺すつもりだ。
 まず体操服の上からあゆみの乳房を片手でわしづかみにした。いい感触だ。
 あゆみはじっと歯を食いしばって耐えているようだが、目には涙が滲んでいた。
 今度は服と下着を持ち上げて乳房を露出させた。
 形のよい2つの乳房をしばらく見詰めた後、口を近づけて舐めようとした。暗いのが少し残念だったが。
 クソッ、吉村の奴はいつもこんな美しいものを見たり触れたりしているのか。でも、今は俺のものだ。ざまあみろ。
 当然、あゆみを押さえつけている手の力は緩んでいたが、もうあゆみが諦めていると信じていた清吾は無頓着だった。
 清吾の舌があと少しで乳首に触れようとした時、清吾は激痛に顔を歪めた。
 あゆみが、清吾の右手を両手でつかんで人差し指を力一杯逆折りにしようとしていたのだった。
 とても耐えられない。
 清吾は体を離して立ち上がり、何とか右手を自由にした。
 よくもやってくれたな。この痛みは十倍にしてかえしてやるからな。
 と思ったが、信じられない素早さで立ち上がったあゆみに向こう脛を思い切り蹴られてしまった。
 清吾が怯んだ隙に、あゆみは銃を拾い上げると洞窟の外へ逃げていった。
 清吾は追いかけようとしたが、振り向いたあゆみに銃口を向けられてはどうしようもなかった。
 あゆみは言い放った。
「絶対に許せないところだけど、貴方なんか撃ったらこの銃がけがれそうだからやめとくね」
 清吾が呆気にとられている間に、あゆみは森の中に姿を消してしまった。
  

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